Re:SAO   作:でぃあ

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UA一万突破しました。とても嬉しく思っております、ありがとうございます。

展開が遅い再構成小説ではありますが、今後もご贔屓にしていただけると幸いです。

誤字報告、ご感想も引き続き募集しております。いつもしていただいている方々には感謝を。

第三層完結まで

今回の話でキリアス成分作るのは厳しいので、一話サイドストーリー的なものを投稿しようか迷っております


第十八話

 潜入任務を単独で行おうと考えていたキリトであったが、野営地を出てすぐに届いたアルゴからのメッセージによって、その方針の変更を余儀なくされていた。

 

 DKBとALS共にエルフクエを一気に進めている。双方のギルドにベータテスターらしきプレイヤーが加入し、クエストの情報を提供している。そして、エルフクエを利用しギルド間の対立を煽っている可能性がある。

 

 双方共に本日第六章の攻略を行う予定で、今夜二つのギルドが森の中でぶつかり合う可能性が高かった。

 

 ギルド間の争い、つまりプレイヤー同士の争いだ。

 対人戦闘が起こる可能性が決して低くないと判断したキリトは、アスナとキズメル、そして緊急で参加したアルゴと共にクエストの目的地である森エルフのキャンプまで足を運んでいた。

 

 キリトが先行し、何事もなければキャンプの裏にある潜入ポイントからそのままキャンプに潜入する。その場合、残る三名はキャンプの外で待機する。

 しかし、キリトの潜入前に何かしらの妨害があった場合、キリトがそれに対処し残る三名がキャンプに突入、可能ならこっそり、不可能なら潜入ポイントからの奇襲によって力づくでの<<指令書>>奪取を行う。

 そして、妨害に対してキリト一人では対処できないと判断した場合は、全員で妨害に対応した後、正面突破による<<指令書>>奪取を試みる。

 

 以上がキリトが考えた対処案だった。

 

 この案にアルゴとキズメルは無言で頷いたが、ただ一人、定位置にいたアスナだけが心配そうな視線をキリトに向けていた。キリト自身の役割はハッキリ言って囮だ。危険度が一番高いのは間違いない。しかし、それでもアスナが視線を向けるだけで何も言わないのは、それが最適だと理解しているからだろう。

 

 もし妨害があった場合、それはプレイヤーによるものである可能性が高い。つまり、対人戦闘になりえるということだ。である以上、役割を担えるのはキリトしかいない。

 

 それに、今回はアスナ自身も対人戦に巻き込まれる可能性がある。その可能性を潰すことができない以上、万全を期すためにキズメルと、わざわざアルゴまで呼び出してアスナに付けたのだ。

 

 それをしっかりと理解しているのか、アルゴも何の文句も言わずにキリトに合流した。「キー坊はアーちゃんに甘々だねぇ」と合流早々に言われ、それを聞いたキズメルにもニヤニヤと笑われることになるが、下手に返せば藪蛇になるとわかっていたキリトはぐっと黙って歩き続けた。

 

 

 

 やはりと言うべきか、キャンプへの潜入口の手前でキリトはとある人物と遭遇した。

 森エルフのキャンプ――もはや砦と言っていい大きさではあるが――を取り囲む木造の壁に沿って流れる川。その河原を歩いていたキリトは、嫌な気配を感じ河原に沿って配置されている茂みのある一点を見つめる。そして、勘が当たったのか茂みに隠蔽(ハイディング)していたプレイヤーを看破(リピール)することに成功した。

 不意打ちを受けることこそなかったものの、対人戦闘が避けられないと確信したキリトは右手を剣の柄に掛けつつ、茂みを注視する。

 

「いやー、この距離で看破(リピール)されるとは思いませんでしたよー。流石攻略組最強と呼ばれるだけはありますね、キリトさん」

 

 鎖頭巾(コイフ)鱗片鎧(スケイルアーマー)を身に着けたMorte(モルテ)という名の片手剣使いは、飄々とした口調でキリトに話しかけてくる。その口調に少年のような無邪気さと共に、わざとらしさを感じキリトは顔をしかめた。

 

「あんた、DKBの<<モルテ>>だよな。待ち伏せとはご苦労なことだ。……リンドの指示か?」

 

「情報早いですねぇ、さすがキリトさん。今回のは独断ですよぉ! <<ビーター>>じゃないと、このクエストの抜け道なんてわかりませんからねぇ」

 

「ってことは、アンタもベータテスターってことか」

 

 モルテがベータテスターであると認めた。アルゴの情報はいよいよ信憑性を増していく。ならば、無用な駆け引きは不要とキリトは本題を口にした。

 

「無駄な駆け引きはやめよう。あんたは、クエストの攻略を進める俺を止める気があるのか、ないのか、どっちだ?」

 

「せっかちですねぇ。止める気がないとこんなとこに隠蔽(ハイディング)してませんよぉ」

 

「そりゃそうだ。だが、アンタを無視して進むこともできるわけだが、その時はどうするんだ?」

 

「そうなったら仕方ありませんねぇ。自分、歌が結構得意なんですよぉ。ここで一曲披露しちゃう? みたいな?」

 

「……MPK(モンスタープレイヤーキル)を仕掛けるつもりなのか」

 

 このモルテというプレイヤーは、PKに対しての忌避感がまったくない。ここで背後関係を確認しておかないと、間違いなく攻略組の害になるだろう。

 こいつは危険だ。キリトは柄を握る右手に力を込めた。

 

「やだなぁ、落ち着いてくださいよぉ。自分がお願いしたいのは、クエストの進行を一日だけ遅らせてほしいだけなんですよぉ。でもでもぉ、キリトさんは素直にお願い聞いてくれないですよねぇ。ですからぁ……」

 

 モルテが左腰に差された剣を抜く。黒く光る剣身。それは間違いなく、キリトが先日まで使っていた<<アニールブレード>>だ。

 

「ベータ時代と同じく<<決闘(デュエル)>>で決めましょうかぁ。と言ってもぉ、ベータ時代の<<完全決着モード>>は使えませんから、<<半減決着モード>>でですけどねぇ」

 

 ウィンドウがポップアップし、そこには<<Morteから決闘が申し込まれました>>と書かれている。それを見たキリトは、やれやれといった体でモルテに条件を伝えた。

 

「いいだろう。俺が勝ったらアンタが帰る。アンタが勝ったら俺が帰る。これでいいんだな?」

 

 モルテが頷くのを見て、キリトは<<半減決着モード>>を選択しYESを押す。それと同時に決闘までのカウントダウンが始まり、数字が減っていく。

 

「ここで大きい音を出すとアンタも都合が悪いだろう? カウントはまだある、場所を変えよう」

 

 この場で大きい音を立てては、例えモルテに勝ったとしても意味がない。それに、砦の中から森エルフたちが出てくる可能性もある。

 そして何より、予定通り潜入するアスナ達に気付かれるわけにはいかない。

 

 キリトは川の上流に向かって歩き出す。これから命のやり取りをする相手に対し躊躇わずに背中を見せることで、注意をこちらに引きつける。間違っても周囲の索敵などをされてはいけないのだ。

 

「……余裕ですねぇ、キリトさん。これから戦うってのに、さすが攻略組最強は違いますねぇ」

 

 後ろから聞こえた声は、先ほどと同じように飄々とした声であるが僅かに苛立ちを含んでいるように感じた。どうやら誘導は成功しているらしい。

 

――こっちは大丈夫だ。……アスナ、気をつけろよ。

 

 キリトは心の中でアスナの無事を祈りつつ、前を見たままキリトは歩き続けた。

 

 

 

 DKBの六名、ALSの十二名、合計十八名のプレイヤーが森エルフのキャンプが消え去ったことに唖然としているのを見下ろしながら、アスナは一言、冷たい口調で言い放った。

 

「悪いけど、ここのクエストはわたしたちがクリアしましたから、他を当たってくださる?」

 

 潜入ポイントに潜伏していたモルテをキリトが予定通り釣り出した後、アスナはアルゴ、キズメルと共に森エルフのキャンプに無事潜入することができた。突入直前に、キズメルが腰の曲刀を抜き放ち「吶喊(とっかん)を開始する」等と言い出したので、アルゴと二人で盛大に焦りはしたものの、すぐに冗談だと返され、二人で抗議する間もなくキズメルが潜入ポイントである木の枝から飛び降りた。

 

 アルゴ、アスナもすぐに続き、見回りの衛兵を回避しつつすでに就寝中の司令官の天幕に侵入、目的の<<指令書>を奪取した。心配されていた戦闘など起こる気配もなく、三人は無事に脱出。直後にキャンプが緑の光となって消えていき、その直後丘の下で消えたキャンプを見上げている二大ギルドのメンバーを見つけたのだ。アスナはキズメルに少し下がっているように頼み、アルゴと共に丘の上に立った。

 

 アルゴの事前情報通り、二つのギルドは今日この場で衝突するように仕向けられていたらしい。しかもご丁寧に片方が一パーティー、もう片方が二パーティー。もしこの場で戦端が開かれてしまえば、どうあがいてもALSが勝つような状況を設定している。

 なぜALS側が勝つように仕向けられていたのかはわからない。だが、手を出しやすくするためという意味もあるのだろう。

 ここまで用意周到とは思わなかったと、アスナは溜息を一つついた。

 

「アスナはん、それに<<鼠>>もか。……あんたらも、DKBと同じくこのクエストの報酬がボス攻略に必須って聞いて、急いで進めとったんか」

 

「……えっ、そうなの?」

 

「……あん? 知らんかったんか?」

 

 キバオウの言葉にアスナは首をかしげ、そのアスナの返答にキバオウも首をかしげた。

 アスナは横に立っていたアルゴを見る。すると、それに応えるようにアルゴはこちらを向いて首を振った。どうやらアルゴもその情報は知らないらしい。

 

「少なくともわたしは、キリト君からは何も聞いてないわね。そんな重要な情報なら隠すことはないと思うのだけど……」

 

「オレっちもその情報は知らないナ。少なくともベータの時点では、そんな情報が出たって聞いたことはないゾ」

 

「横から口を挟むようだが、先ほども言った通りDKBのメンバーも誰一人その情報を知らなかった。一体どこからそんな情報が出たんだ?」

 

 アスナ達が話しかける前に言い争いでもしていたのだろうか、どうやらその時に話題が出たのだろう。アスナとアルゴに続いてリンドも情報を知らないと表明した。

 

「……一体どういうことなんや。アンタらは口を揃えて情報を知らんて言う。正直な話、リンドはんだけだったらこっちを騙しにかかっとるかと思うたが」

 

「騙してなどいない。本当に知らなかったんだ。俺たちはこのクエストは実入りがいいと聞いたから、一パーティーで進めていたんだ。もう一度聞く。キバオウさん、クエスト報酬がボス攻略に必須だなんて誰から聞いたんだ?」

 

 リンドがキバオウに比較的強い態度で問いかける。彼らの話を聞くに、騙した騙してないという無益な問答があったのだろう。一方的に詰め寄られ、圧力を感じていたのは間違いなくDKBの方だ。だからこそ、これだけ強く出ているのかもしれない。

 

「……それは言えん」

 

「それは通用しないぞ。せめて誰がこんな情報をばらまいたのか確認できないことには……」

 

 キバオウの言葉に、リンドがさらに詰め寄る。それにDKBのメンバーが乗っかる形でALSを非難したことで、ALS側からも反論が飛ぶ。両陣営の面々の視線が段々と強いものになってきているのを見て、アスナはどう対応するか悩んだ。ALSからすればアスナはDKBの肩を持っていると見られている。かと言って、この状況でALSに加担する正当な理由を持っていなかった。

 アスナの躊躇いをよそに、ギルド間の言い争いは激しさを増していく。横にいるアルゴも自分が口を出すのはまずいと感じているのだろう、沈黙を貫いているが、その表情に焦りを見て取れる。

 

 両陣営間のボルテージが増していき、このままでは両陣営間で戦いが起きかねない程に熱を帯びていた。しかし、一人のプレイヤーの登場でその言い争いはピタリと止まることになる。

 

「よう、こんなところで騒いで何やってんの」

 

 集団の更に奥、丘の下から現れたのは自らの相棒。黒づくめのキリトが体力ゲージを少々減らした状態で立っていた。

 

 

 

 どうやら間に合ったようだと、キリトは心の中で一息吐いた。

 

 キリトの視線の先では、二大ギルドに所属する計十八名のプレイヤーが固まっており、その先にアスナとアルゴの姿があった。

 

「姿が見えんと思ったら、別行動しとったんか。……HPが減ってるみたいやが、ジブン何しとったんや」

 

「ちょっとすぐそこで決闘(デュエル)しててね。そいつの名前が、アンタたちの疑問を解決すると思うぜ」

 

「はぁ? 急に出てきて何言ってんのや! しかも決闘(デュエル)やと? あんた、圏外で対人戦やっとったちゅうことやないか!」

 

 キリトの飄々とした態度に苛立ったのか、キバオウの口調は激しい。

 しかし、それを気にすることなくキリトは言葉を続けた。

 

「モルテ……そいつが、俺が戦ってた相手の名前だよ」

 

「なんやと……!?」

 

「ばかな……!」

 

 キバオウとリンドは同時に驚愕した。さらに、二人の周囲に立つギルドの面々もざわついているのが見て取れた。

 

「今はDKBだったかな? そして、その前はALS……まさか片手剣と片手斧両方を使いこなすとは思わなくてね、ちょっと……いや、かなり危なかったよ。尤も、二つの武器を使いこなしたからこそ、疑われずに二つのギルドに入り込むことができたんだろうけど」

 

 そこで言葉を止め歩き出したキリトは、DKBとALSのちょうど真ん中、それぞれの先頭に立っていたリンドとキバオウの間に立つと、話を続けた。

 

「あんた達はここに誘い出されたってことだ。今日、ここでぶつかり合うように仕向けられた上でな。結局モルテ氏は何も言わずに逃げていったから何故そんなことをしたかはわからず仕舞いだけど、そういう動きがあったってことだけは事実だし、ここで無理に争う必要はないんじゃないかな?」

 

 キリトの言葉を聞き、両陣営は静まり返った。モルテという人物の存在、そして誘い出されたという可能性、この二つの否定することのできない話が両陣営の動きを止めていた。しかし、ALSのとある人物によってその沈黙は破られた。

 

「嘘言ってんじゃねぇ! こいつフカシてんですよキバオウさん! そのモルテってやつとホントに戦ったかわからないじゃねぇか! 俺たちをここで帰らせて、自分だけクエスト攻略するつもりなんだ! <<ビーター>>なんて信じられるかよ!」

 

「黙っとれや、ジョー」

 

 第一層、そして第二層のボス攻略後に聞いたキンキン声を、キバオウが黙らせた。しかし、両陣営のメンバーはその発言でざわつき始めており、聞こえる限りではキリトの懐疑的な声の方が多いように思えた。

 

「キリトさん、争う必要はないと言ったな? それはつまり、DKBとALS双方、もしくは片方にクエストの進行を中止しろということか?」

 

 リンドの質問に、キリトは首を振って否定した。

 

「いや、そういう訳じゃないよ。この場は引いてもらうためにここのキャンプは俺たちがもらったけど、また別の場所にキャンプがpopするだろうし、そっちでクリアすればいいんじゃないか? じゃんけんか何かで先にやる方決めて、残りは主街区のクエストなり迷宮区のマッピングなりしてれば時間の無駄にもならないだろうし」

 

 キリトの言葉に、リンドは意外そうな顔をした。視線をキバオウに移すと、こちらもリンドと同じような顔をしている。各ギルドメンバーもぽかんとした表情だ。別におかしいことを言ったつもりはないのだがと、キリトは首をかしげた。

 キャンプ地の再出現(リポップ)には大して時間がかからないし、狩りをしてればあっという間に過ぎる程度の時間なのだから。しかし、キリトの話で何故か毒気を抜かれたらしく、キバオウが覇気のない声でキリトに問いかけた。

 

「なあ、キリトはん。あんた、このエルフクエの報酬がボス攻略に必須って話聞いたことあるか?」

 

「え、そうなの?」

 

 キバオウの言葉にキリトは心当たりがなく、丘の上にいるアルゴに視線を向ける。するとアルゴは首を横に振っている。どうやら彼女も知らないらしい。

 

「俺は知らないし、アルゴも知らないみたいだけど……なるほど、そんな話があったから急いでクエスト進めてたのか」

 

「あー、うん、もうええわ。リンドはん、ちょっとええか」

 

「ああ……」

 

 キバオウは頭を掻きながら、リンドは溜息をつきながら近寄っていく。どうやら二人で話し合うらしい。

 ならばこの間にと、キリトはアスナ達と合流するために丘を登っていく。どうやら向こうも同じことを考えたようで、丘の中腹の少し上くらいで三人は合流した。

 

「キズメルは?」

 

「何かあったときの隠し札として丘の上に隠れてもらってたんだけど、君のおかげでその必要もなくなりそうね」

 

 君のおかげという言葉とは裏腹に、アスナの視線は何故か鋭い。

 その理由を聞くべくアルゴに視線を向けるも、「ニャハハハ……」としか返ってこず、キリトは首をかしげるのだった。

 

 その後すぐに話し合いは合意を見たのかリンドの声が丘下から響き、キリト達は視線を向けた。

 

「結論から言うと、DKBとALSは双方共にエルフクエストから手を引く。DKBは実入りが良いと聞いてクエストを進めていたが、迷宮区の探索にシフトする。同様に、ALSは報酬がボス攻略に必須ということでクエストを進めていたが、その真偽が怪しくなったためDKB同様に迷宮区の攻略を行うということになった」

 

「ええ? それは少しもったいなくないか?」

 

「その気持ちはある。だが、俺たちはあくまで階層攻略が目的だからな。迷宮区の攻略の方が重要度は高いと判断した。それに両陣営の対立を煽っている者がいるという可能性も排除できない。今後再びこのような事態が起きないとも限らないしな。しかし、クエスト報酬の効果の検証は必要だ。それをキリトさん達に任せたい」

 

 リンドの提案は、元々エルフクエを攻略しようとしていたキリトにとっては受け入れやすいものだ。キリトはアスナに視線を向け、彼女が頷くのを確認してから答えた。

 

「俺たちはそれで構わない。元々そのつもりだったしな。……今日は十九日で、ボス攻略は確か二十一日だったな? なら二十日の夕方までにクエストを消化して結果を報告するよ。それで構わないか?」

 

「了解した。では二十日の夕方に攻略会議を開くので、そこで報告してもらうということで」

 

 今後の方針は固まった。キリトはこれから残り四章を超特急で終わらせる事を強いられたが、目的だった二大ギルドの衝突を防ぐことができたのだ、問題ないとみていいだろう。

 

 DKBとALSの面々が去っていく。それを見て、キリトはようやく緊張を解くことができた。

 

「派閥争いというのは、どの種族でも厄介なものだな」

 

 いつの間にか近くまで来て居たキズメルにギョッと驚きつつ、その言葉は全くもってその通りだと同意する。

 

「どうしようもなくなったらキズメルに出てきてもらって、力ずくでもって覚悟してたのに……。キリト君のド正論が完全に毒気を抜いちゃったわね」

 

「ソロならともかく、パーティーなら正面突破した方が早いしなぁ。正直クエスト放棄ってのは予想外だったけど……まあ、結果的に衝突を防ぐことができたから良かったんじゃないか」

 

「結果が良ければ全てよシ、と言うわけでもないがナ。キー坊、モルテとやりあったんだろウ? どんな印象だっタ?」

 

「あー、そうだな……」

 

 キリトはアスナに一瞬視線を向ける。

 ここで話すと彼女に無用な心配をかける気がしなくもない。正直な所、モルテとの戦いはキリトが想像した以上に危険な戦いになった。事が起きる前にアスナは随分と自分を心配してくれていたようだったから、彼女の前で戦闘の状況を詳しく話すべきか少々迷う。

 

「あァ、メッセージの方が都合がよければそれでも構わないガ」

 

 キリトの逡巡を感じ取ったのかアルゴが別の選択肢を出してくれるが、キリトは一瞬だけ考えてから答えた。

 

「……いや、言葉じゃないと伝わらないものもあるかな。何と言うか……不気味だったからな、アイツは。野営地に戻りながら話そう、クエストの消化も進めなきゃならないしな」

 

 

 

 

「剣と斧を同等に使いこなし、さらにキリトと同レベルの使い手とは。器用な者もいるものだな」

 

 近衛騎士キズメルの驚きは尤もだ。剣と斧ではリーチも違えば戦い方も全く異なる。それぞれの熟練度はキリトの片手剣よりは劣るだろうが、両方を実戦で使用できるほどの修練を積んでいるということなのだから、その戦闘経験値は凄まじいものがあるだろう。

 

「片手剣と盾だけならどうにでもなったんだけどな。剣を弾いて勝負を決めにいったときに片手斧のソードスキル……確か<<ダブル・クリーブ>>だったかな……それを食らって、一気に五割近くまで削られたよ」

 

「おイ、まさか<<半減決着モード>>で戦ったのカ?」

 

 キリトが頷くと、アルゴの表情が強張った。

 

「キー坊にしては迂闊だったナ。確かにベータでは<<完全決着>>が基本だったから、そうなるのもわからなくもないガ……」

 

「ああ、迂闊だった。もしその状態でこっちの体力を五割強減らせるソードスキルを食らっていたら……死んでただろうな。しかも、モルテはオレンジにならずに、だ」

 

決闘(デュエル)を使った合法PK……カ」

 

 この世界のプレイヤーに表示されるカーソルは緑色だ。しかし、他のプレイヤーを攻撃した場合そのカーソルの色がオレンジ色に変わる。多くのMMORPGで設定されている犯罪者(オレンジ)プレイヤーというやつだ。その状態で街に入れば衛兵から追いかけられるし、NPCによっては取引してもらえないこともある。よって、PKを志向するプレイヤーは自らのカーソルがオレンジにならないようにMPKやそれ以外の合法的な手段を使ってPKを考える。

 今回の決闘(デュエル)によるPKは、まさにその合法的手段と言えた。

 

「体力が削られて改めてあいつと対峙した時、正直ぞっとしたよ。あいつは完全にこちらを殺す気で戦っていた。目がな……恐ろしく冷たい目をしていたよ、まるで狩人が獲物を見るような、そんな感じの眼をな」

 

 あの時のキリトは、モルテにとって完全に獲物だったに違いない。あと一撃入れれば勝てるのに、キリトは命を懸けることを強いられた。最終的には盾を<<閃打>>で弾き、その隙に攻撃を入れることでキリトが勝利したものの、一歩間違えば……体術で盾を弾ききれなければ、キリトはポリゴン片となっていたことは疑いようがない。

 

「オレっちは主街区に戻るヨ。この情報はすぐにでも全体に伝えないと危険ダ。決闘(デュエル)を行う場合は必ず<<初撃決着>>でということを周知しないと、下手な犠牲者が出かねなイ」

 

「ああ、それは俺からも頼むよ。少なくとも、そういうPKの方法があるということを伝えるだけでも、犠牲者は減らせるはずだ」

 

「ここからは情報屋の仕事だナ。じゃア、途中で悪いけどここデ。キー坊、アーちゃん、またナ。ダークエルフのお姉さんも、また機会があればよろしくナ」

 

 そう言い残し、アルゴは主街区の方向へと走っていった。敏捷にガン振りしている彼女のことだ、十五分もあれば主街区に着くだろう。

 

「面白いな、あの者は。人族の密偵のようなものか?」

 

「あー、大体そんな感じ。情報の売買を生業(なりわい)にしててね、懇意にしてるんだ」

 

「なるほどな。しかし、随分と親しいようだったが……あまり感心せんぞ、キリト」

 

「いやいや、そういうのじゃないから」

 

 キズメルはすぐに「冗談だ」と言ったが、その顔は明らかに面白がっている。どうも彼女にはからかわれることが多いような気がしてならない。困ったもんだとキリトはアスナに視線を向けるが、彼女はフードを被ったまま俯いている。会話にも参加してこなかったし、何か調子でも悪いのだろうかと、キリトは声をかけた。

 

「アスナ、何かあった?」

 

「あ、ううん、ちょっと考え事してただけ」

 

「……そうか? 何か心配あったら言えよ?」

 

「うん、ありがとう」

 

 アスナが前を進むキズメルの横に並ぶ。

 確かに考え込む必要がある類の話であったことは間違いない。何しろPKの話だ。第二層でネズハの処刑云々の話が出てきたときにも、アスナは大きく動揺していた。デスゲームでのPK、つまりは殺人だ。その危険が明確に出てきたのだから、不安の一つも覚えておかしくないだろう。

 しかし、そのような話が出てきてもアスナは攻略をやめることはないだろうから、PKに備えて対人戦闘の練習をする必要があるだろう。どこかで時間を作って、一度しっかりと戦い方を教え込む。そして、キリト自身も鍛え直す。殺意を向けられたことは今回が初めてではない。だが、直接の対人戦闘によって命の危機を感じたのは初めてだった。

 

 アスナと共に行動している時にプレイヤーから狙われたら、キリトの死はすなわちアスナの死と同義になる。それだけは絶対に避けたい。絶対に彼女を死なせるわけにはいかない。そして、自分も死にたくはない。

 攻略隊でもそのうちPKに対する脅威を感じる者たちが出てくるはずだ。ならばその者たちと対人練習の場を作ってみるかと、キリトは当てになりそうな面々の名前をリストアップしていった。

 

 

 

 とにかく時間がない。

 エルフクエ残りの四章を二十一日の十七時、約四十時間でクリアすると約束してしまったキリトはひたすらに森の中を駆け回った。

 

 第七章<<蝶採集>>、第八章<<西の霊樹>>、第九章<<追跡>>、第十章<<秘鍵(ひけん)奪還>>。

 偵察用の蝶を石で叩き落とし、エルフクエの最重要キーアイテムの<<秘鍵(ひけん)>>を別の層に運ぼうとするも襲撃者に奪われ、その襲撃者を追撃し、襲撃者である<<フォールン・エルフ>>が潜伏している巨大ダンジョンを攻略する。

 

 以上の流れを怒涛の勢いで攻略し、何とか二十一日の正午前には全てのクエストを終わらせることができた。

 

 <<秘鍵(ひけん)>>を自ら届けるために第四層へ向かうというキズメルとの別れはあったものの、第四層でまた会おうという約束を交わし、無事に野営地に帰還したキリトとアスナ。

 

 報告を司令官に行い報酬を受け取ると、それまでNPC的な態度を貫いていたダークエルフの司令官が急に人間らしい態度に変わり、「天柱の守護獣は毒を用いる。この野営地で毒消しを十分に用意していくと良い」という情報を提供してくれた。

 

 キリトはアスナと共に野営地で解毒POTを買い込み、この情報を攻略会議で提供。攻略のためのキーアイテムの存在はなく、至極当たり前のアドバイスだったため会議場は一瞬騒然となるも、キバオウの一喝によって静寂が取り戻され、リンドによって解毒POTを補充しておくようにとの指示が出された。

 

 そして翌日、第三層ボス<<ネリウス・ジ・イビルトレント>>は広範囲の毒化スキルを頻繁に発動させたが、事前情報を得ていた攻略組の解毒POTが枯渇することはなく、戦闘時間五十三分、犠牲者なしで撃破された。

 

 第一層、第二層に比べあっけない撃破であったが、攻略が波に乗ってきているとの表れであろう。また、今回は攻略後にケチがつくことはなく、皆歓喜のうちに帰還の途に就いた。

 

 そして、相変わらずラストアタックボーナスをしっかりと確保したキリトは、「同時に攻撃したのになんで君にラストアタックがいくの!?」とご機嫌斜めなアスナに置いて行かれぬよう、第四層への螺旋階段を慌てて登って行った。




第三層ボス攻略の内容、原作で九行なんだ。
流石にオリジナルで書く気にはならなかった。

第四層からキリアスが加速する。書く側の私もとても楽しみです。
なんて言ってもクリスマスがありますからね!!!

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