Re:SAO   作:でぃあ

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大変更新が遅くなったことにお詫びを。
ご感想誤字報告いつもありがとうございます。今後もよろしくお願いします。

SAOP三巻見直してました。キリアス成分が強すぎて、またそこから発展させることができる妄想がはかどりすぎて悩みに悩んだ結果、まずはこんな感じに書いてみました。

第四層開始~転移門開放からのミーティングまで。

兄属性持ちのキリト君と、妹属性持ちのアスナさんのお話。


第四層
第十九話


 これまでの階層は、ベータテストからの大きな変更は無かった。

 クエストの内容、NPCの数、モンスターの行動等、差異はあれど決定的な違いというものは存在せず、キリトの持つベータテストの知識はほとんどの部分で正式サービスでも通用しており、それこそがキリトの効率的な攻略を成り立たせる要因と言えた。

 

 キリトの知る第四層のメインテーマは<<()(だに)>>であった。

 からからに乾いた峡谷が蜘蛛の巣のように走り回り、プレイヤーはその峡谷の底、砂漠のように乾いた砂の大地を歩き回る。主街区も砂漠の中に存在する街のようなもので、あまりに見所が無くクエストを消化して早々に後にしたのを覚えている。

 

 しかし、第四層に繋がる扉を開けたキリトの前には、キリトの知る第四層とは全く異なる光景が広がっていた。

 

 第三層ボス攻略成功の連絡をアルゴに送ったキリトは、改めて周囲を見渡す。三層と四層を繋ぐ階段の出口はちょっとした島のようなものになっており、ベータテストでは何もなかった峡谷には水が満ち溢れ、当然この島の周囲も水に囲まれている。

 ベータテスト時代の主街区は峡谷の底を歩いて行った先にあり、もし位置関係が変わっていないのであれば、主街区に行くためにはどうしてもこの水に満ち溢れた峡谷を泳いで行かなければならない。

 

 ソードアート・オンラインにおける水泳は、現実世界の水泳と少々感覚が異なる。

 装備が水に濡れれば重量を増して動きにくくなるし、身体の使い方がかなり違う。最低でも一時間は練習したいところだし、例え練習したとしても溺れる可能性が無くなるわけでもない。頭まで水に浸かってしまえば体力が減っていき、空っぽになれば当然溺死ということになる。キリトならばともかく、経験が無い人間をここから主街区まで泳がせるのは厳しいものがあるだろう。

 

「アスナさん、SAOで泳いだ経験は?」

 

「……ないわ」

 

 何故か左腕で体を隠すような仕草をした細剣使い(フェンサー)さんを横目に見つつ、キリトは目の前の川を見て頭を掻いた。岸辺に近寄り滔々(とうとう)と流れる水を覗き込むと、流れは中々に急で水深は恐らく二メートル程はあるだろう事がわかる。キリトと同じくらいの身長であるアスナでは間違いなく足がつかないし、そもそもこの流れで水泳の練習をするのは不可能だ。

 横に立っているアスナもそれがわかったのだろう。水面に写る榛色(はしばみいろ)の瞳には困惑の色が浮かんでいる。

 

「仕方ないわね。わたしは三層に戻って水泳の練習してくるから、その間にキリト君は主街区に泳いで向かう。泳げるようになったらわたしも転移門で四層に行くわ」

 

 当然のように導き出された答えをアスナが告げる。

 確かにそれが一番いいかもしれない。しかし、どうせ二時間後には転移門は有効化されるのだから焦る必要はないというのも事実。それならばと、キリトは心の中に浮かんだあることをアスナに提案する。

 

「なぁ、アスナ。泳ぎの練習手伝おうか?」

 

「それ、断られるってわかってて言ってるでしょう?」

 

 アスナの即答に、キリトは頷く。彼女はキリトの足を引っ張るつもりはないと常々言っているし、そもそも自分のせいで有効化が遅れることを彼女が是とするわけもなかった。

 しかし、今回のキリトはアスナを気遣って手伝うと言ったわけではない。何故か頭の中で閃いてしまった、とあるイベントを実行するために申し出たのだ。

 

「いや。女の子の水泳の練習を手伝うって、なんか楽しそうだなーと思いましてですね」

 

「き、急に何言い出すのよバカッ!」

 

 当然の如く飛んできた罵倒を受け止め、今度は両腕で身体を隠しているアスナに謝罪しつつ、キリトは周囲に視線を動かす。

 

 今二人が置かれている状況は、<<水泳>>持ち等の実際に泳いだことがないプレイヤー以外には詰みだ。ここで練習できない以上、戻るという選択肢しか取れない。ならばこれがゲームである以上、泳いだことがなくても進むことができる何かがあるはずに違いない。

 

 今キリトがいる島は差し渡し三十メートル程で、往還階段のある東屋以外には広葉樹が生えているだけだ。つまり、あの広葉樹に何かある可能性があるとキリトは木の下へと駆け出す。

 

「ちょ、ちょっとキリト君!」

 

 後ろから聞こえる戸惑いの声を気にせず木の真下まで走った後、上を見上げる。すると直径五十センチはある木の梢付近に、ドーナツ型の不思議な形をした色とりどりの木の実がなっていることを確認できた。

 

「あら、美味しそうね。食べるなら黄色いのか赤いのがおいしそう」

 

 確かに、食べるなら青や緑よりはアスナの言う色の方がいいだろう。しかし、恐らくあれは食べ物ではない。ほぼ間違いなく、泳ぎを補助してくれるアレに違いない。

 

 何とか木の実を落とそうと木を揺すっても、まるで落ちてくる気配がない。業を煮やしたキリトが木の幹に<<閃打>>を叩き込み、ダークエルフ陣営なのに木を殴るとは何事かとアスナに怒られたものの、しっかりと木の実を二個確保する。

 ドーナツ型の木の実にはヘタがついており、その部分を咥えたキリトは思いっきり息を吹き込む。ボーン! という破裂音と共に一メートルほどに膨らんだそれをみて、アスナは茫然と、ただ一言だけ呟いた。

 

「……浮き輪?」

 

 

 

 後続の攻略組に向けてメモを残したキリトは、装備重量を軽くするために剣や防具を解除していく。第二層のバラン将軍からドロップしたトランクス一枚となり、そのお尻の部分に描かれた牛マークを見て盛大に笑われるというアクシデントはあったものの、アスナが大笑いする貴重な姿を見れたので不問にする。

 

「アスナも装備解除した方がいいぞ。浮き輪があるとはいえ、流石にそのままだと危険だと思う」

 

「うう、わかってる。わかってるんだけど……」

 

「あー、うん、今回ばっかりはちょっとどうしようもないですね……」

 

 うーっ、と唸るアスナには申し訳ないが、装備解除せずに水に入ればまともに動くことができないのは間違いない。男の前で下着姿になるなど年頃の女性にはそりゃあ抵抗があるに違いないだろうが、命には代えられない。水着でも用意しておけば良かったのだろうが、こんな状況になることなど思いつくはずがない。

 

 と、そこで水着という単語にキリトが閃く。

 

「裁縫持ってるんだから、水着でも作ればいいんじゃないか?」

 

 キリトの言葉にアスナが一瞬動きを止めるが、その後すぐに首を横に振った。

 

「作ってる間に攻略組の人たちが来ちゃうもの。あの人達に見られるのは、ちょっと……」

 

 確かに、あまりもたもたしていると男が増える。そうなった場合、攻略組紅一点のアスナに視線が集中するのは間違いないし、キリトとしてもそれは面白くない。

 

 溜息を一つついたアスナは東屋を一瞥(いちべつ)し誰も来ていないのを確認した後、こちらに背中を向け装備を解除していく。レイピア、ケープ、アーマー類、ベストと消滅していき、レザースカートがストレージに格納されたところで、背を向けていたアスナがこちらに向き直る。

 残った白いチュニックは前後の丈が長いため下着こそ見えないものの、そこから伸びるすらっと長く白い手足の破壊力はキリトを赤面させるに十分だった。

 

「……何をじろじろ見ているのかしら?」

 

 頬をほんのりと赤く染めたアスナがジトーッっとした目をこちらに向けている。アスナからサッと目線を外したキリトは、浮き輪を頭から被ると水辺に近寄り水の温度を確認した。

 現実世界の日付は十二月二十一日。真冬と言って間違いない日付であったが、どうやらこの世界の気候とはリンクしていないようで、冷たさと感じるものの動きを鈍らせるほどではなかった。ゆっくりと水に入り流れの速さも確認したキリトは、これなら問題ないとアスナに合図する。それを見て、アスナも浮き輪を被り慎重に水に入ってきた。

 

 その瞬間、水に濡れたチュニックが半透過エフェクトを発生させる。

 

 当人は気づいていないのか、「なんか懐かしい感じー」とご機嫌な様子で水面にぷかぷかと浮いている。ここで指摘すれば藪蛇になると判断したキリトは真面目な表情を作りつつ、アスナの胴体と浮き輪の間に左手を突っ込み抱えこむ。突然の行動にアスナは一瞬固まったものの、すぐに意図を察したのか右手を同様にキリトの浮き輪に差し込んだ。

 

 お互いに体を安定させた二人は、流れに逆らわないように軽くバタ足しつつ移動を開始する。途中サメのようなヒレが突如として背後に現れ有名なパニック映画のBGMが脳内に流れるが、上陸後にサメのようなヒレを持ったオタマジャクシであったことが判明。

 

 アスナが自らの服の状態に気づき、ダメージが入らないギリギリの膝蹴りがキリトに直撃するまで、二人は砂浜にへたり込んでいた。

 

 

 

「わぁ………! 綺麗な街………!」

 

 主街区のゲートへと辿り着いたアスナが、テンション五割増しのはしゃぎ声を上げる。ベータテスト時代は砂に覆われた地味な街であったが、正式サービスによって追加された<<水路(チャネル)>>によって、第四層主街区<<ロービア>>は素晴らしい景観を生み出していた。

 

 正方形の石壁の中央にある広場に転移門が設置されている。広場から四方に延びる水路によって正方形は四つに分断、整理され、建物の色も白で統一されているため、その景観はあたかも湖に浮かぶ白亜の都という趣だ。

 

「キリト君、早く来て! ゴンドラがいっぱいあるよ! 素敵、ヴェネツィアみたい!」

 

 アスナのテンションは上がりっぱなしのようで、町全体を眺めていたキリトを急かしつつ、自らは水路の近くまで駆けていく。ゲートをくぐってすぐ、街の北部の船着き場でじっくりとゴンドラを検分していたアスナが、「これが良い!」とアイボリーホワイトの二人乗りゴンドラを指差す。船頭に料金の五十コルを払い主街区広場まで行くように頼むと、ゆっくりとメインチャネルを南下していく。

 

 舳先(へさき)に立つアスナがフードを外し、歓声を上げながらキョロキョロと周囲を見渡している。現実世界のイタリア北部ヴェネツィアではゴンドラでの観光ができるということは、キリトもテレビなどで見たことがあり知識として知っている。目の前ではしゃいでいる少女が実際に行ったことがあるかどうかはわからないが、ずいぶんとお気に召したようだ。

 

「あんまりはしゃいで、落ちるなよー」

 

「わかってるわよ!」

 

 口調こそ怒っているものの、その表情は満面の笑顔だ。普段はクールな雰囲気の細剣使い(フェンサー)さんの、年相応と言っていいだろう無邪気な姿に笑みをこぼしつつ、キリトは情報を得るために船頭――ゴンドリエーレというそうだ――に質問をする。

 船頭が言うにはこのゴンドラでは町の外まで行くことはできないらしい。ならば他の船ならどうかと聞くと、答えられないと返ってきた。

 

――一休みした後は、情報収集を優先だな。

 

 情報収集の依頼を出すべくアルゴへのメッセージを打ち、ちょうど送信し終えた頃にゴンドラが中央広場の南側にある船着き場に到着した。

 船から降り、ゴンドラが北に戻っていくのを見送ったキリトは、何はともあれ転移門を開通させなくてはと先に降りていたアスナの方に振り向く。

 するとその目の前で、アスナは瞳にお星さまをキラキラさせながら言った。

 

「すっごく、楽しかった!」

 

「……それはよかった」

 

「また乗ろうね!」

 

 クールでシニカルでミステリアスな細剣使い(フェンサー)様は、この街の景観とゴンドラによって完全に普段の雰囲気を忘れてしまったらしい。瞳はキラキラ輝いており、尻尾があればぶんぶんと振っていることは間違いないほどにご機嫌だ。

 

 アスナのその様子を見て、キリトは現実世界にいる妹の存在を思い出す。

 ここ数年はキリトが一方的に拒絶したせいで疎遠になってしまったが、幼いころは仲が良く一緒に遊んでいた。好奇心旺盛なキリトの妹は面白そうなことがあるともう一度やろうと、キリトによくせがんだものだ。

 

 そんな妹の面影を目の前の少女に見たキリトは、「また後でな」とアスナの頭をポンポンと撫でた。その動作はキリトにとって懐かしく慣れた動作であり、ごく自然に、当たり前のように行われた。

 

「あ……ぅ……!」

 

 頭を撫でられぽかんとしていたアスナの顔が急に真っ赤になったかと思うと、ばっという効果音を立てて後ろを向いた。どうやら恥ずかしかったらしく、アスナは両手で頬を押さえている。

 そういえばこんな反応をされたこともあったなぁと、キリトは苦笑いしながら後ろを向いたアスナの頭をぽんと撫でつつ、自らは転移門に近づく。とにもかくにも転移門の有効化をしなければならない。時刻は午後二時過ぎ。ボスが倒されてからそろそろ一時間が経過しようとしている。下の階層の転移門の前では多くのプレイヤーたちが、有効化を今か今かと待っているに違いない。

 

 この景観を見れば間違いなく<<街開き>>は大騒ぎになるだろう。有効化したらすぐに逃げるところを探さないとなと頭の中で考えつつ、キリトは転移門に手を伸ばした。

 

 

 

 中央広場の外周部に佇む小さな宿屋の一室、そのソファに座っているアスナは、同様に座っている黒髪の少年を前に顔を上げることができないでいた。

 

 問題となったのはつい先程、主街区に入りゴンドラで中央広場まで移動した時のことだ。街の景観に感動し、憧れていたゴンドラに乗るという経験をしたアスナは、その楽しさと嬉しさのあまりどうやら完全に自分を見失っていたらしい。

 

――まさか、キリト君に……な、撫でられるなんて……。

 

 確かに、普段の自分を忘れ本来の好奇心旺盛さが出てしまったことは否定しない。現実での夢が思わぬ形で叶ってしまい、嬉しさのあまりはしゃぎすぎてしまったことも事実だ。それでも、それでもと、アスナはそっと視線を上げ対面に座っているキリトを窺う。

 

 すると、キリトがそれに気づいたのか頬を掻きながら困った表情をしているのが窺える。

 

 困らせている、それは理解している。

 しかし、仕方ないではないか。目の前の少年がお兄ちゃんに見えたなどと、言えるわけがない。

 

 アスナには少々歳の離れた兄がいる。

 既に社会人である兄は基本的に海外での勤務が多いため、普段会うことはほとんどなかった。それでも兄妹仲は良好で、両親に甘える機会を得ることができなかったアスナにとって、唯一甘えることができる家族だった。

 まだ自宅で共に住んでいた時、幼いころから勉強や習い事などで自分の時間をほとんど作れなかったアスナであるが、ちょっとした時間を見つけては遊んでもらい、また兄もアスナを気遣って顔を見せに来てくれた。

 

 アスナが中学に上がる頃には就職し、会う機会は減ってしまった。それでも、たまに会うことがあるとアスナを気遣い、笑いかけ、出かける前には必ず頭を撫でてくれた。両親が多忙で、また厳格であるため距離を感じていたアスナにとって、兄だけが家族の親愛の情を感じさせてくれる存在だったのだ。

 

 その兄とも、このゲームに囚われたことでもう会うことはできないだろうと思っていた。

 無論、今のアスナは簡単に死ぬつもりなどない。努力し、前に進み、現実世界になんとかして帰ってやろうという気概を持つことができている。だが、この世界が気概だけで生き残ることができるほど甘い世界ではないということもまた、アスナは理解している。

 

 ナーヴギアを購入してきたのは兄だった。

 厳格な家庭で育ってきた兄がどういった経緯でSAOに興味を持ったのかはわからない。それでも、正式サービス開始の日に出張が重なってしまい、随分と残念がっていたことを覚えている。

 

 兄がそんなに楽しみにしているなら、自分も体験してみたい。

 

 明確には思い出せないものの、恐らくそんな軽い気持ちで、アスナはあの日ナーヴギアを被ったのではないだろうか。

 

 兄に対して恨みだとか、怒りだとかを感じてはいない。アスナがあの日から二週間も宿屋に籠り続けて感じていたのは、両親に見捨てられるかもしれないという不安。そして何よりも、家族にもう会えないかもしれないという寂しさであった。

 

 寂しい。アスナは、いや目の前の少年も、恐らくこの世界のプレイヤーほぼ全てが寂しいと感じているに違いない。

 

 だからこそ、先ほどの彼の行動は衝撃的だった。

 

 女性の頭を簡単に撫でるなど許されるものではない。事実彼以外の男性であったならば、アスナは細剣を抜き水の中に叩き落とすか、ハラスメントコードで黒鉄宮(こくてつきゅう)に送っていたに違いないだろう。

 

 だが、それを行ったのが自分が信頼を置いている少年で、撫でられた瞬間に見た彼の表情から下心等感じなくて、まるで現実世界で兄が撫でてくれた時のように自然で、安心感を得られてしまって。

 

 あの時彼が自分に向けてくれた感情は、親愛の情に間違いない。

 

 それに気づいた瞬間に、アスナの脳内は完全にパンクした。

 この世界で絶対に得ることができないと思っていた感情を目の前の少年から与えられ、それにどう対応していいかわからず、ただただ赤面し後ろを向くのが精一杯だった。

 

 そんな嬉しさと恥ずかしさが盛大に混ざり合った感情を五分や十分で抑えることなどできるはずもなく、完全に思考が停止したアスナはキリトに手を引かれながら宿屋に移動し、部屋に入ってからも赤面したまま俯くことしかできなかった。

 

「あー、その、……アスナさん?」

 

 キリトの声に、アスナはびくりと体を震わせる。

 部屋に入ってからこの方会話などしていないし、そもそも何を話せばいいのかわからなかった。

 

「その、気軽に頭撫でちゃって、ごめんな? イヤ、だったよな?」

 

 アスナは首を振る。

 嫌ではない。びっくりしただけだ。恥ずかしかっただけだ。

 

 アスナは無言で否定し、少しだけ視線を上げる。こちらを見たキリトはガシガシと頭をかいており、どうすりゃいいんだと悩んでいるように見えた。これ以上はこちらから話さなければどうしようもないだろう。

 

「……あのね、びっくりしたの」

 

「……はい」

 

「急に頭撫でられて、恥ずかしくて」

 

「……ごめん」

 

 再びの謝罪にアスナも再び首を振った。

 謝ってほしいわけではないし、糾弾するつもりもないのだ。

 

「嫌じゃなかったの。ただ、キリト君すごく自然に撫でたから、お兄ちゃんみたいだなって思っちゃって……」

 

 アスナの言葉に、キリトが息を吞んだように見えた。

 

「現実でも兄がいたから、ちょっと思い出しちゃったの。頭撫でてもらえて嬉しくて、でもキリト君だったから恥ずかしくて……」

 

 そこで一旦区切り、アスナは意を決して顔を上げキリトを見る。

 

「固まっちゃって、ごめんなさい。でも、次にするときは、事前に言ってからに……」

 

 してもらえると、と続けるつもりであったが恥ずかしさが勝ってしまい、結局最後まで言うことができなかった。手を握ったり握られたりというのは、第二層のボス戦以来何度かあった。しかし、今回はそこから急激にランクアップしてしまった感がある。

 

 恥ずかしさで、再びアスナは俯いた。

 顔が熱を持っているから、赤くなっていることは間違いないだろう。結局同じ状態に戻ってしまったが、完全に感情に振り回されている今のアスナにはどうしようもできなかった。

 

「あ、アスナさん。それは、その、また撫でてもいい、ってことですか、ね?」

 

 キリトの問いに、こくんと頷く。

 キリトの表情を窺えば、顔が赤く染まっている。自分が随分と恥ずかしいことを言っている自覚はある。しかし、彼によって寂しさを一時的にでも忘れることができたのだ。アスナは、この気持ちに逆らうことができなかった。

 

「その、俺も現実に妹がいたから、こんなこともあったなぁって思い出しちゃってさ。不快じゃないみたいで、安心しました。……また、することがあるかもしれないけど、今度は、気を付けます……」

 

 アスナは無言のまま、再び頷いた。

 彼にも妹がいるということは、アスナ同様に寂しい思いをしていたに違いない。ならばこれはwin-winなのだ。決して自分だけが望んでいるわけではないのだと、アスナは自分にそう言い聞かせる。

 

 ソファの対面同士に座っている二人は顔を真っ赤に染めたまま俯いている。

 結局、今後の行動方針のミーティングを始めることができたのは、時計の針が四分の一ほど回った後であった。




僕もアスナさんの頭撫でたい。
一番最後の会話の部分はどうオチをつけるかで悩みました。

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