Re:SAO   作:でぃあ

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大変、大変お待たせいたしました!

うどん2017様に推薦を書いていただきました。いつも誤字報告でお世話になっておりますが、まさか推薦までいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。

誤字報告、ご感想、ご評価も毎度ありがとうございます。モチベーションの糧になっておりますので、今後もぜひ頂戴できればと思います。

クリスマス前夜の二人

付き合ってないからこの子たち(真顔


第二十五話

 夜間のモンスターは昼間に湧く同種のモンスターよりもレベルが若干高く設定されており、モンスター討伐によるレベリングを旨とする攻略組の者達には格好の経験値稼ぎの時間と言える。キリトもアスナもこの階層でこれ以上のレベリングは厳しくなりつつあったが、主街区の討伐系クエストの報酬と合わせればそれなりの効率で稼ぐことができる。

 

 時刻は十二月二十三日午後十一時。フィールドボス攻略会議の終了から五時間かけて主街区のクエストを片っ端から受注し消化していき、キリトはレベル19、アスナは18と、この階層でこれ以上は厳しいと言える程度には自身の強化に成功していた。十分な成果を上げ満足した二人は拠点にしている南東エリアの宿屋へと戻り、一階ロビーに設置されたソファーに腰を下ろしてミーティングを行っていたが、笑顔のアスナと対照的にキリトは自分の表情が冴えないものであることを自覚していた。

 

 今キリトの悩みの種になっているのは明日の予定だ。主街区のクエストも消化し終えたためこの街で行うべきことが完全に無くなっている。フィールドボス戦の出発は午後二時過ぎであるから、明日の午前中はフリーの時間となることが確定していた。本来ならば開いた時間は全てレベリングに費やすべきなのだが、昼の時間帯に主街区東の森で狩りをしたところで碌なレベリングにならない。かといって、水没ダンジョンまで向かうには移動時間も含めると大した時間狩りができないし、その後に控えているフィールドボス戦の前にティルネル号の耐久値を削るのはよろしくないだろう。

 

 第一層ボス戦の前々日からパーティーを組んできた二人は、ここまでの約三週間を全力で駆け抜けてきた。朝起きて狩りをして、クエストを消化し、短い時間の休憩を挟んでまた狩りに行く。誰がどう見てもハードスケジュールであったのだから、偶然できた半日の空き時間を休息のために使うのは何も問題がない。しかし、明日の日付は十二月二十四日。日本人ならば誰もが知っているであろうビッグイベントの日付であることが、キリトを悩ませる。

 

 思い浮かぶのはDKBのシヴァタに声を掛けられていたアスナの姿。リンド以外のDKBのメンバーから直接、しかも二人きりで話したいと言われることなど今までなかった。これが示していることは、DKBというギルドからの話ではなくアスナ個人への話であるということだ。

 

 パーティーを組んでいるとはいえ、いや、パーティーを組んでいるからこそ、個人的な話に対して突っ込むのは良くないだろう。ならば、明日は自由行動ということにして我関せずの態度を貫くべきだろうか。それはキリトにとって一番楽な結論であったが、現実的な問題が理由となって却下される。

 

――いや、駄目だな。午前中はともかく、フィールドボス戦の後のことは決めておかないとどうしようもない。

 

 ティルネル号は一隻しかない。午前中はどうにでもなるが、フィールドボス討伐後の選択肢が主街区に戻るか次の街へ向かうかの二つしかない。クリスマスの予定ならばメインは夜の時間だろう。つまり、どうしてもアスナの明日の予定をこの場で聞いておく必要があった。

 

 攻略会議後に感じていたもやもやとした感情が、再びキリトの心を占める。聞くべきだが、聞きたくない。しかし、聞かなければどうしようもない。キリトが対面に座るアスナに視線を向けると、黙り込んだキリトを訝しく思っていたのだろうか、窺うような目でこちらを見ていた。

 

 結局、この話題から逃げることはできないのだ。パーティーメンバーならば明日の予定を聞くことは何の問題もない。これは必要なことだとキリトは自分に言い聞かせると共に、もやもやとしている自らの心に発破をかける。

 

「あ、アスナさん。相談したいことが、あります」

 

「……どうしたのよ、急に改まって。黙ったかと思えばそんな怖い顔で」

 

 どうやら表情が強張っていたらしいが、今更どうしようもない。

 

「その、今日主街区のクエスト全部終わらせちゃったからさ、明日やることがないんだ。だから、フィールドボス戦の集合までは自由に過ごすとして、ボス戦の後なんだけど」

 

「…………」

 

 そこで一度話を区切ると、アスナは無言で続きを促すようにこちらを見ている。その視線を受けながら、キリトは極力感情を抑えて肝心の質問をアスナに問いかけた。

 

「明日の夜、何か予定入ってますかね? その、アスナに予定があるなら、主街区に戻ろうと思うんだけど……」

 

 キリトの言葉は、質問ではなく確認に近い。明日の夜、目の前の彼女は自分以外の誰かとクリスマスを過ごすはずだ。言葉にしたことで、キリトの想像でしかなかった光景に現実感が伴い、もやもやとした感情が黒く濁っていくように感じる。自分の大切な相棒がたった一日でも他人の横に立つという事実。ここで初めて、キリトは自らの感情がどういうものであるかに気付いた。

 

 恐らく、自分は嫉妬しているのだ。

 

 アスナが自分以外の者の隣に立つ姿など見たくない。その光景を想像するだけでも腹が立つ。自分に手を差し伸べてくれた彼女を誰にも渡したくない。

 

 そんな黒い感情が、キリトの心の中に沸々と沸き上がってきた。

 

 しかし、それを表に出すことは許されない。自らを信頼してついてきてくれている彼女に、自分の醜い姿は見せたくないのだ。キリトは拳をぐっと握り締め、自らの黒い感情が表情に、言葉に出ることを抑える。

 

 こちらを見ているアスナは、じっとこちらを見たままキリトの質問に答えていない。予定はある、じゃあ主街区に戻ろう。これだけの会話を行うためだけに、キリトの精神は悲鳴を上げている。雰囲気に耐えかね、キリトはアスナから目線を外した。

 

 会話が終わってさえくれれば、キリトは彼女に無様な姿を見せることなく部屋に籠れるのだ。頼むから早く言ってくれと、心から願う。

 

「……君、本当に何も聞いてないの?」

 

 やっと発せられたアスナの言葉に、即座に頷く。そうだ、何も聞いていないのだ。だから早く……。

 

――んん?

 

 急に話が変わったように感じたキリトは、ばっと音がする勢いでアスナを見る。するとなんてかわいそうなのこの人、という視線がこちらに向けられている。

 

 何かが、おかしい。

 

 やれやれといった体で溜息をつき首を横に振ったアスナを見ながら、キリトは急激な流れの変化についていけず只々ぽかんとする他なかった。

 

「あのね、明日フィールドボスを倒した後に二大ギルド合同でクリスマスパーティーを開くのよ」

 

「……は?」

 

「確かに、キリト君を誘えないから謝っておいてくれとはシヴァタさんに言われたけど……。まさか、本当に誰からも話を聞いてないとは思わなかったわ」

 

「…………」

 

 くりすますぱーちぃ。言葉が出ない。開いた口が塞がらない。今まで自分が悩んできたのは一体何だったのだろうか。

 

 散々思い悩んでいた会議後の会話の内容は、まさにキリトの見当違いだ。キリトが思い描いていたような会話の風景は吹っ飛び、新たにシヴァタがアスナに頭を下げている光景が思い浮かぶ。

 

 なんと、なんと馬鹿らしい。

 

 考えてみればすぐにわかることだった。そういった目的で声をかけるなら、あんな大勢の人がいる場所でするわけがないではないか。攻略組内にアスナのファンは多いはずだ。誰かが二人きりで話したいなどと声をかければ、間違いなく視線が向けられるなり邪魔が入るなりするに違いない。それなのに何もなかったということは、あの場でシヴァタがアスナに声をかけるのは全員が知っていたということだ。

 

 キリトの身体が横に倒れ、ソファーに沈む。そんなキリトの様子を見たアスナのかわいそうなものを見る視線を一身に受けることになったが、キリトは全身から気力が抜けていくのを止めることができなかった。

 

 

 

 目の前でだらんとソファーに横たわり涙を流している相棒の姿を見て、アスナは溜息をつくのを抑えることができなかった。誘えないから謝っといてくれとは確かに言われたが、まさか誰からも連絡が回っていないとは。

 

――もしかして、キリト君ってわたしの予想以上に嫌われてるのかしら……?

 

 いや、そんなことはないはずだと、アスナはすぐに自らの考えを否定する。

 本当に嫌われているのなら謝っておいてくれ等と言われない。少なくとも両ギルドの幹部からキリトに対しての文句を聞いたことはないし、彼に不穏な視線を向けるのは極一部だ。ならば、今回は本当に偶然誰からもメッセージを貰えなかったということなのだろう。

 

――とは言え、この状態を見るとなんか可哀相よね……。

 

 余りの光景に笑いの一つも出そうなものだが、さめざめと泣いている姿は普段とは違いとても幼く見えて、母性本能をくすぐられるというか、よしよしと慰めてしまいたくなる。精神を持ち直した後のキリトのリアクションを想像するとそれはそれで楽しそうではあるのだが、本題はそこではない。キリトから問われたのは明日の予定だ。

 

「話を戻すけど、明日の予定は何も入ってないわよ。というか、今まで君が行動管理をしてきたんだから、わたしが勝手に予定を入れるわけないでしょう」

 

 むくりとキリトが起き上がる。どうやら平常運航に戻ったようで、横になっていた時は流れていた涙はすでに止まっており、随分と器用なものだとアスナは何故か感心してしまう。

 

「クリスマスパーティー、行かないのか?」

 

「行かないわ。だから、明日主街区に戻る必要はないわよ」

 

 パーティーの参加自体は既に断りを入れている。多くの人から連絡を貰っていたため申し訳ないとは思うが、その全てが男性プレイヤーからのものであるし、一人だけ主街区に戻るということができない以上、キリトとコンビを組んでいる自分には参加の選択肢がなかった。

 

「……俺に気兼ねしてるなら、その、気にしなくていいんだぞ? アスナが参加するってなればパーティーも盛り上がるだろうしさ、クリスマスぐらい攻略を忘れても……」

 

 だというのに、目の前の少年は自分を気遣って参加しろと言ってきた。この流れになることはアスナもわかっていた。わかっていたが、それでもアスナはいら立ちを隠すことができない。

 

「わたしは参加しないって言ってるのに、君はそんなに参加させたいわけ? もしかして、明日誰かと過ごす予定でもあるの?」

 

「な、ないない! そんなのない!」

 

 勢いで明日予定があるんじゃないかと吹っかけてしまったが、もしここであるなどと言われたらアスナは盛大に動揺したに違いない。首を横にぶんぶんと振りながら否定する彼の姿にアスナは内心ほっとするが、それを表情に出すことなく続ける。

 

「なら、いいじゃない。そもそも、大げさなパーティーとかあまり好きじゃないの。だから、ボス戦が終わったらそのまま次の街に行く、それでいいわよね?」

 

 確認の形を取っているが、これは決定だ。キリトとてクリスマスパーティーの話を聞かなければこう言っていただろう。しかし、彼は未だ申し訳なさそうな顏をしている。本当に行かなくていいのか、自分のせいで行くと言えないんじゃないか、恐らくはそんなことを考えているに違いない。

 

「……納得して無さそうね?」

 

 アスナの言葉にキリトがすっと視線を逸らした。目の前の少年は他人を気遣うことができる優しい人だが、時折妙に自虐的になる。君のせいでは無いと言っているのに、自分のせいだと思い込むのだ。

 こういう時彼にはごまかしがきかない。ならばと、実に恥ずかしい本音を言わされることに恨みがましい気持ちになりながら、極力感情を抑えて一言放つ。

 

「……君が一緒じゃないなら、参加しても意味ないでしょう」

 

 結局はこれに尽きる。彼のいないパーティーに参加したところで楽しめるわけがない。そもそも、彼が一緒じゃないならクリスマスを祝う必要などないのだ。だというのに、彼はどうしてそれをわかってくれないのだろう。

 

 ぽかんとしているキリトの顔が見えるが、パーティーに関してこれ以上のことを言うつもりはない。ソファーの背もたれに背中を預け、目を(つむ)り、腕を組み、ついでに足も組んでしまう。キリトが納得するまではこの体勢を崩さない。数秒、いや十秒ほど経ってから(うっす)らと目を開けてみれば、キリトが少々顔を赤くして頬を掻きながらちらちらとこちらを窺っているが、それに構うことなく再び目を(つむ)る。

 

「わ、わかりました。じゃあ、明日ボス戦が終わったら、そのまま次の村に行くということで……」

 

 少しだけ目を開け流し目でキリトを見れば、観念したように膝に手を当て軽く頭が下がっている。

 

「最初からそう言っていればいいのよ、全く」

 

 背もたれから身体を起こして体勢を戻せば、頭を上げたキリトと目が合った。彼の黒い瞳がこちらを向いており、安堵の色が浮かんでいるのがわかる。

 視線が合うことは特に珍しいことではない。彼にとっては不本意なこととは思うが、二人の身長は大して変わらない。並んで歩いているときに話をするため横を向けば自然と目は合うものだ。だからこそ、今彼と視線が交差している状況は極めて不自然な状況と言えた。

 

 十秒、二十秒とじっと見つめ合っている。普段なら精々二、三秒程度の時間で視線が外れるというのに、何故かこの時だけは視線が合い続けた。何となく、何となくではあるがこうなっている理由は理解できる。お互いに、次に何を話すべきかがわかっているからだ。

 

 クリスマスパーティーの話はボス戦の後、つまり午後の話だ。では、丸々と時間が空いている午前中はどうするのだろう。彼とパーティーを組んで以来、初めてと言っていい大きな空白時間。普通の日ならば適当に素材集めでもしようと誘っていたに違いないが、偶然にクリスマスイブというイベントの日に重なったのだ。いつもとは違うことをしたい。そう考えてもおかしくないはずだ。

 

 どちらが先に口を開くかはまだわからない。だが、もし叶うなら彼から、自分が望んでいることを口にして欲しい。そんなことを考えながらも視線は合い続け、時間は進んでいく。恐らく一分ほど経ったころであろうか、結局我慢できなくなったのはアスナの方だった。外した目線が斜め下に向き、膝の上に置いていた手に力が入りグッと握られる。

 

「明日の、午前中のことだけど、さ」

 

「……うん」

 

 素直になれと、頭の中で声が上がる。先ほどは素直になれたのだ、今度だって素直になれるはずだと、脳内の自分が叫んでいる。彼から言ってもらえなかったのは仕方ない。でも、自分から言うことができれば望みは叶う。たった半日なのだから、自分がしたいように動いてもいいじゃないか。彼は予定がないと言っていたのだから、少しくらい甘えても問題ないはずだ。

 

 心を決めたアスナは自らの望みを声に出そうとして、止まった。

 

 甘え、という言葉がどうしてもアスナの行動にブレーキをかける。今までだって散々甘えてきているのに、まだ自分は彼に寄りかかるのか。たった半日、されど半日だ。やることはないと口に出しても、それは前進ができないということであって、やるべきことがないわけではない。半日あれば素材集めでも、情報収集でも、ドロップ品の取引だって行うことができるのだ。アスナが望んでいるもののために時間を使うなど、彼にとってはデメリット以外の何物でもない。

 

 これは、一方的に利益を享受している自分から言えることではない。彼が望んで初めて実行に移せる類のものだ。彼が今無言ということは、それを望んでいないということなのだ。アスナはそう考えることで、自分の心の声を抑え付けた。

 

 胸が痛む。ただのアバターであるはずのこの身体に心臓などないはずなのに、きゅっと胸が締め付けられる。

 

 キリトという少年と共に行動することは、現実世界に戻るために前に進み続けたいアスナにとって最善手であるはずだ。それは現在のアスナのレベルが証明しているし、感情面でも自暴自棄であった自分に前に進むための希望を示してくれた。彼が自分を支えてくれるように、自分も彼の進む道を支えたい。この世界で多くの人と会う機会があったが、一緒に居たい、隣に居たいと思うのはキリトだけだ。

 

 それなのに、今アスナはどうしてもキリトから離れたいと思っていた。

 

 一秒ごとに胸の痛みが強くなっていき、同時に何故かわからないが悲しみも感じる。早くこの場から離れないと、自分を抑えきれなくなる。そう感じたアスナは、普段よりもかなり早い口調で言葉を発した。

 

「自由行動ってことで。わたし、眠くなったから寝るね、おやすみ」

 

 必要最低限のことだけ伝え立ち上がったアスナは、早足で階段へと向かう。

 

「アスナ!」

 

 後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてくるが、構うことなく階段を登っていく。早足のまま廊下を歩き、二階にある自室に戻ったアスナは部屋の隅にあるベットに腰を下ろした後、部屋着に着替える。身体に纏っていた鎧が消えると同時に、心に纏っていた鎧も脱いでしまったらしい。いつの間にか目尻に浮かんでいた涙をそのままに、アスナはベットの上で体育座りの姿勢を取った後、膝に顔を埋める。

 

――どうしてこんなに弱くなってしまったんだろう。

 

 あんな行動をすれば彼に迷惑をかけるのはわかっているのに、なんと情けないことなのか。目尻から涙が落ちるのを止めることができなかった。今日はこのまま寝てしまおう。クリスマスプレゼントは明日の午前中に作ればいいし、寝ればいつも通りの自分になれるはずだ。ベットの足元に置かれている毛布の下に足を入れ横になるべく身体を倒そうとした時、コンコンとノック音が鳴り、扉から聞きなれた少年の声が響く。

 

「ごめんアスナ、まだ話があるんだ。入ってもいいかな?」

 

 アスナの様子を見て追いかけてきてくれたのだろうが、正直に言って今会いたいとは思えない。しかし、拒否するという選択肢はない。アスナは自らの状態を確認する。

 

 部屋着になってはいるがおかしな点はないはずだ。足を毛布から抜きベットに腰掛けるような体勢に戻した後、「入っていいよ」と答えると扉が開き、恐る恐るといった感じで部屋に入ってきたキリトの視線がアスナに向けられる。するとキリトは頬を掻きながら一瞬視線を逸らしたが、すぐにこちらに向き直った。 

 

「明日のことで話したいことがあってさ、座ってもいいかな?」

 

 その問いに頷くと、キリトは備え付けられた椅子をベットの近くまで持ってきてから座り、真剣な表情を作った後すぐに話し始めた。

 

「夜も遅いから単刀直入に話すけどさ、明日の午前中アスナに予定がないなら……少し、観光でもしないか? ここまで駆け足だったから、まだ見れてないところも多いと思うし、いい機会かなと思うんだけど」

 

 その言葉はアスナの欲しかったものに相違なく、喜びがアスナの心に沸きあがる。ロビーにいたときにこの言葉を聞くことができたら、満面の笑顔――が素直に出せるかどうかはわからないが――と共に頷いていたに違いない。今頃ベットの上でクリスマスプレゼントは何にしようかと、鼻歌交じりにウィンドウを操作していただろう。

 

 しかし、今のアスナには一つの疑念が生まれていた。この言葉は、自分が無理矢理言わせてしまったものではないのかと。頷いてしまえと心の中のアスナは言うが、もし無理をさせているならという考えが少しでも浮かんでしまった以上、素直に受け取ることができなかった。 

 

「わたしも、そうできたらなって思ってたから、キリト君から言ってもらえるのは嬉しいよ。でも、キリト君無理……してない?」

 

 窺うようにキリトを見れば、頬を掻きながら「やっぱりなー」と気まずそうに口にしている。やはり無理を言わせたのかと思ったが、続けられた言葉にそれは否定された。

 

「あー、してないよ、全くしてない。ホントはさっき言おうと思ってたんだけど、その、どうも気恥ずかしくてさ……。あと、十秒あれば、言えてたと思います、はい」

 

「あ、そ、そうなんだ……」

 

 キリトの表情から嘘をついているようには見えない。なら、本当にもう少しあの状態が続いていたら口に出ていたのだろう。どうやら、この状況が作り出されたのは我慢できずに席を立ってしまった自分のせいらしい。

 

「ということでですね、明日、どうでしょうか?」

 

「……うん、お願いするわ。クリスマスイブだし、少しくらい攻略から離れてもいいわよね……?」

 

「ああ。ネットゲーム……というにはちょっとハードに過ぎるけど、こういうイベントの日は楽しまなきゃ損だ。もしかしたら雪でも降るかもしれないぞ?」

 

「雪……か。確かに、十二月なら降ってもおかしくないわよね。この階層はどう見ても南国系だけど」

 

 現実世界ならば雪の一つも降っておかしくのない季節であったが、この第四層は元々が砂漠エリアというだけあって、気候は温暖でどちらかと言えば雪よりもスコールの方が似合いそうな風景だ。しかし、そんな場所であっても雪が降ってほしいなぁと思うのは、実に日本人らしい思考なのかもしれない。

 

「まあ、実際に降るかどうかは明日……いや、もう今日か……のお楽しみってことで」

 

 時刻を見ればすでに十二月二十四日になっていた。メリークリスマスというべきなのかもしれないが、それは明日に取っておくべきだろう。

 

「ふふ。じゃあ、明日雪もそうだけど……エスコート、楽しみにしてるわね?」

 

「それはあまり期待しないでほしいな……。明日は午後一時にはこの階層に戻って準備するとして、集合は……八時でいいかな?」

 

 今からならば八時間程度ある。問題ないと、アスナは頷いた。

 

「じゃあそういうことで。俺も部屋に戻るよ……おやすみ、アスナ」

 

「うん。おやすみ、キリト君」

 

 自室に戻るキリトを扉の前で見送った後、アスナはベットの前まで戻りそのままボフンと正面からベットに飛び込んだ。

 

 顔を枕にギュッと押し付ける。何だかんだとあったとはいえ、アスナが望む通りの展開になった。今自分の顔は間違いなく真っ赤になっているに違いない。クリスマスを彼と過ごせるということも嬉しいが、それ以上に彼が自分と同じように考えてくれていたことが嬉しいのだ。

 

 足をパタパタと動かし、沸きあがる感情を必死に抑える。このまま眠ってしまいたいとも思ってしまうが、やらなければならないことはそこそこにあるのだ。

 

「よし!」

 

 声と共にがばっと起き上がり、アスナはメニューウィンドウを開く。<<カレス・オーの水晶瓶>>を取り出して裁縫スキルをセットした後、裁縫用具と様々な色の布をストレージからオブジェクト化し裁縫スキルを選択する。アスナの裁縫熟練度は50を少し超えた程度ではあるが、普段着るような服や小物に関しては熟練度に関係なく作成することができる。無論複雑なデザインや相応の性能のものを作るためにはそれに応じた熟練度が必要となるとはいえ、着回しするには困らない程度の服を片手間のスキルで揃えられるのは裁縫スキルのメリットと言えるだろう。

 

 作成できるものの一覧や、デザインの一覧を見ながら、どんなものがキリトに似合うかと頭の中で想像しながら選んでいく。何しろキリトに渡す初めてのプレゼントであるし、それも手作りとなると現実世界を通じても初めての経験になるかもしれない。スキル熟練度が低いのは仕方ないにしても、出来る範囲の中で最善を尽くしたい。

 

 アスナは鼻歌を歌いながら、作成物・デザインをポンポンと変更していき完成予想図を確認していく。ある程度時間がかかるとは想定していたが、やり始めてみると止まらないし、中々決まらない。だが、こういった楽しいことで寝る前の時間を使えるのはとても有意義なことだろう。結局、アスナの部屋の明かりが消えたのは午前二時を過ぎた辺りであった。




付き合ってない二人をどうやってイチャコラさせるかが問題なのです

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