Re:SAO   作:でぃあ

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大変長らくお待たせいたしました。第四層完結篇です。

UAが45000、お気に入りが550件を超えました。皆様の応援に感謝いたします。

モチベーションにつながりますのでぜひ、ご感想、ご評価をいただければ幸いです。

ヨフェル城の戦い~第四層ボス攻略まで


第二十八話

 十二月二十七日正午。フォレストエルフの大船団がヨフェル城周囲の湖に姿を現した。その戦力は事前の想定である<<おおよそ十隻>>よりも多く、ダークエルフ陣営の大型船八隻の倍となる十六隻に達している。最初の正面衝突でダークエルフ側が一隻、フォレストエルフ側が二隻脱落していたため七対十四の戦いとなったが、ダークエルフ陣営は城への上陸を防ぐべく密集しているため、辛うじて防戦が可能になっていた。

 

「突っ込むぞ! しっかり掴まってろよ!」

 

 戦いの激戦区は湖の北部となったが、ティルネル号では十隻乗りの大型船と正面から戦うのは厳しいため事前に死角となる位置に待機し、アスナに耐久値を回復させてもらった<<アルギロの薄布>>を被って奇襲を狙っていた。交戦が始まると同時に後方からの衝角突撃(ラムアタック)で一隻を撃沈。次いでこちらに気付いた船の突撃を小型船特有の足回りの良さを生かして回避しつつ、二隻目の大型船に突撃を敢行する。

 

 <<炎獣の衝角>>が敵船の唯一の弱点となる船尾に突き刺さると、水蒸気が発生した後爆発、後ろ半分が派手に吹っ飛ぶ。

 

「よし、二隻目!」

 

 交戦が始まって二回の突撃で二隻の撃沈という理想的な展開に快哉(かいさい)を叫ぶと、殆ど同時にこちらに船尾を向けている船があるとアスナの声が聞こえた。

 

 撃沈確認をする暇もなく、アスナに言われるままに櫂を動かし目標に向かって船首を向ける。油断なく周囲を窺い続けるアスナの姿は極めて頼もしいが、何故か普段より好戦的な気がするのは気のせいだろうか。

 

「むっ、一隻沈められたか」

 

 同乗するキズメルが向ける視線の先には、船を破壊され叫び声を上げながら湖へと落ちていくダークエルフの兵士たちの姿があった。その周りではダークエルフの船に完全に密着したフォレストエルフの船から兵士が飛び出し強襲をかけている。ダークエルフ側も必死に防戦しているが、白兵戦となってしまえば数の差が物を言うため湖に落ちる数はダークエルフの方が多いようだ。

 

――上陸されるのも時間の問題だな。

 

 守るべき秘鍵は城の五階にある城主ヨフィリスの執務室にある。城内の兵士は迎撃のために出払っているため城門前に布陣した衛兵達が最終防衛ラインとなるわけだが、陸上戦となれば数の差はより顕著に戦況に影響するだろう。

 

「カレス・オーの勇敢なる戦士たちよ! 人族と組んだ卑劣なダークエルフ共を湖の藻屑へと変えてやれ!」

 

 フォレストエルフの旗艦から大声が戦場に響き、同時にフォレストエルフの兵士たちから歓声が上がる。統率された指揮の元で戦うことができているフォレストエルフ陣営とは違い、ダークエルフ陣営は個々の船の指揮官こそいるものの全体を見渡し統率するべき上級指揮官が居ない。ダークエルフが人族と組んだという言葉には疑問が浮かんだが、残念ながらそれを考える暇はないようだ。

 

「旗艦、狙うべきかな……?」

 

「狙えるなら狙いたいけど、あそこまで密集してると流石に……」

 

 狙いを定めた三隻目の船に衝角突撃を敢行し見事に船尾に命中させた後、戦況が徐々に悪化している周囲の状況を見ながら呟けば、アスナが敵の反撃を細剣で軽々と捌きながら答えてくる。敵の旗艦は船団の中央部に座しているため、接近してからの強襲しか攻撃手段が無い以上、旗艦を直接狙うのは難しい。仮に接近できたとしてもすぐに周囲を囲まれることになるだろう。

 

「素直に端から狙うべきだろうな。正面戦力が不安ではあるが、仕方あるまいよ」

 

 やれやれと言いながらキズメルが反撃を捌き終えるのを見つつ、櫂を目一杯に倒し船団から距離を取る。三隻目の船が爆沈したのを尻目に次の獲物を探すが、こちらに対する警戒も強くなっているようで二、三隻の船の注意がこちらに向いているのがわかった。

 

――まずいな。下手に突っ込めば白兵戦になるぞ……。

 

 周囲を囲まれた状態で白兵戦となると流石に厳しいし、ティルネル号自体にもダメージがいきかねない。ならば、狙いやすい船が出てくるまで一時待機すべきだろう。方針を決め船を減速させようと目一杯に倒していた櫂を引き戻そうとするが、その直前にダークエルフ陣営から大声が響く。

 

「おい、そこの小舟! グズグズしていないで敵の別動隊を止めろ!」

 

 叫んだ兵士が指差す方向を見れば、船が三隻纏まって戦線を離脱し城の桟橋へと向かっているのが見えた。ダークエルフ陣営からは次々に偉そうな命令口調の言葉が飛んできており、視界の端ではアスナが憤慨しているのが見える。しかし、三十人もの兵士の上陸を許せば間違いなく城への侵入を許してしまうのは事実なので、その指示に従う他ない。

 

 アスナとキズメルに視線を()り、頷くのを見てからティルネル号の船首を敵別動隊へと向けた。三隻並んで進んでいる敵船はこちらを警戒しているとはいえ船尾を見せており、少なくとも最初の一撃で一隻は沈めることができるだろう。

 

「左、右、中央。――上陸を阻止するなら、真ん中に行くしかないわね」

 

「そうだな。それに、無理に相手を全員倒す必要はないのだ。櫂を壊すなり操舵手を倒すなりして、無力化してしまえばいい」

 

 中央の船を沈めて間に入り込めば当然両側から攻撃を仕掛けてくるはずだ。その後の白兵戦に対処が可能なら足止めとしては極めて有効的になるだろう。

 

「オーケー! じゃあ真ん中に突っ込むぞ!」

 

 中央の敵船のど真ん中に突っ込めるように進路を調整する。船尾に立つ槍兵が声を上げているが、こちらの突進を止めることは難しいだろう。衝突寸前に苦し紛れの突きを繰り出してくるがアスナが軽々とそれを受け止め、直後に衝角が突き刺さった。

 

 中央の船はたちまち四隻目の戦果となり、兵士たちが湖に投げ出されるのを見届ける。本来なら即座に離脱するのだが、キリトは櫂を前に倒し前進することであえて左右の船に挟まれるように位置取る。当然のように両側から距離を詰められ両舷がぶつかることでティルネル号の耐久が削られるが、これによって両側の船の速度が落ちた。

 

「よし、二人は右の船を頼む! 左の船は私がやる!」

 

 接舷した直後、言い終える前にキズメルが左の船に飛び乗る。俺も遅れるわけにはいかないと、指示を聞いたアスナからのアイコンタクトに即座に反応し、二人で右の船へと飛び込んだ。

 

「薄汚い人族め!」

 

 着地地点の目の前にいた槍兵が怒声を上げ突きを繰り出してくるが剣を横に軽く払うことで受け流し、そのまま距離を詰めつつ剣を右腰に溜めてソードスキルの発動モーションを取った後、右から左へ水平に薙ぎ払う。

 

 単発技<<ホリゾンタル>>が胴体部分の鎧に直撃し、槍兵はそのまま横に吹っ飛びドボンという音と共に湖に叩き込まれた。無理に相手のHPを削りきる必要はない、湖に落として戦闘不能にしてしまえばいいのだ。横目でアスナの方を窺えばそれを心得ているようで、持ち前の敏捷性で繰り出される槍を軽々躱し、上段突き<<ストリーク>>でノックバックさせることで槍兵に船上からご退場願っていた。

 

 船上にいる敵兵は第三層で戦った<<フォレストエルブン・ハロウドナイト>>と違い、第四層の一般的なモンスターと同じ程度のステータスしか持っていないようだ。操舵手を含め残り九人の兵士がいるが、この程度ならば問題なく捌くことができる。と言ってもあまり時間をかけることはできないため、船の前方はアスナに任せて後方にいる操舵手を狙いに向かう。

 

 当然それを阻止するべく剣兵が進路を塞いでくるが、振り下ろされた剣を下から打ち上げることでノックバックさせ、その隙に水平蹴り<<水月>>を先ほどと同じく胴体に打ち込む。本来ならば体術のソードスキル一発で吹き飛ばすことは難しいはずだが、アスナとの効率的なレベリングによってレベル二十に手が届こうとしている俺のステータスがそれを可能にした。剣兵は真横に大きく吹き飛ばされ操舵手への道が開かれる。

 

 <<フォレストエルブン・ロウワー>>と名付けられている操舵手はティルネル号を押し潰そうと必死に櫂を真横に漕いでいるが、残念なことにタイムリミットだ。無防備な操舵手を湖に蹴り落とし、念のため櫂を剣で破壊する。

 

「アスナ、戻るぞ!」

 

 俺の声に反応したアスナが相対していた剣兵の攻撃をパリィで弾き、その隙を突いてティルネル号に飛び降りる。一拍置いて俺もティルネル号に戻ると、キズメルが涼しい顔で迎えてくれた。

 

「……向こうの船は?」

 

「全員叩き落としたぞ。櫂も破壊しておいた」

 

 流石第九層のエリートMobと言うべきか、彼女の実力に今更ながら驚嘆してしまう。船の周囲を見れば慌てた様子で浮かんでいる兵士が多数見える。全く、このお姉さんは頼りになることこの上ない。

 

「……まあ、これで六対八だ。次はこっちが攻める番だな」

 

「うん。数も拮抗してきてるから、先に旗艦を落としちゃいたいけど……」

 

 少々距離があるため正確には把握できないが大きな戦況の変化はないようだ。主戦場から上陸地点となる大桟橋までの距離は大体百メートル。別働隊を排除した俺たちは大桟橋とダークエルフの船団のちょうど間にいるためフォレストエルフからは見えにくいはずだ。こっそりと横まで移動して奇襲することが可能かもしれない。

 

「船団の横に移動してみよう。戦況も見やすいし、相手の警戒次第だけど背後まで回り込めるかもしれない」

 

 水上の戦闘であるため取れる手段は少ないが、常に奇襲を狙うことでフォレストエルフに対して圧力にもなるだろう。女性陣が頷くのを見てから、船首を右に向け船団の横へティルネル号を移動させる。船団の横に移動するにつれ戦況が見やすくなっていく。ダークエルフの残存六隻がフォレストエルフの六隻と接舷状態で交戦しており、フォレストエルフの残りの二隻がその後方で待機しているという形だ。敵の旗艦はその後方に位置する二隻の内の片方、恐らくは銀色の鎧と白いマントを身に纏った人物が乗っている方だろう。指揮官はジッと前方の戦況を注視している。後方二隻に乗る兵士たちも同様だ。

 

――これは、いけるかな……?

 

 どうするべきかとアスナとキズメルを目を遣れば、既に二人ともにこちらに視線を向けており、頷きを返してきた。意思が纏まっているならば問題ないと、アルギロの薄布を被り船団の斜め後ろから突撃できるように進路を取る。

 

 船が進むときの航跡は消すことはできないが、薄布を被っている限り船や俺たちの姿は見えない。交戦直後に使った手段をもう一度使うのは少々不安ではあれど、旗艦の護衛が一隻しかいないこのチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 航跡を極力小さく、しかし遅くなりすぎない程度の速度を苦心しながら維持しつつ、こちらに横腹を向ける二隻に向けて進んでいく。十分に近づき確実に狙える地点――大体二十メートルくらいだろうか――まで近づいたら薄布を取り加速しようと目論んでいたが、目標地点まで残り五メートルほどに迫った時、それまでジッと戦況を見つめていたフォレストエルフの司令官が剣を抜き上に掲げた。

 

「今だ、中央突破を図る! 一号船、二号船、突撃!」

 

 事前に示し合わせていたのだろうか、交戦していたフォレストエルフの六隻が左右に分かれ、ど真ん中にスペースが作られその隙間を二隻の船がすり抜ける。

 

 その先には――ダークエルフ陣営の旗艦が周囲の船に抑え込まれ無防備な横腹を晒していた。

 

 轟音が二回響き、片舷に二か所も大穴を開けられたダークエルフの旗艦が沈んでいく。船の指揮官らしき兵士の叫びが聞こえるが、それに構うことなくフォレストエルフの二隻は再び前進を再開し大桟橋へと向かっていった。

 

「やられた……!」

 

 俺が叫んでいる間に、即座に反応したアスナがアルギロの薄布を船から引き剥がし丸め込んでいる。最早隠れている意味はない、とにかくあの二隻を追わねばならないのだ。櫂を前方に大きく倒し大桟橋へと一直線に進んでいる二隻を追いかけるが、既に二十メートル以上の距離が開いてしまっている。

 

「これは流石に間に合わないな……」

 

 何とか追いかけようとするが、この距離は詰めきれないだろう。向こうはただ進めばいいが、こちらはこれからフォレストエルフの艦隊のど真ん中を突っ切らなければならないのだ。それでも可能な限り早く追いつこうと、二隻の後を追ってティルネル号を船団の間に滑り込ませる。

 

 先ほどまで開いていたスペースは当然埋められようとしており、両側から体当たりを受けたティルネル号の耐久がじわじわと減っていくのが見えるが、この程度の損害ならば許容範囲内だ。無理矢理に船の間を押し通り、先を行く二隻の船を追う。

 

 船足はこちらの方が早いため何とか間に合えと全力で船を進めるが、やはりというべきか間に合わず、二隻の船から指揮官を含め合計二十名のフォレストエルフの戦士達が上陸した。勢いよく駆け出す彼らの先には城門を守る六名の兵士。二十対六、陸上戦で三倍以上の敵を押し止めるのは厳しいというしかない。

 

「キズメル、城の中に増援に来れる人達はいないの!?」

 

「……城の兵士はこの戦いに全員出張っている。神官共は戦闘経験の無い官吏だからな、武器を持って戦うのは難しいだろう」

 

 焦るアスナの問いに答えたキズメルの声色は険しい。増援が無ければ、恐らく城門を抜かれてしまうだろう。そうなれば、秘鍵のあるヨフィリス子爵の部屋まで抵抗を受けずに進めることになる。当然クエストも失敗と見なされるに違いない――――と、そこまで考えて、俺の思考に閃きと疑問が生まれる。

 

「……なあ、ヨフィリス閣下は戦えないのか?」

 

「……あのお方はレイピアの名手で有名でな、こと戦いに関してならあの城で最も強いお方だ。だが……ご病気で強い光を浴びれないと聞く。夜ならともかく、この時間帯では厳しいだろうな」

 

 疑問をそのままに口にすると、キズメルが丁寧に答えてくれる。彼女の言う通りならば、この昼過ぎの時間帯でヨフィリス閣下が戦うことは難しいのだろう。しかし、俺にはどうしても彼がこのクエストのキーパーソンであるとしか思えなかった。

 

「どの道、俺たちだけじゃ城門を守りきれない。なら……駄目元でも頼んでみるべきかな?」

 

 駄目元でもあえてという俺の言葉に、アスナが一瞬だけ考えた後に答える。

 

「……そうね。確率は低いかもしれないけど、勝ちの目があるなら諦めるべきじゃないと思う。それに、キリト君がこの状況でそう言うってことは、その可能性が……確信に近いものがあるってことでしょ?」

 

「……まあ、話の持っていき方はさっぱりなんだけどな……」

 

 女子校というのは人の考えの読み方とか教えていたりするのだろうか。それとも単に自分が考えを読まれやすいだけなのか。確かに救援を見込める確率はかなり高いとは思っている。だが、それを口に出してはいないのにあっさりと見抜くとは、こういった部分ではやはり彼女には敵わないと実感してしまう。

 

 最初の敵戦力との差を考えると水上戦で勝てるよう設定とは思えない。ならば、このクエストは『上陸されることが前提』であるクエストなのだろう。水上戦で上陸する敵の数を減らし、キーパーソンの協力を得ることで防衛を達成する。話の持っていき方にもよるだろうが、恐らくはキーパーソンであるだろう城主のヨフィリス閣下の協力を得ることは可能なはずだ。

 

「ふむ、それならばキリトの言うとおりにするとしようか。私では恐らく説得はできぬから、城門で時間を稼ごう。どちらが行くのだ?」

 

 キズメルの言葉が決定的だった。彼女が否定的な立場を取らないならば、きっとこの選択は正しい、間違いなく逆転の一手になると。

 

 話している間にも大桟橋が目の前まで近づいている。敵兵は上陸した後隊列を整えているようでまだ交戦には至っていないようだ。

 

「上陸したら全力ダッシュで敵の前に割り込む。ヨフィリス閣下の元に向かうのは……アスナ、頼めるか?」

 

「えっ、わたし? キリト君が行った方がいいんじゃないの……?」

 

「交渉事ならアスナの方が上手いだろ? 時間稼ぎはどっちが残っても大して変わらないから、交渉はアスナに任せた方が目がありそうだ」

 

 自分から提案しておいて無責任な気がしなくもないが、ここは適材適所でいくべきだろう。アスナは先程と同様に一瞬だけ考えた後、頷くことで俺の提案を受け入れた。

 

「よし! じゃあ、城門の近くまで一気に出るぞ!」

 

 桟橋の横を城門の側まで全速力で船を進め、桟橋にぶつかるギリギリのラインで急停止をかけて桟橋に飛び乗り、一気に駆ける。フォレストエルフの隊列はすでに動き出しているが、その歩みは遅いのが幸いして交戦前に衛兵と敵兵の間に入ることに成功した。

 

 前方からは二十名の敵兵<<フォレストエルブン・ライトウォリアー>>という固有名が与えられた兵士達は、先ほどまで戦っていた剣兵や槍兵よりも少し強いことがフォーカスで示された名前の色の濃さで分る。城門を守る兵士も<<ダークエルブン・ゲートキーパー>>と一般兵士よりは強そうではあるが、数は俺達を加えても三倍近い。守勢に立ち続けることになるだろう。

 

「アスナ、頼むぞ!」

 

 剣を抜き、敵兵を見据えながら叫ぶ。隣に立つキズメルも既に戦闘態勢を整えている。ただでさえ少ない戦力を、自らの提案で一時的ではあれ更に減らしたのだ。抜けた戦力の穴は自分で踏ん張ることで埋めるしかない。剣を握る右手に力が入り、あと十数秒後には始まるであろう戦闘のために集中を高めていく。

 

 厳しい戦いになるだろう。耐えるだけとはいえ下手をすれば囲まれてタコ殴りにされかねない。そうなれば一気に体力を削られることになるだろう。ボス戦に近い緊張感が襲ってくるが、その時不意に、何も持っていないはずの左手に何かが触れた。

 

「……気を付けて」

 

 いつもと変わらない口調の一言。そして、左手にほんの少しの熱を残して、アスナが城へと駆け出していく。

 

 心配するでもなく、発破をかけるでもない。この窮地に彼女が行ったことは、ただただ普段通りであることだった。フッと、思わず笑みがこぼれる。緊張で固まりつつあった身体から無駄な力が抜けていき、普段通りに身体を動かすのに必要な力だけが残った。

 

「必要なのは一言だけ、か。……たまらんな、キリト?」

 

「……ああ」

 

 キズメルが悪戯っぽい笑みを浮かべながら口にした言葉に、俺は素直に頷いた。思えばパーティを組んで以来、アスナが側に居ない状態で戦うことなど無かった。相棒たる人物が居ない状態で戦うことに無意識に不安を覚えていたのかもしれない。アスナは敵兵と向かい合った俺の姿を見て緊張していることを察したのだろう。あえて手を握ることで意識を逸らさせ、無駄なことは言わずただ一言気遣うことで落ち着かせた。 

 

 敵兵はあと十メートルに迫っている。あと数秒の後には三倍の敵を相手に戦闘に入るだろう。だが、もう問題ない。アスナの一言で普段通りの力を発揮できる。ならば今、俺にできることは彼女の示してくれた信頼に応えることだけだ。

 

 敵の陣形は縦三列、横六列。その後ろに指揮官と副官らしき兵士。後ろの二人が動かない限り、隊列を組んだ敵兵は身軽な動きができないだろう。一旦隊列を崩した後、正面が耐えている間に横から攻撃すれば有効的なはずだ。右に立つキズメルに視線を送り、頷くのを見てから剣を再び構える。

 

「まず正面に。その後は右から頼む」

 

「了解」

 

 このやり取りを最後に、俺は開戦の合図となる最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

 戦闘が開始されてから五分程してアスナがヨフィリス閣下を伴い戻ってくると、徐々に押し込まれつつあった戦況は一変した。

 

 到着早々にヨフィリス閣下は戦場全体に響き渡る声で自身の不在を詫び、改めて戦うことを兵士達に願った。長年の葛藤が振り払われた堂々たる様にダークエルフ陣営の士気は大いに上がり、本来の指揮官が戦場に到着したことによって各種ステータスの上昇バフが付与される。

 

 城門前と船上に残るダークエルフ陣営の戦力はほぼ半減していたが、バフの効果時間を利用し逆に攻勢に出た。その戦況の変化を察したフォレストエルフの指揮官が主導権は渡さぬと言わんばかりに攻撃を命令するが、その目論みは剣を再び手に取ったヨフィリス閣下によって阻止された。

 

「左右に避けなさい!」

 

 最後尾から飛ばされた命令によって残存兵力の五名が慌てて桟橋の縁まで飛び退く。その直後、桟橋の中央を純白に輝く巨大な光の槍が通過し、フォレストエルフ陣営の残った兵士を全員吹き飛ばした。

 

「い、今のソードスキルなの……?」

 

 アスナの声は驚愕によって掠れているが、それも無理はないだろう。俺はサービス開始前に発表されていたソードスキル紹介動画で取り上げられていた一つの技の名前を口にする。

 

「<<フラッシング・ペネトレイター>>……」

 

 細剣カテゴリの最上位突進技、<<フラッシング・ペネトレイター>>。奥義として位置付けられたこの技が威力、レンジ共に優秀であることは今の一撃で理解できたが、大技は得てしてその後の硬直が長い。片膝を突いた状態でディレイに入ったヨフィリス殿下を、フォレストエルフの指揮官が憤怒の表情で睨みつけている。

 

「――ッ! アスナ、行こう!」

 

 相棒に声をかけてから、自らも駆ける。未だ片膝を突いたままのヨフィリス殿下の横を駆け抜けフォレストエルフの指揮官を迎え撃った。副官にはアスナが当たり、一対一が二組の形だ。

 

 白い鎧を纏った敵の指揮官の名前は<<フォレストエルブン・インフェリアナイト>>。赤いカラーカーソルが示す通り、振り下ろされた剣撃は速く、重い。キズメルのようなエリートクラスのMobではないようなので一人で相手するのは問題ないが、強力な敵であるのは間違いない。

 

 受け止めた剣を弾き返し、鎧の装甲が薄そうな右の脇腹を狙って横に一閃するが、鎧を纏っていても素早さが高いのだろう、バックステップでひらりと躱される。素早い相手に距離を取られると少々厄介であるため、逃がすまいと足を踏み出して間合いを詰めつつ右下から斜めに<<バーチカル>>を繰り出す。白騎士は左手の盾でブロックを試みるが、衝撃を受け止めきれず体力ゲージがジワリと減り、軽くノックバックした。

 

 第三層で武器を更新したのが良かったのだろう。<<ソード・オブ・サイレンス>>のSTR+15というこの階層では破格のマジック効果で、単発のソードスキルの威力がイベントボスをノックバックさせるまでに上昇している。時間はかかるが、攻撃をブロックやパリィで捌きつつソードスキルの衝撃の貫通ダメージを与えていき、そのまま押し切ることもできるだろう。

 

 剣を(まじ)えながら右側で戦うアスナに目を遣る。副官の<<フォレストエルブン・ヘビーウォリアー>>はその名の通り重武装のようで手数を第一とするアスナでは少々相性が悪いのだろうが、<<シバルリック・レイピア>>のマジック効果と正確さ(アキュラシー)の高さを存分に利用し、鎧の隙間に有効的な攻撃を加えていた。

 

 周囲に多数居る両陣営のNPCは船上で戦っていた兵士達も含めて全員動きを止め、大桟橋の決闘を見守っている。増援に動く気配はなく、どうやらイベントバトル扱いになっているのだろう。

 

 俺もアスナも共に優勢。このまま戦い続ければ時間はかかれど徐々に戦況はこちらに傾いていく。だが、その肝心な時間がこのまま戦い続けることを許さなかった。視界の左上の体力ゲージの上に表示された四種のバフ。このバフが消えた瞬間に俺達の有利は一瞬で崩れるだろう。

 

――ちょっと無理矢理だけど、付き合ってもらうぞ……!

 

 単発のソードスキルでは(らち)が明かない。素早さと高い攻撃力を兼ね揃えた相手に対して強攻は少々不安であったが、意を決して剣を右上段に構え振り下ろし、斬り上げる。<<バーチカル・アーク>>の鋭い連撃は白騎士に防がれたものの、二撃目を意図的に盾に当てることで先ほどより大きくノックバックさせ、体力ゲージも目に見えた減り方をする。技発動後のディレイは大きいノックバックによって開いた距離で相殺できるため、反撃を受けることもない。<<ホリゾンタル・アーク>>や重単発技<<スラント>>も混ぜることで白騎士の防御の上からソードスキルでゴリ押していく。

 

 白騎士はソードスキルを盾で防いでも威力を殺しきれない。防御を続けても押される一方ならば、取る手段は一つ――相手より高い攻撃力の技でカウンターを狙ってくるに違いない。

 

「小癪な人族の小僧め! 我が剣技、受けるがいい!」

 

 焦れた白騎士が俺の<<ホリゾンタル・アーク>>の発動に合わせて高々と剣を振り上げると、剣が銀色の閃光を放つ。片手剣三連撃技<<シャープ・ネイル>>が発動し、剣が俺目掛けて振り下ろされた。

 

 ソードスキルの打ち合いで二撃目まで防ぐことはできても、その後の三連撃目は硬直時間に入ってしまうため防げない。このままであれば無防備な俺の身体にソードスキルの強烈な一撃が叩き込まれることになるだろう。

 

 ならばどうするか――剣が届かない位置まで離れてしまえばいい。

 

 ソードスキルの一撃目を相殺し、二撃目を水平方向の払いでブロックすると、その場で踏みとどまらず互いのソードスキルの打ち合いによる衝撃を利用して後方へと飛ばされる。先ほどから自分がやっていた攻撃を攻守を入れ替えた形で行ったことになるが、異なるのは白騎士は距離が離れた後も残る三撃目を繰り出さなければいけないということだ。

 

 ノックバックによって体力ゲージが少々削られるものの、白騎士の放ったソードスキルの三撃目は当然空を切り、長めの硬直時間に入る。完全に無防備となったこのチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 硬直した白騎士に向かって大きく一歩踏み出し、距離を詰めると同時に剣を身体の右にピタリと構える。発動動作は<<ホリゾンタル・アーク>>とほぼ同じだが、これから使うのはこの階層で片手剣熟練度が150を超えたことによって使用が解放されるさらに上位のソードスキル。

 

 水平四連撃<<ホリゾンタル・スクエア>>。右から左、左から右へ水平方向の二連撃が白騎士の鎧に直撃して耐久値を大きく削り、そのまま時計回りに回転して剣を左腰にピタリと構える。続く三撃目、スカイブルーに輝く刀身の切っ先が白騎士の胸部アーマーを深く切り裂き、一瞬の後にライトエフェクトとなって散っていく。

 

 ここでやっと硬直が解けた白騎士が何とか防御しようと盾を構えるが、躊躇うことなく<<ホリゾンタル・スクエア>>最後の一撃を白騎士の持つカイトシールドの上から叩き付けた。正方形を描く光芒(こうぼう)を拡散させつつ放たれた一撃が盾に激突した瞬間、衝撃によって閃光が走り視界が白で埋め尽くされる。

 

「おおおおおおおおーーーーっ!」

 

 視界が効かないが構うものか、これで最後だと、俺は雄たけびを上げながら受け止められた剣を振り抜いた。

 

 視界が戻った直後、硬質な金属音と大岩が水に落ちたかのような盛大な水音が戦場に響く。最後の一撃によって大きく吹き飛ばされた白騎士が湖へと落下したのだろう。盾によって体力の全損こそしなかったようであるが、足元には白騎士が持っていた長剣が転がっていた。

 

 アスナの方もちょうど終わったようで、両者共に体力ゲージはほとんど減っていないが、ブロードソードを弾き飛ばされた副官の首元にレイピアを突きつけている。ごつい森エルフのおっさんに剣を突きつける美少女という、中々お目に掛かれない光景だ。

 

 森エルフの副官が悔しそうな目でアスナを睨みつけた後、盾をその場で手放して自らの足で湖へと向かう。その先には湖に落ちていた白騎士が浮かんでおり、合流して再びこちらを睨みつけてから泳ぎ去っていった。

 

 遠くでは船上の森エルフの兵士たちも次々と湖に飛び込んでいる。一方黒エルフの兵士たちは桟橋へと這い上がってヨフィリス閣下の前で整列を始めているので、状況を見る限りこれ以上の戦闘は無いだろう。

 

 剣を背中に戻し、白騎士が落していった剣を戦利品としてストレージに収納した後、同様に剣を鞘に戻し戦闘態勢を解いたアスナの元に歩み寄った。

 

「お疲れ。何とかなったな」

 

 お互いの勝利を称えて軽く右拳を合わせるとそこで緊張が解けたのだろう、アスナの顔に笑みが浮かんだ。

 

「うん、キリト君もお疲れ様。ヨフィリス閣下のバフがどれくらい続くかわからなかったからちょっと焦ったけど、切れる前に終わらせることができて良かったわ」

 

 確かにこのバフが無かったら勝利を得ることは難しかっただろう。視界の左上ではイベントバトルが終了したためか、四種類のバフが何回か点滅した後に消えていった。

 

「全くだ。じゃあこの勝利は、ヨフィリス殿下を連れてきてくれたアスナのおかげってことだな」

 

「もう、提案したのはキリト君じゃないの。わたしはあなたの考えに従っただけよ」

 

 提案したのは確かに俺だが、ヨフィリス閣下との交渉を成功させダークエルフを勝利に導いたのは間違いなくアスナだと思うのだが彼女自身はそうは思っていないらしく、いやいや君が、いやいやあなたが、とお互いに功績を押し付け合う。

 

「やれやれ、戦いが終わったばかりだというのに仲の良いことだな」

 

 この不毛なやり取りを止めてくれたのは、もう一人居る功績大の人物だった。穏やかな笑顔を浮かべながら近づいてきたキズメルに、褒めてほしいのであろうかアスナが飛び付きよしよしと頭を撫でられている。

 

「キズメルもお疲れ。今回も助けられたよ」

 

「何を言う。フォレストエルフの襲撃を伝え、劣勢であった戦いを立て直して最後には敵の指揮官をも退けたのはお前たちだ。この城は守られ、二つの秘鍵も奪われることはなかった。これ以上の結果は無いだろう、全てお前たちのおかげだ」

 

 彼女のその言葉がきっかけとなったのか、キャンペーンクエスト第二部<<湖上の城塞>>の達成報告ウィンドウがポップアップし大量の経験値が加算される。これなら、この層のボスを討伐すればレベル二十に届くだろう。

 

「キリト君、区切りもついたみたいだしアルゴさんのメッセージ確認してくるね」

 

「ああ、頼むよ。あの盾と剣拾っておくの忘れずにな」

 

 頷いたアスナが、副官の落とした武具を拾ってからティルネル号へと駆けていく。キズメルに褒められて上機嫌なのだろうか、その足取りは心持軽いように見えた。

 

「お前たちはこれから<<天柱の塔>>の守護獣を倒しに行くのか?」

 

「うーん、一応早ければ明日にはって話にはなってるんだよな。とりあえず、俺もアスナもこの後すぐに塔の方に行くことにはなるだろうけど」

 

 ぎこちない手つきでティルネル号の櫂を操るアスナを見送りつつ、キズメルの質問に答える。本来ならば一休みでもしたいところではあるが、迷宮区の探索は二大ギルドに任せきりだった。ボス部屋はまだ見つかってないらしいので、可能な限り早く俺たちも戦線に復帰する必要があるだろう。

 

「お前たち、もう出立するのですか? 戦勝の祝賀に宴でも(もよお)そうと思っていたのですが」

 

 これからの行動指針を考えていたところに、ヨフィリス閣下の声が耳に飛び込んできた。

 

「アスナが今情報を受け取りに行っていますので、それを聞いてからになるとは思いますが……恐らくはそこまで長居はできないと思います」

 

 申し訳ありませんと俺が頭を下げる。宴というのは極めて心惹かれるし、城主直々の誘いを断るのは失礼になるのだろうが、やるべきことが残っているのならば止まるわけにはいかないだろう。

 

「謝罪には及びません。お前たちにも成さねばならぬことはあるでしょう。ですが、大恩あるお前たちをこのまま返したとあってはヨフィリス子爵家の名折れとなるでしょう」

 

 そう言うと、ヨフィリス閣下が左手をさっと持ち上げた。すると、城門から横幅二メートルはあるチェストを大柄な兵士たちが運んできた。二人で運んでいるがその足取りはよろよろとしており、余程重い物が入っているのだろう。

 

 チェストがヨフィリス閣下の横に置かれ、懐から取り出した金色の鍵を使いチェストの鍵を開錠する。城主自らの手でチェストが開かれると、隙間から金色の輝きが溢れだす。中には鏡のように磨かれ手入れされた様々な武器防具、アクセサリー類が納められていた。

 

「これはヨフィリス子爵家伝来の品々です。人族の剣士よ、私からの謝礼として一品ずつ、そしてお前たちの武勇に対する褒賞としてもう一品ずつ、この中から自由に持っていきなさい」

 

――キャンペーンクエストやってて良かった……。

 

 今までも多くのクエストを受けてきたが、これほどクエストの達成が嬉しいと感じたことはないだろう。報酬が選択式のクエストでは、二つ選べればと思うことが幾度もあった。今回はその「二つ選べれば」が叶ってしまったのだ。

 

 キズメルは俺の浮かれように呆れているようであったが、今回ばかりは許してほしいと思う。ポップアップした報酬のリストを一つずつ確認していく。これほど楽しい作業は無い。

 

 五分ほど云々(うんうん)と悩んだ後、心の底から思った。ああ、せめて三つ選ぶことができれば、と。

 

 

 

 報酬で何を選ぶか頭を悩ませていると、後方からドボンと音が聞こえたので振り返れば、アスナが戻ってきておりティルネル号を桟橋に固定しアンカーを湖に落としていた。

 

 この喜びを分かち合うべく声をかけようとしたが、こちらに駆けてくるアスナの表情が硬い事に気づく。何やら重大なことが起きたのだろうか、相当慌てているようだ。

 

「大変よ、キリト君! フロアボス攻略レイド、もう出発しちゃったって!」

 

「ほ、本当か!? あいつらだけで!?」

 

 駆け寄ってきたアスナの第一声に、俺は驚愕するしかなかった。

 

「今日の午前中にボス部屋を見つけて、偵察までできちゃったらしいの! それなら午後一番で攻略してしまおうって意見がALSから出て、それにDKBが乗っちゃったのよ!」

 

 確かに、この階層ではキャンペーンクエストでボス攻略の重要な情報が得ることができるという訳ではなかったが、まさか俺たち抜きで攻略を始めるとは思わなかった。LAを取りまくっている弊害がついに出てしまったということなのだろう。

 

「……レイドが出発した時間は?」

 

「今から五十五分前」

 

 集合地点が塔のふもとの最前線の街だとすれば、既に迷宮区に入り込んでいるだろう。

 

「もう塔を上ってるな。――この階層は、あいつらに任せるしかないかな……?」

 

「……そう、だね」

 

 キャンペーンクエストをこなしていない二大ギルドの面々は全ての時間をレベリングと迷宮区の探索に振り向けることができる。レベルもそれなりに上がっているだろうし、不安ではあるが彼らに任せてしまうべきなのだろう。

 

「ふむ、この層の守護獣は奇怪な力を持つと聞きます。お前たちが信頼する者たちなら心配ないとは思いますが……」

 

「奇怪な力……?」

 

 ヨフィリス閣下の言葉に、アスナが聞き返す。ベータ時代の第四層のボスは上半身が鷲、下半身が馬の、いわゆるヒッポクリフだった。飛ぶことができるとはいえボス部屋では高さが限られているため、大して苦労はしなかった記憶がある。だが、城主の話を聞くに前半分が馬、後ろ半分が魚のヒッポカンプという怪物に変更されているらしく、戦うものは水に浮かぶまじないが必要になるということらしい。

 

「水って……キリト君、ボス部屋が水で溢れたら、皆武装してるから浮くことができないんじゃ……!」

 

 アスナの言葉に、俺は青褪めるしかなかった。往還階段から進んできた者たちなら<<浮き輪の実>>を持っているだろうが、一度主街区に帰って転移門から移動してきた場合水に浮かぶ手段がない。そうなれば、水に沈んだまま溺死なんてことになりかねない。

 

「迷宮区はメッセージが届かない。――俺たちが直接行くしかないな。城主様、キズメル、急で申し訳ないですが俺たちはすぐに塔に向かわなければならなくなりました。慌ただしいですが、これで失礼させていただきます」

 

「また必ず戻ってきますので、申し訳ありません」

 

 事態は一刻を争う。攻略レイド壊滅の危機を防ぐため、一分一秒でも早く迷宮区へと向かわねばならなかった。二人で頭を下げ、ティルネル号に乗りこむため駆けだそうとした瞬間、キズメルの言葉で俺たちの足は止められた。

 

「こういう時、人族は<<水臭い>>というのだろう? 私も行くさ、もちろん」

 

「「えっ?」」

 

「ふむ、では私も同行しましょう」

 

「「えええええーーーーーっ!?」

 

 澄ました顔で同行すると表明した二人に対し、俺たちはただただ驚くことしかできなかった。

 

 

 

 大型レイドによってあらかたのモンスターが掃討され、たまに湧き出たモンスターもヨフィリス閣下の細剣が一瞬で切り捨てていく。迷宮区というのは条件が揃えばこれほど早く進めるものだったらしい。

 

 ヨフェル城を出発して僅か四十五分後、俺たちは第四層迷宮区のボス部屋前に到着していた。すでに攻略レイドの姿はなく既にボス部屋に突入したのだろうが、本来ならば開いているはずの扉が閉ざされており、隙間からは水が漏れ出ていた。ヨフィリス閣下が教えてくれた情報は正しかったのだろう。

 

「……キリト君!」

 

 アスナの声に頷きながら扉に飛びつくと、同行してくれた四名に横に移動してもらってからありったけの力で扉を開けようとする。だが、扉は中からの水圧にギリギリ耐えていたのだろう。軽く引いた瞬間に勢いよく扉が開き、大量の水と共に浮き輪を装着したプレイヤーたちがポンポンと飛び出てきた。

 

「来てくれると思ったぜ……」

 

 スキンヘッドの巨漢――エギルが俺たちを見て強張った顔にニヤリと笑みを浮かべた。犠牲者こそ出ていないようだが、中から扉を開けることができず進退窮まっていたらしい。ボス部屋前のホールには四十人近い浮き輪を装着したプレイヤーが折り重なり、呻き声を上げている。遅れてきた俺たちに対して不満の声を上げる者たちもいたが、隣にいたヨフィリス閣下が皆の前に立ったことで全員口を閉ざした。彼らからはヨフィリス閣下の名前が黒を通り越して闇に見えていることだろう。

 

「人族の剣士たちよ、戦うつもりがあるなら立ちなさい。私はリュースラの騎士ヨフィリス。剣士キリト、アスナとの盟約によりあの守護獣は私が屠ります。戦う意思を持つ者よ、立ち上がり、我に続きなさい!」

 

 閣下が宣言と共に剣を抜き放ち、真っ直ぐに上に掲げる。すると先ほど桟橋の戦いの時に発生したバフが再び彼の周囲のプレイヤーたちに付与された。レイドメンバーは次々に立ち上がり雄たけびを上げる。士気が上がり、能力値までも底上げされた俺たちはヨフィリス閣下を先頭にボス部屋へと飛び込んでいく。

 

 第四層ボス<<ウィスケー・ザ・ヒッポカンプ>>は十二月二十七日午後二時二十三分、七パーティ四十名のプレイヤーと、追加の一パーティによって攻略された。




次の話は番外編でクリスマスイブ翌日のアスナさんを書こうかなとか思っていたり。
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