Re:SAO   作:でぃあ

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ぎりぎり間に合った。
明日奈さんお誕生日おめでとうございます、の番外編でございます。

クリスマスのアスナさんの話。

誤字報告、ご感想、ご評価いつもありがとうございます。励みになっております。
今後もよろしくお願いいたします。


27.5

 窓から差し込む日差しが部屋を照らし、その明るさによって意識が徐々に覚醒していくと同時に普段は感じることのない温もりに違和感を感じる。一体何だろうと、微睡半分のまま違和感の方へと顔を向け――目の前にあった穏やかな寝顔が、喉から飛び出そうになった悲鳴を辛うじて飲み込ませた。

 

――そ、そうだった。わたしったら、昨日……。

 

 昨日の出来事を思い出し意識は一瞬で覚醒、沸騰する。視界に映るキリトの寝顔から視線を外し、アスナは自由になる左手だけで真っ赤に染まっているであろう顏を覆い隠した。

 

 二〇二二年十二月二十五日。世間ではクリスマスと呼ばれる一日であり、現代日本では専ら恋人たちの一日というのが定着している。本来はとある宗教の創始者の生誕を祝う一日であるはずなのだが、この世界(アインクラッド)には現実世界の宗教は今のところ登場してきていないのでこの世界の住人達には単純に雪が降る一日でしかない。現実世界の知識を持つプレイヤーたちには当然のようにお祭り騒ぎをする日と認識されており実際に集団で騒いでいたようだが、少しくらいは本来の意味を考えて粛々と過ごしてもらいたいものだ。

 

 尤も、そんな恋人たちの一日を目の前の少年と二人で過ごし、あろうことか同じベッドで眠りにつくという暴挙をやらかしてしまった自分が言っても説得力は皆無だろう。昨晩の自分は正しく醜態を晒したと言って差支えがないが、二十三日の夜から喜ばしい出来事が続いていた故に反動が大きかったのだろう。今までの努力やら何やらが昨日一日で全てが無駄になってしまった。

 

 情けないやら恥ずかしいやらでやっと落ち着きかけていた顔の紅潮が再び増すのを感じるが、やってしまったものはもう仕方ないのでとりあえずこの状態を何とかしようと考えるが、繋がれている右手のせいで動くに動けない。そもそも被っている毛布も同じものなのだから、アスナが動けば当然振動がキリトに伝わって起こしてしまうかもしれない。

 

 本日の集合予定は午前六時でアラームを設定している五時四十分まではあと五分ほど。SAOでは朝起きてからの準備などはほとんど必要がないため、その気になれば二、三分で出発準備ができてしまうのだが、この世界に染まりきってしまうことを嫌ったアスナは日用品をあらかじめ買い揃え洗顔や歯磨きなどを行っている。とは言っても簡略化されていることは事実なので十五分もあれば準備が整ってしまう。

 

 キリトが何時にアラームを設定しているかはわからないが、今までの彼の行動を考えるとアスナより早いということはないだろう。朝の準備を省略することには少々抵抗があるが起こしてしまうのも忍びないので、キリトがアラームで起きるまで待機しようとアスナは再び枕に頭を預けた。

 

――そもそも、一緒に寝ようなんて言い出したのはわたしだもんね……。

 

 自分がそう口にした時のキリトの狼狽えようは見ていて面白かったが、言ったアスナも内心は自分の問題発言に対して盛大に動揺しており冷静な態度を取り繕うので精一杯だった。動揺しているのがばれないようにするために随分と素っ気ない態度を取ってしまったので、もしあのまま一日を終えていたら自分の行動の愚かさを自嘲していただろう。

 

 今キリトと繋がれている右手。昨日は随分と長い時間こうしていたように思える。午前中は突然手を握られて驚いてしまったけれど、その夜には繋いでいないと手が寂しいと思ってしまうのだから不思議なものだ。彼から手を繋いで寝ようと言ってくれた時は恥ずかしいけども喜びが勝り、そのおかげでアスナも素直になることができた。たった一言でこうして気分を晴れさせてしまう自分は、もしかしたら世間で言うチョロいと言うやつなのかもしれない。中学校の同級生が読んでいた雑誌にそんな言葉が載っていたことをアスナは思い出した。

 

 何せ隣で寝ている彼とは出会ってまだ一月も経っていないのだ。密度の濃さが半端ないとは言え、期間だけを見てしまえばとてもではないが深い関係を築ける期間ではない。現実世界の両親は娘が眼の届かないところでこんなクリスマスを過ごしていたと知ったらなんて言うのだろう。母さんは烈火の如く怒るだろうし、父さんは――まあ、苦笑いしながら程々にしなさいとでも言うのだろうか。

 

――実際、何なんでしょうね。この関係は。

 

 相棒やパートナー……そんな感じの言葉を使ってはいる。実際、二人の関係を聞かれたらアスナはそう答えるだろう。だが、キリトがそのように答えたら――恐らく、複雑な気分になるに違いない。

 

 この関係にもいつかは答えを出さないといけないのだろうが、今すぐでなくてもいい。自分は着実に力をつけているはずだ。答えを出すのは彼と肩を並べる剣士になった時でいい。その時に、自分のその時の想いをキリトに伝えよう。未だ幼さが残る寝顔を見ながら、アスナは右手に軽く力を込めた。

 

 

 

 キズメルの助力もあって秘鍵回収のクエストは一日で大幅に進めることができた。キリトが言うには、この調子ならば明日の夕方には完了できるだろうとのことなのでどうやら二十七日の襲撃には十分間に合いそうだ。

 

 城に戻ってヨフィリス閣下にクエストの報告を終えた後、一旦自室へと戻ってきたアスナはベットに腰を下ろしふうと一息ついた。今日の戦闘は危なげなくこなすことができたが、やはりそれはキズメルとキリトの力によるところが大きい。足を引っ張っているということはないだろうが、細かい部分で二人共にこちらに気を使ってくれていることが解ってしまって、それがもどかしさをアスナに感じさせるが、今の自分では仕方のないことだと割り切るしかないのだ。

 

 努力を続けるしかない。いつか胸を張ってキリトのパートナーですと言えるようになるまで足を止めることは許されない。それが、彼の隣に立つという選択をした自分の責任なのだから。

 

 まだまだ先は長いのだけどと頭の中でぼやきつつ、アスナは本日消費したポーションや戦利品の確認を行うべくアイテムストレージを表示させる。喜ぶべきか悲しむべきか、ストレージの中身はほとんど埋まっており所持重量も限界が近づいている。ドロップが多いのはありがたいのだが、筋力にあまりステータスを振っていないアスナは所持重量があまり大きくない。今手元に残っている装備は布や皮装備だからよいものの、金属系の装備がドロップするようになったら一気に重量が満たされていってその内動けなくなるだろう。アスナは軽金属装備を採用しているので金属系装備が欲しいのだが、実際に拾ってしまうと重量超過の危機が出てくると言うジレンマだ。

 

――その内、キリト君の言ってた<<所持重量拡張>>も取らなきゃいけないわね……。

 

 スキルスロットが他のプレイヤーより実質一つ多いアスナではあるが、それでもスキルスロットの数の少なさには頭を抱えるしかない。レベルが上がれば増えるとはいえ、優先して取らなければならないスキルは多いし、<<カレス・オーの水晶瓶>>はスキルの入れ替えが前提なので戦闘中に使うことはできない以上、常時発動必要な戦闘系スキルと入れ替えてもメリットが乏しい。

 

 以前この話をキリトにしたら、この世界には銀行システムが無いから不便だと言っていたのを思い出す。この手のゲームには本来世界のどこでも預け入れができる銀行というものが設定としてあるらしいのだが、このSAOでは存在しないらしい。一応宿屋などに泊まれば備え付けのアイテム保管箱がついてくるのだが、アスナ達のように常に宿を変えて進んでいくスタイルでは当然利用しても一日、二日程度に限られてしまうので結局手持ちの容量で何とかするしかないのだ。

 

 明日のことも考えるに、必要なアイテムは残すとしても五、六割の空き容量は確保しておきたい。売らなければならないであろう装備も攻略組以外の人達なら十分実用的なものであることを考えるともったいないと思ってしまうが仕方ない事なのだろう。

 

 そうして売却するアイテムに目途を付け整理と確認を終えたアスナはホロウィンドウを閉じようとするが、そこで未確認のファイルがあるというポップアップが表示された。

 

――そういえば、アルゴさんからのメッセージまだ確認してなかったな。

 

 昨日の夜は色々な意味でドタバタしたし、ダンジョン内でファイルを開くわけにもいかなかった。寝る前に開けてくれと書いてあったが、この後は食事と入浴をして寝るだけなのだから今確認しても問題ないだろう。

 

 メッセージタブを呼び出し、既読の欄にあるアルゴからのメッセージを開いて添付のファイルをタップするとテキストファイルがホロウィンドウに表示された。

 

――題名は……倫理コード解除の手順……?

 

 はて、倫理コードとはあのハラスメントコードのことだろうか。テキストにはその手順が箇条書きされており、一番最後の行に絶対に他人に教えてはならない、大切な人と触れ合いたい時に使うといいヨ! と書かれている。

 

 怪しい、とても怪しい。絶対に教えてはならないというのに、何故彼女は自分に教えるのか。そして、大切な人と触れ合いたいとはどういうことなのか。疑問は尽きなかったが、あの情報屋のアルゴが無償で情報をくれるなんてよっぽどのことだ。有用無用かはともかく確認だけはしておくべきなのだろう。

 

 アスナはテキストに書かれた通りにウィンドウを操作していくが、その複雑さに驚きを感じた。極めて長いヘルプページを読むだけでも大変なのに、その中で複雑な操作を要求するとあっては辿り着くプレイヤーはほとんどいないに違いない。

 

 操作だけでも二、三分ほどかかったが、ようやくお目当ての倫理コード解除のリンクまでたどり着いた。後はリンクをタップするするだけなのだが、そこでアスナの指が止まる。冷静に考えて、倫理コードを解除するということはハラスメント行為による警告が出なくなるということなのだろう。この場合、アスナが今ここでハラスメント被害を受けてもそれを止める手段がなくなるということになる。

 

 アスナは一旦視線をウィンドウから外すと、部屋をぐるりと見回した。ここはインスタントダンジョンであるから他のプレイヤーはいないので、そのような行為を受ける心配はない。

 

――隣には一応キリト君がいるけれど……まあ、大丈夫よね。

 

 隣の部屋に男性プレイヤーが居るのは間違いないのであるが、彼が自分にそのようなことをするとは思えない。それに解除したところですぐに設定を戻すのだから、特に問題はないだろう。

 

 そう結論付けたアスナは、視線をウィンドウに戻してリンクをタップする。すると、Cautionという文字と共に、倫理コードを解除したときの注意事項が表示された。アスナはそれを読み進めていくが、やはり事前に想定した通りハラスメント被害を受けても警告が出なくなるという旨の文章が書かれている。

 

――やっぱりね。でもどうしてアルゴさんはわたしにこれを教えたのかしら……。

 

 これでは解除してもこちらが一方的に損をするだけだ。彼女がアスナに対して損をするようなことをするとは思えないが、これでは何の意図を持って自分に教えたのかがわからない。疑問を感じたアスナが警告文をスクロールして文章を読み進めていくが、やはり内容はハラスメント行為に対しての説明でしかなく、その内にスクロールバーが一番下に到達した。

 

――結局、特に驚くようなことは書いてなかったけど……。えーと、最後の段落は「擬似的な性行為の解禁」……?

 

 その文字をアスナが理解した瞬間、出そうになった叫び声をギリギリで飲み込んだ。

 

――せせせ、性行為!? どど、どういうことなの!? この世界でそんなことができるの!? というか、なんでこんなものが実装されているの!?

 

 ボンと爆発するようにアスナの顔が赤くなり思考が乱れていく。アルゴからのメッセージに何もないわけがなかった。爆弾は最後の最後に用意されていたのだ。

 

 アスナは震える手を抑えつつ最後の段落を読み進めていく。どうやら倫理コードを解除することによって性器の描写が明確になり感覚も増幅するらしい。確かにナーヴギアを利用してペルソナ・セックスサービスの運営を予定しているという情報をちらっと聞いたことがあったが、このSAOにもそれが実装されているとは思わなかった。

 

 最後の段落を読み終えて即座にNoをタップしウィンドウを消した後、アスナは顔を両手で抑えたままベッドに倒れ込む。

 

 アスナはメッセージの最後に書かれていた、誰にも教えてはいけないということと、大切な人と触れ合いたい時に使えという二つ言葉の意味を完全に理解した。

 

 この世界では女性プレイヤーは圧倒的に少ないのだ。もしこの情報が出回ってしまえば当然悪用するプレイヤーも出てくるはずだ。そうなってしまえば女性プレイヤーは圏外に出ることができなくなってしまうだろう。絶対に秘匿されるべきものだ。

 

 そしてもう一つ――アスナは手を顔から外し、うつ伏せになった。大切な人と触れ合う……つまり、そういう行為をする時に使うということなのだろう。無論知識では知っているが、未だ中学生の身分であるアスナにとっては少々刺激が強すぎる。

 

「大切な人、か……」

 

 ベッドに顔を埋めたまま、アスナはポツリと口にした。完全に茹った思考を普段通りに戻すべく無意味に足をパタパタとさせてみたり、ごろごろと転がってみたりするが一向に思考はまとまらない。

 

 生まれてこの方色恋沙汰とは無縁だったのだ。むしろそういったものに一喜一憂している同級生を見て下らないと思っていたし、嫌な視線を向けてくる男子に対して嫌悪感を抱いていたほどだ。自分が誰かと付き合うなんてことは考えたこともなかったし、自分は親が選んだ人と結婚するのだからと端から諦めていたというのもある。

 

 しかし、この残酷な世界で一人で生きていくのはきっと大変なことだ。いつか自分も誰かとそういうことになるのかもしれない。仰向けになって天井を見上げながら、アスナはどんな人がいいのかなと想像をしてみる。

 

――優しくて、信頼できて、自分と肩を並べることができるくらい、強い。そうね、キリト君のような人と……。

 

 アスナの動きが止まり、身体が震えだす。今自分は一体何を考えた? 誰を思い浮かべた? どうして彼のことが最初に思い浮かんだのだ?

 

 だめだ、これ以上は考えてはいけない。アスナは無理やり思考を止めるために跳ね起きて頭を振った。

 

 赤くなった顔を、震える身体を隠すように、アスナは自らを抱きしめ背中を丸める。自分と彼の関係は攻略を共にするパートナーで、それ以上でもそれ以下でもない。だからあれ以上のことを想像してはいけないのだ。

 

――アルゴさんのバカ! なんでこんなものを送ってきたのよ……!

 

 寝る前に確認しろと言っていた意味も今はっきりと理解できた。こんなことを知ってしまえば、彼の前でどんな顔をすればいいのかわからない。きっとあの鼠の少女はアスナがこうなることを理解した上で敢えてメッセージを送りつけたのだろう。

 

――どうしよう……! この後ご飯も、お風呂もあるのに……!

 

 食事の間は彼の正面に座っていなければいけないし、お風呂に関してはあろうことか昨日一緒に入ったのだ。水着着用であったとはいえ、あまりにも大胆なことを提案していたことになる。

 

――ってそうだ、キリト君がこのこと知ってたらどうしよう……! 昨日みたいに一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たりなんてしたら、その、そういうことになる可能性だって……!

 

 アルゴが知っていたのだから、同じベータテスターであるキリトが知っていてもおかしくはない。だが、一人で大浴場に入るのは誰かが来た時に困る。でも、彼と一緒に入るのはもっと……。

 

 想像が想像を呼び、どんどんと思考が過剰になっていく。この盛大なアスナの空回りは、キリトから食事に誘われた後も思考を止めきれなかったアスナがキリトの顔面に果物を投げつけ紫色の光を散らすまで続いたのだった。




次回は第五層ですね!

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