Re:SAO   作:でぃあ

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お待たせいたしました。第五層開始です。
いつも誤字報告、感想、ご評価等ありがとうございます。総合評価1000ptを超えました。非常に励みになっております。更新速度は遅々としていますが、これからも頑張って書き続けていきます。

第五層導入




第五層
第二十九話


 第四層からの螺旋階段を登り終え第五層へと足を踏み入れ主街区<<カルルイン>>へと続く道を歩き始めてからしばらくして、後ろを歩いていたアスナの呟きがキリトの耳に届いた。

 

「何というか……現在地が不安になるわね、ここ」

 

 アインクラッド第五層は今までの自然の地形を利用したフィールドと違い極めて特徴的なマップと言えるだろう。直径10キロ近いフィールドの七割は石造りの遺跡が迷路のような複雑な地形を作りだしており、残りの三割ほどが自然地形となるのだが、そのほとんどは鬱蒼とした森で平原のように開けた場所は無い。階層全体が迷いやすく作られているため、相対的に難易度も今までのフロアより高めとなっている。全百層の内最初の区切りとなる第五層に相応しいマップであると言えるだろう。

 

「人工的な迷宮みたいなもんだからな。ベータの時は帰り道がわからなくなって死に戻りしてたやつが結構いたよ」

 

「……道順はしっかりと頭に叩き込んでおくわ」

 

 アスナの言葉に頷きを返しつつ周囲を見渡していく。往還階段から主街区へはほぼ一本道であるため今のところ地形が変わっているような感じはしないが、この後挑むことになる遺跡エリアの中はどうなっているかわからない。ベータ時代に十日ほどこの層を拠点にしていたためこの階層の地形は頭の中に入っているが、それをそのまま適用するのは危険ということは今までの経験からわかっている。モンスターのランクも第四層のそれから一段飛ばしで強くなっているのでより注意が必要になるだろう。

 

――それに、警戒しなきゃいけないのはそれだけじゃない。

 

 往還階段を出た直後にアルゴにメッセージを送っているため、転移門を有効化(アクティベート)すればすぐに第五層に来るであろう。一通り情報収集を行った後に一度話し合いの場を設ける予定なので、注意することを話すのはその時でいい。今この層にいるプレイヤーは二人しかいないのだから。

 

 そのままあまり景色の変わらない一本道を進んでいくと、唐突に視界に<<Inner Area>>の表示が現れ主街区<<カルルイン>>に到着した。フロア南部に広がる巨大な遺跡地帯の中央部、旧時代の都市であった場所に築かれたという設定のこの街は、第四層主街区ロービアと違い水っ気は殆ど無いが毎日清掃がされているのか埃っぽさはあまり感じない。青みがかった岩のブロックで造られた建物は所々崩れかかっているが、補修したり革や布を被せたりして使用している。中東を舞台にした映画等でよく出てくる、砂漠地帯の交易拠点と言うと想像がしやすいかもしれない。

 

 街の中央広場は円形で縁には布張りのテントがずらりとならび、NPCが食材や武器防具を販売している。広場の中心の転移門は街の建物に使われている素材とは少々趣が異なり、白っぽい色の石材の重ね合わせでアーチが造られている。

 

「アスナ、アクティベートやってみるか?」

 

 アーチの前に立ってさあ早速と手を伸ばしたが、今までずっとアクティベートは自分がやってきたことに気付き、斜め後ろに立つアスナへとお伺いを立ててみる。俺の言葉に反応したアスナがアーチ、次いで俺の顔と視線を動かしてから首を横に振った。

 

「ううん、キリト君がやって。アクティベートはわたしがラストアタックを取れた時にやらせてもらうわ」

 

 なるほど実に彼女らしい答えだ。それでは遠慮なくと、止めていた手を伸ばし指が膜のようなものに触れた瞬間、アーチ全面が白く発光し始めた。

 

「よし、行こう」

 

「別に逃げなくてもいいと思うんだけど」

 

 アスナの突っ込みをスルーしつつ近場の建物の物陰までダッシュし、そっと広場の様子を窺う。転移門はプレイヤーの移動を示す発光が途切れずに白く輝き続け、一分もしないうちに転移門の周りに人だかりができていった。

 

「……皆、いい表情してるわね。こうして離れて眺めるのも悪くないかも」

 

 アスナの言うとおり、移動してきた彼らの表情は明るい。新しい階層が開かれ攻略に一歩近づいたことへの喜び、新しいフィールドへの期待感等、転移門が有効化された直後のこの瞬間はこの閉鎖された世界では珍しい良い出来事なのだ。彼らは広場を一通り眺めた後、各々目的の場所へと散っていく。新しいクエストや装備の確認、味の良い食堂や観光名所等を探しに行くのだろう。ボス攻略に参加できる面々はまだ少ないが、俺たちの後ろでは間違いなく前に歩き出している人達がいることを実感できる光景だ。

 

「わたし達も行きましょう。フロントランナーが出だしで負けてられないわ!」

 

 思うことがあったのだろう、気合一新といった様子で広場へと足を踏み出したアスナに釣られて、俺も改めて広場に足を踏み入れる。ここに集まる彼らがスムーズにこの階層で動くことができるように調べることは沢山あるのだから。

 

 

 

 転移門をアクティベートしてから一時間ほどで主街区のクエストやNPC販売物の確認を終えた俺達は、転移門広場から延びる大通りの途中小道を一本入った場所にある、少なくとも街開きが成されてすぐには人が来ないであろうカフェのテーブルで、合流したアルゴを交えて現段階の第五層の情報交換を行っていた。大抵はベータ時代との情報に差異がないかを確認するだけであるが、二大攻略ギルドの面々もアルゴの攻略本の元に行動方針を決めているため馬鹿にできる作業ではない。

 

「クエストの方はほとんど変更なしカ……となると、この層は攻略の情報集めを優先した方が良さそうだナ」

 

 第四層のようにフィールドの環境が大幅に変わったのであれば話は別だが、この層はベータから大きい変更は無いようでそれはクエストも同様らしい。現段階ではベータ時代のクエスト情報を流用するだけでも十分参考になるだろう。

 

「問題は地下墓地カ。クエスト内容の変更は無さそうだガ、地形やモンスターのアルゴリズムは行ってみないとわからんからナ」

 

「確かに、攻略だけを考えるなら地下墓地を突破するのが最優先だろうしな。中ボスがいることを差し引いても、地下トンネルで最前線の村になる<<マナナレナ>>まで行ってしまえば日数をかなり短縮できるから、優先的に調べる必要はあるか」

 

「マア、そうなるよナ。地下ダンジョンは早めに偵察しとくべきカ。とりあえず、方針はこれで良いとしてだガ……キー坊、オレっちはこの層の情報本を作るに当たって一つ悩んでることがあル。最後に一つだけ、意見を聞きたイ」

 

 アルゴはこちらと会話しつつホロキーボードを使って情報を文章に纏めていたのだが、そこまで言うと動かしていた手を止めて神妙な面持ちでこちらに問いかけた。

 

「この階層の注意点、キー坊はPK(プレイヤーキル)について書くべきだと思うカ?」

 

 スッと左から息を吞む音が聞こえたが、敢えてそちらの方を向かずアルゴの視線を受け止める。第五層には迷いやすいフィールドや強力なモンスター等今までより注意すべき点が多いが、この階層で最も警戒するべき相手は「そういった思考」を持っているプレイヤーだ。

 

 地上の遺跡地帯、地下の巨大ダンジョンは共に薄暗く、視界が狭い。当然身を隠すには最適で、待ち伏せなどで不意を打つのも容易いためベータの時はPKが多く出没した。デスゲームとなった今のSAOでPKが出るなど想像したくもないが、「そういった思考」を持っている可能性があるプレイヤーと剣を交えてしまったために、この問題から目を逸らすことはできなくなった。

 

「……難しいな。今のSAOでPKが居るなんて言っても誰も信じないだろう。下手するとPKを煽っているなんて取られ方もされかねない。だが……書かなければ万が一のことがあった時、情報を隠していたとか騒がれることになる」

 

「アア、そうなれば誰かさんがビーターを名乗ってビギナーのヘイトを一身に背負ったのも無駄になル。書いても書かなくても危険な情報だ、こいつハ。だからこそ、オレっちはキー坊の意見を聞きたイ。ビーターの、PKをやらかす可能性がある奴らと直接戦ったプレイヤーの意見をナ」

 

 情報本がベータテスターによって発行されていることは周知の事実になっている。情報本にはベータ時代の情報であると明記されているとはいえ、間違った情報を流布してしまえば当然発行者の責任を問う声が出てくるだろう。下手をすれば攻略を妨害したとして吊るし上げにされかねない。

 

 俺がこれから言う意見にはアルゴの命が懸かっている。そう考えてもおかしくないほどに重要なものだ。目の前に置かれていた飲み物を口に含み、飲み込む。味は感じなかった。

 

 アルゴの真剣な視線を受け止め始めてどれほど時間が経ったかわからない。その間場は沈黙に支配されたが、結論を出した俺はゆっくりと口を開いた。

 

「俺は、書く必要はないと思う。あいつは……モルテは確かに危険な存在だけど、手段はデュエルを利用した間接的なものだった。急に方針を変更するとは思えないし、プレイヤーを攻撃してオレンジになってもそれをグリーンに戻すクエストはまだ発見されてない。そもそもあいつの目的はALSとDKBの間に抗争を起こさせることだったみたいだし……今の状態で直接的な手段を取る可能性は低いだろう」

 

 可能性が絶対に無いわけではない以上言葉を濁すしかなかったが、これ以上のことは言えないし、恐らくは言わせるつもりもなかったのだろう。俺の言葉を聞いたアルゴは黙って頷くと、「参考にするヨ」とだけ言ってウィンドウを閉じた。

 

「マ、情報交換はこれで終わりだナ、助かったヨ。キー坊、アーちゃん、またナ」

 

 最後にと宣言した通り、俺の意見を聞き終えたアルゴはそれまでの真剣な面持ちをコロリと笑顔に変えてから颯爽と去って行った。その後ろ姿はSAOの攻略のための情報収集を一手に引き受けるにはあまりに小さい。ベータ時代の彼女は普通のプレイヤーだったそうで、何故このデスゲームが始まってから情報屋という危険な立ち位置に自らを置いているのかはわからない。

 

 だが、彼女にもあるのだろう。最初の一か月、先行者としての役割を果たすことができずに二千人近い人間を無為に死なせることになった事実に対する負い目が。

 

 生き残っているベータテスターが今どれくらいいるのか……第一層で聞いた時には損耗率は四割と言っていたが、あれから一か月経った。その多くが最前線に身を置いているであろうベータテスターの被害は増えているに違いない。きっと誰かが死ぬ度に、情報を集積するアルゴの元には被害を知らせる連絡が届いている。

 

 あの笑顔の裏に、どれだけの苦悩があるのか。

 

 命が絡まなければ、SAOが普通のゲームのままだったならば、この思いをこれから何度繰り返すのだろう。(よど)んだ空気を少しでも吐き出すように深くため息をつくと、左袖をくいと引っ張られた。視線を遣ればアスナが眉を曇らせてこちらを見ている。何も言ってはこなかったが、心配してくれているのは一目でわかったので「大丈夫」とだけ返し首を振った。

 

「俺たちも動こう。ボス戦の後とはいえ、寝るにはまだ早いしな」

 

 暗い雰囲気を振り払うように勢いよく立ち上がる。時刻は午後五時前、日が落ちるまではまだ一時間以上あるので地上の遺跡エリアの簡単なクエストくらいなら暗くなる前に消化できるだろう。どのクエストをやるべきかと早速考え始めるが、その結論が出る前に出されたアスナからの提案に頷くことになった。

 

 

 

 対人戦での戦い方を教えて欲しい。

 

 アスナからの提案を受け入れた俺は、主街区を出てすぐの遺跡エリアの中にある比較的見晴らしが良い広場へと足を向けた。学校の体育館ほどのスペースがあるこの広場に通じる道は一本道で、誰かが来てもすぐにわかるようになっている。クエストのキーとなるモニュメントやモンスターも居ないため隠れて練習するにはもってこいだろう。

 

 広場の中ほどで五メートルほどの距離を置いて向かい合い、ウィンドウを操作する。圏外であることも考えてルールは<<初撃決着モード>>、練習であるから制限時間は無しでいいだろう。簡単な設定を終えてOKをタップすると、目の前にウィンドウが出たのかアスナの視線が動き、デュエルが了承されると二人の中央でホロウィンドウがカウントダウンを開始した。

 

 背中から剣を抜き、構える。

 

 アスナも剣を抜き<<シバルリック・レイピア>>の切っ先がこちらへと向けられると、カチリと脳内でスイッチが入った。アスナの戦い方を考えれば、敏捷の高さを活かして積極的に切り込んでくるはずだ。基本的にカウンターを狙う受け身の戦い方になるだろう。

 

 カウントダウンは徐々に減っていくが、その間一言も話すことはなかった。このデュエルは練習だ。だが、練習であるからこそ真剣にやらなければ意味がない。

 

 開始と同時に神速の<<リニアー>>飛んできても反応ができるよう、腰を軽く落とし無駄な力を抜いていく。アスナの視線に普段の戦闘中のような力が無いのが気になるが、初めての対人戦であるからだろうし、剣を交えればすぐに変わるだろう。

 

 残り二秒、一秒、零秒。デュエルが開始されてもアスナに動きはない。当てが外れたため様子を窺ってみると、剣先こそこちらに向けられているが戦闘が開始されても目に力が入っていない。それどころか、まるで怯えているかのように視線の揺らぎまで見て取れた。数秒経つと目の揺らぎは剣先にも伝染し始める。

 

「動かないなら、こっちから行くぞ」

 

 剣を顔の右で構え、<<ソニックリープ>>のモーションを取る。剣身が青白く発光し一歩踏み込むだけでアスナに向かっての突進攻撃が発動されるだろう。それは当然アスナにもわかっているはずなのだが――視線の揺らぎが剣先にも伝わり、誰が見ても明らかな程にレイピアが震えだした。本気で剣を合わせると決めたのだから、動揺しているアスナの隙を突くのが正解なのだろう。今足を踏み出せば間違いなく勝敗判定がなされる威力の一撃を与えることができる。

 

「…………やだ。こんなの、嫌」

 

 できるのだが、アスナはギリギリ聞こえるかどうかの声量でそう呟き、震える右手を抑えながら俯く。剣は下げられ、視線も下を向いたまま、アスナはただ立ち尽くしていた。とてもではないが剣を合わせることができる状態ではないだろう。

 

「……少し、休もうか」

 

 アスナが顔を上げゆっくりと頷くのを見て、発光が消えた剣を背中へと戻した。

 

 

 

 陽はすっかり落ちてしまい、先ほどまで夕焼けで赤く染まっていた広場は青黒い闇に包まれている。こうしてたき火を起していなければ、隣に座るアスナの姿すらシルエットでしか判別できないだろう。薪として使っている枝の性質のせいか少しばかり緑色がかったたき火は周囲の暗さも相まって中々に神秘的な光景を作り出している。

 

 事前に買っておいた野営セット一式は今回のような圏外でのちょっとした休憩でも役に立ち、ロービアでアスナが購入していた茶葉を使ってお茶を淹れ、先程までの緊張を解すように一息ついた。横で足を抱えるように座りながらカップを傾けるアスナはデュエルの時に比べればかなり落ち着いてきたように見えたが、いつもの調子を取り戻すには至っていないようだ。

 

「……ごめんなさい。わたしから、言い出したのに」

 

 無言のままたき火を見続けカップに入ったお茶がなくなった頃にアスナはぽつりと口を開いた。言葉こそ俺に向けられているが視線はたき火に向かったままだ。

 

「いや、いいんだ。モンスターと戦うのとは心構えとかもさ、違うだろうし」

 

「うん。全然、違ったよ……。剣を抜くまでは大丈夫だったのに、これからキリト君と剣を合わせるんだって思ったら、急に、震えてきちゃって。安全なルールなんだから、スポーツみたいなものだって思ってたのに……」

 

 確かに、今回俺が選んだ<<初撃決着モード>>はアスナの言うとおりスポーツとしての側面が強いように思える。実際にベータ時代には余りにも手軽なルールであったため、対人戦を行う場合は半減決着、もしくは完全決着モードが使われることが多かった。だが、デスゲームと化した今のSAOでは体力ゲージが即ちプレイヤーの命であるため、<初撃決着モード>>によるデュエルですら命をベットすることになる。

 

「今のSAOで体力ゲージを減らすってことは、命を削るってことだ。今の俺とアスナなら心配はないだろうけど、もしそれなりのレベル差があれば一撃で相手のHPを削りきってしまうってこともあり得るんだ。――条件が揃ってしまえば、デュエルはただの殺し合いになる」

 

 現在の俺が持つ最強技の<<ホリゾンタル・スクエア>>、アスナならば三連撃の<<トライアンギュラー>>等がクリティカルヒットしてしまえば、全損まではいかないまでもHPゲージの大部分を削ってしまうだろう。練習であっても、死ぬ危険があることには変わりない。

 

 殺し合いという言葉を聞いたアスナの肩がびくりと震え、小さく縮こまる様に――クリスマスイブの夜に彼女が不安で震えていた時と同じように――膝を抱えた。

 

「わたし、キリト君と殺し合いなんて、したくないよ……」

 

 そう言ってから、アスナは慌てて口を(つぐ)んで抱えていた両膝に顔を載せジッとたき火を見続けている。あの夜のように本音が零れてしまったのだろう、たき火の光を受けた彼女の横顔は険しく自責しているようにも見えた。

 

「……俺も、そんなのはごめんだ。アスナと戦うなんて――殺し合うなんてしたくない、絶対に」

 

 自分を責める必要がなんかない、そう伝えるべく俺も素直に本音を口にすると、アスナは驚いたようにこちらを見る。それに合わせるように俺も視線をアスナへと向けた。

 

「…………第三層でモルテって人と戦った時、キリト君はやっぱり怖かった?」

 

「……そう、だな。あの時さ、体力が五割ギリギリまで削られて、もし一つでもミスをすれば片手斧のソードスキルで体力を全損するって状態まで追い込まれたんだ。モルテが俺を殺そうとしてるってことに気付いた時……背筋が凍ったよ」 

 

 アスナの疑問に答えながらあのデュエルのことを思い返し、思わず両手に力が入る。あの出来事が無ければ、俺はここまで対人戦のことにこだわらなかっただろう。

 

「まだ、信じられないの。このゲームで死ねば現実世界でも死んでしまうのに、それでも他のプレイヤーを殺そうとしている人たちがいるなんて……」

 

「気持ちはわかるよ。正直攻略組の妨害を工作して何のメリットがあるのかわからないし、それが継続されるって保証もないんだ。突発的なものだったってこともあるかもしれない。でも……」

 

 一旦そこで言葉を切った。アスナが嫌がっていることも、俺自身が嫌だということも、既に伝え合っている。それを承知した上で敢えて、俺は続く言葉を口にした。

 

「……それでも、この層を攻略し始める前に、ある程度は対人戦に慣れておいてほしい」

 

 現段階で対人戦によるPKが起きるとは思えないし、攻略組でも最強格のアスナが狙われる可能性はさらに低くなる。それでも万が一があった時、ステータスでは勝っても人型のモンスターとしか戦っていないアスナでは対人戦術で劣る。優れた戦術や対人戦に特化したスキル構成をしている相手に対して勝利を得ることは難しいだろう。

 

 負けることができない以上勝つ他ないのだ。戦いたくない。だが、その気持ちを押し殺してでもアスナに自らを守る術を身に着けてもらいたい。俺の言葉を聞いたアスナは心の中の不安や葛藤を示すかのように瞳を揺らし、視線から逃れるように顔を逸らした。

 

 普段冷静なアスナがこれだけ動揺しているのだ、俺が考えている以上に衝撃が大きかったのだろう。今日はこのまま主街区に戻るつもりであるから答えを出すのは明日でもいい。明日の朝クエストを進める前に改めてこのことを聞くことにしよう。膝を抱えながら考え込むアスナを尻目に、揺れ燃えるたき火へと視線を戻した。

 

 




最後の一文に「芋が焦げないよう」とつけたい衝動を全力で抑え込んだ。

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