Re:SAO   作:でぃあ

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大変お待たせいたしました。
いつも誤字報告ありがとうございます。

ご評価ご感想もお待ちしておりますので、ぜひよろしくお願いします。


芋からディナーデート、遺物拾いまで。

後程活動報告にも書きますが、C93にサークル参加することになりましたので、そちらの原稿を優先するために次話は少々遅れることになりますが、お許しいただければと。



第三十話

 焼き芋を(かじ)って頬をほころばせるアスナの姿は、張りつめていた空気を弛緩させた。焚き火を起こした時に第四層で手に入れていた芋を放り込んでおいたのだがどうやら正解だったらしい。

 

「この芋、サツマイモとはちょっと違うけど、すごくおいしいね。いつの間に買い込んでたの?」

 

「ああ、それ第四層迷宮区の半魚人のドロップ。何とB級食材だ、すごいだろ?」

 

 第四層の迷宮区に出現する半魚人がドロップするこのサツマイモのような芋はこの階層では極めて貴重と言っていいB級食材で、実際に一口齧ってみると焼きたてほかほかのほっくりとした身がクリームのように溶け甘味がジワリと広がる。ただ焼いただけだけでこの味なのだから高い料理スキルを持つプレイヤーが調理すればさぞ美味しい料理ができるのだろう。

 

 とはいえ先ほどまでほころんでいたアスナの頬が引きつっているのを見るに、重要なのは出所で高ランク食材というのは関係ないらしく、先程まで美味しそうに齧っていた芋を眉間に皺を寄せながらじっと見ている。その真剣な目が何やら面白く感じてしまい様子を窺っていたが、しばらくして心の中での葛藤は決着を見たようで再び芋を口に運び頬をほころばせた。

 

 その内暇な時間を見つけて面白い食材集めに走るのも悪くないな等と考えながら芋を齧るが、食べ盛りの中学生であるためか芋半分程度では少々物足りない。主街区に戻ったら改めてレストランにでも行こうと決める。

 

「ところで、半魚人がなんでこんな芋持ってるの? 魚とかなら自然なのに」

 

 アスナの疑問も(もっと)もなので、俺はサツマイモの原産地から発展するアステカ神話との関係性という、大抵の人が聞けば「運営の人そこまで考えてないと思うよ」とバッサリ切られてもおかしくないこじつけのような説明をしてみると、予想に反して知識欲の強いアスナの琴線に触れたらしく意外な食いつきを見せた。

 

「確かにちょっとこじつけっぽいけど、面白い推理だと思うわ。キリト君って結構博識なのね」

 

「まあ、小学校の頃に自由研究でちょっと調べたことがあってさ。意外と覚えてるもんだよなぁ……」

 

「ふうん。でも、自由研究でサツマイモのこと調べるなんて珍しいわね」

 

「あーっと、向こう側で住んでるところがサツマイモの名産地でさ」

 

 俺が少々言いよどんでから答えると、アスナがその理由に気付いたのか一瞬止まってから「ごめんなさい」と謝ったので、気にするなと首を横に振った。そこで会話が一度途切れたが、ちょうど《フォッシルウッドの枝》の耐久値が底を尽きかけてきて、焚火の勢いも徐々に弱くなってきた。完全に消えてしまう前に移動してしまったほうがいいだろう。

 

「火が消えそうだし、そろそろ街に戻ろうか。真っ暗なのはあんまり好ましくないし」

 

「あっ、うん。おイモ、ごちそうさまでした。……その、ごめんね?」

 

「気にするなって。それよりも俺ちょっと物足りないからさ、主街区でレストランに入りたいんだけど……付き合ってくれる?」

 

 俺のお願いをアスナはすぐに了承してくれたが、当然のように出された高い要求に主街区までの道すがら頭を悩ませることになった。

 

 

 

 美味しいけど穴場で落ち着けてお店が綺麗なレストランという、パートナーからの現実世界で言われたらさぞ困るであろうリクエストに応えるため、怪しげな露店が軒を連ねる主街区の裏通りを進んでいく。この層はフィールドも迷いやすいが主街区も遺跡を利用して作られているため大通りを一本外れると細い道が入り組んで迷宮のようになっているので慣れないうちはマップを開きながら歩くことになるが、ベータテストで十日近くこの層を拠点にした俺は道を間違えることなく目的の店の前に到着した。

 

「《ブリンク・アンド・ブリンク(BLINK & BRINK)》……(まばた)きと崖っぷち? 随分と特徴的な名前ね。それに駆け込み注意ってどういうこと?」

 

 看板に書かれた文字を見たアスナが当然のように投げかけてきた疑問に俺は「入ればわかるよ」とだけ答え扉に付けられた鋳鉄のリングを引っ張ると、店の中から冷たい風が吹き出してきた。驚くアスナに店に入るよう促すと、恐る恐るといった様子で中を覗き込んでから歩みを進める。

 

「なに、これ……」

 

 四角いテラスの鉄製のテーブルを小走りで横切りながら真っ直ぐに奥へと進み、お腹の高さにある手すりをしっかりと掴んだアスナが驚きの声を上げる。目の前に広がる絶景を前に呆然とするアスナの隣で手すりに腕を載せ寄りかかった。

 

 崖っぷちの名の通りこのテラスはアインクラッドの外周から突き出すように設置されている。鉄製の手すりの先に広がるのは無限の雲海。左手には辛うじて残っている太陽の赤い輝きが雲を茜色に染め、そこから視線を右に動かすと青紫、藍色、濃紺と変わっていき最終的には漆黒に支配されていく。上を見上げれば無数の星が輝きを放ち、時折大型の鳥が群れを成して横切り空の彼方へと消えていった。内を向けば各層の特徴ある大地が、外を向けば無限の空と雲が広がるこの世界観は、数多の大地を切り取って組み上げ天空へと舞い上がった《浮遊城》の名に恥じぬものだろう。

 

 ベータ時代にこの絶景を初めて見た時には全身が痺れるような感覚を感じ(まばた)きするのも忘れていた。ログアウトした後に店の名前の意味を辞書で引いてなるほどと納得したのを覚えている。隣に立つアスナは驚きの声を上げてからずっと無言のままだったが、少しでも感動を共有できただろうか。

 

「そっか。店の名前の(まばた)きって、こういう意味だったのね……」

 

 数分ほどこの絶景に見入った後、再起動を果たしたアスナが納得したように頷きながら言った。

 

「そういうこと。このお店はいかがでしょうか、アスナさん?」

 

「少なくとも穴場で綺麗ってのはばっちりね。夕焼けも、夜空も、すごく素敵」

 

 俺の質問に答えたアスナの顔に笑みが浮かぶ。この層に来て早々に重苦しい雰囲気になりアスナの表情も硬くなっていたが、ここに来てやっと明るさが戻った。

 

「さあ、早速ご飯にしましょ。折角だからこのテラス席でいいわよね?」

 

 俺が頷きを返すと、アスナは手すりに最も近い席を選び腰を下ろし鋼板に羊皮紙を貼ったメニューを二人で見れるように横向きにした。

 

「それで、おすすめのメニューは何? この《ホロホロ鳥のロースト》って悪くなさそうだけど」

 

「ああ。それは結構面白いぞ、色んな意味で」

 

「味のことを聞いてるの! 食事に面白さなんて求めてないわよ」

 

 等と話している内にNPCのウェイトレスが注文を取りに来たので、アスナが慌てて三品頼み、俺も同じものをもう一つずつとワインのボトルを一本、食後にコーヒーとこの店の名物であるタルトを二つずつ頼んだ。見事な復唱を終えてからお辞儀をして去っていくウェイトレスを見送り、スタンドにメニューを戻す。

 

「デザートを頼むなんて珍しいわね。おいしいの?」

 

「ああ、ここのデザートはバフ付きの限定メニューでさ。味も中々だからベータの時はすごく人気だったんだ」

 

「バフ? どんな効果があるの?」

 

「それは食べてからのお楽しみってことで。でも、正直ラッキーだったよ。もう街が開いて結構時間経ってるし混雑してるかもって思ってたから」

 

「確かに、こんなに素敵な夜景が見られるだけでも話題性十分だもの。そこに限定メニューなんてものがあったらそりゃあ人が集まるわよね。そう考えると、混雑する前に来れたんだからキリト君の言うとおりラッキーだったかも」

 

 少なくともテラス席には俺たち以外のプレイヤーの姿はなく貸切状態だ。宿屋も併設されているため利便性が高くベータ時代は常に混雑していたのだが、どうやらこの店の情報はまだ出回っていないらしい。二人で店内を見渡したため会話が途切れたが、そのタイミングで丁度良く料理が運ばれてくる。

 

 《ホロホロ鳥のロースト、丸パンつき》、《シュブル・リーフと十種チーズのサラダ》、《あつあつグラタンスープ》、頼んだ三品はどれもが想像していた範囲の料理で少なくとも見た目は問題なさそうだ。一緒に運ばれてきたボトルの栓を抜き、アスナのグラスにほんのりと金色がかった液体が注がれる。普通の白ワインであったことに安堵しているようだが、続いて注がれたワインの色にアスナは目を丸くして驚いた。

 

「これ、どういうトリック?」

 

「種も仕掛けもございません。この《フィックルワイン》は注ぐことに中身が変わるのさ。赤・白・ロゼにスパークリング、当然甘口・辛口もランダム。味は飲んでのお楽しみってこと」

 

 ピンク色のワインが注がれた俺のグラスを見てアスナが感心したように何度か頷いた後、手元のグラスを持ち上げ一口含んだ。どうやら白の辛口は舌に合ったらしく満足そうであったが、その随分とワインを飲みなれている雰囲気に俺は驚きを隠せなかった。日ごろからワインを嗜むということは現実世界では二十歳以上という証明になるのだ。我が麗しの細剣使い(フェンサー)様は自分と同い年か離れていても精々二つ上くらいだろうと思っていたのが。

 

「ちょっと、何よその眼。君だって親のお酒をちょびっとくらい味見したりするでしょ」

 

「ま、まあ確かに」

 

 (いぶか)しむ視線に気づいたアスナが慌てて言うと、同じく経験のあった俺は頷くしかなかった。晩酌でよくビールを飲む母親に度々分けてもらうことがあるがその度に苦いとしか感じず、同じ炭酸飲料ならばコーラやサイダーのような清涼飲料の方が舌に合ったのはやはり子供だからなのだろうか。

 

 グラスを手に取り一口含む。ワインというものを飲む機会など皆無に近かったが、グラスに注がれたロゼの甘口は驚くほど飲みやすい。現実世界に戻ったら試してみるのも悪くないなと思ったところで郷愁の念に駆られた俺は、この想いがアスナにばれないよう視線を右側に広がっている夜空へと向けた。

 

 陽は完全に沈んだようで、暗闇に支配された空には数多の星が先ほどよりも強く輝いている。紛うことなき満天の星空であったが、郷愁の念を振り払うために夜空に視線を移したというのに何故か想いが強くなってしまった。現実世界でこれほどの星空を見たのは家族で地元埼玉にある堂平山の天文台に行った時くらいのものであったが、経験が少なかった故にその時の思い出が強く想起されてしまったのかもしれない。

 

「……星座、現実世界と同じなんだね……」

 

 俺と同じように夜空を見上げていたアスナが声を掠れさせながらそう呟いた後、ギュッと目を瞑って俯いた。鋼鉄のブレストプレートに右手を強く押し当てているのは、こみ上げる思いを抑え付けているのだろう。君だけじゃない、現実世界を思い出して胸が苦しくなるのは君だけじゃない、我慢をする必要はないのだと伝えるために口を開こうとして、

 

「何も、言わないで」

 

 俺の言葉を拒絶するように、アスナがそう囁いた。半ば開かれていた口からは何も音を発することなく口を(つぐ)む。

 

「ごめんなさい……。でも、口に出してしまったらきっと、この間みたいに止まらなくなっちゃうから……」

 

 この間というのは恐らくクリスマス・イブの夜のことだろう。ソファの上で膝を抱えながら座り、声を震わせていたアスナの姿は未だ記憶に新しい。とはいえ声を震わせているのはあの時と同じであったが、その佇まいは落ち着いていた。

 

「うん……。ごめんな?」

 

「いいの。逆に気を遣わせてごめんなさい。……さあ、ご飯食べちゃいましょ。冷めちゃうわ」

 

 

 

 

 触れただけで崩れる鳥のローストと葉っぱ自体がマヨネーズ味のサラダ、ぐつぐつと煮え立ち中々冷めてくれないスープなど少々の問題はあったが、味の方は問題なく色々な意味で楽しい食事だった。三杯目のワインを飲み終え丁度ボトルが空になったところで、ウェイトレスが頼んでおいた食後のデザートとコーヒーを運んでくる。

 

「これが例のバフ付きデザート? 見た目は普通のブルーベリータルト……にしてはちょっと青すぎる気がしなくもないけど」

 

「《ブルーブルーベリータルト》の名は伊達じゃないってことだな。わかりやすくていいだろ?」

 

 アスナは賛否曖昧に頷いたが、フォークを取り一口食べるとアスナの顔がパァッと笑顔に変わった。

 

「あ……。美味しいね、これ」

 

「口に合って何より。ベータの頃はこのタルトと景色目当てにテラス席がカップルで埋まっててなぁ。その中でバフ欲しさに一人タルトを黙々と食べているときの侘しさは中々……」

 

 人間それほど他人に見られてはいないと思うのだが、周りが全員恋人やら友人やらと一緒に来ているのに自分だけ一人きりだと、どうしても視線が気になってしまうものだ。そんなアウェー感満点の状態で悲しさやら悔しさやらを押し殺し、早食いに徹してそそくさと店から逃げた記憶を思い出してしまったことで何とも苦々しい思いが込み上げてきた。タルトの甘さで少しでも紛らわそうと先端の三角形をフォークで切り取り口に入れようとしたところで、

 

「ふうん……。じゃあ、良かったじゃない。こうして二人きりで来れて」

 

 澄ました顔でそんな発言をしたアスナが俺の動きを制止させた。切り取ったタルトをフォークの先ごと口に入れ頬を膨らせたままアスナをまじまじと見つめるとそこでようやく自分の発言に気付いたのか、アスナは急に顔を沸騰させフォークを持ったまま手をぶんぶんと音がなるような勢いで横に振った。

 

「あっ、え、えっと……! その、カップルとかって、そういう話じゃなくてね……!?」

 

 真っ赤な顔で慌てる美少女剣士様の可愛らしさは途轍もない破壊力でたまらずこちらの顔も沸騰しそうになってしまうが、もしここで誤魔化すため茶化すようなことを言ったらアスナは顔を別の意味で赤く染めて間違いなく怒るだろうし、そうなれば手に持っているフォークが俺の顏目掛けて飛んできてもおかしくない。

 

 こういう時は素直に思ったことを言うに限ると判断し、口の中のタルトを飲み込んでから俺は口を開いた。

 

「アスナが気にしてることは置いておいてもさ、俺も二人で来れて良かったと思うよ。アスナと一緒じゃなかったら景色も一瞬見て終わりだったし、飯も早食いして終わりだっただろうからさ」

 

「……そんなこと、真面目な顔で言わないでよ。恥ずかしくなるじゃない……」

 

 素直に言ったのが功を奏したようでアスナの抗議には勢いがなく、顏を赤らめたまま恥ずかしさを誤魔化すように手元のタルトを食べ進めている姿は微笑ましい。とはいえ人が物を食べているのを見続けるのは失礼なので、まだ一口しか食べていないタルトの消化に取り掛かった。

 

 甘酸っぱいブルーベリーの下には濃厚なカスタードクリームが隠れており、それを包むタルト生地はサクサクとして口触りが良い。量的には《トレンブル・ショートケーキ》のようなインパクトはないため少々物足りないが、味の面では勝るとも劣らない。あっという間に一切れ食べ終えてしまい思わずもう一個といきたくなるが、沸きあがる欲求をグッと抑えてコーヒーを一口飲む。

 

 ほうと一息つくとアスナも食べ終わっていたようで既にフォークを置いていたが、視線が左上に向いているのがわかった。

 

「アスナ、ちょっと向こう見てみなよ」

 

 アスナの疑問を解決するため俺はテラスの隅を指さすと、その先にはぼんやりと光っている何かが落ちている。気になったのかアスナが立ち上がってそれを拾い上げ、まじまじと観察しながら戻ってきた。

 

「……これ、何かのコイン? お金みたいに見えるけど……」

 

「そ。一応お金だな。と言っても、設定的にはこの浮遊城に囚われる前の、ってことらしいけど。この層の遺跡にはさ、それみたいに色んな《遺物》があちこちに落ちてるんだ」

 

「……なるほど。さっきのタルトのバフって、この《遺物》がはっきりと見えるようになるバフってことね?」

 

「ご名答。結構いろんなものが拾えるもんで、ベータの頃は頻繁に遺物拾い祭りが開催されてたよ。今アスナが持ってるようなコインとか、レアなものだと金貨や宝石……特殊効果付きのネックレスや指輪なんてのもあったかなあ」

 

 当時のことを思い出しながら話していると、宝石やネックレスといった単語に反応するようにアスナの肩がぴくぴくと動いた。ロービアで宝石は「見る分には」好きと言っていたが、やはり実際に手に入る機会があるとなると気になってしまうのだろう。

 

「バフ時間はまだ残ってるし、この近くにそこそこ拾えそうな神殿跡があるんだけど……行ってみる?」

 

 断られることはないだろうと思うが少々の不安を抱えつつお誘いをしてみると、意図に気付いたアスナは手の中の銀貨と俺の顔とで視線を往復させながら考え込んだ。その挙動不審な姿に笑いをこらえながら十五秒ほど待つと、何かしらの葛藤を抑え付けることに成功したらしいアスナが決心したように言った。

 

「……行く。わたしも、遺物拾い祭りやりたい」

 

 想定通りの言葉が発せられたことに安心し頷いた俺は立ち上がり、アスナに手を差し伸べる。

 

「おーけー、じゃあ早速行こう。バフ時間も意外と短いからさ」

 

「あっ、うん。……ありがと」

 

 俺の手をおずおずと握りアスナが立ち上がった。《ブルーブルーベリータルト》のバフ時間は一時間で、ちょっと夢中になるとすぐに過ぎてしまう時間だ。やると決まったならば急いだ方がいいと、アスナを促すように俺は気持ち駆け足で店の入口へと向かった。

 

 

 

 神殿跡での遺物拾いの成果はバフの効果もあってか中々の物だった。大小のコインや宝石、マジック効果のあるネックレスとブレスレットに指輪が二つと、すべて換金すれば五千コルは堅いだろう。

 

 アスナの機嫌はこれだけの成果を挙げたことで時折鼻歌を歌うほど極めて良好であったが、その隣を歩く俺は脳内に遺物拾い中に見た光景がちらついて離れず、平静を装うことで一杯一杯となっていた。

 

 遺物は基本的に地面に落ちているため拾うには当然屈む必要がある。落ちているのが一個の場合はすぐに立ち上がるが、周辺に遺物が密集していた場合はわざわざ立ち上がらずに四つんばいのまま移動することになるだろう。それは至極当たり前なのだが、問題だったのはアスナの服装が短いスカートだったということだ。

 

 たまたま、本当にたまたまであったのだが、向こうは拾えてるかなーと視線を向けたのとアスナが動いたタイミングが重なり、ひらりと、普段は隠れていなければならないものが見えてしまった。

 

 無論一瞬のことであったし、暗がりであったためとても気になる詳細まではわからなかったが、今回に限ってはわからなかったことが災いする。もう少し明るければ、いっそもう少し近かったら等と考えてしまうのは、健全な男子中学生としては仕方のない事ではないだろうか。

 

「……キリト君、君なんか変なこと考えてない? さっきから顔が百面相してるけど」

 

 そしてこんなことを考えていれば当然、人の心の変化に機敏な細剣使い(フェンサー)様にバレる。先ほどまでの機嫌の良さは鳴りを潜め、こちらを訝しむように視線が向けられた。

 

「い、いやぁ、ちょっとベータ時代の苦い記憶を思い出してさぁ!」

 

 何とか誤魔化そうと大げさに言うと、「ふーん」と口では納得するものの視線の鋭さは変わらず、明らかに信じていないということがわかる。それでも追及されバレてしまうと本当の意味で命の危険に晒されるため視線を逸らしてシラを切り通すと、しばらくしてからアスナが溜息を一つついて呆れるように言った。

 

「……ま、いいけど。キリト君がその顔してる時は、間違いなくくだらないこと考えてる時だもの」

 

 余りの言い様にその顔ってどんな顔だという突っ込みを入れたくなるがグッと抑えて、話題を遺物拾いに戻すべく発言する。

 

「そ、それよりもさ。早いとこそれ鑑定してもらおうぜ。場所が場所だからそこまでレアなものはないと思うけど、装飾品なら着けておいても損はないだろうからさ」

 

「……そうね。今は君の口車に乗っておいてあげましょうか。でも、その内聞かせてもらうからね」

 

 ニッコリと冷たさを帯びた微笑をこちらに向けたアスナに、俺はただただ頷くことしかできなかった。

 

 

 

 メインストリートに面した露店のNPCに鑑定を依頼した結果、アクセサリー類に付加されていたマジック効果はどれも今一つであることがわかったが、指輪の一つに《燭光(しょっこう)》という見慣れない効果が付加されていた。燭光と言う意味を考えるにぼんやりと光る程度の効果はあるのだろうか。

 

 銀色のリングに黄色い石が付いた指輪は《燭光》以外はステータスアップも無く敢えて装備する必要性を感じなかったが、もう一つの指輪の効果が極めて微妙であり折角装備枠が開いているのだからということでアスナの右手中指に装備された。残りのアイテムを全て換金すると総額は六千コルを超えたので半分をアスナに送った後、ちょうど近くにあったベンチに腰を下ろし一息つく。

 

「満足したわ……。なんというか、中毒性高そうね、遺物拾い」

 

「ベータ時代も攻略そっちのけで毎日遺物拾いに勤しむ奴がいたよ。その熱心さに敬意を表して《ヒロワー》って呼ばれてたな」

 

「絶対敬称じゃないわよね、それ。……明日には結構賑わいそうね、ここも」

 

 時刻はもうすぐ午後九時というところだが、メインストリートを行き交うプレイヤーの数は先ほどよりも増えているように思えた。装備もあまり整っていないプレイヤーの姿を多く見かけるので、どうやら良い儲け話の噂を聞きつけたプレイヤーたちが下の層から上がってきているらしい。

 

「遺物拾いは時間はかかるけど確実に儲かるからなぁ。特にまだ町から出れてないプレイヤーには貴重な機会になるのかもな」

 

「……そっか。そう考えると、ちょっと悪いことしちゃったのかな……?」

 

「悪いこと? …………ああ、そういうことか」

 

 唐突に沈痛な面持ちを見せたアスナの言葉に驚いたが、すぐにその言葉の意図が理解できた。恐らくアスナは俺たちのようにモンスターと戦うことで稼ぐことができるプレイヤーが、圏内に籠ることを選んだプレイヤーたちが稼げる貴重な機会を少しでも奪ってしまったということに対して罪悪感を感じているのだろう。遺物拾いをしている間アスナは非常に楽しそうにしていたから、その反動もあるのかもしれない。

 

「本当に、優しい人だよな、アスナって」

 

 俺の言葉に反応するまでに三秒ほど時間をかけてから、「は、はぁ!?」と言う言葉と共に急にわたわたとしだしたアスナを見て思わず笑みがこぼれる。率直な物言いをしてしまったことで俺も多少の照れを感じつつ、先ほどの神殿跡の遺物はこの街全体で拾える遺物から考えて本当にごく僅かなものであるから気に病む必要はないと伝えると、多少は気が晴れたようだった。

 

「なんか、気を使わせてごめんね?」

 

「気にするなって。それで、遺物拾い、楽しめた?」

 

「うん。付き合ってくれてありがとね。十分満足できたよ」

 

 笑顔で頷いたアスナを見てフォローは十分だと判断し、そろそろ次の行動に移るために話題を変える。

 

「さて、遺物拾い祭りを楽しんだアスナさん、これからどうする? もう時間も遅いし宿に入っちゃってもいいけど」

 

「うーん……。流石に日付が変わる前には休みたいし、これからクエストを進めるとちょっと中途半端になるわよねぇ……。かといって、九時じゃ流石に早すぎるし……」

 

 頭を悩ませるアスナを見ながら俺もどうすべきかと考えるが、良い案は中々浮かばない。この街のクエストのメインは地下のダンジョンになるので、一度潜ったら可能な限り全てをこなしてしまいたい。そうなると数時間は潜りっぱなしになるのは間違いなく、地上に戻ってくるのは朝方になってもおかしくないだろう。階層ボス戦が終わった日にそのまま徹夜と言うのは流石に勘弁だ。もういっそのこと今日はこのまま遺物拾い祭りを継続すべきかという考えに至ったとき、アスナが何かを思い出したように口を開いた。

 

「あっ! キリト君、攻略を始める前に子爵様に報酬貰いに行かないと」

 

「ああ……それ、忘れてたな。報酬の一覧見たけどかなり強力な装備が揃ってたし、第五層の攻略が本格的に始まる前に行っておかないと戻れなくなっちまうもんな。今日中に資材だけ集めておくか」

 

「うん。早く集められればお城まで行ってそのまま泊まっちゃいましょ。宿代も浮くし」

 

 お風呂も入れるしとは続かなかったがあの大浴場を期待しているのだろう、お風呂大好き剣士の目は輝きが増していた。尤も、俺とてあの城で一泊するのは食事のクオリティが高いので大歓迎であるから、動機という意味では大して変わらないかもしれない。 

 

 じゃあ早速行きましょうと、立ち上がって転移門へと向かうアスナに遅れないように後に続いた。




次話はお風呂シーン有ります

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