Re:SAO   作:でぃあ

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大変大変お待たせしました。久々の更新でございます。

こちらの読者の方で、コミケで当方の本をご購入いただいた方がいらっしゃいましたら、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

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サンプルを用意しておりますので、ご興味がある方は是非ご覧くださいませ。
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今後もスローペースですが更新は続けていきますので、よろしくお願いいたします。

ヨフェル城到着~地下墓地突入まで


第三十一話

  第四層主街区《ロービア》に移動した俺たちはロービアで露店を開いていたエギルに偶然出会い、厚意によって彼らの乗っていた《ピークォッド号》を貸してもらうことができた。

 

 本来は森に行って船の材料を再び集める予定だったのだが、予期せぬ幸運によって移動手段を確保することができたので早々にロービアに別れを告げヨフェル城へと舵を取る。

 

「こういうちょっと大きめの船も、伸び伸びとできていいわね。座り心地はティルネル号の方が断然いいけど」

 

「単純に倍の広さだからな。存分にはしゃいでもらって構わないぞ?」

 

「もう圏外なんだから、そんなことするわけないでしょ!」

 

 俺の言葉にぷりぷりと怒るアスナだが、その表情が綻んでいるためまるで威圧感がない。

 時折出現するカニやらワニやらも悉く細剣の錆となり、上層の底面と川面に映る星空に挟まれながらの船旅を二時間ほど楽しんだところで、白い靄を抜けてヨフェル城へと到着した。

 

 ヨフィリス閣下から貰った指輪《シギル・オブ・リュースラ》はこの城に入るための通行証を兼ねているので城門前で装備している左手を掲げると、警戒のために槍をこちらに向けていた衛兵が敬礼し城門がゆっくりと開いていく。

 

 城門、正門を通過してまずは目的であるヨフィリス閣下に謁見すべくそのまま一直線に五階の城主の部屋へと向かい、部屋の前で少しだけ中の様子を窺ってからノックすると、すぐに中から「入りなさい」という落ち着いた声が返ってきた。

 

 扉を開け中に入ると、大きなデスクの向こうから見覚えのある長身のエルフの男性がこちらに視線を向けてくる。

 時刻もすでに真夜中と言っていい時間帯だが未だ執務を続けていたのだろう、持っていた羽ペンを机に置き、羊皮紙のようなものを机の引き出しにしまう姿が見て取れた。

 

「アスナ、キリト、待っていましたよ」

 

「こんばんは、城主様。夜遅い時間にお邪魔して、すみません」

 

「気にすることはありません。この城を守ってくれた恩人であるそなたたちならばいつでも歓迎です。さあ、こちらへ」

 

 アスナの謝罪にも微笑みながら答えた城主は俺たちを手招きしたので、素直にデスクの前へと歩みを進めつつ部屋の中を見渡すが、居るのは城主のみでこの城にいた筈のもう一人の姿は見当たらない。

 

「残念ながらキズメルは既に上の層の砦へ発ちました。ですが、あなた方に会いたがっていましたよ。渡した指輪があれば砦にも入れるでしょうから、機会があれば砦を訪れてみてください」

 

「そうなんですか……。わかりました、必ず会いに行きますね」

 

 俺たちの視線に気づいた城主が察したように口にするとアスナは一瞬寂しげな表情になったが、すぐに切り替えて頷きそれを見た城主も再び微笑んでから頷き返した。部屋に入ってから会話を全てアスナに任せてしまっているが、どうやら俺が想像する以上にこの二人は親密な関係を構築したようだ。接点と言えば城主に増援を頼みに行った時くらいのものなのだが、あの短時間でアスナはこの英明なエルフの心を開くことに成功したらしい。

 

 それを認識した直後に、黒くもやっとしたものが心の奥底で渦巻き始めたのを認識するが、表情に出ないように努めつつ、失礼にならない程度に城主の顔に視線を向けた。

 

 俺たちが来る前には誰にも顔を見せなかったというが、今こうして話している限りでは顔を隠すようなそぶりは全く見せていない。額から左眼を通って縦に刻まれた傷跡は健在だが、恐らくはあの戦いの中で心境の変化があったのだろう。

 

 どうやらアスナの周囲を変える力はプレイヤー達だけではなくNPCに対しても有効らしい。

 

 その後言い出しにくかったクエストの報酬のことを城主から切り出してくれたので、浮き上がるテンションを抑え込みながら開かれた輝く宝物箱の中のアイテムを順番に確認し、二つのアイテムを選択する。クエスト完了直後にも確認したが性能はどれも一級品で、今回選んだものも強化をしっかりを行っていけば長い期間使い続けることができるだろう。

 

 心持ち重くなったストレージにほっこりしていると城主が手を一振りして宝物箱が閉じられ室内の光量が元に戻ったので、取りあえず一区切りと気前の良い城主に改めて礼と共に二人で頭を下げる。

 

「そう何度も頭を下げずとも良いのですよ。相応の報酬を渡しただけなのですから。……とは言え、これはこの城を救ったことに対してのもの。アスナ、あなたにはもう一つ渡すものがあります」

 

 城主の言葉に「えっ?」と声を上げて驚いたアスナだったが、それを尻目に城主は部屋の奥に備え付けられた暖炉の前に向かいマントルピースの上に飾られていた細身の剣を手に取った後、俺たちの前まで歩いてきた城主は両手で剣をアスナへと差し出した。

 

「アスナ、あなたは私と同じくレイピアを使っていましたね。この剣は私が幼い頃に当時の王から下賜されたもの。私が使うことはもうありませんが、このまま埋もれさせるには惜しい一品です。あなたの手元にあれば役立つこともあるでしょう」

 

「そ、そんな! 貴重な品を二つもいただいたのに、これ以上は受け取れません!」

 

 隣でアスナがテンプレ通りの反応をしている間に俺は城主が持っている剣に視線を移す。鞘に納められているため剣身を見ることはできないが、柄頭には赤い宝石がはめ込まれ、鞘に使われている黒い皮も見ただけで上質なものであることがわかる。手を守るナックルガードや鞘の付け根や先端には金銀の文様細工が細かく刻まれ、どちらかというと実用性よりも見た目を重視した剣のようだ。

 

 城主は練習用に下賜されたと言っていたが、これは剣の練習に振り回しても大丈夫なのだろうか。そんな俺の視線を見て城主が口を開いた。

 

「この剣は見た目通り、戦いには用いることができない儀礼用のもの。ですが、古のまじないの効果によって所持する者の成長を助ける効果があるのです」

 

 なるほどと頷き、俺は視線を剣からアスナに移してそっと窺う。

 

 剣を差し出されたときには慌てていたが、城主の説明を聞いたアスナの視線は剣に釘付けになっていた。真っ直ぐに剣に対して向けられたそれは、ロービアの装飾品店でアクセサリーを見ていた時のようなキラキラとした輝きを放つものではない。

 

 目の前の物が自らを高めるために必要なものであると認識した、強く真剣な視線だ。

 

「一つだけ、聞かせてください。……何故、わたしにだけこの剣を? お気持ちはすごく嬉しいのですが、その、不公平になってしまいます」

 

 アスナの言葉は尤もだ。少なくともベータ時代にこのクエストをクリアしたときには報酬は一つであった。それが二つに増えたというだけでも驚きなのにさらにもう一つ、それも一人にだけというのはどう考えてもおかしい。

 

 聞いた限りではアイテムの効果は非常に強力なものようだし、もしこれが正式サービスで意図的に組み込まれたものならばその意味を考えなければならないだろう。

 

「……そうですね。確かに、あなた方の功績は等しい。本来であるならばこのようなことをするべきではないのでしょう」

 

 聡明な城主は俺の危惧を察したようで、自らの行為をするべきではないことと認めたが、一度顔を横に少しだけ振ってから「ですが」と続けた。

 

「顔に傷を負って以来、人前に姿を現すことなく長い時を過ごしてきました。……どうしても報いたいのですよ、一人のエルフの騎士ヨフィリスとして、この部屋を出て再び顔を上げるきっかけくれたあなたに」

 

 これは個人的なものだと城主は言い切ると、アスナは窺うようにこちらを見たので軽く頷きを返す。それを受けて一旦城主と視線を合わせ、少しだけ躊躇った後に剣を手に取った。手の中から剣の重さが消えた城主は満足そうに微笑む。

 

「アスナ、あなたの眼差しはかつて私が世話になった女性とよく似ています。その瞳が濁ることが無いよう、この城から祈っています」

 

 そう最後に一言添えた後、話は終わりだというように城主の笑顔が消え普段の怜悧な表情に戻った。

 

 この人が俺たちに個人的な笑顔を向けることはもうないだろう。俺たちはひたすらに上に進み続けるし、この人はこのままこの城の城主であり続ける。明日この城を発ってしまえば、こうして顔を合わせることは二度と無いかもしれない。

 

 恐らくは最初で最後であることを隣に立つ少女も理解している。その証左に、アスナの頭は先ほどよりも深く下げられていた。

 

 

 

 更衣室で「やることがあるから先に入ってて」とアスナに言われた俺は手早く水着に着替えて浴室の扉を開けた。金色の吐湯口(ととうぐち)から流れ出るお湯に満たされた浴槽に口許まで身体を沈め、ぼんやりと前方を見つめながら先程の出来事について思考を巡らせる。

 

 ダークエルフのクエストはベータ時代と同じような展開で進んでいた。クエストの内容や攻略するべきダンジョンに大きな変更点はなく、自らが知り得ている情報で十分に対応できているし、明らかに報酬が良くなっている点を考えれば歓迎すべき状態なのは間違いない。

 

 だが、と自身の困惑を吐き出すように口から空気を開放すると、前面のお湯が湧き立つ。

 

 城主はアスナに渡した剣は個人的な報酬であると明言した。しかも、クエストを攻略した直後に、システムウィンドウに提示された以外のものを。

 

 あのクエスト中に俺とアスナの行動の違いがあったのは城門の防衛に当たった時だ。城門に残って敵兵と戦うことを選んだ俺と、城主に増援を頼みにいったアスナ。城主本人が言っていたように部屋の外に出るきっかけをアスナが与えることができたと考えば、個人的な報酬を追加でアスナだけに渡すのはおかしいことではない。

 

 キズメルや城主を見る限り、この世界の一部のNPCは極めて高性能でかなり自由な行動が許されているようだし、クエストの流れを見ても不自然さは感じないように思える。だが、クエストの報酬というゲームの進行上公平性が求められるものにまで影響を及ぼせるほどの権限が与えられることなどあり得るのか。

 

 普通のゲームであるならば情報サイト等にかきこめば誰かしらが確認してくれるのだろうが、SAO(このゲーム)にそんなものがあるわけもなく、例え情報提供をしたとしても俺たちの行動がキズメルが居ることが前提だったことを考えると同じ行動をとってもらうのは難しいだろう。これが本来の仕様なのか、このゲームの高度なAIが成した奇跡なのか、それを確認する術が現段階では無い以上、頭を悩ませるのは無駄なことなのかもしれない。

 

 最近はどうも深刻に考えすぎる気があると自分でも思わなくもないのだが、このゲームが始まった直後のようにソロで動いているわけではないのだ。何か一つの見落としによって致命的な結果を引き起こし、それで自分だけが死ぬのならいい。だが、そうなった場合は側に居る人間たちをも巻き込む可能性が高いのだ。

 

――もし、俺のミスによってアスナが死ぬことになったら……。

 

 不意に頭に浮かんだ光景は全身を湯の中に沈めているというのにも拘らず背筋に悪寒を走らせたが、その直後に浴場の入り口から引き戸が開く音が聞こえたため驚愕も合わさり、身体は予想よりも大きく震え盛大にバランスを崩す。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 風呂に入った直後に響いた水音に驚いたのか、湯気の向こうから聞こえてくる足音は普段よりも大きい。

 

「ああ、大丈夫。ちょっとバランスを崩しただ…………え?」

 

 一度は水没した身体を戻して顏を拭い、既に湯船に足を入れていたアスナに視線を向けてたっぷりと観察してから一言、俺は困惑の声を上げた。

 

 ヨフェル城に泊まった初日に入浴のためにアスナが作った水着は白のワンピースタイプの水着だった。しかし、今目の前で俺を見下ろしているアスナはこれまでとは違う赤いビキニタイプの水着を身に着けていた。

 

「……言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」

 

「い、いや! いやいやいや! 何もありません!」

 

 ワンピースタイプの水着とは違い、赤いビキニによって美少女細剣使い(フェンサー)様の蠱惑的なプロポーションが強調されている。その姿は思春期真っ盛りの男子中学生にはあまりにも刺激が強すぎた。

 

 極めて真面目なことを考えていた気がするのだが、そんなものは一万光年の遥か彼方へと吹っ飛び、巨大な引力に視線が引きつけられた言い訳をして全力で顔を背けることしかできない。

 

「……ふーん」

 

 そして返されたのは絶対に納得していないだろう一言。つい先日同じようなやり取りをした気がするが、今回はアスナの声がその時より幾分低く感じた。

 

 そりゃあ水着姿をまじまじと見られればいい気はしないよなとそっと横を窺うと、左五十センチほどの距離を置いてお湯に身体を沈めているアスナの姿が目に入る。両腕で膝を抱え俺と平行になる様に座っているが、目は普段より細められ明らかに不機嫌そうな顔がこちらに向けられていた。

 

「えっと……俺、先上がります……ね……?」

 

 不穏な気配を感じ取った俺は角が立たないよう一言断ってから離脱するべく立ち上がろうとしたのだが、片膝を立てたところで左手がガッシリと掴まれた。

 

「見張り、忘れてないわよね?」

 

 ニッコリと、しかし凄味のある笑顔に無言のまま頭を上下させる。一緒に入っているのに見張りも何もとは思ってしまうのだが、これも口に出すときっと機嫌を損ねるのでゆっくりと湯船に身体を戻すと掴まれていた左手が解放された。

 

 クリスマスにこの城に来てから毎日、見張りという名目でアスナと一緒に入浴をしているのだが、その間キズメル以外のNPCが現れたことはない。時間帯が違うのか、そもそもそのようなプログラムが組まれていないのかはわからないが、見張りなど置かなくても問題ないということを聡明なアスナなら既に察していてもおかしくないはずだ。それなのに、こうして俺を入浴のお供に連れてきている。  

 

 当然それには何がしかの意図があるのだろうが、それを察するには我が身の経験が不足しすぎているし、すぐそばに水着姿の美少女がいるという極限状況でいくら頭を悩ませようと答えが思いつくはずもなかった。

 

「……ねえ、なんでいつもそんなに顔をしかめてるの?」

 

「うぇっ!? い、いや、なんでもない……ぞ?」

 

「確かに、そこまで深刻そうな感じはしないけど……。毎日、って言っても二、三日だけど、そんな顔されてたら気になるに決まってるじゃない」   

 

「うっ……」

 

 突然の指摘に慌てて言い訳を口にするが誤魔化されてくれないようだ。このままアスナの機嫌を損ねたままでいるのはよろしくない。かと言って、正直に口にして距離を取られてしまえば俺の心の体力ゲージは空っぽになりポリゴン片のように砕け散るだろう。

 

 言うべきか言わないべきか、悩んでいる間にも拗ねたアスナはとっても不機嫌ですという態度をありありと見せている。彼女の不機嫌の原因が俺の態度にある。ならば、このまま何も言わないわけにはいかないだろう。

 

「えっと、アスナさん……」

 

「……何?」

 

 険呑な声が返されたため一瞬怯むがそれをぐっとこらえ、俺は決意を持って言うべきことを口にする。

 

「その……、水着、とてもお似合いです」

 

 短く、端的に、伝えたい言葉を言い終えた後すぐにでも飛んできかねない光る拳に備えて身構えるが、アスナの身体は肩がピクリと動いた程度で大きく動くことはなかった。どうやら暴力的な手段に出ることは無いようで、ここが圏外であるということも含めて安堵したが、反応がないのもそれはそれで困る。

 

 吐湯口(ととうぐち)から流れ出るお湯の音だけが浴室に響く。会話が途切れてからまだ一分も経っていないだろうに、今の俺には途轍(とてつ)もなく長い時間に感じる。何となく想定はしていたもののやはり言うべきではなかった、謝るべきだなと口を開こうとした俺を制すように、アスナがポツリと、浴室に響く水音に掠れるほどの声量で言った。

 

「そう……。ありがと」

 

 言い終えた後アスナは身体の向きを変え、完全にこちらに背を向けた。しかし、俺は気づいてしまう。髪が結い上げられたことによって完全に露わになっている(うなじ)や耳が、赤く染まっていることに。

 

 瞬間、アスナから視線を外し、俯いた。揺れる水面に映る俺の顏は赤く染まっているが、恐らくこちらからは窺うことができないアスナの顔も、俺と同じ程度には赤くなっているのだろう。

 

 予想外だ。完全に予想外だった。

 

 あのアスナが、クールで知的なあの美少女細剣使い(フェンサー)が、俺ごときにお世辞を言われただけで恥ずかしがっているのだ。確かに彼女は最近頻繁に赤面している気がしなくもないが、この状況でその反応見せるのは反則と言っていい。

 

 だが、細剣使い(フェンサー)様のターンはまだ終わらないらしい。動揺と沸き上がる衝動によって思考がだんだん鈍くなり視界がぼやけてくる最中、アスナは背中越しに小さな声で俺に尋ねてくる。

 

「ねえ、キリト君……。前の水着の時も、その……似合ってるって、思ってくれてた……?」

 

 とてもお似合いでした、と声を大にしていうことができればどれほど楽だろうか。的確にクリティカルを狙い続けるアスナの攻撃は、モンスターだけでなくパーティーメンバーにも有効らしい。

 

「う、うん」

 

 精神の体力ゲージがレッドゾーンに突入していたため、声に出せたのは必要最低限の同意だけだったが、それでも俺の意図が伝わるには十分だったらしい。

 

「……そっか」

 

 少しだけあった間の後にアスナは頷くと、先ほどの俺と同じように口元までお湯の中に沈めた。明らかな照れ隠しであるその仕草に、思わず額に手を当てながら後ろの浴槽の縁にもたれ掛る。

 

――ああ、ホントもう、駄目だ……。

 

 どうしてこの人はこんなにも無防備な姿を晒してくれるのか。それだけ信頼されているということなのかもしれないが、同時に同じ程度には不安も感じてしまう。

 

――見張り、頑張らないとなぁ……。

 

 度重なる精神攻撃に耐えきれなくなりぼんやりとした俺の頭には余りにも漠然とした想いだけが浮かんでくるのだった。

 

 

 

 翌朝、城主に改めてのお礼と別れを告げ、ピークォッド号でロービアへと移動してエギルに船を返却した後、再びカルルインの街に足を踏み入れた俺たちを待っていたのは、この世界では恐らく初めてであろう雨であった。

 

「うわぁ、ドシャ降りじゃない」

 

「ベータの時は結構降ってたんだよな、雨。余りに不快なもんだから結構文句が出てたらしいから頻度の修正は入ると思ってたけど、ついに来たかぁ……」

 

 言いながら転移門広場をぐるりと見渡してみるが、昨日あれほど賑わっていたというのに人影はほとんどない。バケツをひっくり返したような、とまではいかないまでもこのドシャ降りの中屋外を歩きたがるプレイヤーは中々いないだろう。

 

「そんな考察はどうでもいいから、早くどこかに入りましょ?」

 

「そうだな。とは言え朝食は食べてきちゃったし……このままクエスト消化に行っちゃうか」

 

「ああ、例の地下ダンジョンね? 地下なら屋根もあるし、ちょうどいいかもね」

 

 異論は無いようなので、アスナの問いに頷きを返してから町の北部へと駆け出す。ダンジョンの入り口は崩れかけた大型の遺跡で転移門広場からはさほど離れていないこともあり、服が水没判定を受ける前に屋内に入ることができた。

 

 遺跡の内部は神殿のような造りになっており、両側の壁には石像がずらりと並び、正面には地下へと向かう階段が大きな口を開けている。広間の四隅の篝火によって光が揺れ動くため非常に不気味な雰囲気だ。

 

「……あのね、先に聞きたいことがあるんだけど」

 

「ん? どうした?」

 

「これからやるクエストって、どんな内容なの……?」

 

「ん~。どんなって言われても、どこにでもあるようなクエストなんだけど……」

 

 アスナの様子が何やらおかしい気もするが、まずは質問に答えようとウィンドウを開いて可視モードにした後、最初に攻略する予定のクエストの説明文を表示する。

 

「順路的にまずはこの《三十年の嘆き》に行こうと思ってるんだけど、ダンジョンになってる地下墓地のどっかにいる悪霊を……」

 

「にえっ!」

 

 説明の途中、急に奇声を上げたアスナに何事かと視線を向けると、アスナがしまったという顔をしつつ両手で口を塞いでいた。

 

「……今の、にえっ、って何?」

 

「……ロシア語の、『ノー』よ。ネタバレ禁止ってことよ」

 

「……ああ、そうなんだ……」

 

 恐る恐る口を開いた俺は、それ以上は聞くなという、それはもう強い眼力で黙らされた。アスナの反応にもしかしてと一つの考えが思い浮かんだが、きっと口に出せば今度は俺の口が塞がれるのだろう。物理的に。

 

「…………よし、いいわ。覚悟を決めたわ」

 

 右手でレイピアの柄を持ち、たっぷり二、三分ほど目を閉じていたアスナが、意を決して宣言する。普段の戦闘時よりも鋭い眼光に少々怯んだが、当の本人が良いと言っている以上止めることはできないだろう。

 

「わかった。じゃあ、あまり無理しないように、地下墓地の攻略、開始しよう」

 

「ええ、行きましょう!」

 

 意気込んだアスナがずんずんと階段を下りていく。今回の先導役はどうやらアスナが担ってくれるらしい。その背中を少々不安に見守りつつ、俺たちは第五層の攻略を開始した。

 

 

 




どれだけ二次創作で甘くしても、ラスボスは原作だったでござる。

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