Re:SAO   作:でぃあ

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大変お待たせしました。
第五層でどうしても書きたかった、某鍛冶師との出会い。オリジナルがメインとなっております。

いつも誤字報告、ご感想などありがとうございます。今後もマイペースで更新しておきますので、気長にお待ちいただければ幸いです。


第三十二話

 地下墓地の攻略はアスナの危惧をよそにアストラル系のモンスターが出現するということはなく無難にクエストを進めることができた。「覚悟を決めた」という言葉は強がりではなかったようで攻略中は終始普段通りに振る舞っていたが、地下墓地を出ると同時に大きく息を吐いて肩を落としたので、それなりに精神力は消耗していたらしい。

 

 良く頑張ったと、明らかに疲れの見える背中をポンポンと叩いて労いつつ時間を確認すれば十七時半を少し過ぎていた。クエストの報告を終わらせて《ブリンク・アンド・ブリンク》に戻る頃には夕食にはちょうどいい時間になっているだろう。

 

 一度だけ大きく深呼吸をしてからフードを被ったアスナに「行こうか」と一声入れてから歩き始める。地下墓地に入る前にはドシャ降りだった天候もすっかりと晴れ、既に沈みつつある陽の光が青みがかった遺跡を橙色に照らしていた。

 

「ねえねえ、クエスト報告のついでに少し街の中回ってみない?」

 

 中々に幻想的な光景に我がパートナー様のテンションも上がったらしい。袖をくいくいと軽く引っ張りながら提案してきたアスナに二つ返事で頷く。この街に着いたのは昨日だが見回る前にヨフェル城に戻ってしまったためにまだNPCショップの確認すら終わっていないのだ。

 

 この《カルルイン》は第四層主街区である《ロービア》のように観光地然としているわけではないのだが、遺跡の中を走る通りに怪しげな露店が軒を連ねているのを見ると好奇心に任せてついつい覗いてみたくなってしまう。怒られるかなとアスナの様子を窺ってみると視線をあちこちに飛ばしていたので、これなら遠慮することはないなと心持ゆっくりと歩きつつ露店を見物していく。

 

「この層の露店、結構面白い物が多いのね。食材関係は少ないけど、宝石とかアクセサリーとか……未鑑定品まで売ってるし、遺物拾いの影響が大きいのかしら」

 

「未鑑定品の中にはとんでもないレアアイテムがあるぞ。ベータの時にはDEX+10の指輪とかあったらしい」

 

「ぷらっ……!? ちょ、ちょっとだけ興味をそそられるわね……」

 

「確率はお察しだけどな」

 

 レアものを求めて未鑑定品を購入するくらいなら、《ブルーブルーベリータルト》を食べてから地下墓地の最下層までダッシュして遺物を探した方がまだマシだ。アスナもギャンブル性が高いことはすぐに理解できたようで露天の取引ウィンドウを閉じて肩をすくめたが、何かに気付いたのか立ち止まりこちらを向く。

 

「キリト君ってこういうの好きそうなのに、あんまり興味無さそうなのはちょっと意外ね」

 

「え? あー、確かに好きなんだけど……」

 

 煮え切らない答えにフードの中から見えるアスナの表情には疑問が浮かんでいたが、すぐに察したようで目を細めた。

 

「……ベータ時代に何かあったの?」

 

「まあ、遺物拾いで儲けた金をそのまま突っ込んだら、な」

 

「丸損したと……。未鑑定品買うの、禁止だからね」

 

「…………はい」

 

 無慈悲な宣告にぐぅの音も出なくなった俺は、肩落としつつ前を行くアスナの後ろに続いた。

 

 

 

 クエストの報告をすべて完了するとちょうどアスナのレベルが20に上がったので、今日は少しだけ豪華な夕食にしようと決める。先程まで橙色に街を照らしていた陽はすっかりと落ち、東の空には既に星が輝き始めていた。空腹を訴える抗議の声も大きくなってきていたので早足で《ブリンク・アンド・ブリンク》へと抜ける路地を歩いていると、ちょうど武器や防具を取り扱っているNPC露店のすぐ近くで客引きの声が聞こえてきた。

 

 声の方に視線を遣ると、行き交うプレイヤーたちに声掛けをする女性プレイヤーの姿が目に入る。少し離れた所から様子を窺ってみれば、手にはプレイヤースミスに使う初心者用のハンマーを持ち、見覚えのある敷物――《ベンダーズ・カーペット》を開いて携帯金床を展開していた。

 

「おお、プレイヤーの鍛冶屋か。ネズハ以外にもいたんだな」

 

「あ、ホントだ。女の子の鍛冶屋さんなんて、珍しいんじゃない?」

 

 女性アバターでの生産職というのはMMORPGの世界においてはそう珍しい存在ではないのだが、ゲームの初心者であるというアスナにとっては女性がハンマーを振るう姿は珍しく見えるようだ。尤も、それは他のSAOプレイヤーにも言えるようで、彼女の周りには数名のプレイヤーたちが取引のために集まっている。

 

「ねえねえ、わたしも、少し声かけてきてもいい?」

 

「もちろん。武器の修理もまだだったし、費用なんてNPCと大して変わらないだろうからついでに済ませちゃおうぜ。上層まで出てきてくれる生産者とは繋がり持っとくに越したことはないしな」

 

 この手のゲームでは基本的にモンスターからドロップするレアな武器が性能面で強力な場合が多いが、当然確保できるかどうかには運の要素が大きく絡んでくる。よって比較的安定した性能の武器防具を供給してもらえる腕のいい鍛冶屋と知己を得ることは今後攻略組で活動していく上で重要になるはずだ。

 

「確かに一々下層まで降りるのは面倒だもんね。それに、わたしたちのスキル構成だとどうしても戦闘面以外の部分が疎かになっちゃうし……」

 

「そういうこと。俺たちの場合は鍛冶屋と、アクセサリーなんかを作れる装飾細工師とかの知り合いも作っときたいな。布・皮製品を作れる裁縫系に関しては……アスナさんが頑張るんでしょうか?」

 

 アスナの裁縫スキルは何だかんだで出番が多い。本人も意外と気に入っているようなので、本腰を入れるつもりはあるのかと一応訊ねてみると、アスナは(おとがい)に指を当ながら少しばかり考え込んだ後、首を横に振って溜息を付いた。

 

「うーん、ちょっと難しいかなぁ……。一応毎日寝る前にスキル上げはしてるんだけど上がり方が鈍いのよね。素材に困ることはないけど、性能も店売りと同じくらいだし時間を割きすぎるとレベリング時間が無くなっちゃうもの」

 

 《カレス・オーの水晶瓶》を利用してフロントランナーながら生産スキルを取っているアスナだが、やはり最前線でレベリングをしながら生産スキルを上げるというのは時間的な制限から難しいのだろう。

 

「まあ、そうだよな。俺はSAOで生産スキル取ったことないから何とも言えないけど、それなりに手間と時間がかかるのは間違いないだろうし」

 

「うん。寝る前の暇つぶしや気分転換にはなるんだけど、本格的にってのは中々ね」

 

 ゲームの世界で暇つぶしというのもおかしな表現だが、普通に過ごしていると空き時間がどうしてもできてしまうのがこのSAOというゲームの特徴だ。ダンジョンなどに潜る場合、余程の理由がない限り疲労の限界まで狩り続けずに街に帰還するための余裕を残しておくものだが、そうすると街に帰還してミーティングや補充を終えた後、就寝までに時間が余るということがそれなりの頻度で起こる。

 

 暇つぶしに最適なスマートフォンやパソコン等この世界にあるはずがなく、そもそも本ですら手に入れることが難しい現状では空いた時間をつぶすのは中々に難儀だ。かといって、余力を使い切るためにもう一度街の外に狩りに出るのは本末転倒であるし、無理に眠りに就こうにもベッドの上で退屈な時間を過ごす羽目になる。そういった時のために生産スキルを一つでも取っておくというのは、健全な生活を行う上で以外に有効なのかもしれない。

 

「キリト君も何か取ってみたら? 生産できるアイテムとかデザインとか眺めてるだけでも意外と楽しいわよ?」

 

「悪くないよなぁ、実際。まあ、今は戦闘スキル優先だし、一通りスキルを取り終えてからかな」

 

「じゃあ、その時を楽しみにしとくわね。――お客さん居なくなりそうよ、行きましょ」

 

 様子を窺いつつ話していた間に先客の取引は済んでいたようだ。最後の客が離れたところを見計らって近付いていくと、こちらに気付いたのか前の客への見送りを区切り、営業スマイルを浮かべながら聞き取りやすい声で迎えられた。

 

「ようこそ、リズベット武具店へ! 武器の修理ですか? お買い物ですか?」

 

 リズベット、というのは店主の名前だろう。髪はほんの少しブラウンが入ったショートカットで、挨拶からも伝わるように活発的な印象がある。身に着けている装備は第四層の標準装備といったところで、もしかしたら何かしらの戦闘スキルを取っているのかもしれない。

 

「えっと、修理をお願いします。わたしと、この人のも」

 

「かしこまりました。では、武器をお預かりしますね」

 

 アスナから武器を受け取った店主がウィンドウを操作してレイピアを金床にセットすると、時間が止まったように動きが固まりアスナの顔を窺うように顏を上げた。驚きの表情を浮かべた店主は一瞬だけ口を開きかけたように見えたが、ブンブンという音が聞こえるような勢いで顔を左右に振って表情を営業スマイルに戻し、平然を装いつつ説明を続けた。

 

「えーっと、一応修理代金はこんな感じです。ただ……私のスキル値だと、この武器ならNPCで修理したほうが安上がりになると思いますよ」

 

 レイピアの性能に関して何も言及しなかった店主に感心しつつアスナが取引ウィンドウを可視化したので覗いてみると、確かにNPCに修理に出した時より一割ほど高い金額が書かれていた。鍛冶スキルの数値によって修理に必要な素材数が変わるので修理代金が高くつくのはわかっていたが、まさか店主から言い出してくるとは。

 

「このまま修理することもできますが……どうします?」

 

「そのままやっちゃってください、きっとそうだろうなとは思ってましたから。まさか指摘してくれるとは思いませんでしたけど」

 

「ふふ、信用商売ですからね。では、はじめます」

 

 承諾と料金を受け取った店主がアスナが見守る前でレイピアにハンマーを振り下ろし始める。金属同士がぶつかり合い、通りに鎚音が鳴り響く。近場にあるNPCの鍛冶屋からも同様の音が聞こえているのだが、それよりも心なしか音が重く聞こえたのはやはり人間が剣を打っているからなのだろう。

 

 必要な回数を叩き終え、無事に耐久値を回復させたレイピアを受け取ったアスナは剣身に視線を滑らせてから満足げに頷き鞘へと戻した。ステータス上はNPCで修理したものと変わらないはずなのだが、何かしら感じることでもあったのだろうかと首を傾げる。

 

「えっと、そちらの方も修理するんですよね?」

 

「ん? ああ、お願いするよ」

 

 アスナの仕草に疑問を浮かべていると店主に声をかけられたので背中から剣を外し手渡す。店主が受け取った瞬間に「重っ……!」と小さい声が聞こえたが、何もなかったかのように金床に剣をセットしたのを見て評価をさらに上方に修正しておく。

 

 修理や強化のためにプレイヤーの鍛冶屋に剣を預けると当然性能が鍛冶師にばれてしまうのだが、剣の性能を知るということはそのプレイヤーの大まかなステータスを知るのとほぼ同義となる。つまり、今回の取引によって俺とアスナがどのような立場にいるかをこのリズベットというプレイヤーは察することができるだけの情報を得ることができたわけだ。

 

 俺たちの持つ剣の性能はこの階層ではかなり強力で知れば誰もが入手方法を知りたがるほどの一品だが、この店主は性能に驚きはすれどすぐに表情を隠し平静を装った。顧客の情報は漏らさないという意思の表れといっていいだろう。極力注目されるのを避けたい身としてはありがたいことだ。

 

 内心で頷きながら料金を支払い、修理が終わって戻ってきた剣を眺める。なるほどアスナが満足そうにしていたのはこういうことかと実際に間近で見て納得した。ステータス上では同じはずなのに、NPCで修理した時に比べ何となくではあるが剣身の輝きが違い、若干ではあるが剣自体の存在感が強くなっている印象がある。ほんの些細な違いではあるが、一度気づいてしまえば気になってしまうだろう。 

 

「いい仕事だ、ありがとう」

 

 剣を鞘に納めながら感謝を伝えると、店主は笑いながら力こぶしを作りポンポンと叩いた。

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。修理とはいえ精魂込めてやってるので、今後も是非ご利用ください」

 

「ええ、こちらこそお願いしますね」

 

 店主の言葉に大きく頷き、笑顔で握手を交わす。取引が終わりちょうど一区切りついたところで、アスナが質問を投げかけた。

 

「リズベットさん……でいいのよね? ここで毎日露店出してるんですか?」

 

「ええ。といっても、一日中って訳じゃないですけどね。修理や強化をする人が多くなる朝方や夕方に二時間ずつぐらいが基本かな」

 

「なるほど。それ以外の時はフィールドで狩りを?」 

 

「そういうこと。修理用の素材はNPC販売になってるのが救いだけど、素材を買うお金が無くて修理すらできないなんて状態になったら鍛冶師名乗れないし……」

 

 プレイヤーによる武器や防具の修理にはNPC鍛冶屋で販売している砥石や接着剤等を使い、ランクに応じた必要スキル値があれば自動成功となる。修理にもスキルの上昇判定があるため、インゴットや中間素材の作成と並び貴重な鍛冶スキル初期のスキル上げ手段であったはずだ。しかし、ベータの時の情報では武器を作るのが一番上昇効率が良いと聞いた覚えがあるのだが。

 

「武器の製作とかはあんまりしてないのかな? そっちの方がスキル上がりやすいって聞いたけど」

 

「うーん、ホントはそっちをメインにしたいところなんですけどね……」

 

 俺の疑問に深くため息をついた後、リズベットは肩を落としながら答えた。

 

「素材の買取はしてるんですけど供給が少なくて数を作れないし、性能も店売りの武器と同程度がいいところ。当然売れ行きも良くなくて、素材の買い取り代金をペイするのも難しいんですよ」

 

「なるほどな。性能が同じなら、わざわざプレイヤーに頼む人は少ないか……」

 

 従来のMMORPGのように露店を開けば勝手に売買ができるようなシステムが無い以上、プレイヤーが製作した武器を買うには本人と取引するしか手段がない。この状況では性能や価格に大きな差がないのであればわざわざ手間をかけて取引を行おうとする者は少ないのだろう。

 

「武器の売り上げだけでやっていくのが理想なんですけどね。需要もない、素材も安定供給されないとなると……」

 

「それを活動のメインに据えるのは難しい。でも修理と強化に頼ってばかりではスキルが上がらないと。上手くいかないな」

 

「生産系スキルの序盤はきついってのは別のゲームの経験からわかってはいたんですけど、状況が状況ですから。一応、顔を売るためにパーティーとかには参加して利用してくれる人は増えてきてはいるんですが、中々……」 

 

 何とも身につまされる話だ。彼女が普段どのように活動しているはわからないが、ソロで動いているのならネズハのようにパーティーメンバーから素材を回してもらえるわけではないのだ、懐事情は相当に厳しいだろう。

 

 視線を感じ横を向けば、アスナの目が何かいい案はないのかと訴えてきていた。確かにせっかく信頼できそうな鍛冶師を見つけたのだから、今後の関係を良くするためにも何かしらの情報を提供したいところだが、生産職を経験していない以上スキル上げ関連の助言は難しい。

 

 首を傾げながら頭を悩ませてみるものの一向にいい案が浮かばない。メイン武器というのはプレイヤー一人につき一本が基本であるし、更新や強化にかかる費用のことを考えればメイン武器を二本持つというのは現実的ではないのだ。そもそも武器が複数必要になる状況など、武器が壊れたり失われたりしない限りないわけであるし――。

 

 ここまで考えた時に俺の脳裏に浮かんだのはベータ時代にあった悪夢のような経験だった。リアルで五時間もの時間をかけて地下墓地を駆けずり回り、武器や防具を取り戻す羽目になったあの事態。それが起こったのは、間違いなくこの第五層だった。 

 

「なあアスナ。《シバルリック・レイピア》以外に予備の武器って持ってるか?」

 

「えっ? ちょっと待ってね…………一応、店売りの《アイアン・レイピア》が何本かストレージに入ってるけど、急にどうしたの?」

 

 《アイアン・レイピア》は細剣で最も弱い武器でどう頑張っても第五層で通用する武器ではない。つまり、アスナが持つ有用な武器は《シバルリック・レイピア》のみということだ。これならばこれからする提案は少なくともアスナに損はないだろう。

 

「そうか。ならさ、余ってる素材使って予備の武器一本作ってもらったらどうだ?」

 

「予備の武器? 二本目のレイピアってこと?」

 

「ああ。さっき地下墓地で倒した《スライ・シュルーマン》っていうネズミみたいなやついたろ? 実はあいつらがこの世界で最初の武器奪い(スナッチアーム)をしてくるモンスターなんだよ。今後もそういうモンスターは出てくるからさ、第二層や第三層辺りの余った素材使って予備の武器作っとけば安心じゃないかなって」

 

 下は第一層の中盤に出てくるモンスターの武器落とし(ディスアーム)攻撃から、上は俺の知る限りの第十層迷宮区までのほとんどの場所で、武器を落下させたり奪ったりするモンスターは頻繁に出現してくる。ベータ時代は気になる武器や防具を買い漁っていたために武器が無くなるという事態はあの一回しかなかったが、俺はともかくまだ特殊な攻撃への対処に慣れきってないであろうアスナはある程度の性能を持った予備の武器を確保しておいたほうが安心できるはずだ。

 

「なるほど。そこら辺の素材はもう強化には使えないし、余ってる素材を使うならNPCで買うよりも安く上がるもんね。《アイアン・レイピア》じゃ予備の武器として不安だし……制作、大丈夫頼めますかね?」

 

「もちろん! 素材持ち込みの武器制作なんて、こちらとしては大歓迎ですよ!」

 

 依頼がよほど嬉しかったのか、リズベットは少々大袈裟と思えるほど元気良く頷いた。

 

「じゃあ、お願いします。料金はおいくらですか?」

 

「ああ、今回は無料でやらせてもらいます。その代りにですけど、予備の武器のことを営業に使わせてもらってもいいですか?」

 

 手数料は情報代の替わりということだろう。俺には全く異存はないので、こちらに視線を向けるアスナの代わりに答える。

 

「ああ、構わないよ。ガンガン使って儲けてくれ」

 

「助かるわ! では、さっそく作っちゃいますね!」

 

 リズベットは手際よくアスナから受け取った素材を携帯型のフォージに投げ込み、ボンヤリとした剣の形になったものを金床に載せ叩いていく。第三層のエルフの野営地では四十回の鎚音が響いたが、今回は素材や彼女の持つハンマーからしてそこまでの回数に至る前に剣は完成してしまうだろう。しかし、一心に剣を叩き続ける彼女の真剣さはモンスターと戦っている時のアスナのそれに通じるものがあった。舞台は違えど、彼女もまた鍛冶という職業に対して命を懸けているのだ。

 

 心地良さすら感じる金属音が三十と少し響いた後、金床の上の剣が強い光を放ってからしっかりとした姿を現した。持ち手の部分の装飾はシンプルなものだが、剣身が左右対称ではなく片側の刃がほんの少しだけ湾曲しているのがわかる。

 

「出来たのは《リオ・レイピア》。第四層の序盤に入手できるレイピアですね。この層の最前線で使うには強化しないと厳しいでしょうけど、予備の武器としてなら十分な性能だと思います」

 

「へぇー、刃の特殊加工によって長さが認識しづらくなる……ですって」

 

 《リオ・レイピア》を受け取ったアスナは説明文を読んだ後、剣先を自分に向け正面から眺めている。少々気になったので貸してもらい、同じように見てみると刃の湾曲によって一般的なレイピアよりも心なしか短く見える印象があった。モンスターとの戦いでどう影響するかはわからないが、対人戦では特に有効な武器かもしれない。

 

「これで少しは安心かな?」

 

「少なくとも《アイアン・レイピア》よりは遥かにな。しかし、あの素材で第四層レベルの武器を製作できるとは。驚いたよ」

 

 今回使った素材は第二層、第三層産で、《シバルリック・レイピア》の武器ランクが高すぎて強化素材としては使いにくくなってしまっていたものだ。そのため、今回製作される武器は第三層レベルの武器だと想定していたのだが。

 

「作った私も驚きましたよ。尤も、運が良かっただけなんでしょうけど……流れが良かったというのもあるかもしれませんね」

 

「流れ? そんなものあるんですか?」

 

「うーん、良い雰囲気の時とか、今みたいに明らかに失敗するような状況じゃない時は、何故か上手くいくんですよね……」

 

「ああ。何となくわかります、そういうの」

 

「乱数の引きが良かったり、確率が偏ったりしただけってのが一般的な考え方だけどな」

 

 ゲーマーとしては至極当然のことを言っただけなのだが、途端に呆れの目が二方向から向けられる。視線の圧力に屈して一歩後ずさると、アスナは盛大に溜息をつき「ロマンがないわね」と一刀両断した。何故なのか。

 

「じゃあ、わたし達はこの辺で。色々ありがとうございました、またよろしくお願いしますね」

 

「それはこっちのセリフですよ。お待ちしてますね」

 

 俺が衝撃で動けなくなっていた間に会話を終わらせたアスナは、リズベットに軽く一礼してから俺の袖を引っ張りながら歩きはじめる。慌てて足を動かして崩れたバランスを取り戻した後、路地を一本曲がった辺りでアスナが口を開いた。

 

「良い人だったね。話しやすかったし……何か、仲良くなれそうな感じがするわ」

 

「そりゃよかった。実際、鍛冶師としては十分に信用できる感じだったから、長く付き合いたいもんだな」

 

「ふーん。長く、ねぇ……?」

 

 アスナの感想に俺も思ったことを素直に答えると、目を細めたアスナは何とも意味ありげな視線をこちらに向けてきた。スルーするわけにもいかず、若干たじろぎつつもお伺いを立ててみる。

 

「えっと、何かありましたか……?」

 

「別にー。ただ、随分と嬉しそうだったから、キリト君はああいう子が好みなのかなーって」

 

「うえっ!? き、急に何を……」

 

「ふふ。冗談よ、ちょっとからかってみただけ。ほら、早く行きましょ」

 

「そういう冗談は勘弁してください……って、ちょっと、引っ張るなって!」

 

 突然の疑いに驚いた俺は慌てて弁解しようと口を開いたが、全て言い切る前にアスナは口許に手を当てて軽く笑った。ドキッとする冗談は勘弁してほしいと肩を落とせば、そんな俺を急かすようにアスナは再び袖を引いて歩き始める。今日はどうやら精神的にも肉体的にもアスナに振り回される日のようだが、この状況でも一切不快に感じないのだから俺も相当に彼女にやられているのだろう。

 

 とはいえずっと引っ張られているわけにはいかないと、歩みを速めてアスナの横に並ぶが袖は掴まれたままだ。結局そのまま歩き続け、俺の袖が解放されたのはレストランに入る直前のことだった。

 

 

 




次回は第五層最大の山場まではいきたいと思っています。

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