第一層ボス攻略。
参加者四十四名中、死者一名。
数字だけで見れば悪くないものだ。事実、フロントランナーたちはその戦力を大きく削られることなく、攻略を達成できた。一時壊滅の可能性があった状況を考えても、幸運であったと言える。
しかし、キリト達はその中心となった人物を失った。
今後の攻略でも中心を担うであろうはずの人物を、最初の攻略戦で失ったのだ。そのダメージは計り知れない。攻略隊には新たなリーダー、そして可能なら中心となれる人物が複数人必要だ。キリトはこの戦いでそう確信した。
「よくやってくれた。この勝利はアンタのものだ」
肩を叩かれ振り返ると、B隊のリーダーであったエギルが立っていた。
「ありがとう。だが、素直に喜べる結果じゃないな……」
「確かに、大きな痛手だ。まさか舵取り役が最初にやられちまうとはな……」
賞賛をキリトは素直に受けたが、内心ではとても喜べる状況ではなかった。
しかし、何はともあれ直接協力してくれた者たちには感謝をせねばならない。キリトはキバオウとリンドの元に近寄る。
「おう、お疲れさん。よう決めてくれたな」
「お疲れ様だ。最後の回避指示がなければ危なかったかもしれない、助かったよ」
こちらに気付いた二人は、共にキリトに感謝を示した。
「いや、急に新しい動きをしてきてちょっと驚いたよ。あと……ごめんな、ラストアタック取っちまったよ」
「いや、我々が取れなかったら君が取る。そういう話だったからな、問題ないさ。むしろ、あそこで君が倒してくれなかったら被害が増えていたかもしれない。謝罪なんて受けたらこっちが困るさ」
なあ? 皆。と、リンドは周囲に集まっていたC隊の面々に問う。C隊の面々が頷いているのを見る限り、ラストアタックに関してこの面々としこりが残ることはないだろう。集団内で存在感を持っているプレイヤーとは可能な限り友好的な関係を作りたかったため、問題がなさそうだと確認できキリトは安堵した。同時に、この雰囲気ならば攻略隊内でのベータテスターとビギナーの亀裂も、抑えることができるのではないかとも思った。
「なあ、ラストアタック取った兄さん。そろそろ教えてもらえるか? アンタが何故、ボスの技を知っていたかを」
その声が聞こえるまでは。
黒いフードを被った男の指摘に、歓喜に溢れていた場は静まり返った。
「あんた、ディアベルさんが攻撃を喰らったとき、どんな攻撃が来るか知っていたよな? ボスが倒される直前もそうだ。アンタはボスが使ってくる技を知っていた。なのに、情報を提供しなかった。ラストアタックを取るために……そうだろ? ベータテスターさん」
横にいる少年を見ると、表情が険しくなっているのがわかる。
「確かにあいつ、ボスのソードスキルを見切ってたよな……」
「なんでディアベルさんに教えなかったんだ?」
周囲からも疑いの声が出始める。
しかし、アスナは確かに聞いていた。ボスが刀を抜いた直後に、キリトが叫んだことを。ディアベル達が攻撃を受ける前に指摘がなされたことを、アスナは間違いなく聞いていたのだ。
ボス戦が始まる前、少年はアスナに何があっても黙っていることを求めた。だが、アスナは彼の背中を見てしまった。彼が仲間のために戦っている姿を見てしまった。仲間のために命を懸けた姿を、アスナははっきりと目に焼け付けていたのだ。
だからだろう、アスナは彼が糾弾されるのを黙って見ていることなどできなかった。
「ちょっと待って」
アスナはフードを取り、少年の前に出る。
自然周囲の視線が集まるが、アスナは気にせず言葉を続けた。
「わたしはこの人がディアベルさんたちが攻撃を受ける直前に、武器が違うと叫んでいたのを聞いているわ。情報を提供しなかった? 違うでしょう。この人は逆に前衛の人たちに回避しろと叫んだわ。C隊の人たちなら、しっかり聞いていたんじゃない?」
アスナはC隊の面々に目を向けると、しっかりと頷いている。
「この通り、C隊の人もそう言っている。それに、ベータテスト時代の情報はわたしたちだってあのガイドブックから得ているわ。ボスに対する情報量という面ではベータテスターもビギナーも同じだったはずよ。ならば、彼が指摘した情報はもっと先で得た経験からのものと考えるのが自然でしょう?」
アスナの意見は至極尤もであった。
少し考えれば分かる。ベータテスターはここより上の階層の知識を持っているのだ。その中に、刀という武器についての情報があったとしても、何ら不思議ではない。
しかし、アスナの意見は全く別の切り口から否定されるのだった。
「いいや、違うね。あの情報屋もグルだったのさ。ベータテスター同士で共謀して俺たちを騙したんだ。あのベータテスターたちが無料で情報を配布? ありえない。善意の振りして嘘情報を流して、ベータテスターだけで美味しいところを掠め取ったんだ。ラストアタックを取ったのがその紛れもない証拠じゃないか」
――まずい……!
アスナは危険を感じた。アスナの知る限り、アルゴという少女は嘘情報を売るような人間ではなかった。事実、ガイドブックに書かれていた内容に嘘の記述はなかったし、間違っていたとしてもベータテストからの変更点として許容できる範囲だ。ベータテストとの変更点があるという注釈もついている。しかし、この間違っている部分があるということが、この場にいたベータテスターへの不信を持っている者たちの疑心を大きくした。ビギナーにはどこの情報が間違っているかわからないからだ。
「待って! あの人はそんな人じゃない!」
アスナは怒りに震えた。アルゴという少女は無償で貴重な情報をまとめ、配布してくれていた。そのアルゴへの中傷を、アスナは許すことができなかった。アルゴの情報に信用が無くなったら、ガイドブックの信用も同様に無くなってしまう。そうなれば、ビギナー達は一切の情報がない状態で、前線に向かわなくてはならない。犠牲者が増えるのは目に見えていた。それをこの男は理解しているのか……!
「おいあんた、さっきからやけにベータテスター共の肩を持つな? 同じパーティーのようだし、グルなんじゃないか?」
限界だった。
攻略に尽力したアルゴと少年。この二人への誹謗に耐えることなどアスナはできなかった。アルゴのまとめた情報のおかげで、攻略レイドを組むことができた。少年の先の情報のおかげで、犠牲者を一人で済ませることができた。
それなのに、この男はベータテスターというだけで二人を貶めようとしている。
アスナの堪忍袋の緒が切れる。
この何も考えてない男に対し、ありったけの怒りをぶつけようと口を開こうとした。
「おいおい冗談はやめてくれよ。そいつは正真正銘のビギナーだぜ? 一緒にされちゃ困るな」
アスナの動きが止まる。
怒りも一瞬にして消えていく。代わりに湧いたのは、戸惑い。
「自分が利用されてるとも知らず熱くなっちゃって。これだから優等生ってのは笑えるよ」
アスナは言葉を発した少年を見る。こちらに向けられた表情は嘲りの色をもっている。
「ベータテスター? 情報屋? あんなつまらない連中と俺を一緒にされちゃ困るね。俺にとっちゃ、あいつらはラストアタックを譲ってくれたお前らビギナーと何も変わらない。だが安心しろ、俺は本物だ。俺はテストで誰よりも高く昇り、誰よりも多くの知識を得た。戦いのたの字も知らない連中と同列に語られるなんて、虫唾が走る」
少年がニヤニヤと、軽薄そうな顏で語る。
心の底から自分たちを嘲っている。
そう見える表情で。
周囲がざわつく。
いたるところから不満と軽蔑の声が上がる。あの少年を悪者にする流れが、完璧に出来上がってしまった。この雰囲気を変えることは、もうアスナにはできない。
「なんだよそれ。チートじゃねぇか」
「ベータ上がりのチーターなんて最悪だ……」
「ビーター……」
ベータテスターに対して思うことがあったであろう者たちが、不満の声。少年はその中のひとつの単語に反応する。
メニューを操作し、ラストアタックボーナスで得たであろう黒いコートを身に着けた少年は、攻略組全員の前で宣言した。
「<<ビーター>>か、いいねぇそれ! ラストアタックと一緒にもらっておくぜ! 俺は<<ビーター>>だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないで貰おうか」
全身を黒い衣装に包まれた少年は、部屋の奥にある次の階層への階段へと向かっていく。
「二層の転移門は俺が
少年は高笑いを残し、階段を登っていく。
誰も言葉を発しない。
少年を追うことができるものは、誰もいなかった。
アスナは俯き、顔を上げることができなかった。
余計なことをしてしまった。その思いが、アスナの心を沈ませる。
何も話すな。被害者の振りをしていろ。
ボス戦の前に、少年にそう伝えられた。少年は、自分が生贄になることを覚悟していたのだ。
だが、実際にその場になって、アスナは黙っていることなどできなかった。そしてその結果、少年にこの世界で一番重いものを背負わせてしまった。
<<ビーター>>。ベータテスターと情報屋アルゴに向きかけたヘイトを全て引き受け、一人で進んでしまった。
――相棒と言ってくれたのに、わたしはあの人の足を引っ張っただけだった。
相棒と呼んでくれた。肩を並べて戦った。彼の窮地を、自分の剣で助けることができた。
調子に乗っていたのかもしれない。
アスナの眼尻に涙が浮かぶ。彼が背負ったものは、アスナの想像をはるかに超えていた。ベータテスターに向かう憎悪を一手に引き受けることになったのだ。誹謗中傷されるだけならまだいい、下手をすれば襲撃を受ける危険だってあるのだ。
襲撃を受けて、HPが0になってしまったら……。アスナは先ほど見た人間の死を思い出す。あの青年は少しであれ言葉を残すことができた。その死を惜しまれもした。だが、あの少年がもしプレイヤーに襲撃され殺されるなら、憎まれ、罵られ、その思いを誰にも知られることなく死ぬ。そして、殺した人間たちは喝采を上げるのだ。諸悪の根源を殺したと。
一人にしておくことなどできない。
ここでアスナが街に戻ってしまえば、あの少年はずっと一人で進むことになるだろう。アスナは、それを許容するなどできなかった。例え力不足であったとしても、彼は自分を相棒と呼んでくれたのだ。相棒が前に進むのであれば、自分も進むしかない。
目尻にたまった涙を拭き、アスナは階段に足を向けた。少年に追いつき、相棒として隣に並ぶために。
「待ってくれ」
階段に向かっていたアスナは、後ろからかけられた声に足を止める。振り向くと、大柄な青年エギルの姿があった。
「あんた、あいつのところに行くんだよな? 共に進むために」
アスナは頷く。
「なら、伝言を頼みたい。次のボス戦も共に戦おうってな」
自分が頷くのを見て、エギルは少年への伝言をアスナに頼んだ。
この大柄な青年も、彼が一芝居打ったことをわかってくれていた。自分以外にも彼を案じてくれた人がいたことに、アスナは安堵を覚える。
「ちょい待ちぃ」
エギルの後ろから再び声がかかる。
そこに居たのはキバオウとリンド。共にあの少年と戦闘中に話していた人たちだ。
「ワイからも伝言頼むわ……。今日は助けられた、借りは必ず返す……そう言うといてくれ」
「俺からもだ。C隊は君に助けられたことを忘れない。そう伝えてくれ」
キバオウは頭をかきながら、リンドは真面目な口調でアスナに伝言を伝える。
アスナは二つ返事で了承し、一礼してから階段に向かう。
心なしか、アスナの足取りは軽くなった気がした。
「……あのガキに全部背負わせてしもうた、情けない話や」
あの少年と共にいた少女――確かアスナと言ったか――が階段を上っていくのを見送った後、エギルと同様に少年に伝言を頼んだキバオウが悔しそうに呟いた。
「ディアベルさんが死んだ後、我々を導いてくれたのは間違いなく彼だ。……我々があのままボスを倒せていれば、彼に向かう疑いは半分減らせたんだ。彼は仇を取る機会を与えてくれた。その期待に応えることができず、逆に重荷を背負わせる羽目になるとは」
同じく伝言を伝えに来ていたリンドは、
あの少年はベータテスターや情報屋に向いた糾弾を、自ら引き受けた。
この行動で、ベータテスターへのヘイトは全て<<ビーター>>と名乗った彼に向かう。SAOプレイヤーが二分される事態は恐らく避けられることができるだろう。あの時、彼はこの世界を一人で生きていく覚悟を決めたのだ。しかし、彼の相棒は彼を見捨てなかった。
「あの嬢ちゃんも大したもんだよ。彼と共に行くということは、そのヘイトを彼女も受けるってことだ。生半可な覚悟じゃ追うことなんかできない。俺にはその覚悟はなかった。あの二人が行動するのを、俺達は見ていることしかできなかった。……あの二人には返せない恩ができた」
キバオウとリンドが頷く。
エギルは思う。あの少年たちと共に歩むことはできない。それは彼らの覚悟と、その行動によって保つことができたこの状況を崩すことになってしまう。共に活動できるのは、精々が攻略に関する時だけだ。
ならば、その時だけは彼らと共に戦おう。自分は命を懸けて、あの二人を守ろう。
エギルはそう決意する。
「ワイらはディアベルはんが遺したメンバーをまとめにゃならん。もしかしたら二分するかもしれんが……不満分子を抱えて一つになるよりは、二つに分かれてやる方が統率は取りやすいかもしれん」
「方向性が違う面々をまとめることができたのは、統率者が一人だったからだ。だがさっきのボス攻略の戦いでは、統率者が一人というのは極めて危険であることを認識できた。バラバラにならない程度にリーダーが複数人必要になるだろう。僕たちがそれをやらなければならない」
「なら俺はあんたらとは少し離れて、フリーの立ち位置を保とう。俺の組はちょうど四人だ。あの二人がボスでパーティーを組むときに誘いやすいからな」
それがいいといったように、二人が頷く。
あの二人をバックアップする準備はすぐにできる。彼らは死なせてはならない。少なくとも、今後攻略に参加している者たちで中心にある者たちは、その認識を持つ必要がある。
少年の振るう、誰もが見惚れる圧倒的な剣技。
少女が繰り出す、閃光のような輝きを放つ剣技。
この二つを失うことはできない。なぜなら、彼らの剣技はそれだけで人を導くことができるのだから。
キリトの目の前には途轍もない絶景が広がった。
山頂に草原を持つテーブルマウンテンが連なっている。第二層に存在する街は全てそのテーブルマウンテンを丸ごと一つくりぬいて作られているのが見て取れる。
第一層から第二層に至る螺旋階段を抜け第二層の扉を開いた先に出たのは、急角度の断崖の中腹だった。
今キリトがいる位置から一番近くにある街、第二層主街区の<<ウルバス>>はフィールドを一キロほど踏破した先にあった。
転移門を有効化するためにウルバスに行く必要があったが、ボスが倒されてから二時間後には自動的に有効化される。ならば、少しくらいのんびりしても問題ないだろう。
キリトはその場に腰を下した。
覚悟していた結果だった。
ディアベルが生き残っても、この役割は必要だろうと理解していたつもりだった。
キリトは今後恐らく全ての人間から罵られ、嫌悪され、生きていくことになるだろう。隣に立つ者は人ではない、死だ。そして、それはモンスターからもたらされるものだけではない。このデスゲームにおいて、今のキリトは最もプレイヤーキルによる死亡の可能性が高いプレイヤーになった。
望んだわけではない。だが、必要だからとその役割を引き受けた。
理解はしている――分裂を避けるため、どうしても必要だったのだから。
しかし、だからといってすぐに全てを受け入れることができるわけではない。
何故、ボス攻略に尽力した自分がこのような目に合わねばならないのか。その思いが消えることは恐らくないだろう。キリトは今後も攻略に参加していく。生きている限り、ゲームクリアに向けて努力を惜しむことはない。今日<<ビーター>>という名乗りをして、キリトのゲームクリアに対する想いは強くなった。
誹謗中傷を長く受け続けて、まともな精神であり続けることができるものなどそう多くはない。そして、キリトにはその自信がなかった。自分が狂ってしまう前に、自分が自分である内に、ゲームクリアが必要になったのだ。
「寂しいし、辛い。でも進まないと」
これからの道のりは長い。ならば、今のうちに一言くらい弱音を吐いてもいいだろう。立ち上がったキリトは、このやるせない思いをあえて言葉にした。
少年を追いかけて階段を登り、終着点であろう扉にたどり着いたアスナに聞こえてきたのは深い悲しみを感じさせる言葉だった。少年はアスナに気付くことなく絶景と言っていいその景色を、遠くを見つめている。アスナはその後ろ姿に、声をかけることはできなかった。
アスナの仕事は、彼が一人ではない、理解者もいるのだということを伝えることだった。しかし、あまりにも簡潔で、悲痛な言葉はアスナの心に突き刺さった。
自分が余計なことをしなければ、自分があの時黙っていれたら、彼がここまでの状況に置かれることはなかったのではないか。
アスナは自分の判断に後悔した、同時に感謝した。
アスナはあの時彼を庇った。結果的にそれが彼を追い込むことになったが、同時に彼と共に在れる理由を作った。そして、彼のことを理解している者たちと、アスナは繋がりを持つことができた。
もしあの時アスナが庇わなければ、風当たりは多少は軽くなったかもしれない。しかし、その代わりに彼は一人になる。寂しい、辛い、そんな想いを漏らした彼を一人きりにすることになっていたのだ。
――自分は彼の相棒だ。一人きりになどしない。少なくとも、彼がわたしのことを邪魔と思わない限りは……。
アスナは扉を出る。
謝りたいことがある。伝えることがある。教えてほしいこともある。
少年はすぐにアスナに気付いたようだが、こちらを見ることなく前を見ている。アスナも少年の隣に立ち、同様に正面を見ながら言葉を発した。
「ごめんなさい。わたしが余計なことをしたせいで、あなたに重荷を背負わせてしまった」
「いいんだ。自分で納得した上でやっているんだから……すまない、結局君を巻き込んでしまった」
少年の表情は重い。本来なら余計なことをしたと怒っていいはずなのに、アスナを巻き込んだことを逆に謝罪してくる。優しい人、そして不器用な人だと、アスナは思う。
「伝言を預かっているわ。エギルさんからは『次のボス戦も共に戦おう』。キバオウさんからは『今日は助けられた、借りは必ず返す』。リンドさんからは『C隊は君に助けられたことを忘れない』ですって」
「……そっか」
少年の顔に少しだけ笑みが浮かぶ。しかし、寂しそうな表情は変わらない。
言うべきは今と、アスナは言葉を続けた。
「そして、もう一人……『相棒を置いていくなんてひどい。責任とって連れてけ』だそうよ」
少年がこちらに顔を向けた。その表情は先ほどまでの重い雰囲気が無くなり、驚愕だけが見て取れる。
「わたしは死にたいと思っていた。でも今日、わたしは目標を見つけた。その目標を達成するために、この世界で生きると決めたわ。そして、その目標を達成するためには、あなたの傍にいるのが一番いい。だから、わたしはあなたについて行く。あなたがダメと言っても、勝手について行くわ」
一言一言、自分の意思を確かめるように言葉を紡ぐ。
この人を一人にしたくない。この人と肩を並べたい。対等な関係を築いて、共に戦いたい。そして……この人を死なせたくない。出会ってからたった二週間。それなのに、アスナの心はこんなにも動かされてしまった。
少年はこちらを見たまま動かない。
しかし、しばらくして一息吐くと、再び前を見てポツリと言った。
「ありがとう」
アスナの顔に笑みが浮かぶ。
少年はアスナのことを受け入れてくれた。話したいこと、聞きたいことは沢山ある。だが、今は一つだけ聞ければいい。
アスナは笑顔のまま少年に向き直り、最も重要なそれを問いかけた。
「ねえ……名前、教えてくれる?」
アスナの髪が、風になびく。こちらに視線を向けた少年の顔が赤く染まった。それを見て、アスナは笑みを深くする。
この人はこれから、どれくらいの表情を見せてくれるのだろう。
そんなことを考えながら、アスナは少年の答えを待つのであった。
第一層これにて完結。
キリト君……?まで書くか迷いましたが、第二層の冒頭当たりにぶち込もうと思います。