Re:SAO   作:でぃあ

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誤字報告ありがとうございました。この場でお礼を。

この数日は某ゲームの古戦場イベントがあるため更新が少し遅れますがご了承ください。

第二層~アルゴと合流まで
スキル説明回のため話は進まず


第二層
第七話


 第二層主街区<<ウルバス>>。

 直径三百メートルほどのテーブルマウンテンを丸ごと掘り抜かれた中に存在する街だ。

 

 つい先程この街にたどり着いたアスナは、隣を歩く黒づくめの少年――キリト――と共に、街の中央広場にある転移門を有効化(アクティベート)するために、目抜き通りを進んでいた。

 

 主街区に流れるBGMのような音楽も、通りを行き交うNPCの服装も第一層の各町とは異なっており、違う層に来たということをアスナは実感する。転移門はボス攻略後二時間で自動的に解放される。ボス撃破後その事実は即座に全プレイヤーにメッセージが送られるシステムになっているようで、今頃第一層の転移門の前には大勢の<<観光客>>が集まっているだろう。

 

 急ぐ必要もないけど、待たせるのもかわいそうだから有効化しちゃおう。そう言って中央広場に向かうキリトに着いてきたアスナだが、その心中は穏やかではなかった。

 

 第二層入り口の扉の前、この街への移動をし始める前に、アスナは隣に歩く少年の名前を教えてもらった。第一層の攻略中に突然名前を呼ばれたアスナだったが、どうせアルゴから買ったのだろうと気にしてはいなかった。

 その後何やかんやあって共に行動すると決めたわけだが、一方的に名前を知られているのはフェアではない。そこで改めて少年の名前を聞いたわけであるが、ここら辺に書いてあるだろと、アスナの顔の左上を指さす少年。視線だけ動かすとのことだったが、顔も同時に動かしてしまうアスナを見て、少年はアスナの頬に手を添える。

 

 HPバーの横に書かれたKiritoという文字。

 

 きりと……君?

 ローマ字読みで声に出すと少年の顔が赤くなり、思考が少年の名前に向かっていたアスナも、自分の頬に少年の手が添えられていたことに気付き顔を赤く染めた。

 その後数秒そのままの状態でいたが、アスナが頬に触れている手を無言で指摘し、少年がはっとしたように手を放す。両者の顔の赤みは中々取れなかった。

 

 何とも恥ずかしい顔を見せてしまったアスナは、動揺で締まらない顔をフードで隠して歩いている。道中のフィールドでモンスターの一体でも出てくれば気持ちを切り替えられたのだろうが、運の悪いことに戦闘が行われることはなく主街区まで着いてしまったのだ。

 

 同年代の男性とまるで接点がなかったアスナにとって、先ほどの出来事の衝撃は強烈だった。父や兄、医療関係の人に触れられたことはあれど、それはアスナがまだ小さかった頃の話だ。中学が女子校であるアスナには、近い世代の男性と関わる機会はないし、また機会が欲しいと思うこともなかった。だからだろうか、不意に、本当に不意に起こった同世代の少年との接触は、アスナを動揺させるには十分過ぎたのだ。

 

 しかし、横を歩く少年は今、何もなかったという風に平然と歩いている。

 そのことに何故か悔しさを感じるが、掘り返すと自爆する可能性もあるため、アスナはぐっと口を閉じたまま歩くのだった。

 

 

 

 中央広場の転移門の前に着いたキリトは、横に立つ少女をちらと見てから転移門に手をかざした。

 垂直の水面のようなものに手が触れると、石で造られたアーチ状の門が光り始める。この光が収まることで、第二層<<ウルバス>>の転移門有効化が完了する。本来ならボス攻略レイドの面々が、下の層からやってきた人たちと喜びを分かち合う光景が作られることになるはずなのだが、キリトは手をかざした段階で、そそくさと中央広場を後にする。

 後ろからは赤いフードを被った少女、アスナが着いてきており、二人は事前に話していた通り広場に面した教会らしき建物の三階にある小部屋に転がり込んだ。

 

「こんなに慌てなくても、まださっきの噂なんて伝わってないんじゃないの?」

 

 アスナの問いは至極当然だ。幾らメッセージでリアルタイムに情報をやり取りできるとは言え、攻略組は徒歩で帰還するわけだし、迷宮区からメッセージを送ることはできない。である以上、今この第二層にやってくる<<観光客>>の皆様に<<ビーター>>とは何かを問いかけたところで、泡だて器か何かかと返ってくるのがオチである。しかし、知られていないとはいえあのまま転移門の前にいれば、誰かしらに話しかけられるのは確実だった。目立ちたくない、本当にこれ以上目立ちたくないキリトはそれを理解していたがゆえに、人がまず来ることのない場所に一時避難したのだ。

 

「目立ちたくないからいいんです。それよりアスナ、君は俺に着いてくると言ったね? 俺はこれからベータテストで最後の最後に情報が出た、あるエクストラスキルを取りに行くつもりなんだが……君はどうする?」

 

「エクストラスキル? 何それ」

 

 疑問の顔を向けてくるアスナを見て、彼女が初心者であることをキリトは思い出した。

 

 その戦いぶりは熟練のベータテスターよりもはるかに存在感を放つため、ただの初心者と同様には扱えないキリトであったが、その知識量に関しては間違いなく初心者のそれであった。

 ちなみに、つい先程キリトが自分の名前を名乗るときにも、アスナが初心者であることを思い出したはずなのだが、その記憶は少女の表情と共にキリトの心の宝箱に封印されている。

 

「取得に何らかの条件が必要なスキルのことさ。片手剣とか細剣みたいに最初から選べるわけじゃなくて、クエストやスキルの熟練度を条件に解放されるスキル、それがエクストラスキル。そして、第二層には<<体術>>のエクストラスキルを取得できるクエストがあるんだ」

 

「<<体術>>……要は素手で戦うってことよね? 剣の方がリーチも長いし、威力も高いんじゃないの?」

 

 アスナの疑問は尤もだ。ことMMORPGにおいて、使いやすさはさておき、素手が剣や槍の威力を上回るというゲームを見かけることはあまりない。しかしこのSAO世界において、<<体術>>というスキルは威力の低さを補う極めて重要な利点があった。

 

「威力は確かに武器スキルよりはちょっと低めだ。鉤爪やナックルを使えば威力は補えるけど、重要なことはそこじゃないんだ。このSAOではソードスキルを発動すると、必ず硬直があるよな? その硬直が解けない限り、次の行動に移ることができない。でも、一つだけ例外がある。それは、ソードスキルの硬直中に別系統のソードスキルを発動することだ。それによって実質コンボのような動きができるし、硬直中もソードスキルによる一定の行動ができるから、回避として使うこともできる」

 

「……なるほど、だから<<体術>>なのね。武器を持ち変える暇なんてないから、剣から槍や斧のスキルに繋げることはできない。同様に攻撃モーションの後で、盾を前に掲げるような盾のスキルを発動できる体勢を取ることは不可能。でも、<<体術>>なら足さばきや何も持っていない自由に動かせる左手を使って隙を埋めることができる」

 

 少し話しただけでこの理解力である。頭の出来のよさに差を感じ悲しくなるが、キリトは続ける。

 

「まさにその通り。そういう使い方が発見されたのは、さっきも言った通りテストでも本当に最後のほう。情報も皆無と言っていいほど出回ってないし、俺も実戦で使用したことはない。火力不足だからどのくらいの階層まで通用するかもわからない。でも、このデスゲームとなったSAOでは回避手段があるに越したことはない。それに第一層の中盤に出た、<<スワンプコボルト・トラッパー>>が使ってきた武器落とし(ディスアーム)のような属性がある攻撃を受けたときに、武器を取りに行かずに反撃できる点も重要かな」

 

 第一層での武器落とし(ディスアーム)攻撃で、多くの犠牲が出たと聞いていたキリト。戦闘中に武器を失うということは、まさに致命的だ。予備武器があればよいが、メインと同じレベルの武器を二本持つのは現実的ではない以上、性能が落ちる物を持つしかない。また、落とした装備を確実に回収できる訳ではないのだ。だからこそ、キリトは無手になっても戦う手段を持つために、<<体術>>のスキルを取ることを決心した。

 

「正直本当に有用かはわからないから、とりあえず自分で使ってみて、その後も使っていくかはその結果次第で……と思っていたんだ」

 

「でも、間違いなく有効なスキルだという確信をキリト君は持っている……そうでしょう? なら、わたしもお供させてもらうわ、そのクエストに」

 

 まったく、この少女はどうしてこうも鋭いのか。

 

「了解。まあ、この後クエストの情報を聞くために、アルゴが来るのを待たなきゃならないんだけど……」

 

 キリトは部屋にある窓から広場を窺う。

 広場には次々に<<観光客>>の皆様が転移してきている。スキルの話をしている間に一体どれほどの人数が転移してきたのか……中央広場は人で溢れ返っている。

 

「アルゴさんならすぐに転移してきそうなのに……もしかして、もうこっちに来てるのかしら」

 

「一応、第二層に飛んできたらメッセージ飛ばすとは言ってたんだが……」

 

 ボス攻略の時間帯、アルゴははじまりの街で待機していると言っていたから、転移門を抜けるだけで第二層に来れるはずだ。改めてメッセージを確認するも、アルゴからの連絡は来ていなかった。

 

「あっ! キリト君、あそこ! あの追われてる人、アルゴさんじゃない?」

 

 横で広場を眺めていたアスナの声に、キリトはメニューウィンドウから視線を戻す。アスナの視線の先を見ると、フードを被った女性プレイヤーが、二人の男性プレイヤーに追われている姿だった。彼らは西の通りに姿を消す。何処からどう見ても、厄介事に巻き込まれているのは間違いないだろう。

 

「キリト君、どうする?」

 

「追ったほうがよさそうだ。<<追跡>>かけるからついてきてくれ」

 

 キリトが窓からすぐ下の屋根に飛び降り、アルゴが向かったであろう方向に屋根伝いに進んでいく。後ろから「ちょっ、キリト君!?」という声が聞こえるが、キリトは構うことなく屋根から屋根に飛び移る。その最中メニューを開き<<索敵>>スキルを選択、サブメニューから派生機能(モディファイ)の<<追跡>>を選択、プレイヤー名<<Argo>>を指定する。

 

 アルゴの足跡が緑の光を放って表示され、キリトはそれを辿って後を追う。アルゴ達が向かっている先は西の平原地帯、大型の牛が生息するサバンナマップだ。そしてその奥には多くの岩が並ぶ荒れ地が広がっている。圏外に出たことで途端に事態はきな臭くなってきたが、それ以上に第一層から登ってきたばかりのプレイヤーがソロで行動するにはリスキーな場所だった。

 

 キリトは後方から追いかけてきたアスナと合流し、西平原に繰り出す。一対二、しかも敏捷全振りのアルゴが撒くことができない相手が二人となると、それ相応の手練れなのは間違いない。対人戦闘になることはないだろうが、人数優位を確保するためにもアスナには着いてきてもらう必要があった。

 

「屋根から屋根に飛び移るなんて映画だけの話で、まさか自分がやることになるなんて思わなかったわ……」

 

 ウルバスという町の家並みがほぼ同じ高さだったからできたことだが、思わぬアクション体験に精神を多少削られたのだろうか、隣を走るアスナの顔色はよくなかった。

 

「まあ、あの高さで落ちても死なないから」

 

「そういう問題じゃないのよ……」

 

 アスナの表情がゲッソリとしている。だが仕方ない。

 年齢は関係なく、運動能力も関係もなく、敏捷性が高ければスタントマン顔負けの動きを、現実ではやれないことを容易くできてしまう。それがこのソードアート・オンラインという世界なのだ。

 

 

 

 アルゴに追いつくことができたのは、平原地帯を通り過ぎ荒れ地に入ってすぐの所であった。

 アルゴは岩壁に背を向け、忍者のような恰好をした二人の男に追いつめられていた。

 

 キリトとアスナは三人の死角から岩の上に登り、様子を窺う。

 

 キリトとアスナの五メートルほど真下で行われているアルゴと男たちの言い合いの内容は、エクストラスキルのクエストを教える教えないという問答のようだ。

 忍者風の男たちにとって、<<体術>>スキルはよほど重要らしく、何度断られても諦めようとしない。そのしつこさにアルゴもイライラしているのか、口調が険しさを増している。

 

 キリトは放っておくとまずいと判断し、介入のチャンスを窺うことにする。アスナにはメッセージで、戦いになりそうだったらアルゴと共に離脱しろと伝える。

 <<体術>>の情報を知っている以上、彼らは間違いなくベータテスターだ。である以上、ある程度PvP(対人戦)に慣れていると言えるだろう。キリトもアルゴもそれ相応に経験はあるが、アスナは話が別だ。アルゴリズムによってある程度行動が決まっているモンスターと違い、プレイヤー相手の戦いは基本的に何が起こるかわからないからだ。

 

 横目にアスナがこちらを睨んでいることがわかるが、キリトは気にせずに下の様子を窺い続ける。直後、男たちの声量が上がり、応じてアルゴの声も大きくなった。

 

 これはいよいよまずいな。アスナの方をチラと見て、彼女が頷いたのを確認し、キリトは5メートルの崖を一気に飛び降りた。

 

 膝を曲げるように着地したキリトは、立ち上がり二人の男に向き直る。

 

「その辺にしとけ。圏外で女性プレイヤーを囲むなんて、PKか何かに間違われても仕方ないぞ?」

 

 キリトの後ろではアスナも上から降りてきて、アルゴの横に着地している。

 当然現れたキリトとアスナに、忍者風の二人は動揺しているようだ。

 

「そんなつもりはござらん! しかし、我らはどうしてもクエストの情報が必要なんでござる!」

 

「左様! あのエクストラスキルは我らが完成するためにどうしても必要なのでござる!」

 

 忍者二人はさらに言い募る。確かに忍者ロールプレイには<<体術>>が必須なのは理解できる。しかし、嫌と言っている相手に無理矢理要求をし、それを押し通そうとしているのは問題だ。しかも、その相手が自分の知人であるわけだから、黙っている訳にはいかない。

 

「それでも強要しているのは間違いないだろう? こいつは俺の知人なんでね、引いてくれないかな?」

 

 キリトが背中に背負う片手直剣<<アニールブレード+6>>の柄に指を走らせる。それを見た忍者二人も右手をじりじりと背中の忍者刀に伸ばし始める。キリトから抜くつもりはない。しかし、背中にいるのは女性二人。相手が抜いた瞬間キリトも剣を抜く。そう覚悟した。

 

 しかし、直後キリトは忍者の背後の岩陰からのそりと顔を出した<<牛>>に目を奪われた。<<トレンブリング・オックス>>、体長二メートルに達する体格を持つ、<<モーモーランド>>こと第二層の代表的なモンスターだ。その巨体から繰り出される突進がまともに直撃したら、キリトでも体力を一気にレッドまで持って行かれるだろう。牛に気付かれるわけにはいかない。キリトは小声で言った。

 

「後ろ」

 

「「その手はくわんでござる!」」

 

 忍者の声にこちらに気付いた牛が急に加速し突進してくる。もう問答を繰り返している暇はなかった。

 

「ッ! 左右に飛べぇ!」

 

 キリトの突然の叫びに咄嗟に反応した二人は、横に飛ぶことで牛の突進をギリギリで回避した。しかし、その突進の先にはキリトがおり、その後ろにはアスナとアルゴがいる。キリトが避ければ二人に危険が及びかねない。キリトは直剣で身体をかばうように構える防御姿勢を取り、正面から攻撃を受け止める選択をする。

 

「くっ……お……っ!」

 

 衝撃で意識が飛びそうになる。筋力(STR)(タンク)並みに強化しているキリトは、牛の突進をかろうじて受け止めることができた。しかし、HPが一気にイエローになる。二回連続で受ければ、確実にHPは0になるだろう。

 

「キリト君!」

 

 後ろからアスナの叫びが聞こえる。だが、止まっている暇はない。この手の突進型モンスターは、突進を一度回避ないし受け止めてしまえば真横ががら空きになる。全力攻撃(フルアタック)のチャンスなのだ。

 

全力攻撃(フルアタック)一本! 一気に削れ!」

 

 キリトの声に即座に反応したアスナとアルゴ、そして忍者の二人が側面と背後からソードスキルを叩き込む。そしてキリトも即座に牛の頭を受け流し、突進技<<ソニックリープ>>を当てつつ後方に離脱する。

 

「次の突進は受け止められない! 全員回避に専念、突進を回避後再度全力攻撃(フルアタック)で削り切るぞ!」

 

 牛がこちらを向き、ターゲット指定されているであろうキリトに向かって再度突進してくる。しかし、一度余裕を持ってしまえば回避することは難しくない。ターゲットを受けたキリトがジャンプで回避すると、牛はそのまま岩壁に突っ込んだ。牛が突っ込んだ壁にひびが入っていくのを見て、キリトは先ほど自分があれを受けとめたことを思い出し冷や汗が流れた。もし筋力(STR)が足りなかったら、吹き飛ばされて一時行動不能(スタン)くらいはもらっていたかもしれない。岩をも砕く一撃とはまさにこれのことだろう。

 

 先ほどの全力攻撃(フルアタック)と岩に突っ込んだダメージによって、HPを大きく減らしていた牛が倒されるのはそれからすぐである。

 

 

 やれやれと一息吐いたキリトはポーションを飲み、イエローまで減った体力を回復させる。

 体力の減りを改めて確認したキリトは、早急に<<武器防御>>を取る必要性があることを認識した。今後回避せずに攻撃を受け止めなければいけない事態が出てくるだろう。そのような時、皮装備で敏捷型のキリトに敵の攻撃を受け止めるのは少々荷が重すぎた。しかし常時発動型の<<武器防御>>があれば、同じ剣で受け止めるにしても、ダメージ量が軽減される。ソロならともかく、パーティーを組むのであれば特にと、アスナに視線を向けようとして、

 

「剣士殿、危ういところ、助かったでござる」

 

 そのまま視線は忍者の片割れに向かった。二人並んでこちらに頭を下げているのを見て、もう戦うことにはなるまいと判断したキリトは、剣を鞘に納めた。

 

「いや、構わない。……すまないが、もし恩を感じてくれてるなら今日は引いてくれないか。俺たちもアルゴに用があってね。ちょいと急ぎたい理由もあるんだ」

 

「……承知したでござる。拙者は<<風魔忍軍>>のコタロー、この者はイスケでござる。この借りはいずれ」

 

 そう言って、二人は町の方に戻っていく。

 道理がわからない人間ではなさそうだ。少なくともしばらくはおとなしくしているだろうと判断し、キリトは自身の用件を片づけるためにアルゴの方を向こうとした。

 

 しかし、背後から伸びてきた小さな二つの手が、キリトの身体を包み込んだ。

 

「……かっこつけすぎだヨ、キリ坊」

 

 今まで黙っていたアルゴの囁きは、普段の小憎たらしい声ではなかった。

 オネーサン情報屋の掟を破っちゃいそうダ、等と言ってぎゅっと抱き着いているアルゴ。そして左、具体的にはアスナの方からはSAOで描写されるわけがない殺気のようなものが発せられており、視線を向ければじとーっという効果音がついてもおかしくないほど剣呑なアスナの視線が突き刺さった。先ほどとは別の嫌な冷や汗が流れてくるが、対女性スキルゼロ(と本人は思っている)のキリトには、この状況を打開する手段を考え付くことはできなかった。

 

 

 これ以上こうしていると、アーちゃんに怒られちゃうなと言いアルゴがキリトを開放したのは、それからどれくらい経った頃であろうか。

 キリトから離れたアルゴは次にアスナに近づき、今度はアスナをからかっているのだろう。何やら言われ肘でつんつんとつつかれているアスナは、言われたことを恥ずかしがって否定しているようだが、先ほどの視線を思い出したキリトは、藪蛇を恐れて何か言うことも近づくこともできなかった。

 

「いやはや、たった一日でここまでとハ……末恐ろしいねキー坊。とりあえず、助けてくれてありがとナ。積もる話は街に戻りながらだナ」

 

 一通りアスナをからかって満足したのか、アルゴは普段の調子に戻ったようだ。

 何が末恐ろしいのかはわからなかったが、アルゴの言うとおり、この場に長々と留まっているのはよろしくない。先ほどの牛が出てきても、この三名なら問題なく倒すことができるだろうが、キリトの目的はアルゴから情報を聞くことだ。決して牛狩りではない以上、この場に居続けるメリットは無かった。

 キリトはアルゴの言葉に頷き、それを見たアルゴが街に向かって歩き出す。キリトもそれに従い、アスナに「行こう」と声をかけようとしたが、ギロっとした視線を向けられ声をかけることはできず、街に戻る道中も一言も話すことはできなかった。しかしただ一人、アルゴだけはやたら上機嫌であった。

 




体術を取るメリットを考えるのに苦労しました。
ちょいちょいオリジナル設定を加えていっております。

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