Re:SAO   作:でぃあ

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アルゴと合流~体術取得後まで

漫画版プログレ四巻、闘牛士アスナさんの「ははぁん?」は一見の価値あり



第八話

 主街区<<ウルバス>>の外れ、路地裏の細道を右に左にと進んだ奥にあるとあるNPCレストランに、キリト達3人は腰を据えていた。人目につかないレストランが良いだろうということで、この店を選んだわけであるが、それだけがこのレストランの良い点ではない。この店には第一層で食べられるクリームパンをはるかに超える旨さを持つ、<<トレンブル・ショートケーキ>>という逸品が存在するのだ。尤も、そのお値段も味相応に逸品なので頻繁に食べられるものではないのだが。

 

「さて、早速情報交換といきたいところだガ……先に言うことがあル。大変な迷惑をかけたみたいだナ、キー坊」

 

 相変わらず情報が早いことだ。アルゴがキリトに向ける視線には、申し訳なさとか、心配とか、そんな感じの色がついているのがわかる。

 

「そしてさっきも助けてもらっタ。情報を何でも一つタダで売るヨ、アーちゃんにもナ」

 

「え、わたしもですか?」

 

「アーちゃんも助けに来てくれただろウ? それに……面白いネタももらったしナ」

 

 驚いたアスナに当然と言った風のアルゴ。しかし面白いネタとはなんだろうか。少なくとも第二層に来てアルゴに会ってから、何か情報を渡したことはないのだが……。隣に掛けるアスナはアルゴのニヤリとした視線から目を逸らしている。この二人は先程から随分絡んでいるが、キリトにはその理由はさっぱりわからなかった。

 

「それで、何が聞きたいんダ? 第二層が解放されて早々にオレっちを呼び出すとは、重要なことなんだろウ?」

 

 重要なこと。確かにそれは間違いない。しかし、先ほどからアスナとアルゴに置いてきぼりにされているキリトは、悪戯を思いつく。

 

「ああもちろん。情報屋アルゴが髭をつけてる理由を教えてほしい」

 

 真面目そうな、真剣そうな顔を作り、キリトはベータテスト時代からの謎の理由をアルゴに要求した。キリトの言葉を聞いたアルゴは一瞬驚いた顔を見せ、すぐに俯いた。その様子を見てキリトは思わずニヤリとする。普段からからかわれているのだ、たまに仕返ししたところで罰は当たるまい、と。

 

 尤も、アルゴのカウンターによってその目論見は粉々にされたわけだが。

 

「……わかっタ。恥ずかしいけどキー坊になら、いいヨ。ちょっと待ってネ、今ペイントを取るかラ」

 

 その言葉を聞いたキリトは固まってしまい、目の前で恥ずかしそうにしているアルゴをただ見ているしかなかった。しかし、キリトは隣から発せられる冷気で思考を回復させ、慌てて質問を<<体術>>のエクストラスキルに関してに切り替えるのだった。

 

 キー坊の意気地なし、という言葉が聞こえてきて何かしら反論したい気持ちには駆られる。だが、隣に座る少女の不機嫌さはおそらく、いや間違いなく危険域に達している。何故ここまで不機嫌なのかはキリトにはわからなかったが、隣から迫る身の危険から何も言わずに口を閉じるのだった。

 

 

 

 第二層の東の端、そこにある岩山の上に<<体術>>エクストラスキルを習得するためのクエストがあるということで、アスナはキリトと共に、先導してくれているアルゴに従いフィールドを進んでいた。

 今現在、アスナの機嫌は極めて悪い。前を歩く少年、キリトに対してだけは。

 

 自らキリトについて行くと決めて、忍者風の男二人に追われていたアルゴを助けたまではよかった。しかし、即座にコンビを組んだことがばれた挙句、からかわれる羽目になるとは思わなかった。彼がどう思っているかは別としても、確かに自分は彼の相棒であると決めたし、とある目標のためにキリトについて行くとも決めた。だから、アスナと彼の関係はそれ以上でもそれ以下でもないのだ、決して。

 

 アスナの前ではアルゴとキリトが真面目な会話をしている。話の内容はボス戦の様子であったり、第二層クエストの情報のすり合わせであったりと極めて有用なものだ。しかし、先ほどアルゴがキリトに抱き着いたことや、キリトがアルゴの髭を取らせようとしたことを思うと、何とも複雑な気分になってしまう。

 

 この二人の方が、パートナーとして釣り合っているのではないか。

 

 今のアスナに知識がないことは重々承知だ。戦闘の面でもキリトとは格が違うし、恐らくアルゴにも及ばないだろう。この世界でソロプレイヤーとして動いているアルゴの実力が低いわけがないのだ。

 

 アスナは自分の力不足が歯痒かった。しかし、アスナが邪魔というわけではなさそうなのはわかっている。あの時のありがとうと言う言葉は、自分のことが邪魔なら出てこないだろう。それに、本当に迷惑だと思われているなら態度に少しは出てくるはずだ。それに気づかないほどアスナは鈍感ではない。今はまだ大丈夫、でもこれから先はわからない。

 

 そんなことにならないために、アスナは努力をするしかない。

 

 先ほどキリトが<<体術>>のクエストの情報をアルゴに聞いた時、何があっても恨むなと言っていた。生き死にに関わることではないことを確認したアスナに否はなかったが、それでも念押しされた辺りそれ相応の難易度なのだろう。

 

 出発する前に、アスナはキリトから<<体術>>の有用性を説明してもらった。しかし彼も使うのは初めてだと言っている。ならば、今回の機会はチャンスだ。スタート地点がそこまで離れていないならば、少しでも彼より多くのことを掴み、有用な情報をアスナから提供していくことも可能だろう。

 

 キリトやアルゴとすぐに肩を並べることはできない。だがいつか、自らを磨き、知識を蓄えた自分が彼らを助ける側に回りたい。そして、彼らの前に立ち先導できる側になるのだ。そのいつかを早く達成するために、アスナは目の前の障害に全力で当たり、壊すのだ。

 

 その障害となる目の前にあるものが、例え破壊不能オブジェクト一歩手前の大岩であったとしても。

 

 

 

 アルゴ曰く「アーにゃん」にされたアスナは、同じく「キリえもん」にされたキリトと共に、目の前に存在する大岩を眺めていた。アルゴの髭の理由が理解できたアスナは、目の前の岩をコンコンと叩いてみる。硬い。

 

 この岩を拳で、足で、何なら頭を使ってもいいから徒手空拳で割れとのたまったクエストNPCのご老人。しかもクエストをキャンセルしようにも、メイン武器を取り上げられて街に戻ることすらままならない。この周辺の森には例の牛さんが生息している。数こそ多くないものの、無手で対峙すれば極めて危険なのは間違いなかった。

 

 圏外で腰に剣を差していない状況に、アスナは不安を覚える。アスナと共に在った<<ウィンドフルーレ>>は、アスナの身体を守るだけではなく、心をも守ってくれていたのだろう。しかし、このクエストを成功させることで習得できる<<体術>>は、このような武器のない状況に陥っても自らを守ることができるものだ。圏外で無手になることで初めて、アスナはキリトの言う有用性を実感するのだった。

 

 取りあえず、固まっていても仕方ないからやってみようと、アスナは大岩の前で構える。頭突きは流石に厳しい。ならば拳か蹴りだ。アスナは恐らく威力が高いであろう蹴りを選択し、大岩の中心に回し蹴りを放った。

 コーンという良い音が響き、それなりにいい打撃が入ったことは認識できた。しかし、蹴った部分を見てみるとヒビひとつはいっていない。

 

「これ何時間……いや、何日かかるかわからないわね……」

 

 アスナの結果を見て、隣のキリトも大岩を殴ったが、結果はさして変わらなかったようだ。

 

「アルゴ、お前このクエストがクリアできないから髭が付きっぱなしだったんだな?」

 

「その通りサ。いやぁ、ラッキーだったなキー坊。無料で一つという話だったガ、<<髭の理由>と<<エクストラスキル>>両方の情報を得てしまったわけダ」

 

 にゃハハハと笑うアルゴを見て、少々苛立ちを覚える。恨まないと約束したが、文句の一つでも言いたくなるのは仕方ないだろう。隣のキリトの表情を見るに、アスナを同じ考えなのは間違いあるまい。

 

「まいったな、下手したら第二層攻略に間に合わない可能性だってあるぞこれ。仮に間に合っても、その間レベリングできないんじゃ攻略に参加できるかも怪しい」

 

 キリトが頭を抱える。懸念はもっともだ。第二層がどれくらいの期間で攻略されるかはわからなかったが、第一層ほどの期間がかかる訳がない。それなりの規模の攻略隊と、まとめ役が最初からいるのだ。長くても半月、下手すれば一週間ということもあり得るかもしれない。仮にこのクエストを三日で攻略できたとしても、その後の熟練度上げや武器強化などで攻略組に遅れるのは間違いなかった。

 

「こういう激やば難度のクエストは大抵抜け道があるはずなんだが……武器まで取り上げられちまうと、移動すらできないしなぁ」

 

 抜け道。そういうものもあるのかと、アスナは感心した。クエストを受注すると武器を取り上げられる。つまりこの場から移動はほとんどできない。もしこのクエストに抜け道があるのなら、それはこの周辺に存在するということだ。

 

 アスナは周辺を見渡す。

 

 岩山の間にある開けた地形に多くの丸い岩が転がっており、その周囲を森が囲っている。街に戻るにはこの森を抜けなければならないし、森にいるのは牛だけだ。

 

「まあそういうことで、たまに様子は見に来るから恨まないでくれヨ、キー坊。岩を砕く一撃目指して、アーちゃんと一緒に頑張るんだナ」

 

「岩を砕く一撃ね。冗談だけにしてほしかったよ全く」

 

 キリトが再び岩を殴る。ゴンという音がするが岩にダメージはほとんど入っていない。

 

 岩を砕く一撃ねぇ……アスナも向き返り、岩を撫でる。岩を砕くにはよほどの一撃が必要だ。アスナの細剣が放つ連撃ではなく、単純な破壊力を持った一発。それこそ、さっき戦った牛の突進のように、岩を砕くような……!?

 

 瞬間、アスナの思考に電流が走った。

 

 自分たちでは強力な一撃を撃てない。ならば別の何かに撃ってもらえばいいのだ。例えば、あの牛の突進とか――!

 

「アルゴさん! その辺の牛を一匹引っ張って、ここに連れてくることって可能ですか!?」

 

「ン? まア、そりゃあ一発攻撃当ててここまで逃げてくれば可能だけど……アーちゃん今丸腰だろウ? どうやって倒すんダ? オレっち一人だとさすがに厳しいゾ」

 

 アスナの質問に、疑問で返すアルゴ。急にモンスターを連れてこい等と言われればそりゃあ疑問に思うであろう。しかし、今のアスナの脳内にはその疑問を解消できる理論が展開されていた。

 

「牛をこの岩にぶつけるんです! さっき岩場で平原と戦ったとき、突進を回避されて岩に突っ込んだ牛にダメージが、そして岩にはひびが入ってました。それを利用すれば……!」

 

「! すぐにつれてくるヨ!」

 

 アスナの考えを理解したアルゴが、すぐに森に入っていった。

 

「すごいこと思いつくな君は……」

 

「抜け道があるかもって言ったのは君だし、あの牛と戦ってなければ思いつかなかったわ。つまり気づいたのは君のおかげ。あのNPCは頭も使っていいって言ってたでしょ? つまり、モンスターの頭を使ったって、反則にはならないってことよ。よく考えられてるわね……」

 

 キリトの感心したような言葉に、アスナは淡々と事実を述べた。

 自分一人では抜け道なんてものに気付きすらしないし、アルゴを助けに行かなければ、つまりキリトと共に行動していなければ牛の突進など見ることもなかった。見なければ当然知識にないのだから、この発想をすることはできなかっただろう。

 

「アーちゃン! 連れてきたヨおおおおお助けえええええェ!!!」

 

 アルゴが全力で逃げてきた。その後ろにはものすごい勢いで突進してくる牛の姿が見える。

 逃げてきたアルゴがアスナの後ろに隠れる。結果当然のように、牛はアスナとアルゴに向かって突っ込んできた。

 

「「ひぃっ!」」

 

 アスナはギリギリで突進を回避する。その時着用していた赤いフーデットケープが突進にかすり、チッという音が鳴ったことで、アスナは冷や汗を流す。

 

――さっきキリト君はあっさり回避してたのに!

 

 アスナが休む間もなく牛は向きを変え、再度アスナに向かって突進してくる。連れてきたのはアルゴなのに「どうしてわたしに!」と叫ぶ間もなくひたすら回避に全力を尽くす。

 途中キリトがアスナの名前を叫び牛の気を引こうとして来るが、まるで意味なくひたすらアスナに突進を繰り返す。

 

「フォッフォッ、察しがいいのう」

 

 そんな時、岩の上に座っていたクエストNPCの仙人が突然言葉を発した。

 察しがいいということは、牛に岩を割ってもらうのは間違いない。あとはいかに牛を誘導するかだ。

 岩の前に立って同じ岩に何回も突っ込ませるのは極めて難しい。しかも一歩間違えばHP全損のリスクがあるのだ。余裕があるわけがない。

 

――まるで闘牛士にでもなった気分だわ……!?

 

 闘牛。その単語が思いついた瞬間、アスナは赤いフーデットケープの片側を広げる。すると牛の視線が広げられた赤い布に釘付けになった。

 

「ははぁん?」

 

 正解を引き当てたらしい。アスナはフーデットケープを脱ぎ、身体の横に広げる。直後、牛はアスナの広げた赤い布目がけて突進、後ろにあった岩に激突して大きなひびが入った。

 

 アスナとキリトは闘牛士にジョブチェンジし、無事に<<体術>>スキルの取得に成功した。

 

 

 

 <<体術>>を無事取得し、武器を返してもらったキリトは背中に感じる重みに一息ついた。

 デスゲームが始まって一か月、自分の身を守ってくれるのはこの剣だけだった。クエストを受注して攻略するまでの大した時間ではなかったが、身を守る術がないことはキリトに一定の不安を覚えさせたのは事実だ。これからは武器を失っても<<体術>>を使うことで戦うことができるだろうが、体術用のナックルやクローと言った武器を剣と同時に装備することはできないし、そもそも<<体術>>は覚えたてだから熟練度が0だ。

 

 キリトはこれからの行動を考える。

 

 何よりも優先されるのはレベルと熟練度を上げることだ。これは、ひたすらフィールドのモンスターを狩り続けることで解決する。

 

 問題は、どのモンスターを狩るかだ。

 

 キリトの武器である<<アニールブレード>>はすでに+6であり、この階層では十分過ぎるほどの攻撃力を持つ。しかも、すでに+8まで強化可能な素材を確保している。防具に関しては、第一層ボスのラストアタックで得た<<コート・オブ・ミッドナイト>>が破格の防御力を持っているため、強化の必要がない。

 

 つまり、キリトはこの階層で強化素材を無理に集める必要はなかった。

 

 キリトはアスナに視線を向ける。

 

 彼女の持つ<<ウィンドフルーレ>>は、引っ張れば第三層中盤までは通用する。コンビを組む以上、相棒の装備強化も重要だと判断したキリトは、第二層に存在する飛行型mob<<ウィンドワスプ>>の乱獲を選択する。回避力の高いモンスターだが、細剣の強化素材も集められるし、何より<<体術>>スキルの良い練習になるはずだ。

 

 街に帰る道中、キリトはまとめたことをアスナに伝えた。一瞬考え込んだのち、すぐに了承してくれたので問題はないだろう。

 街に着くとアルゴはクエストの情報でも仕入れてくると街の探索に向かったため、キリトとアスナは解毒ポーションを買い、窪地にある低い木立にpopする<<ウィンドワスプ>>こと蜂を乱獲し始める。

 

 蜂と呼ばれるだけあって、注意すべきはその尻の先にある毒針だ。人間の頭ほどの蜂が毒針をぶんぶん振り回していると考えると、現実では反転からの全力ダッシュで間違いない。しかし、このアインクラッドでは最も小さな部類の昆虫型モンスターだ。

 

 毒針攻撃を避けて、硬直しているところにクリティカル攻撃を当ててしまえばさくさく倒すことができるため、一体当たりの時間効率は極めて良く、経験値も中々おいしい。

 

 問題はどこをどう見ても虫が苦手そうな相棒が戦闘できるかどうかであったが、「剣が当たるなら虫も狼も関係ない」とまっこと男らしい言葉をいただき、細剣での突きから<<体術>>の基本足技スキル<<弦月(げんげつ)>>をスムーズに発動させて蜂をポリゴン片に変えていた。その時間効率は、下手すればキリトを上回っている可能性があった。

 

 それを見て、キリトも蜂がpopするエフェクトに突進する。キリトとてベータテスターとしての意地がある。ビギナーにそう簡単に負けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 そのまま日没まで狩りを続け、主街区<<ウルバス>>に戻る。熟練度の上がりも細剣強化のための素材の集まりも上々だ。少なくともフィールドボスの攻略戦前には<<ウィンドフルーレ>>の強化を上限まで上げることができるだろう。

 

 早く素材を溜めることができれば、余った時間で牛を狩って肉や皮装備の強化素材を集めるのも悪くない。街にあるクエストも消化してしまわなければならない。やることは山ほどあるが、<<体術>>のクエストを短時間で終わらせることができたため、時間には余裕がある。

 

 この時間の余裕は、アスナが抜け道を探し当ててくれたおかげだ。

 

 今日、アスナと共に行動し理解できたのは、間違いなくキリトがソロで動くより効率がいいということだ。アスナの理解力、発想力はキリトも及ぶことはないだろう。先ほど行っていた狩りの時も、キリトが何か教えるでもなく<<体術>>を今までの戦闘に組み込んでみせた。

 

 キリトが初めてアスナと会ったとき、彼女は恐らく戦ったことがないビギナーだっただろう。それから約二週間、彼女はこの短い期間で最前線まで追いつき、唯一の女性フロントランナーとして名を連ねた。

 

 恐ろしいと、キリトは思う。何が恐ろしいか、彼女がどこまで進むことができるかわからないのが恐ろしい。このソードアート・オンラインのベータテストに参加して二週間経ったとき、自分は何をしていただろうか。最前線にいたのは確かだが、彼女が扱うような鋭い剣技を使えていただろうか。

 

 自分は井の中の蛙だった。キリトは素直にそう思う。

 

 今のフロントランナーの中では、上位の実力を持っている自信はある。だが、たった二週間でキリトは彼女に追いつかれようとしている。レベルという数値こそ今はキリトの方が上だろうが、それも大したアドバンテージにはなるまい。今後攻略が進むに連れて、今ある差はすぐ縮まり、いつか追い越されるだろう。

 

 いつか必ず、自分が彼女の足を引っ張るときが来る。キリトはそう確信していた。

 

 第二層の扉の前で、彼女は目標があるからキリトが嫌と言ってもついていくと言った。

 嫌なわけがあるだろうか。誰もが目を奪われる美貌、その細い腕から放たれる流星の如き剣技、そして何より、キリトを見捨てずついてきてくれた心の温かさ。

 彼女の邪魔になるわけにはいかない。いつか必ず、道が分かれる時が来るだろう。彼女はいつか皆の前に立ち、このアインクラッドの希望になる。その時に彼女に心配をかけずに、自分が一人でも大丈夫だと信じてもらうために……、

 

「ねえ、さっきからずっと考え込んでるみたいだけど……何かあったの?」

 

 アスナの声にはっと顔を上げる。随分と集中してしまっていたらしい。

 

「いや、明日はどうしようか考えていたんだ。明日も<<ウィンドワスプ>>を狩り続けてもいいけど、クエストの消化もしときたいからさ」

 

「……そう。ならいいわ」

 

 横を歩いていたアスナには考え込んでいたことはバレバレだったようだ。心配してくれたのか声をかけてくれたのだろう。キリトの言葉に納得はしていないようだが、ごまかされてくれたのだろうか、アスナは再び前を向いた。

 

 どうも自分の世界に入り込みすぎていたようだ。すでに日没後、ゲームのシステムアシストと星の光があるため視界が悪いわけではないが、それでも昼間より警戒は必要だろう。

 

 モンスターは問題ない。キリトの<<索敵>>スキルに引っかかるからだ。しかし、プレイヤーは違う。スキルを鍛えたプレイヤーに夜間に潜まれれば、そう易々と見つけることはできない。今のところPKの噂は出てきていないが、不意打ちを食らえばキリトとて命の危険がある。まして、PvPなどやったことがないであろう隣の少女はなおさらだ。

 

 残念なことに、MMORPGという世界では女性プレイヤーは狙われやすい。3D環境のゲームでも女性に対するハラスメントが起きるのだ。ならば自分の身体を動かすような、主観を持てるこの世界――VRMMOならばその危険はさらに増すだろう。特に、この横を歩いている少女はどう見ても美少女。女性プレイヤーがただでさえ少ないこの世界だ、標的にされるのは間違いないだろう。

 

 自分一人ではないのだ。パーティーを組んだ以上、キリトにも彼女の命に対する責任が発生する。自分が死ねば、彼女が巻き添えになる可能性だってあるのだ。

 

 彼女を殺さないために、自分が死ぬことは許されない。少なくとも、パーティーを組んでいる間は。

 考え事など、宿に入ってからすればよいのだ。この世界の夜は長いのだから。

 

 キリトは決意を新たに、周囲に警戒を向けた。




次回はキリトがアスナさんの寝こみを襲うとこまで行きたい

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