Re:SAO   作:でぃあ

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キリアス成分を少し多めにしてみたけど、まだまだ甘さが足りないの巻

フィールドボス~キリトの夜這いまで




第九話

 第二層は広い北部エリアと、狭い南部エリアに分かれており、その間を急流が流れる渓谷が走っている。

 迷宮区は南部エリアの奥にあるため、北部にある主街区<<ウルバス>>から迷宮区に向かうにはその渓谷を横断する必要があった。

 そして、その横断をするための唯一の吊り橋の前に、第二層フィールドボス<<ブルバス・バウ>>が鎮座している。第二層モーモー天国を象徴するモンスター<<トレンブリング・オックス>>を巨大化させたそれは、その周囲に<<ウィンドワスプ>>を侍らせ、フィールドボスとの戦闘用に開かれたものであろう広場を闊歩(かっぽ)していた。

 

 その広場のすぐ横にある崖の上に、フィールドボスの討伐レイドを組むためにプレイヤーたちが集結していた。キリトがアスナを伴って到着すると、その場の3分の1程度の人間から鋭い視線が向けられる。そして残りの者達のほとんどが視線を一瞬こちらに向けると、すぐにそらした。

 

「……アスナ、少し離れたほうが。」

 

「今さらでしょ。一緒にここに来た時点で仲間だと思われてるし、それが嫌ならそもそも一緒に来ないわよ。安心しなさい、足を引っ張り合うようなことなんてないだろうし」

 

 キリトはアスナにもヘイトが向いていることを実感し離れるよう勧めるが、返答を聞いて口を閉ざす。確かに色々思うことはあったとしても戦闘中に足を引っ張られるようなことはあるまいと、周囲を見渡す。

 第一層ボスの攻略時よりは少ないが、見覚えのある顔が二つのグループに分かれてまとまっている。片方は青、もう片方は緑の服を着ており、その上に鎧を装備していた。

 

 第一層の攻略後、ディアベルの元にまとまっていた部隊は二つに分かれることになった。一つはリンド率いる<<ドラゴン・ナイツ・ブリゲード>>通称DKB。もう一つはキバオウ率いる<<アインクラッド解放隊>>通称ALS。DKBが青、ALSは緑をパーソナルカラーとしており、色で統一された彼らはフロントプレイヤーの中でも存在感を放っている。

 そしてもう一組、恐らくこの階層では最高クラスの武具で全身を固めた5人のパーティーが一つ。<<伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)>>と名乗る彼らは、そのプレイヤー名も伝説の勇者をモチーフにしているらしい。レベルは攻略レイド加入ギリギリだが、装備が素晴らしいということで今回参加になったとのことだ。

 

 今回の攻略戦はフィールドボスをDKBとALS、そしてブレイブスが担当し、それ以外は<<ブルバス・バウ>>が倒されない限りpopし続けるという蜂を狩るという担当になっている。

 

 リンドもキバオウも、キリトが話した限りでは特に問題のある人物ではなかった。レイドリーダーを張れる人物かどうかまではまだわからないが、彼らの周りの雰囲気を見る限り統率は取れているようだ。あれならば、戦闘中にバラバラになるようなことはないだろう。

 

「ねえねえキリト君、あそこに鍛冶屋さんいるよ。生産の人がこんな前線に出向くことなんてあるのね」

 

 アスナに服をくいくいと引っ張られ、指が向けられた方を見る。先ほどのブレイブスの一人が剣の強化を頼み、成功させたのだろう。プレイヤー鍛冶師の肩を叩き褒め称えている。

 

「確かにお得意様を掴むチャンスとはいえ、大したもんだなぁ……。まあ何かしらの戦闘技能を取ってはいるんだろうけど」

 

 何にせよ、戦場に出張してくれる鍛冶屋というのは貴重である。武器は基本的に金属なのだから、修理するには鍛冶屋が必要だ。前線に鍛冶屋がいることで街に戻る手間もなくなるし、武器を修理して即復帰ということも可能なのだから。

 

「おーい、そろそろ始めるでー」

 

 キバオウの声だ。どうやら攻略を始めるらしい。

 

「やっとね。わたしたちも行きましょ」

 

「ああ……頼りにしてるぜ、相棒」

 

「ん」

 

 キリトはアスナと拳を合わせる。

 今回は取り巻き狩りだ。そこまで危険な事態にはならないだろうが、命がけなのは間違いない。キリトは思う、そういう戦場に赴くときに、命を預けることができる相手がいるのはいいものだと。

 

「そうだ。キリト君、どっちが蜂を多く狩れるか勝負しましょうよ! 勝ったほうが今日の夕食とデザートおごりで!」

 

 アスナがにっこりと笑いながら誘いをかけてくる。ひたすら蜂を狩り続けるのだ、集中力を切らさないためにも、そういった目的は必要だろう。キリトは否はないと、頷き返した。

 

 

 

 ボスが倒れるまでpopし続ける蜂をひたすら乱獲する。同じモンスターを狩り続けるので、精神的な疲労がそこそこたまるのがこの乱獲という作業であったが、今日のキリトは気合いに満ち溢れていた。理由は攻略戦が始まる前にアスナが放った言葉である。

 

 デザートのおごりと聞いて、アスナがどういうつもりなのかキリトは理解した。

 

 <<トレンブル・ショートケーキ>>。

 

 先日アルゴと情報交換した店にある、とってもおいしく、とっても甘く、とってもビッグなケーキのことだ。そしてお値段もとっても高い。

 

 そのお値段は、キリトがこのボス攻略で得るであろうコルを全て使ってもギリギリ足りるかどうかというものだ。一日の努力全てがケーキ一つに消える。そんな悪夢を見たくないキリトは、己の全力をもって蜂狩りに勤しんでいた。

 

 毒針攻撃を回避したキリトは、硬直で停止した蜂に片手剣ソードスキル<<バーチカルアーク>>を繰り出す。二回の斬撃がV字型に放たれ、体力を6割ほど削られた蜂が空中で一時行動不能(スタン)したのを確認後、空いた左手から体術ソードスキル<<閃打(せんだ)>>を放つ。

 

 キリトの筋力値(STR)によって一撃の威力が底上げされた<<閃打(せんだ)>>は、蜂の体力を削り切ってポリゴン片に変える。

 

 本来ならもう一撃ソードスキルが必要になるが、今回は二発ともクリティカルになったため削り切ることができた。これ以上の効率などなかなか出せるはずはないのだが……。

 

 キリトは背後で戦うアスナを見る。

 

 彼女が繰り出す<<リニアー>>が蜂の体力を5割少し削り、即座に<<弦月(げんげつ)>>の追撃が行われてポリゴン片がまた一つ出来上がる。

 

 明らかにキリトより狩るのが早い。

 

 彼女は敏捷値(AGI)を重視して上げており、その攻撃はクリティカルを出しやすい。さらに武器の<<ウィンドフルーレ>>は正確さと軽さの強化がなされているため、クリティカル率はさらに上がる。その上がったクリティカル率は体術スキルにも反映されるため、ほぼ確実に二発ともクリティカルが入るのだ。

 

 キリトも敏捷値は上げているのだが、重視しているのは筋力のためどうしてもクリティカル率はアスナに及ばない。その分一撃が重いのだが、この<<ウィンドワスプ>>というモンスターはキリトのダメージ量では相性が悪かった。

 

 ほぼ確実に二発で倒せるアスナと、三発必要な時があるキリト。勝敗は明らかであった。

 

 

 

 DKBとALSの面々は、少々硬いところはあったものの犠牲者なしでフィールドボスを撃破した。明日からは早速迷宮区の攻略が行われるだろう。

 

 その景気づけとばかりに、キリトとアスナは主街区<<ウルバス>>まで戻り、普段より少々豪華な夕食を共にした。キリトのおごりで。キリトの心の中で流された涙の量は自身の小さな心を水没させかねなかったが、目の前の見目麗しい少女のご機嫌を取ることに成功したのか、笑顔を振りまいてくるのでよしとした。

 

 食事の最後、運ばれてきた<<トレンブル・ショートケーキ>>はアスナの想像を超えた大きさだったのだろう。一瞬目を見張ったかと思うと、両手を頬に当てうっとりとしている。

 

 交渉の結果キリトは三分の一をアスナからおすそ分けしていただくことに成功し、濃厚でありながらくどくないクリームの味に舌鼓を打った。

 

「……おいしかった……」

 

「ベータテストの時より美味かったな……」

 

 アスナが横で深々と溜息を吐いて囁いたが、気持ちもわかる。自分と同世代の、いやすべての年代の女性にとって甘味というのは至高のものなのだろう。しかもこの世界に囚われて以来、間違いなく初めての真っ当なデザートだ。ベータ時代よりも明らかに美味しくなっていたそれは、キリトをも夢中にさせてしまったのだから。

 

 それにと、キリトは自らのHPゲージに目を向ける。ステータス状態には四つ葉のクローバーを模った<<幸運判定ボーナス>>のバフが約15分の残り時間と共に点灯していた。これは間違いなくベータの時にはなかったものだ。アスナも気づいているのか視線を左上にやっている。

 

「しかし、15分か……。さすがに街の中でこのバフがついても、モンスターを倒すまでには消えてるだろうしなぁ」

 

 キリトは頭をかく。このバフのいい使い道が思いつかなかった。落し物拾いなんてのは隣の細剣使い(フェンサー)さんが嫌がるだろうし、カジノのようなものは七層までない。いっそのこと隣の美少女にお付き合いでも申し込んでみるか……?

 

「ねえ、キリト君付き合ってくれない?」

 

「……ん!?」

 

「この子の強化に!」

 

 アスナの言葉に一瞬遅れて反応したキリトは、続く言葉を聞いて脱力した。キリトとて青春真っ最中の14歳だ。思考と言葉がシンクロしたのだから、一瞬期待してしまったのも無理ないだろう。

 

 

 

 キリトはアスナに連れられ、<<ウルバス>>の東広場に向かっていた。

 時刻は19時、プレイヤー達が一日の活動を終え酒屋や宿屋に入っていく時間帯だ。彼女の目的の人物がまだいるかどうかはわからなかったが、せっかくの幸運バフをただ無駄にするのももったいない。

 

 東広場に着いたアスナが、広場の北東にカーペットを広げている小柄な人物を発見する。

 

「すいません! 強化お願いしたいんですけど、まだやってますか?」

 

「! あ、あなたは……! ええ、まだ大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」

 

 アスナを見た目的の人物、プレイヤー初の鍛冶師であるネズハは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに営業スマイルに戻す。

 

――そりゃあ有名にもなるわなぁ……。

 

 キリトの隣に立つ少女はフロントランナーの紅一点。第一層の一件で彼女の素顔が晒されたため、美少女剣士として噂になっているのは間違いないだろう。

 

「武器の強化をお願いします! 素材は持ち込みで、5分以内に!」

 

「間に合うから落ち着いて……」

 

 バフの残り時間を気にして焦っている彼女を宥める。<<ウィンドフルーレ>>の+4から+5への強化だが、素材は十分集めておいたので、最大確率の95%まで成功率を上げることが可能だ。

 

 素材と手数料を渡し、ネズハが金床を出して強化が始まる。

 ネズハの表情は俯いているため見れないが、<<ウィンドフルーレ>>にハンマーを叩きつけるその雰囲気はまさに真剣そのものだ。

 

「ねえ、キリト君。あなたの幸運バフも貸してくれる?」

 

「貸せるもんなら貸したいけど……どうやって?」

 

 ハンマーに打たれている<<ウィンドフルーレ>>を見ていたアスナの言葉に、キリトは聞き返してしまう。システム的に自分のバフを譲るなんてできるのだろうか……。キリトは自身の持つ知識を検索するが、その情報は引っかからない。

 

「……こうやって」

 

 キリトの思考は停止した。

 キリトの左側に立っていた少女が、その右手でキリトの左手をギュッと握ってきたのだ。

 

「ア、アスナさん!?」

 

 身体が硬直したキリトは、驚きでアスナの名前を呼ぶしかなかった。しかし、彼女はこちらを気にすることなく目の前で行われている剣の強化を見続けている。

 

「……全部持ってってくれ」

 

 気の利いた言葉を思いつくほどのスキルがなかったキリトには、辛うじて一言絞り出すのが精いっぱいだった。

 

 

 金床の光が徐々におさまっていくのを見て、そろそろ強化の工程が終わるのがわかる。

 

「ま、まあ……失敗しても強化値が下がるだけで、武器が壊れるわけではないし?」

 

 アスナの失敗しても問題ないわという言葉とは裏腹に、キリトの左手に感じる圧力は先程よりも強い。

 

 素直じゃないなぁとキリトは思うが、口に出すことはしない。

 事実、アスナの言うとおり強化が失敗しても強化値が下がるだけだし、例えこのままでも次の第三層中盤までは引っ張れるのだ。

 

 強化が終わる。アスナもそれを察したのか、左手をぎゅっと握ってくる。

 

 最後のハンマーが振り下ろされ、そこには無事強化に成功した<<ウィンドフルーレ>>が残る……はずだった。

 

 結果はまさに最悪と言っていいものだ。

 

 刀身の根元が砕ける。済んだ金属音を響かせた後、アスナの愛剣――<<ウィンドフルーレ>>は全体をポリゴン片として砕け散った。

 

 

 

 <<ウィンドフルーレ>>が砕け散った後のことを、宿屋のベットの上でアスナは思い出していた。

 

 隣に立っていた少年が鍛冶師に説明を求めていたが、自分は彼の左手を握り続けることしかできなかった。

 話の内容は頭に入ってこなかったが、彼は納得できた説明を得たのか、アスナの右手を引き今日泊まる予定であった宿屋まで連れてきてくれた。

 

 アスナの部屋まで付き添ってくれた後、去り際に彼は一言残して去って行った。その一言はアスナに安堵と、申し訳なさと、情けなさを同時に植え付けた。

 

「これは自惚れかもしれないけど……置いて行ったりしないからな」

 

 彼の言葉を聞き、部屋の扉が閉められた後、アスナは涙を抑えることができなかった。

 

 ベッドの上で涙を流し、どれくらい経っただろうか。

 

――みっともない姿を見せてしまった。

 

 アスナは枕に顔をうずめる。

 自分からついて行くと言ったはずなのに、彼に心配をかけて、このままでは足手纏いになってしまう。

 

 きっとひどい顔をしていたと思う。彼はあんなに自分の剣のことを気にかけてくれたのに、アスナはただ手を引かれることしかできなかった。

 

 明日には新しい剣を探さないといけない。

 こんな感情を引きずっているわけにはいかないのだ。例え転んだとしても、すぐに立ち上がって進まないと。彼の横に立つために。彼の……、

 

「キリト君……」

 

 声に出してしまった。

 

 あの人は優しい。

 自分より同じくらいの年齢なのに、他人に優しさを分け与える余裕を持っている。いっそ彼が大人だったら、甘えることができたかもしれないのに。

 

 こんな精神が揺れている状態でモンスターの前に立つわけにはいかない。戦闘に集中できないものを後ろに抱えて戦うなんて、彼の命取りになりかねない。

 明日までに気持ちを切り替える。これは絶対だ。

 

――だから……今日だけは少し落ち込もう。明日いつも通りに歩けるように。

 

 アスナは視界の端にあるデジタル時計に目を向ける。時間はもうすぐ20時といったところだ。ちょっと早いけど、今日はもう寝てしまおう。

 仰向けになり、アスナは毛布を少し深くかぶった。

 

 

 

 キリトは全力で走っていた。

 

 アスナの剣を強化し始めたのは19時辺りだったはず。現在時刻は19時57分。操作は多いが十分に間に合う時間だ。

 

 キリトはアスナの部屋の扉をノックし、「開けるぞ!」という声と共に開ける。

 

 突然のことに声が出ないのかアスナが呆然とこちらを見ており、その眼尻には涙が浮いている。驚かせて申し訳ないとは思うが、流石に理由を説明する時間はない。

 

「アスナ、緊急事態だ! すぐにウィンドウを可視モードにしてくれ!」

 

「キ、キリト君? どうして? わたし鍵かけたはずじゃ……」

 

「初期設定ではパーティーメンバーなら鍵開けれるんだ。ほら急いで!」

 

 アスナの肩を掴み急いでくれと促す。そんなキリトに戸惑いながらも、アスナはウィンドウを可視モードにした。キリトは表示されたメニューから右手の装備品欄が設定なしであることを確認する。

 キリトは即座にメニュー操作の指示を出し、本当に急いでいることが分かったのであろうアスナはそれを実行していく。

 

 そして、アスナの「はわぁ!?」という叫びと共に、全てのアイテムが実体化された。

 

 アイテムが実体化され積み重なったのを見たキリトは、目的のものを発掘するため一番上に<<軽いもの>>が積み重なっている山をかき分けていく。

 

「ね、ねぇ君……死にたいの……? 殺されたい人なの……?」

 

 背後から物騒な言葉と気配が漂ってくるが、キリトは気にせず山をかき分ける。

 ここで目の前の様々な誘惑に気を取られれば、本当に明日の朝日を拝めなくなる。それを理解しているキリトは、無心で山の奥に突き進み、そして目的の金属製のそれを右手で掴む。

 

 そしてアスナの前に目的のもの、<<ウィンドフルーレ>>を突き出した。

 

「うそ……」

 

 掠れた声を出した後、アスナが<<ウィンドフルーレ>>に手を伸ばす。剣を掴んだ手が震えている。キリトの右手にもその震えが伝わるが、彼女がしっかりと剣を持ったのを確認して手を離さす。

 

「あなたは……なんなのよ、もう……」

 

 <<ウィンドフルーレ>>を抱え込んだアスナは、床に膝をつき涙を流している。それを見たキリトは後ろを向き、少女が落ち着くのを黙って待つのだった。

 

 この時のことを、本当にずっとずっと後になって、「キリト君に殺意を持ったのはあれが最初で最後かもね~」とほわんほわんと笑いながら言われることになるのは、また別の話である。

 

 

 

 床に散乱した下着やアイテムを格納し、寝間着から普段着に着替え、剣をしっかり抱えて、アスナは再びベットの上に戻った。

 視界の端では、乙女の部屋に乱入し襲い掛かった黒髪の少年がじっとこちらを見て椅子に座っている。

 

「あのね」

 

 アスナの言葉に、キリトがびくっとする。それを見て笑みが出そうになるが、真面目な口調を変えることのないように続ける。 

 

「急に部屋に押し入られて、ベットの上に押さえつけられたけど、それは不問にするわ」

 

「お、押さえつけてはいないんじゃ……す、すみません」

 

 キリトの言い訳をアスナは睨んで黙らせる。

 

「まあ、いいの。あなたがわたしのために急いでたってのは理解できたし」

 

「そ、それはよかった。本当に」

 

 キリトが心からほっとしているのを見て、今度こそ笑みが出てしまう。それを見たのか、キリトが少し怪訝にしているが気にせず話を続けよう。アスナには言わなければならないことがあるのだ。

 

「あのね、わたしのために色々ありがとう。この剣のこともそうだし、その前の……置いて行かないって言ってくれたの、ちょっと嬉しかった」

 

 アスナはキリトに素直な感謝を伝える。

 一時は彼の隣にもう立てないのではないかと思った。でも、彼のおかげで剣を取り戻すことができた。この剣があればアスナは彼の背中を守ることができる。共に戦えるのだ。

 

 アスナの言葉を聞いて、キリトの顔が赤く染まったのがわかる。

 お礼を言われたくらいでそんなに恥ずかしがらなくてもいいのにと、アスナは思う。

 

「その、アスナは俺についてきてくれるって言ってくれたし、アスナみたいな……剣士と一緒にいると俺も……楽だし」

 

 頭をかきながら言うキリトの顔はまだ赤い。

 普段は頼りになるけど、この人は意外にかわいいのかもしれない。

 男の人にかわいいなんて失礼かもしれないけどと、アスナはクスリと笑った。

 

「あと、さっきのことで、話す必要があることがあるんだ。遅い時間だし、君の部屋で申し訳ないけど、話させてもらって構わないか?」

 

 さっきのこととは、恐らく剣のことだろう。何故粉々になったはずの剣が、こうしてアスナの手の中にまだ存在するのか。何をされたのかは理解しているが、その仕組みはアスナにはわからなかった。だが、この少年はもうある程度察しがついているのだろう。

 

「ええ、大丈夫。夜はまだ長いわ。ゆっくり話してくださいな」

 

 時間はまだ20時を過ぎたばかり。彼のおかげで気持ちの揺らぎもなくなった。だから聞こう、自分が何故詐欺にあったのかを。




ここら辺から徐々にキリトくんとアスナさんの距離を意識的に詰めていきたいと思っています。

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