盗賊Aが幸運の女神の寵愛を受けた様です 作:日本犬
今日は盗賊団の一員としての、俺の初めての仕事だった。他人から力で物を奪うという事への抵抗感はあったが、行き倒れだった俺を拾ってくれたお頭への恩。何よりも、自分の境遇を考えると、殺しはともかく奪う事に対する抵抗感は殆ど残っていなかった。お頭率いる盗賊団の仲間達や俺の様な、真っ当には生きていけない者が生きる為には仕方の無い事なのだ。自分にはそう言い聞かせる事にした。
寂れた農村の三男坊として俺は生まれた。10を超えるくらいまでは、両親は俺を可愛がってくれたが、成長するにつれて疎まれる様になっていった。賢くも器用でも無かった上に、力や体力が同年代と比べると劣っていたのが原因だろう。家が貧しかったので、成長後は俺の事を畑仕事での労働力として期待していた両親は、食事量が増えた割に大した役に立たない俺に落胆した。
歳が少し離れていた兄達との関係も、良好とはいえなかった。俺が生まれてから暫くは、両親が俺ばかり気にかけていたのが一つの原因だろう。畑仕事を俺が手伝う様になってからは、更に関係は悪くなった。体力が無くて大した役に立たない俺が好きになれなかったのだろう。俺がいるせいで、家族一人辺りの食事量が減っていたのも無関係ではあるまい。
幼少期の頃は兄達と上手くやれなかった関係で内気だった俺は、村の同年代の子供とも打ち解ける事が出来なかった。いじめられたり、嫌がらせをされる様な事は無かったが、一緒に遊んだりする様な事も殆ど無かった。話しかけられても、会話が続かずに黙りこんでしまう事が多い俺の事を、村の子供達は気味悪がっていたかもしれない。
結局これが緒を引いたのか、俺は15を過ぎても友達という友達が出来なかった。農作業は流石に多少はマシにはなったが、役立たずなのには変わりが無かった。両親はともかく、兄達は俺を完全に邪険に扱いつつあり、村には俺の居場所はどこにも無くなっていた。その翌年に俺は村を追い出される事になる。
俺が村を出る事になった理由は単純で、村の主産業である農業が凶作だったからだ。村は口減らしてとして、村の住人を何人かを外に出す事に決めた。俺はその中の一人に選ばれたのだ。俺以外の選ばれた人間も、家族と仲が悪かったり村に貢献が出来ていない者が多かった。体のいい厄介払いの側面があった事は否めないだろう。何れはこんな日が来るだろうと内心思っていたので、驚きは大きく無かった。
村を出る時は1週間程度生きられる程度の保存が効く食糧と、最低限だがナイフなどの携行出来る生活道具を持たされた。事実上はその身一つで村を出る事になる。両親には「本当にすまない」と声をかけられたが、複雑そうな表情をしていた。俺が居なくなる事で食い扶持が1つ減るのは嬉しいが、家族である俺を村から追い出す事に対する後ろめたさもあったのだろう。最近は両親とも関係は良好では無かったが、まだ俺に情を持っていた事は素直に嬉しかった。
兄達とも言葉を交わしたが、社交辞令の範囲を出ない会話をしただけで、俺が居なくなる事を残念だとは思っていない様だった。内心では厄介払いが出来たと思っていたかもしれない。最後まで兄弟仲が悪いままだったのは悲しかったが、俺は仕方がない事なのだと思う事にした。
村を出る時に渡された食料を、節約して食い繋ぎながら、何とか街に辿り着いた俺は働き口を探そうとした。だが、力も学も無い者にまともな仕事などある訳も無かった。低賃金の肉体労働の働き口を何とか得る事が出来たが、俺の居場所はそこでも無かった。
仕事を覚えるのが遅く、ミスも多かった。その為賃金は他の者より少なく、給料を減らされる事も一度や二度では無かった。俺のミスをフォローさせられる事が多いせいか、同僚にも煙たがられた。余裕は全く無かったが、それでも何とか仕事をつづけながら生活していく事が出来た。だが仕事を初めて1年半が過ぎた辺りで、俺は代わりの人員の入れ替えの形で役立たずの評価を受けて解雇された。
ギリギリの生活をしてきたので、貯蓄などは全く無い。必死で次の働き口を探したが、前の職場での評判が広まっていた俺を、受け入れてくれる所はどこにも無かった。村を出た経緯を考えると、今更村に戻る事に出来ない。結局どうにもならず、家賃を払う事が出来ずに住んでいた所を追い出された俺は、物乞いに身を落とす事になった。
だが、現実は厳しかった。貧乏な者は他人に施しをする余裕は無く、裕福な者は物乞いなど見向きもしない。稀に施しを与えてくれる者もいたが、俺にだけ施しを与えてくれる訳では無い。街には俺以外にも多くの物乞いが存在した。
物乞いになった俺は常に餓える様になった。2日に1度僅かな食事が出来れば上等で、酷い時は1週間近くを水だけで過ごす事もあった。空腹に耐えかねた俺は、裏の仕事に手を出した。所持販売が発覚すれば重罪となる、禁止物の運び屋だ。
運が悪い事に、運び屋の初めての仕事で雇い主がヘマをした。俺は捕まったが、当然というべきか雇い主は俺の存在を認めず、トカゲの尻尾切りの様に切り捨てられた。もちろん、運び屋の報酬は与えられる事は無かった。
罪人として処分を受ける所だった俺は、隙を見て逃げ出し街を出た。行く宛も無く、出来るだけ街から離れようと思っていたが、慢性的な空腹だった俺は逃げる途中で気を失ってしまった。文字通りの行き倒れという奴である。意識が薄れる中、俺は自分の死を覚悟した。
「おう、気が付いたか。大丈夫か?」
死を覚悟した俺だったが、どうやら助かったらしい。目の前のバンダナを付けた男性に助けられた様だ。
周りを見渡すと、20人近い人が5つ程の焚火を作って暖を取っていた。顔は少し怖そうで、粗暴な印象を受ける人物が多かった。危ない集団に助けられたので無いのかと一瞬警戒したが、犯罪を犯して街から逃げ出した自分の今の境遇を考えると、何ともいえなかった。
「助けてくれてありがとうございます」
「気にすんな。普段なら身包み剥いでポイだよ」
冗談かとも思ったが表情を見えると本気にも見える。先程の、危ない集団かもしれないという推測は正しいかもしれない。しかし、それならなぜ俺を助けてくれたのかという疑問も残る。自慢では無いが今の俺は一文無しで、助けた所で役に立つとも思えない。
「なら、なぜ俺を助けてくれたのですか?」
「見た所まだ若いのに、ボロボロで乞食みたいな身なりしているし、一文無しで恐ろしく痩せてる。俺はそういう苦労してそうな奴がほっとけなくてな」
そう言うと、俺を助けたバンダナの男性は周りを見渡した。
「ここにいるのはそういう奴ばっかりさ。みんな街でやっていけなくなった奴ばかりだ」
「そうなんですか…。それで、皆さんは何をやっている方なんですか?」
俺に問われた男性は少しばかり間を置いて答えた。
「盗賊だよ。殺して奪って生きているのさ」
危ない集団かもしれないと思っていたが、俺の推測は正しかったらしい。だが、俺を無視しても良かったのにわざわざ助けたのだ。身の危険を感じる様な状況に陥る事は恐らくあるまい。俺が微妙な表情をしていると、男性は言葉を続けた。
「良い印象は無いだろうな。窃盗も殺しもなんでもござれの盗賊じゃ当然だ」
「まあ、はい…」
「だがな、俺達みたいに街に居場所が無い奴は他人から奪って生きていくしかねーのさ。おめーも何と無く分かるんじゃないか」
盗賊は極端だが、食うに困って裏の仕事に手を出した俺としては否定する事は出来なかった。あのまま物乞い生活を続けていれば、遠からず俺は死んでいた可能性が高い。街から逃げる途中で行き倒れたのが何よりの証拠だ。
「正直な所、否定は出来ないです」
「金も何も持たずに行き倒れていたおめーならそういうと思ったよ」
まるで俺が同意する事を予想していたかの様に話すと、バンダナの男性は言葉を続けた。
「で、おめーもまともな生活はしてない様に思えるが、今までどうやって生きてきたんだ?」
「俺はここから割と離れた所にある貧しい農村で生まれたんです。それから――」
10を越えて以降は家族仲が悪かった事。生まれ故郷の村が貧しいせいで満足な食事がいつも出来なかった事。畑仕事で役に立てない事で家族からは疎まれていた事。16になって村を追い出された事。何とか街に辿り着いたが、職が中々見つからなかった事。低賃金の職にはつけたが、役立たずとしてクビになった事。家賃が払えず家を追い出されて乞食に身を落とした事。食うに困って裏の仕事に手を出した事。それが原因で捕まり、街から逃げ出した事。今までの俺の半生を掻い摘んで話した。
「その年で乞食なんざに身を落とすとは、おめーも苦労してきたんだな」
何と返事して良いのか少し困ってしまう。俺が同意しようか迷っているとバンダナの男性は言葉をつづけた。
「乞食で行き倒れって事は、もう碌に飯も食ってないんだろ?良い物じゃないが、とりあえず飯食えや」
「助けて貰った上に、そこまでして貰って良いんですか?」
「ガキの癖して遠慮すんじゃねぇよ!」
「じゃあ…ご馳走になります」
出された物は固い肉やパンと、普通の人から良い物では無いからしれないが、俺からすればご馳走だった。俺は久しぶりに腹を一杯に満たす事が出来た。食べながら会話を続けていたが、盗賊の人達は見た目は怖いが悪い印象は感じなかった。俺と同じか俺以上に酷い境遇の者もいたので、俺に対して親近感か同情心の様な物を感じたのかもしれない。
「それで、おめぇ行く宛とかはあんのか?」
正直な所、行く宛はどこにも無かった。生まれ故郷の村には戻れないし、逃げてきた街は論外だ。完全な体一つで何も所持していない俺では、別の街に行く前に飢え死にしてしまうだろう。先の事を考えると気が重くなった。
「いいえ…食料も金も無いし、行く宛もどこにも無いです」
「それなら俺達と一緒に行かねぇか?もちろん強制はしねぇ。仲間になった後に足を洗いたいってのも少し条件はあるが自由だ」
迷ってはみたが、少し考えれば選択の余地が無い事がすぐ分かった。このまま盗賊達と別れた所で一文無しで行く宛も無い。また行き倒れて今度こそ野垂れ死にするだけだろう。盗賊稼業をする事に抵抗感はあるが、自分が死んでしまうよりはマシだ。
「よろしくお願いします」
「決まりだな。俺達はこれからは仲間だ。俺の事はこれからはお頭って呼んでくれ」
新しい仲間が加わったという事で、略奪品から少しだけ良い酒を飲ませて貰った。酒の味に慣れていない俺にとっては、あまり旨くは感じなかった。最底辺な生活を送ったきた俺としては、例え盗賊が相手でも親切にされた事が何より嬉しかった。こうして俺は盗賊団の一員になった。
前の仕事の略奪品が多く残っている様で俺が盗賊団に入ってからは暫く仕事は無かった。餓えが無い上に、毎日腹一杯に飯を食う事が出来るというのは、生まれて初めてだった。お頭は面倒身が良かったし、仲間は顔が怖い上に粗暴な者が多かったが、盗賊団最年少の俺に優しくしてくれた。俺は徐々に盗賊団での生活に慣れていった。
俺が盗賊団の一員になってからは日々戦闘や盗みの訓練が主な1日だった。だが力の無い俺には長剣を振り回すのは難しかったし、覚えも良くなかった。それでも村にいた時や街で肉体労働をしていた時と違い俺を責めたりする人はいなかった。結局、今の時点では俺には長剣は向かないという事でお頭からダガーを与えられた。
人殺しや泥棒の訓練しているというのは少し思う所はあったが、自分の居場所が生まれて初めて出来た事が俺は嬉しかった。盗賊団では村に居た頃の疎外感や街に居た頃の孤独感を感じる事は無くなっていった。そして遂に今日が俺が参加する初めての仕事だった。
戦闘訓練もまだ満足には終わっていなかったし、初めてという事もあって俺は大した事はしていない。殺しをした事が無いという事と、初めての参加という俺に配慮したのか、標的の馬車を仲間と一緒に取り囲んで、相手を逃がさない様にしただけで、実質的にはただ立って見ていただけだ。
馬車は取り囲まれながらも逃げようとしたが、馬を殺された後は立ち往生した。家族と思わしき女性二人だけでも逃がそうと抵抗した馬車の主はあっというまに仲間達に殺されてしまった。仲間の一人が抵抗した馬車の主に切り傷を負わされはしたが、コチラの被害といえばそれだけだ。馬車の荷物を丸々奪って主の連れの女性二人を捕まえ、殺した馬も食糧とする事が出来る。俺の参加した初めての仕事は大成功だったといえるだろう。
馬車の主の家族であろう妻と娘と思しき女性は仲間達に捕まり大変に残念な状態になっている。抵抗した馬車の主は仕方ないかもしれないが、女二人は逃がしてやっても良かったのではと内心思っていたが、顔には出さなかった。仲間達の行為自体も村を追い出される前の俺ならばともかく、一度は物乞いに身を落して雇い主に裏切られて街から逃げ出し、行き倒れて死にかけた今の俺にそれを咎める様な気持ちは殆ど残っていなかった。
「今日はお前が仲間になって初めての仕事だったろ?どうだった」
仲間達が荷物の物色などを行い手持ち無沙汰になっていると、盗賊団の中でも俺と歳が近く、親しくなった内の一人が俺に声をかけた。
「正直な所ただ立っていただけで役に立てなかったと思います」
「人殺しをした事がある奴でも無けりゃ、新入りは大体そんなもんだ。人を殺した事が無いのにいきなり殺しが出来る奴はそう多くない。俺も新入りの頃はそうだったしな」
仲間は自分の新入りだった頃を思い出しているのか、昔を懐かしむ様な表情をしていた。
聞いた所によるとこの仲間も俺と似たような境遇だという。街に居た頃に仕事の雇い主に嵌められて犯罪の片棒を担がされて処罰を受けたとの事だ。処罰後は前科持ちの為どこにも雇ってもらえず、住んでいる所を追い出され一文無しでさ迷い歩いていた所をお頭に拾われたらしい。
「街で真面目に働いて生きて行けるなら、それにこした事は無いんだろうけどな」
「まあ、確かにそれは思いますね。命の危険も無いでしょうし」
「人によって色々理由あるが、俺達みたいのは街じゃやっていけない様な奴ばかりだからな。そういう奴は少し前のお前みたいに野垂れ死にするか、今の俺達みたいに他人から奪って生きていくしかないんだ。残念な話だけどな」
仲間はしみじみと話した。盗賊団に入る前、まだ自分が真っ当に生きていた頃を思い出しているのだろう。俺の様に不器用で仕事を解雇され物乞いになった訳ではなく、雇い主にハメられて転落人生を歩む事になったのだ。原因が自分にあった俺よりも昔への未練は大きい様に思える。
「そういや馬車の男の連れの女を捕まえてたな。新入りだからお前の順番は最後になると思うが、お前もちゃんと女で楽しんでおけよ。こんな生活じゃ女とヤル事も無いだろうし、もう大分溜まってるだろ?」
正直な所、生まれてからずっと生きるのに必死でそういった経験をした事は無かった。街では女を買う事も出来たが、食事も満足に取れず常にギリギリの生活を強いられてきた俺に女を買う余裕などどこにも無かった。だがそれを知られるのは恥ずかしかったので、話すのは止めておいた。それに何より、仲間がするのは今更咎めるつもりは無いが自分がそれをするのは大きな抵抗があった。
「言いたい事は分かる。乗り気しないっていうんだろ?俺も初めてはそうだったよ。でもな、ある意味これは儀式みたいなもんだ。盗賊なんてやるなら奪う事への抵抗感や真っ当に生きてた頃の倫理観はどこかで捨てなきゃいけない。俺達みたいのがそんなもんを守ってたらお前も分かる通り野垂れ死にするだけだしな。何よりいざという時躊躇したら、自分か仲間の命で躊躇したツケを払う事になる」
今の俺に昔の自分を見たのか、仲間は俺の内心を見透かした様に話した。実際にお頭に拾われなければ俺は恐らく野垂れ死にしていた。だから仲間の話した事は理解できなくも無かった。この先も盗賊団で活動していくのなら、今の自分の倫理観に反した事をしなければいけない時は必ず来るだろう。
だが、最底辺の生活をしてきたとはいえ、運び屋の仕事で捕まった事を除けば、犯罪らしい犯罪をした事が無い俺には倫理観を捨てる事は簡単には出来そうも無かった。
「忠告は嬉しいですけど、俺にはまだちょっと難しいかもしれないです」
「今話した事は、俺も新入りの時に仲間に言われた事だ。俺もすぐには変われなかったし、お前にすぐに変われなんていわねーよ。殺しとは無縁の世界で生きてたのに、いきなり殺せ犯せ奪えなんて難しい話だろうからな。お前はもう俺達の仲間なんだ。少しずつ気持ちに折り合いをつけていけば良いさ」
犯罪行為に対する抵抗感は強いままだったが、ある程度それを覚悟する事は出来た。今の自分は他人から力で奪わなければ生きていけないし、男である以上はそういう欲求は無い訳でも無い。お行儀よくした所で俺がお頭の仲間が率いる盗賊団の仲間で、他人を殺して財産を奪って生きる集団の一人なのには違い無いのだから。