盗賊Aが幸運の女神の寵愛を受けた様です 作:日本犬
俺が参加してから、初めての盗賊団としての活動は成功を迎えた。夜を迎えた今は、馬車の荷物の検分も終え、皆で焚火を囲んで少し豪華な食事をしながら仲間と談笑していた。人を殺して奪ったという事実を考えさえしなければ、俺にとってはとても心地が良い時間だ。
お頭も上等な酒を飲み、酔いが回って上機嫌になりながら、仲間と楽しそうに話している。その時だった。突然、お頭の背後に黒い何者かが現れたかと思えば、お頭の首が地面に転がり落ちていた。突然の事で誰も動けないでいると、黒い衣装に身を包んだ少女は、顕著な体には似合わない巨大なハルバートを振り回し、仲間を次々と殺していった。
「おじさま方ぁ、今宵はどうもありがとう」
何人かの仲間を殺した少女は、顔に笑顔浮かべながら頭を少し下げ、残った者に向かってそう話した。その動きは優雅で、まるでどこかの貴族の娘の様にも感じられる。とはいえ人殺しをしながら笑顔を浮かべて礼を言うなどマトモま人間では無い。人格破綻者か何かなのだろうか。しかし、ただの人格破綻者の少女が単身で大人数人を反撃も許さずに殺せる訳が無い。
「生命をもってのご喜捨を賜りホントにありがとう。主神にかわってお礼を申し上げますわねぇ。神はあなた達の振るまいをがたいそう気に入られてぇ、おじさま方をお召しになるっておっしゃられてるのぅ」
何人かの仲間が何かを察した顔をしていたが、俺には少女の言っている意味がよく分からなかった。つまる所、神の代理人か何かという所なのだろうか。
「な、なんなんだ!お前は!」
「わたしはロウリィ・マーキュリー。闇黒の神エムロイの使徒」
突然の異常事態に対して皆声を出す事も出来なかったが、かろうじて声を出す事が出来た仲間によると、この少女はロウリィ・マーキュリーという名で神エムロイの使徒だという。別名死神ロウリィとも言われているらしい。
神エムロイの名は知っていたが、詳しい訳では無い。そもそも今の俺は神を信仰していない。こんな境遇の人生を送ってきた俺には、神を信仰する事など出来そうも無かった。
神の使徒、つまりは代理人の様なものだろうか。どうみても15は超えていないであろう少女が、片手で自分よりも大きいハルバートを軽々と振り回し、人間離れした動きを見せているのを見ると、神から何か力でも与えられているのかもしれない。少なくとも普通の人間であるというのは、もはやありえなかった。
本来なら多勢に無勢の筈だが、最初に圧倒的な力を見せつけられたのと、神の使徒であるという事実を聞かされた仲間は皆一斉に逃げ出した。
「ダメよぉ。逃げてはいけないのよぉ」
ロウリィはそういうと、逃げ出そうとした仲間を近い順から殺し始めた。あっという間に仲間の一人が頭を割られて倒れた。ロウリィは近い順から仲間を一人ずつ殺していくつもりなのだろう。
何かを示し合せたり、相談できる様な状況でも無く、仲間とは皆別の方向に、散り散りになりつつ逃げだした。ロウリィから一番離れていたのもあってか、まだ俺の方に向かってくる気配が無いのは幸いだった。
走りやすいとはお世辞にもいえない道を、必死で走っていたが、途中で何度も転びそうになった。必死に逃げている途中で、一人、また一人と仲間達の断末魔の声が聞こえてくる。直接見てはいないが、皆ロウリィにやられたのだろう。行き倒れた俺を拾ってくれたお頭が最初に死に、俺を仲間と認めてくれた仲間達が次々と死んでいく…。
生まれて初めて出来た、自分を一人の仲間として認めてくれる場所は、神の使徒を名乗るたった一人のよって失われてしまった。しばらくの間必死で走り続けていると、最後に話したと思わしき仲間の悲鳴が聞こえた。ロウリィにやられたのだろう。出来れば生きているとは信じたいが…。状況を考えれば、期待は出来そうも無かった。
別々に逃げ出したとはいえ、俺は仲間を囮にして逃げた事になる。皆を見捨てて逃げ出した罪悪感に、心が押しつぶされそうになった。心の内では、様々な不の感情が入り混じっていた。それでも必死で逃げていたが、石に足を取られて思いっきり地面に転んでしまった。
「クソ!なんで俺ばかりがこんな目に!」
死にたくないという気持ち。自分だけは助かりたいと思っている自分への嫌悪感。仮に逃げ切る事が出来たとしても、独りでこの先をどうやって生きればば良いのかという不安な気持ち。心の中でごちゃまぜになっている不の感情から、逃げるのも忘れて思わず拳を地面に叩きつけた。
「あらぁ?十分楽しんだのではなくてぇ?」
次々と聞こえてきた仲間達の断末魔の声は近くは無かった筈だ。最後に聞こえた声もそれなりに離れていた。普通の人間で追いつける様な速さでは無い。俺は神の使徒ロウリィが、人間では無いのを確信した。
「十分に楽しんだのではないか」と問われた俺は、思わず「ふざけるな!」と怒鳴り返しそうになった。。他人を殺して奪った物という自覚はある。それでもお腹一杯になるまで飯を食べて仲間逹と談笑するのは楽しかった。それは多くの人が当たり前に得られる筈の物だ。ロウリィは俺の様な人間にはその程度の幸福でも贅沢だとでも言いたいのだろうか。
幼少期を除けば、俺はお頭に拾われるまで、疎外感や孤独感ばかり感じていた様に思う。だが盗賊団の一員になっていからは徐々にそう感じる事も無くなっていった。生まれ故郷の村や街には無かった、自分を一人の仲間として認めてくれる場所が出来たからだろう。
だが、それもたった一人の少女によって失われた。そして、神エムロイの代理人であるロウリィは俺の命も奪おうとしている。
「あなた、イイ思いをしたのではなくてぇ?人を殺したのではないのぉ?」
ロウリィはそう話すと威嚇でもするかの様に、俺に当たるスレスレでハルバートを地面に叩きつけた。自分に迫る死への恐怖を思い出した俺は、死にたくないという気持ちが心を占めていった。
「お、俺はまだ人を一人も殺していない!今日が初めての仕事だったんだ!女達にだって手を出すつもりはなかったし、指一本触れてない!」
お頭や仲間達を皆殺しにしたロウリィへの怒りや、自分だけでも助かりたいという自分に対する嫌悪感はあったが、今は死に対する恐怖の方が遥かに上回っていた。今の俺の頭にあるのは、死にたくないという気持ちだけだ。だからロウリィに対して必死で弁解した。
「でもぉ、独りだけ仲間外れなんてぇ、いい気分じゃないわぁ」
「是非仲間外れにして下さい!」
一人だけ助かりたいと思っている事への罪悪感はあったが、思わず反射的に答えを返していた。抵抗らしい抵抗も出来ずに殺された仲間達ではあったが、決して戦いの素人だった訳では無い。達人とはいえないかもしれないが、それなりに戦い慣れてはいた。それを単身で皆殺し、異常な移動速度も併せ持つロウリィから逃げる事など、まず不可能だ。
自分が幸運と思った事は、生まれて以来ほとんど無かったと思う。10を超えて以来は、お頭に拾われた事程度しか思いつかない。だが、それも一人の少女によって無意味にされようとしている。
「神様頼む、もし聞こえているなら俺を助けてくれ。神なんて信じて無かったけど、これからは信じる!毎日お供え物もする!だから俺を助けてくれ!!」
自分に迫る死への恐怖から、俺は心の中で信じてもいない神に縋った。今まで信じていなかった癖に、こんな時だけ助けてくれとはムシの良い話だと思う。だが、助かる見込みの無い俺としては、もはや神に縋るしか無かった。
「わー…とに…じて…の?くれ…」
頭の中で、何かが聞こえた気がした。一瞬、神の存在に期待してみたが、ロウリィに何か変があった様には見えない。俺に変化があった様な感じも無かった。死に対する恐怖から、幻聴でも聞いたのろう。
「どうしよっかなぁ~」
ロウリィがそう言いながら、考える様な素振りを始めた。ロウリィが見逃してくれるかもしれないと、思わず期待した俺だったが、現実は非情だった。
「まだ、何もしていないのなら、今からでもすればいいのよぉ」
まるで、とても良い事を思いついたという様な顔でロウリィは話した。それは、事実上俺に対する死刑宣告となる。俺は神を呪った。
ロウリィは、生ゴミでも触るかの様な手つきで俺の足を乱暴に掴むと、俺を引きずる様にして走り出した。
「痛い!痛いんだ!頼む!やめてくれ!」
人間離れした速度で移動するロウリィに引きずられた俺は、体中が地面に擦れてボロボロになっていった。激痛から止めてくれとロウリィに懇願したが、ロウリィが聞く耳を持つ様子は全く無かった。
「あなた、お母さんと娘さんとどっちが好み?」
馬車の主の妻と娘がいるである所に近づいた辺りで、ロウリィは突然こんな事を言い出した。正直な所、頭がおかしいのかと思った。俺に対する皮肉として言っているのだろう。この状況で自分の情欲を満たせる男がいないのは、普通に考えれば分かる。
「嫌だ!嫌だ!頼む!助け…」
「遠慮なんかしてはいけないのぉ。これが最後なんだしぃ、お相手していただける様に頼んであげるわよぉ」
助けてくれと最後まで言い切る事は出来なかった。ロウリィはその怪力で、まるでブーメランでも投げるかの様に俺を振り回し、馬車の主の妻と娘のそばに俺を投げつけたからだ。地面に叩きつけられた衝撃と、高速で地面を引きずられた事で体中の皮膚が破れて出血し、ボロボロになっている体の痛みで一瞬意識が飛んだ。
この後に起きるであろう事を考えると、いっそそのまま意識を失った方が幸せだったかもしれない。少なくとも苦しむ事も恐怖する事もなく逝けるだろう。
「さぁ、始めるといいわぁ。あなたの順番よぉ」
俺は微動だに出来なかった。母と娘は手荒く扱われたのか酷い状態になってる。まだ生きているとは、とても思えない。こんな状態の人間に欲情するなど、ありえなかった。
「あら困ったわねぇ。こちらの二人も、もう召されてしまった様だわ」
ロウリィは母と娘の亡骸に近づくと、頭を下げつつ何かを呟いた。神の使徒らしく、祈りでも捧げているのだろうか。すぐ後に微笑みながら俺の方を振り向くと、とんでも無い事を言い出した。
「でも、折角だからぁ、やったらぁ?」
自らに迫る死に対する恐怖と、体中の痛みで頭がおかしくなりそうだった。涙と鼻水で顔を醜く歪めながらも、俺はロウリィに対して必死で懇願した。
仲間と違ってまだ人は一度も殺した事が無いと。まだ罪は犯していないと。馬車の主の妻と娘には指一本触れていないと。生活苦から拾われた盗賊団でやっていくしかなかったのだと。心を入れ替えて真面目に働くと。もう二度と悪い事はしないと。だから命だけは助けてくれと。自分でも何を言っているか分からなかったが、大体その様な事を訴えたと思う。
もちろん頭では理解している。経緯はどうあれ盗賊団の一員となった以上は、これは自業自得だ。まだ罪を犯していない事など言い訳にもならない。俺にはお頭の誘いを断る選択肢もあったのだから。
相手が騎士団や自警団から使徒であるロウリィに変わりはしたが、盗賊をして生きるという事は、失敗すれば死ぬリスクがあるという事だ。俺がまだ村にいた頃なら、悪い盗賊団を潰すというロウリィの行動を称賛すらしたかもしれない。だが今の俺は、迫る死への恐怖からロウリィの心変わりを信じて、必死で命乞いをした。
恥も外聞も無く命乞いをした俺だが、ロウリィが考えを変えた様には思えなかった。俺の命乞いに対して顔を背けたかと思うと、汚物でも見る様な顔で俺を見て、墓穴を3つ掘る様に恐ろしく冷たい声で命じた。馬車の主の家族3人分だろう。
死の恐怖から逃れたい一心で、それでロウリィが見逃してくれると考え、必死で穴を掘った。道具が無い事を訴えたが、両親から貰った両腕があると言われ、素手で掘った。爪は割れ、手は血だらけになったが、手を休めると、ロウリィは俺に対してハルバートを向けてくるので、3人の埋葬が終わるまで、続けるしか無かった。
疲労困憊で、全身ボロボロになりながらも、何とか3人分の墓穴を掘り家族3人を埋葬する事が出来た。
「こ、これで良いのか?」
助かったという事実を確かめるかの様に、俺はロウリィに対して声をかけた。死んだ者に祈っているのか、自分が信仰する神に祈ってるのかは定かでは無いが、ロウリィは月明かりが照らす中で祈りを捧げていた。
その姿はとても綺麗で、強い神秘性が感じられた。今の様な状況で無ければ、神を信仰していない俺も、考えを改めて神エムロイを信仰しようと思ったかもしれない。祈りをロウリィは、口元に笑みを浮かべながらハルバートを掴むと、ゆっくりと俺の方に向かってきた。
「助かった」という自分の考えが間違いであったと悟った。墓穴を掘らせたからとって、ロウリィが俺を見逃す理由にはならないのだ。心のどこかでは理解していた。少しでも希望に縋りたい俺は、分からないフリをしたかったのだ。
もうすぐ俺もお頭や仲間達の後を追うのかと思うと、死に対する恐怖心は不思議と薄れていった。