盗賊Aが幸運の女神の寵愛を受けた様です   作:日本犬

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第3話:

俺の死は目前まで迫っていた。問答無用で仲間達を血祭りにあげてきたロウリィだが、俺に対しては時間をかけている様に思える。ロウリィが起こした気紛れに期待して、俺は信仰してもいない神に縋ったり、命乞いをしたりもしたが、無駄だった。仲間達の後を追うの時が、ほんの少しばかり遅くなっただけだ。

 

 

ゆっくりとした歩みで俺の前まで来たロウリィは、その笑みを崩さないままハルバートで俺の命を刈り取ろうとしている。神エムロイの使徒であるロウリィだが、神エムロイは俺の助けてくれという懇願に対して関心を持ってはくれなかったらしい。神エムロイにとっては、お頭達や俺の祈りになど何の価値も無いという事だろう。

 

 

不器用で周りに迷惑をかけてばかりいた自分。孤独で価値の無い人生を送ってしまった自分。自分だけでも助かりたいと思った自分。人生最後の瞬間の俺の心の内にあったものは、怒りでも恐怖でもなく悲しみだけだった。

 

 

「死んじゃうの?じゃうの?君のこと、きっと守るよ!守る!」

 

 

神に縋った時に聞こえてきた幻聴と同じ声が、今度ははっきりと聞こえた。

 

先程と同じく、ロウリィは声を気にする素振りすら見せない。やはり俺にしか聞こえない様だ。目前まで迫った死を前にして、恐怖は感じていないと思っていたが、どうやらそうでもなないらしい。不明瞭で言っている事が分からなかった先程とは違い、今度は幻聴がはっきりと聞こえているのだから。

 

 

諦観の気持ちに俺の心が支配されつつあると、ロウリィは俺に対してハルバートを振り下ろした。その表情は笑みを浮かべたままだ。ロウリィにとって、俺の様な人間を殺す事は、アリや蚊を殺す事と変わらないのだろう。

 

 

死ぬと思った瞬間、俺は反射的に腰に差してあったお頭から貰ったダガーを取り出して、ロウリィが振り下ろしてきたハルバートに対して突き出し、ハルバートを弾き返していた。まさに体が勝手に動いたと形容しても良いだろう。諦観の境地にあった俺としては、ロウリィに対して抵抗する気持ちなど、全く残ってはいなかった。

 

 

実際の所、満身創痍でボロボロの俺と、神の使徒由来の人間離れした力を持つロウリィでは、抵抗する気持ちがあった所で意味を持たなかっただろう。死への時間を精々5秒も引き延ばせれば上等な結果だ。ダガーとハルバートという獲物の差も大きい。

 

 

今の俺とロウリィの能力差や状況を考えれば、ロウリィの振り下ろすハルバートに対してダガーを命中させ、更にはそれを弾き返すなどという芸当は、まずもって不可能だ。余程の「幸運」が積み重なるか、それこそ本当に神の「奇跡」でも起らなければ、まずありえない筈だった。

 

 

俺が無傷で万全な状態だったと仮定しても、自分の意志でロウリィの操るハルバートを、ダガーで弾き返す事など出来るとは思えない。いや、弾き返す所か当てる事が出来るかも怪しい所だろう。

 

 

俺を仕留めそこなった事に対して、ロウリィは驚きの顔を見せていた。自分に迫る死を明らかに受け入れていた俺が抵抗した事もそうだが、何よりただの人間である筈の俺を一撃で仕留められなかった事が原因だろう。

 

 

俺にだけ聞こえる先程の声を考えると、俺がした神頼みをどこかの神が聞き入れて、俺を助けてくれたのだろう。困った時は案外神頼みをしてみるのも悪くないかもしれない。俺は場違いにもそんな事を考えていた。

 

 

改めてロウリィに対して視線を移してみると、ロウリィの顔から表情が消えていた。圧倒的な力を持つ筈の自分が、ただの人間である筈の俺を仕留めそこなった事実に対して、怒りの感情の様な物を抱いているのだろうか。

 

 

「人はいつか死ぬのぉ。あなた達はそれが今日だったというだけ。だから抵抗なんてしたらダメなのよぉ」

 

 

ロウリィは、先程馬車の家族3人の墓穴を掘る様に命じた時と同じ様な冷たい声で、俺に対して話した。お頭達を皆殺しにして、先程俺に対して止めを刺そうとした時は違い、本気になったのだろう。

 

微笑みも慈悲も慢心もその表情には無い。全くの無表情のままロウリィは、重さなど感じさせないかの様に巨大をハルバートを軽々と操り、俺のいる方向に向かって薙ぎ払いを放ってくる。

 

 

俺は、咄嗟に後ろに飛ぶ事でロウリィのハルバートをかわした。先程ダガーを弾き返した時にも感じた事だが、普段の俺ではまずもってありえない動きだ。

 

 

「あらあら、意固地ねぇ。そんな事をしても、あなたが神様に召される事には変わらないのよぉ」

 

 

ロウリィは相当な重さの筈のハルバートを、まるで小鳥の羽くらいの重さしか無いかの如く軽々と操り、時折薙ぎ払いも織り交ぜつつ必中の一撃を左と右から何度も繰り出してくる。

 

 

普段の俺なら…いや、多少腕立つ人間であったとしても、恐らくは10回は軽く死ぬ事が出来るだけの攻撃だろう。ロウリィの動きはそれ程洗礼されており、また早かった。だが、驚くべき事に俺はロウリィの繰り出す必中の一撃を、全てかわす事に成功した。

 

 

時にはハルバートが繰り出される方向とは反対に動き、時にはダガーを使って弾き返し、時には後ろに下がって避ける事で。決してロウリィの動きを見てから動いたり、その攻撃方法を予測した訳ではない。直感だけで動く事で、俺はその攻撃を全てかわす事が出来た。とても直感だけで避けられる攻撃な筈はないが、なぜだか今の俺なら、それだけで避けられる様な気がした。

 

 

俺の推測は確信に変わっていた。ここまで来れば、もはや間違いないだろう。先程から俺に聞こえた声は幻聴では無かった。ロウリィが信仰する神エムロイは確かに俺の懇願を聞き入れてはくれなかった。

 

 

とはいえ、捨てる神あれば拾う神ありともいう。俺の祈りに耳を貸してくれた神も確かに存在したのだ。そうでなければ何の力も持たない筈の俺が、神の使徒であるロウリィの操るハルバートでの攻撃を全てかわし続ける事は無理というしかないだろう。

 

 

一度だけだったならば、あるいは人生最後の幸運という事も出来たかもしれない。だが、ただの幸運でロウリィの怒涛の連続攻撃を全てかわし続けるのは間違いなく不可能だ。

 

 

満身創痍だった筈の俺だが、体の痛みは気づけば無くなっていた。見た目はボロボロで酷い状態には見えるが、痛みも無いし出血も止まっている。痛みを感じなくなっただけなのか、もしかしたら傷が塞がり始めているのかもしれない。

 

 

お頭から貰ったダガーにしても、よくよく見なおしてみれば形状が変化していた。大本はお頭から貰ったダガーではあるが、刃の形が変化し柄の部分も見た事も無い装飾が施されると共に、色も黄に変わっている。

 

 

自分に迫っていた死が遠のいた事に気が付くと、目の前の少女ロウリィに対する怒りの感情が心に湧いた。お頭達は盗賊稼業などをやってきたのだ。今まで多くの人を殺し、財産を奪ってきただろう。数知れぬ理不尽も強いてきたと思う。それを考えれば殺される事自体は自業自得と言われても否定する事は出来ない。俺がお頭の仲間で無かったとしたら、まず間違いなく同意していただろうから。

 

 

だから今の俺の気持ちが理不尽という事は分かっている。だが、それでも。例えそうだとしても。仲間達をまるでアリを踏みつぶすかの様にして殺したロウリィが、俺には許せなかった。悪だったから殺されても仕方ないという理屈では、納得できそうも無い。

 

 

「あなたぁ、一体何をしたのぉ?魂が少しずつ見え難くなっているしぃ、普通じゃないわぁ」

「神に愛されているお前みたいに俺は強くない。ただの人間だからな。だからみっともなく死にたくないから助けてくれと、どこかの神に縋っただけだ」

「あなたみたいな人間を助ける神様がおられるのかしらぁ?」

「それがいたんだ。自分でも信じられないけどな」

 

 

ロウリィの問いに対して言葉を返すと、俺はダガーを突き出し初めて自分からロウリィに対する攻撃に出た。ロウリィは俺を逃がすつもりは間違いなくないだろう。でなければ、こんな状況にはなっていない。今の自分が生きているのは、エムロイでは無いどこかの神の気紛れのおかげでしかないのだ。

 

 

ここまできて諦めて死ぬという選択肢など論外だ。逃げる事が出来ないのなら、戦いを通じてロウリィに俺を認めさせるか、俺に力を貸している神の力を信じて、力によってロウリィを退けるしか無い。分の悪い賭けなのは自分でも分かってる。だが、死中の活を求めるという言葉もある。今の俺には戦うという選択肢しか無かった。

 

 

「雰囲気と目つきが変わったわねぇ。先ほどのあなたや、召されたオジサマ達みたいに逃げ出さなくて良いのぉ?」

「許してくれって言っても、お前は俺を見逃してくれたりはしないだろ」

「だとしてもぉ、神様に力を貸してもらったかもなんてあやふやな理由でぇ、向かってくるのは無謀じゃないかしらぁ」

「分の悪い事なんて最初から理解してる。だけど俺は、お頭達をまるでゴミの様に殺したお前が許せないんだ!」

 

 

お頭達から多少訓練は受けていたが、ロウリィと比べれば俺はド素人に過ぎない。だが俺は、まるで達人の様に洗礼された動きでダガーを操りロウリィに対して攻撃を加えていった。

 

 

ロウリィは俺の攻撃をハルバートを使って、器用にいなしつつ反撃を加えてくる。俺はロウリィの反撃をかわしてダガーで更なる追撃を繰り出す。俺の予想外の抵抗をロウリィは楽しんでいる様に見える。もしかしたら戦闘狂だったりするのかもしれない。

 

 

信じがたい事に、俺は神の使徒である筈のロウリィと、互角の戦いを繰り広げていた。お互いに相手に対して攻撃を加えては、武器で弾くか、避けるか、いなすかして反撃を行う。未だに一度もお互いに攻撃を命中させる事は出来ていない。

 

 

とはいえ、ダガーが獲物である俺がロウリィに対して攻撃を命中させられたとしても、ダメージを与えられるかは極めて怪しい。それどころか、直後の反撃で一撃を貰う可能性が高い。対して俺は、ロウリィの巨大なハルバートによる一撃が一度でも当たれば、間違いなく致命傷を負う事になるだろう。互角の戦いを演じている様に見えても、元の能力差は圧倒的だ。

 

 

「あなたぁ、やっぱり普通じゃないわねぇ。あんな醜態を晒したあなたがぁ、私とここまでやるなんてぇ、絶対に無理よぉ」

「そんな事は俺が一番よく分かってる。第一、死にたくないと懇願して一体どこが悪い!」

「神様は人の生き方を愛するのよぉ。自分の生き方に胸を張れない人間になんてぇ、生きる価値は無いわぁ」

 

 

そんな事をいえるのはロウリィが神の使徒だからだ。どんな生き方にせよ、死が迫ってなおも、それを貫けるなら確かに立派かもしれない。だけど、それが出来る程強い人間は多くは無いだろう。普通は死の危険が迫れば死にたくないと思う物だ。

 

 

「そんな事が言えるのは、お前が神の使徒だからだ。普通の人間はそんなに強くは無い」

「あなたがぁ、何を言った所でぇ、神様はあなたをお召になるって決めたのよぉ」

「手は差し伸べない癖に、自分の考えだけは押し付ける。そんな神など糞くらえだ!」

「言うわねぇ。でもぉ、そろそろおしまい。あなたもオジサマ達と一緒に神様のおられる所へ、召されなさい!」

 

 

ロウリィの動きは洗礼されているが、とても全力をだしている様には見えない。対して俺は最初から全力だ。ただの人間の俺が、ロウリィと互角の戦いをしている事自体が奇跡の様な状況ではあるが、俺とロウリィの地力の差は圧倒的だった。俺は少しずつ押され初め、徐々に防戦一方に追いやられていった。

 

 

ロウリィとの戦闘の最中、脳裏にお頭や仲間達の顔が浮かんだ。本当の所では分かってはいる。盗賊は悪だ。殺し犯し奪う。こんな生活を続けていれば、いつかは報いを受けさせられただろう。単に、それが今日だったに過ぎない。

 

 

例え悪だとしても、お頭は行き倒れていた俺を仲間に加えてくれた。仲間達は不器用な俺に親切にくれたし、仲間の一人として認めてくれた。お頭率いる盗賊団は初めて俺を認めてくれる居場所だったのだ。

 

 

だから俺の怒りが理不尽な物だと理解はしている。理不尽に殺し全てを奪うのだ。いつか、自分達が理不尽に殺される側に回ったとしても、文句は言えないだろう。

 

 

だが…そうだとしても…。

 

 

お頭達は皆、社会で真っ当に生きていく事が出来なかった者達だ。居なくなった所で気にする者などいない。何より、俺がここで死ねばお頭達の死を知る者はロウリィ以外にいなくなる。ロウリィにしたって、自分が殺した盗賊の事など一々覚えている事もあるまい。

 

 

それは俺やお頭達が生きていた事を否定される事の様に感じた。死にたくないという気持ちももちろんある。だが、例え境遇が最悪だったとしても。生きていた事を。生きていた価値を否定されるのだけは、認めたくは無かった。

 

 

俺は神に願った。お頭や仲間達の生き方を否定されたくは無いと。

俺は神に願った。俺の生き方を否定されたくは無いと。

俺は神に願った。俺やお頭達の生き方をロウリィに認めさせたいと。

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