盗賊Aが幸運の女神の寵愛を受けた様です 作:日本犬
もはや何度目になるか分からない攻防を、俺とロウリィは繰り返していた。だが、戦う内に動きが洗礼されていくロウリィに対して、借り物の力で戦っているに過ぎない俺では結果は見えていた。長く続いている均衡が破れる時が近づいているのだろう。ロウリィの勝利と俺の死という形で。
ロウリィが繰り出すハルバートが何度も俺に当たりそうになった。ダガーでハルバートを弾く事は、もうとてもでは無いが可能だとは思えない。動きがドンドン良くなっていくロウリィに対して、俺は攻撃に出る事は出来なくなっていった。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしらぁ。もう終わりなのぉ?」
「うるさい!」
意気込んでみた所で状況が変わる訳では無い。形成はロウリィの優勢に大きく傾き、俺は完全に防戦一方となっている。ロウリィが少し本気を出しただけでこの有様だ。神の使徒であるロウリィに対しては、神から力を貸してもらっている事など、アドバンテージにはならないという事か。
「もうそろそろオシマイみたいねぇ。あなたもオジサマ達の後を追いなさぁい」
「くそっ…」
ロウリィの動きはどんどん良くなっていき、最初の時とは比べ物にならない状態だ。避けるのが精いっぱいとなっていた俺だったが、もはや避ける事すらも難しくなっていた。ロウリィはフェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出し、俺が絶対に避ける事が出来ない攻撃を繰り出してきた。咄嗟にダガーで弾こうとした俺だったが、直撃は避けた物のバランスを大きく崩してしまった。
「これで終わりよぉ!」
「うみみゃぁ!」
今度こそやられると思った瞬間に、また神の声が聞こえた様な気がした。
バランスを崩した俺を両断しようと、ロウリィのハルバートが迫っている中、まるで何者かが乗り移ったかの様な動きで俺は態勢を立て直し、素早くロウリィの懐に踏み込んだ。
「っ!」
俺の反撃を全く予想していなかったのか、振り下ろしかけたハルバートで咄嗟に俺を迎撃しようとしたロウリィだったが、ギリギリの所で間に合わなかった。ロウリィに対して攻撃を命中させる事が出来たが、ダガーの刃が僅かに当たっただけで、とてもダメージを与えられたとはいえない。だが、確かに一撃をロウリィに対して与える事は出来たのだ。
信じがたい事に、俺とロウリィの均衡状態を破ったのは、全ての面で圧倒的に劣っている筈の俺だった。
態勢を崩した俺を見て勝利を確信したロウリィ。ダガーという巨大なハルバートでは捉えにくい獲物。態勢を立て直す事が出来るだけの時間。懐に踏み込むタイミング。どれか一つが欠けていたとしても、俺は今頃真っ二つにされていただろう。俺に力を貸した神というのは奇跡か幸運を司る神なのかもしれない。
思わぬ反撃によって俺から攻撃を受けたロウリィは、大したダメージを負っていないにも関わらず、後ろに下がって素早く俺から距離を取った。すぐに来るであろう追撃を予想して、身構えた俺だったが、予想に反しロウリィは追撃をしてこなかった。
「ビックリしたわねぇ。絶対に決まったと思ったのにぃ、まさか一本取られるとわ思わなかったわぁ」
自らの勝利を確信した筈が、俺から思わぬ反撃を受けたロウリィは驚いた様な表情を見せた。それからすぐに、話し方からは想像も出来ない様な真剣な顔をすると、俺の顔を真っ直ぐ見つめた。
「一つ聞いていいかしらぁ?あなたに力を貸したのがどこの神様なのかは分からないけどぉ、あなたが本当に神様に力を貸して貰ってるのならぁ、わざわざ向かって来なくてもぉ、逃げる事も出来たんじゃないのぉ?死にたくないっていうならぁ、その方が余程合理的な気がするんだけどぉ」
「お頭達を殺したお前が許せなかった…っていうのもある。だけど一番は俺やお頭達の生を、ゴミの様にお頭達を殺してその生き方を否定したお前に認めさせたかった」
それは確かに俺の本音ではあったが、事実では無かった。実際の所は逃げる事が出来るのならば逃げている。それがどう考えても無理だからヤケクソになってロウリィに挑みかかったに過ぎない。だが、今の俺とロウリィの間にある雰囲気を見ると「逃げようとしても、逃げられそうにないからヤケクソになって戦いました」などとはとても言い出せそうも無い。
疑問に対する俺の回答を聞いたロウリィは、その身に纏っていた雰囲気が明らかに変化した。
「一つ訂正するわぁ。あなたの見っとも無い姿を見た時わぁ、人としても男としても、あなたには価値なんてまるで無いと思ってたけどぉ、少なくともあなたは立派な一人の人間よぉ」
戦いを通してロウリィが何を思って、俺に対する評価を変化させたのかは定かではないが、分が悪くともロウリィに向かっていった事は間違いでは無かったらしい。全てをかなぐり捨てた命乞いは、逆効果だった様だ。お頭達を皆殺しにした上で、自分も殺されそうになり、直前まで殺し合いをしていた相手に立派な人間などと言われると、何と反応すれば良いのか困ってしまう。
「神様は人の生き方を愛するのよぉ。さぁ、行きなさい」
ロウリィの口から、俺を見逃してもよいと取れる言葉が出た事に対して、俺は驚いた。俺がどんなに命乞いをしても考えを変えなかったのだ。はたして本気なのだろうか。
「俺を見逃すつもりなんて欠片も無かった癖に…。本気で言っているのか?」
「あなたは私と戦う事を通じて、その生き方を神様に示したのよぉ。繰り返す事になるけどぉ、神様は人の生き方を愛するのぉ。私も神の代理人としてぇ、あなたの生き方を愛するわぁ」
「生き方…か」
今までは生きるのに必死でそんな事をは考えた事も無かった。神エムロイはお頭達の生き方を認めてくれるのだろうか。もしそうだとしたら、ロウリィに立ち向かった事も、無駄では無いと思った。とはいえ、手は差し伸べないのに押し付けがましい神エムロイは、やはり好きにはなれそうも無い。
「さぁ、私の気が変わらないうちにぃ、もう行きなさい」
ロウリィはどうやら本気の様だ。もしかしたら、最後にロウリィに一撃を与えた事が生き方を示した事になったのかもしれない。どの道、このまま戦い続ければ間違い無く俺は死んでいただろう。借り物の力で背伸びをしているに過ぎない俺とロウリィでは、地力も経験も何もかもが、圧倒的にロウリィに劣っている。本気を出しつつあったロウリィを力で退ける事が出来たとは、全く思えなかった。
「すまない…ありがとう」
思わずロウリィに対して礼を言っていた。俺や仲間達の生き方を最後に認めてくれたロウリィに対する礼なのか、俺に力を貸してくれた神様に対する礼なのか。正直な所は、自分でもよく分からなかった。
仲間達と自分の居場所。俺は命以外の全てを今日失ったが、明日に命を繋ぐ事は出来た。
神エムロイの使徒である、ロウリィとの戦いを生き残る事が出来た俺だったが、生き残る事が出来たという事は明日以降も人生が続いていくという事だ。考えなければならない事は沢山あった。
明日以降どうやって生きていけば良いのか。この後、まずはどこを目指し何をしていくべきか。そして何より一番重要なのは、俺を助けてくれた神が一体何という名の神なのかという事である。
俺は神を信仰するという約束を違えるつもりは無い。困った時の神頼みだったといえ、実際に助けられているのだ。戒律などがあれば出来る限り守るし、お供え物などが必要なら、出来る限り毎日備えるつもりだ。神との約束を反故になどしたら、俺は今度こそ死ぬだろう。
とはいえ、それらを考える前にまず、俺にはやるべき事があった。お頭や盗賊団の皆の埋葬である。俺には多くの恩が皆にあったし、自分の気持ちに区切りを付ける意味もある。これは何よりも優先してやらなければならない。
まずは、一度皆で焚火を取っていた場所まで戻り盗賊団で使っていた道具の中から、シャベルを取り出した。それを持ちながら周囲で埋葬に適する場所を探す。埋葬する場所は出来るだけ人目につかない場所が良いだろう。お頭達の眠りを邪魔される様な事は避けたい。
周囲を歩き回っていると、森の中に少しひらけた場所が見つかった。20人近い人間を埋葬する穴を1つ1つ掘る事が出来るかは、かなり微妙な所ではあったが、人が来なさそうなここなら墓を荒らされる様な事も無いだろう。全員分に足りるか微妙な空間に関しても、穴を大きめに掘って一つの穴に複数人を入れる形にすれば、何とかなるだろう。
埋葬に適した場所を見つけると、俺は早速穴を掘り始めた。今は先ほどロウリィに無理やり3人分の穴を掘らされた時とは違い、体の痛みも全く残っていないし、きちんとした道具も持ち合わせている。人が4人から5人は入るだけの大きな穴を5つ程掘る事になるが、先ほどよりは全然負担は軽かった。ロウリィとの戦いの余損がまだ残っていて、疲れを感じにくくなっているのも理由の一つかもしれない。
穴の大きさと数は今回の方が大きいが、素手で掘った先ほどよりも道具を使った今回の方が、早く掘り終える事が出来た。穴を掘り終えた後は、お頭や仲間達を埋葬する為に野ざらしになった亡骸を運んでくる事になる。
仲間達の亡骸を運んでいる途中、何者かの視線を感じた気がした。とはいえ、真夜中にこの様な人気のない場所に人間がいるとは全く思えない。気のせいだったのだろう。夜一人でこの様な場所にいればそんな事を思ってしまう物だ。あるいは動物か何かいたのかもしれない。
昨日まで俺と談笑していた仲間が、無残な姿になっているのを見ると思わず泣きそうになったが、何とか堪えた。今泣いてしまったら一生立ち直れなくなってしまう気がしたからだ。この先生活が安定した頃に、皆を思い出して泣くのは良いだろう。だが、前に進む意味でも今はダメだと思った。
お頭以外の皆の亡骸を無事に埋葬し終わると、俺は最後にお頭の亡骸がある場所に向かった。ロウリィに突然首を切り落とされたお頭だったが、他の仲間達と違い恐怖を感じなかっただろう所が、せめてもの救いだ。
笑みを浮かべたままで固まっているお頭の頭の目を、俺はそっと閉じてやった。少し前までは酒を飲みながら、仲間達と上機嫌で語り合ってたのかと思うと、俺は一層悲しくなったが、やはり涙は流さなかった。
お頭の体と頭を運んで、皆を埋葬した所まで戻ると、俺は最後に人が1人入るだけの穴を掘った。そこにお頭を埋葬した後は、ここに皆が眠っている墓標としてお頭が使っていた長剣を深々と差し込んだ。お頭の長剣は形見として貰おうかとも思ったが、止めておいた。神の力で形は少し変わっているが、俺はもう短剣をお頭から貰っている。これをお頭達の形見としよう。
俺を拾ってくれたお頭や俺を認めてくれた仲間達への想いを込めて手を合わせた。
社会の爪弾き者だったお頭達を思い出す者は、殆どいやしないだろう。皆を殺して俺を見逃した少女ロウリィにしても、自分が殺したただの盗賊の事など覚えている事もあるまい。だから俺だけは絶対に皆を忘れないでいようと誓った。
「君は、一人ぼっちなんかじゃないよ!ないよ!」
皆を埋葬した墓地から離れる時、また神の声が聞こえた気がした。