兵庫県の県立高校の、正式な部としては認められていない謎の団が、こんなにも面白い混沌を極めた人間関係だったなんて。テレビドラマで、どんどん登場人物が増えてきてスケールが大きくなり盛り上がり始めたあの感覚を今まさに味わっている気分だよ。学校生活において【安心院さんを倒す】ってスティーブンソン2-18よりも遥かに大きな目標がある僕としても、皆んながどのような関係性をこれから築いていくのかちょっぴり気になっちゃうのは仕方がないよね。日本全国に存在する全日制の高校が4700校だとして、僕がこの学校に通っている確率はどれくらいなんだろう。……大体50%くらいかな? 考えてみれば。どれだけ学校の数があったとしても、結局は通っているか、いないかの二分の一だからね。もしも来世なんてものがあるとして、恐らく次の人生ではこの高校に通えていないと考えると少しだけ寂しかったりしなくもない。あーあ! 人生が5回くらいあったらなぁ!
いつもの平日。5月下旬の本日の最高気温は23度。未来人に拉致監禁されて疲労困憊な僕だったけど、ズル休みする事なく。いつものようにしっかり学生の本分をまっとうしていた。一日の授業を終えて更に掃除当番までこなしたんだから、我ながら偉過ぎて自分を褒めてあげたいね。黄金の精神を持つ僕じゃなければトラウマになって暫く部屋から出られなくなっちゃうくらいの事件だよ。実は気づかない内に鬱病になっていたら困るし、ここはやはり精神科とかに相談した方が良いだろうか?久しぶりに人吉瞳先生に会う口実を与えてくれた野蛮人……もとい未来人には今度会ったらお礼を言わないと! 僕の初恋でもある心療内科医の瞳先生は風の噂でペイシェントハラスメントによって病院を辞めてしまったそうなので、自宅まで会いに行かないとかな? 全く、病院で診てもらっておきながらハラスメントをするだなんて、傍迷惑な患者もいたものだよ。
掃除当番を終えて部室棟を目指す僕の前方には、どうしてか体操着姿のハルヒちゃんがいた。団長、まだ夏本番とはいえない気温ではあるものの、この暑さでついに脳味噌がやられてしまったのかい? 君は古泉君曰くこの世界の神様らしいから、運動部でも無いのに体育からホームルームをぶっ通しでブルマ姿なのは如何なものだろう。威厳が無い神様として後世で語り継がれるのは少々羞恥を覚えそうなものだけれど。
『やあ団長。君はひょっとしてあれかな。プールの授業がある日に家から水着を着て登校しパンツを忘れちゃった小学生だったりする? さては家から体操服を着て登校してきたものだから、制服を忘れちゃったんじゃないだろうね』
クラスに一人くらいはいたよね。プールの後、濡れたまんまの水着で授業を受けざるを得なくなっていた子がさ。ノーパンの上からズボンを履くかの二択になるのだけれど、どちらを選んでもクラスメイトからの好奇の視線は避けられず。家から水着を履いてきた朝の自分を責めたりしたんじゃないかな。
ハルヒちゃんも進行形で朝の自分を責めていたとすれば、ここは触れないでいてあげるのが優しさだったかもね。僕としたことが、紳士さが少し足りていなかったみたい。
「なによ、キョンだけじゃなくてあんたまで文句を言うつもり? 暑いし、掃除当番だったから体操着のままの方が都合が良いだけだって言ってるじゃない」
言ってるじゃない、と言われても。どうやら帰りのホームルームあたりでキョン君と既に同じようなやり取りをしていて、その続きで僕と話しているようだけれど。無論、僕はその説明は初耳なわけで、ムスッとされても困っちゃうぜ。ハルヒちゃん、もしかして暑さで誰に何を話したかわからなくなっているわけでは無いよね?
「そうそう、禊にも聞いておいてあげる」
何をだい? 今日の球磨川家の献立なら肉じゃがだよ。
「いいわね、肉じゃが。って違うわよ! 暑くてダルいんだから、これ以上ダルいボケはやめなさい」
そう言いながらもキチンとツッコんでくれるあたり、ノリがいいじゃないか。
「みくるちゃんの次の衣装は何が良い? って聞きたかったのよ。猫耳、ナース、女王様なんてのも候補だけど」
『裸エプロンかなーやっぱ』
今の僕のトレンドとしては一択だよ。裸ワイシャツも捨てがたいものの、流行に敏感でないと高校生なんてやっていられないよね。
「随分即答ね!? ダメに決まってるでしょっ」
『おいおい。ダメかどうかを決めるのはみくるちゃんだぜ? 日本国憲法においても服装は個人の自由だし、部室の中なら公然わいせつ罪にもならない。何人たりとも、みくるちゃんの裸エプロンを阻害出来はしないよっ』
「校則違反よ! みくるちゃんだって着るのを嫌がるに決まってるじゃ無いの。団長としても許可しないわ! SOS団での団長の取り決めは憲法より大事なんだからね」
校則か、それは盲点だった。今から校長室へ行って校長を説得し、校則を変えるのはアリかもしれない。直談判しても無理なら、みくるちゃんの裸エプロンをマニフェストに生徒会へ立候補するべきかな? この学校は何月に選挙を行なっているんだろう。本気で学校を変えるのなら、今のうちから演説内容を練っておくのも大切だね。なーに、中学時代はこれでも生徒会長だったんだし、全くの門外漢ってわけじゃあないんだぜ! 投票者である全校生徒には、早速僕に票を入れてくれるようインタラクションしなきゃいけないな。
「なによあんた、生徒会長なんて真面目キャラだったわけ? 意外ね。でも残念! SOS団の団員たるもの、生徒会と二足の草鞋は許されないわよ。そんな中途半端な事をして肝心の不思議を取り逃したらどう責任とるつもり?」
古泉君のバイトは許されるのにかい?
にしてもこの反応。残念ながら、ハルヒちゃんにはあまり裸エプロンは刺さらなかったようだね。僕にしたって良さを理解出来たのは割と最近の話だし、まだまだ時代が追いついてこないみたい。メイド服は校則に違反していないのかとツッコミたい気持ちは当然あるけれど、下手なことを言ってみくるちゃんの部室での格好が制服に戻ってはキョン君にも怒られちゃうだろうし、ここは耐え忍ぶしかなさそうだね。
ただ、みくるちゃんが嫌がるに決まってるかはわからないけれど。その内大人版のみくるちゃんが僕の元に裸エプロンでやってくる可能性はそう低くは無い。なんせハルヒちゃんが暴走するかどうかの鍵はいつの間にか僕が手にしていたようだし。人を拉致監禁するような未来人が言うことをどこまで信じて良いものかは疑問だけど。
「ねぇ、禊って少し変わってるわよね? なんていうか、今まで会ったことがないパターンだわ」
ハルヒちゃんは気付けば僕の横顔を見つめていた。ええと、褒め言葉として受け取っていい感じ?
『そっくりそのまんまお返しするよ。君みたいに、街をひっくり返してまで不思議を探そうとする人間はそういないぜ』
「うるさいわねー。退屈なんだからしょうがないじゃない。街なんかで終わる気は無いわよ。不思議が見つかるまで、世界だってひっくり返してやるんだから!」
『退屈……ねぇ』
面白いもの、この世の不思議を探す。僕が転入してからずっとブレないハルヒちゃんの行動原理。宇宙人、未来人、超能力者に囲まれておきながらその発言は、少し安心院さんに通ずるものがあるのかもしれないね。燃え尽き症候群では無いけれど、ある種この世界に諦めのような感情を抱いているところとかがさ。それと、有希ちゃんの親玉を見つけ出すには、世界どころか宇宙までひっくり返した方がいいみたいだよ。
「もう一つだけいいかしら」
『もう百つでも構わないぜ?』
「……あんた、自分がこの世界でどれだけちっぽけな存在か、考えたことはある?」
『あるよ。いつもさ』
「……そっか」
なんの意図があっての質問かな。ハルヒちゃんにこちらから聞いてみようとしたタイミングで、いつの間にか部室にたどり着いていた。僕らは掃除当番で時間を取られた事もあり、他のメンバーの気配が部室の中からする。特に有希ちゃんなんかは掃除当番をサボっているのではってくらいに毎日誰よりも先に来ているけれど。
もう、みくるちゃんも着替え終えているよね?僕は団長をお通しするべく、ノブを回して。
「キョン君、見せてっ! 見せてくださいよー!」
ドアを開けると。パソコンを操作するキョン君に背後から抱きついて笑顔で胸を押し付けているメイドの姿があった。
「ああっ、朝比奈さん、ちょっと離れて……! なんでもありませんから」
キョン君もニヤニヤしながらみくるちゃんにされるがまま。ちょっと! 不純異性交友がすぎるんじゃないのかい?
「……なにこれ。何してんのよ、あんたら」
隣のハルヒちゃんが周囲の温度を下げるスキルを行使したようで、主に僕の左半身が涼しくなった気がする。最近部室も蒸し暑く感じるからね。団長型クーラーがあるのは僕としては嬉しい限りさ。その結果古泉君のバイトが増えるとしても、エアコンを購入するよりは安くすむんじゃないかな!
正直、二人して仲良くいかがわしい動画を見ていたようにしか思えないけど、僕には。さてはToLOVEるの鑑賞会でもしていたかい? みくるちゃんが気になったお色気シーンをもう一度見るために巻き戻しを要求していたんじゃないだろうか。おっと! 巻き戻しって何かだなんて無粋なことは言わないでくれよ。
ニコニコ笑顔でキョン君に絡みついていたみくるちゃんは、ハルヒちゃんのスキルで涼しくなり過ぎたのか凍りついた顔でキョン君から離れた。
「キョン、メイド萌えだったわけ?」
「何言ってるんだ」
キョン君はやれやれ、ハルヒがまた変な事を言ってるぜ。みたいにすましている。いやぁ、鈍感系主人公だね、やはり君は。これじゃあまるで恋愛漫画そのものじゃないか。
「着替えるから出て行って」
先ほどまで僕と雑談していた口数の多いハルヒちゃんはどこへやら。必要最低限の言葉だけ述べて、男性陣に退室を促す。結局着替えるのかい。
僕はお決まりのパターンだなと廊下に引き返そうとするも。
「好きにしたらいい」
キョン君は堂々と居座ろうとした。えっと……君の性別は女の子だったっけ?
ここだけの話。僕の友達には男子小学生までなら妹扱いするような変わり種……変態と言っても差し支えない人物がいるのだけれど。彼でも流石に男子高校生を女子扱いは無理があるよね。そんなにお着替えシーンに同席したいのなら、せめてウィッグの一つくらい用意してから女の子を自称したらどうかな。
「いいから出て行けーっ!!!」
さながらビリヤードのように。キョン君はハルヒちゃんに弾かれて、僕はそのキョン君に弾かれるように部室から追い出された。
なんか今日のキョン君は強気だね! あのまんま部室に居座ってたら、覗きの噂が流れて君の高校生活は終わっていたんじゃないかい? まだ一年生の5月で覗き魔属性付与は厳しい。これが反抗期ってやつだろうか。……余談だけれど、僕の学生生活の目標の一つに女子浴室や女子露天風呂を仲間と協力して覗くお約束シーンの再現がある。色々な漫画やゲームではお泊まり、銭湯イベントの時に当然のように発生するそれを今の時代にやったら逮捕って本当かい?
「なんでハルヒのやつ、あんなに怒っているんだ? クラスの男子なんてじゃがいも程度にしか思ってないくせに」
『君も暑さで頭がいったんだね。今日の体育でキョン君たちが2時間くらい走らされていたのは、僕のクラスからも見えていたよ。最近じゃあ我らが甲子園でさえ開催時間をズラしたりする暑さだから、真面目な話気をつけてね』
「まあ、岡部は前時代的な体育教師だと言わざるを得んのは確かだが。それよりも球磨川、お前にはハルヒが怒っていた理由が思い当たるのか?」
どうやら眼前の少年は本意気で語っているみたいだな。いや……まさかとは思うけれどこれって惚気かい? 自分がハルヒちゃんにとって、クラスの他の男子とは違って特別視されている自慢を無自覚で僕にしているとか。君はハルヒちゃんにとって、着替えを見せたく無いくらいには男なんだぜって伝えるのは簡単だけれど、それじゃあキョン君が鈍感ハーレムを築いてしまいかねないから、心を鬼にしてでも自分で気づかせてあげないと!
『……さぁ?』
僕は困り顔で応じた。
「そうだよな。流石のハルヒも午後の授業全部体育でイライラしているのかもしれんね」
追い出される時に手にしたまんまだったみくるちゃん特性緑茶を啜るキョン君。
『駄目だこいつ……早くなんとかしないと……』
『え?僕がこの高校に通えている確率は0.02%だって?おいおい。それは渋いソシャゲガチャの大当たり確率の間違いだぜ』