球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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二十一話 選択的加害者

 

『ねえキョン君。ハルヒちゃんが面白いものを望んでいるというのに、団員である僕たちがその願いが叶わないように陰ながら阻止してしまう現状は果たして健全なのかい?』

「いきなりだな」

 

 廊下でハルヒちゃんの着替えを待つ間、僕はSOS団の団員その1に聞いてみた。結構前から考えていたんだ、この質問は。ハルヒちゃんが力を暴走させてしまえばこの世界が消えるんだとしても、今ある現実がそんなに大切? ここにいる仲間との思い出が消えてしまうのが嫌? そんなことでハルヒちゃんの願いや気持ちを封じ込めてしまっていいものだろうか。女の子を無理やり檻に閉じ込めるような行いをどう思うのかな、キョン君は。

 先ほどブルマハルヒちゃんと部室までの道のりで話した中で、彼女は何やら過去に相当な絶望を背負ったのを知った。【……あんた、自分がこの世界でどれだけちっぽけな存在か、考えたことはある?】と聞かれたのだけれど、こんな質問が出来るのは自分の存在がどれだけちっぽけなのかを少なからず一度は自覚した人間だけなんだ。彼女はだからこそこの世界の不思議を探したりして、誰よりも【特別】を欲しているんじゃないかな。

 

「お前にもその話をしたのか」

『ということは、キョン君もされたんだね?』

 

 頷いて、ハルヒちゃんとの会話を思い出すようにキョン君は目を細めた。

 

「……なんでも、小学生時代に野球を見に行った時に、自分が大勢いる観客の中の一人でしかない事にショックを受けたとかだったか? 満員だと5万人は収容出来るから、ハルヒは5万分の1でしかなく、その5万人も日本全体じゃ2千分の1だって事実を知ったと。……自分が通うクラスには日本一面白い奴らが集まっていて特別なんだと思いきや、実際は日本のどこにでも転がっているようなもんだと気づき、現実が色褪せたんだとさ」

 

 ……なるほどね、そういう話か。ハルヒちゃんは子供の頃は自分を特別な存在だと感じていたけれど、実は特別でも何でもなく。ありきたりな人生を送っているだけの凡人でしか無い現実を突きつけられてしまったってわけだね。その時のロリハルヒちゃんの絶望はどれだけ深かったのだろう。高校生になってまで不思議を追い求めている事から、余程心に深い傷を負ってしまったようだな。

 とはいえキョン君。……君には少し失望したぜ。

 

「俺に失望? 何故だ」

『ハルヒちゃんからその話を聞いた上で、君は有希ちゃんや古泉君、みくるちゃんの正体をどうしてハルヒちゃんに教えてあげないんだい?』

「そんなもんは……あれだ。ハルヒが宇宙人や未来人がこの世界に普通に存在しているんだって知れば、現実もそう変化してしまうと古泉は言っていた。物理法則は狂い、宇宙そのものが滅茶苦茶になるともな。それは避けるべきだろう」

『避けるべきって言うのは、君の感想かい? 又は古泉君がそう言ったから君も鵜呑みにしたってことかな』

「……なに?」

 

 ここでキョン君は視線を僕の顔へ向けた。僕の言葉が理解出来なかったような、そんな反応だね。僕も数学の先生に授業中あてられたらそんな顔をしていることだろう。

 

『ハルヒちゃんには願望を実現する能力がある。であれば、有希ちゃんやみくるちゃん、古泉君が止めさえしなければ、世界をもっと面白くすることは可能なわけだよね? 団員のみんながこんな世界を維持したいって勝手な理由で阻止しているようだけれど、それってあまりにもハルヒちゃんが可哀想だと思わない?』

 

 本来なら広い世界へ羽ばたける鳥を、籠の中に閉じ込めているようなものだよね。

 

「何を言い出すかと思えば。俺もお前も、ハルヒが世界をどうにかしたら存在ごと消えるかもしれないんだぞ。いいや、俺たちだけじゃない。この世界で暮らす何の罪もない人々が、ハルヒの身勝手な願いの犠牲になっても良いっていうのか?」

『犠牲に、ねぇ。果たして本当にそうかい? みんながこの世界を望んでいるって、君は世界中の人にアンケートでも取ったのかな。僕としては結構な割合で世界が今よりも良くなる可能性があるなら作り替えた方が良いって回答もあるって踏んでいるよ』

「……馬鹿な。それこそ、アンケートでもとんなきゃ何とでも言えるだろう。誰であれ、自らの意思で世界の終わりを望むはずが無い」

 

 キョン君はやや声のボリュームを上げた。どうしたの? 大きい声を出さないといけない程度には不安になっちゃったかな。……自分が正しいのかどうか。

 

 これは余談。声の大きさだけで正誤が決まるのなら、後に僕が会う喜界島もがなちゃんに殆どの人が逆らえなくなっちゃうよ。

 

 閑話休題。

 

 家に帰れば家族がいて。毎日当然のようにご飯が食べられて、当たり前に学校に通えて。クラスメイトには神の如き力を持った美少女がいて、面倒ごとに巻き込まれつつも非日常な面白い体験が出来ているキョン君からしたら、今の生活は壊したく無いのかもしれないな。

 

 この世界を守る。キョン君は団員達から話を聞く中で当然のようにハルヒちゃんの暴走を防ぐ側へまわったようだけれど、君って実は正義のヒーローだったのかい? 子供の頃、正義の味方になるって月にでも誓ったんだろうか。そうでないなら、今を生きる人類を守るって大義名分に気持ちよくなっちゃっただけじゃないかな。高校生男子なら無理もないよね。そもそもの話、ハルヒちゃんが悪いみたいな論調なのが僕としては疑問だぜ。もしかすると、彼女が造る新しい世界には真の意味での人類皆平等が訪れるかもしれないのに。

 

 戦争も無い。環境問題も無い。経済格差も無い。男女間差別も無い。世代間差別も無い。人種差別も無い。言語差別も無い。宗教差別も無い。

 

 勝者もいなければ、当然敗者もいない。

 

異常(アブノーマル)】も【過負荷(マイナス)】も存在しない。

 

 この世の、人と人とがわかりあう為の邪魔をするありとあらゆる思想が取り除かれた楽園が、ハルヒちゃんによって実現するとしたら? みんな、何も考えず、お腹いっぱい食べて、お昼寝をする。誰しもが幸せになれる理想郷へ至る道を邪魔をしている君たちこそが、人類にとっての敵かもしれないぜ。

 

「いや、しかし……家族や友人も……消えてほしくはないよな」

 

 目眩がするみたいで、キョン君が右手で顔を覆う。僕の声を聞いて頭痛を引き起こしたみたいじゃないか! それだと。

 

『3億人』

 

 でも僕は。君に、君がどれだけ流されるがままなのかくらいは教えてあげなきゃいけないな。もうちょっとだけ目眩には耐えてくれよ。話し終えたらスキルで治してあげるからさっ! 

 

「……は? 3億人って、なんだ」

『日本の人口の倍以上だよね、凄い人数だ』

「だから、何が?」

『これはね。世界中で、明日のご飯も食べられるか分からない人の数だよ。キョン君とは一生、直接関わりが無い人達だから知らないのも仕方ない。産まれた時点で敗者のような暮らしをする人達なんて、君の目に留まらないのも無理はないさ。因みにこれは命の危機に瀕している人の数で、食料を充分に得られない不安を抱えた人も含めればいっきに23億人にまで増えるみたいだな』

 

 もはや地球上で11人に1人が飢餓みたい。人類にとっての大きな問題の一つ。

 

「23億人が……?」

『さてとキョン君!』

 

 ここでクエスチョン! 僕は手をパンっ! と鳴らしてぼんやりとするキョン君の注意を引いた。

 

『もしもハルヒちゃんが世界を造り変えた結果この人達が救われるとしても、君はまだこんな問題だらけの世界を守るつもりかい? もしくは、ハルヒちゃんに頼んで世界から飢餓を無くしてもらうって選択肢さえあるのだけれど。それでも君は自分の身の回りの事だけを考えてハルヒちゃんを檻に閉じ込めたままにするつもりかな。神の如き力なら、世界を面白くするついでに食料問題もちょちょいのちょいさ』

 

 君が頼まないのなら、僕が頼んでみるとするよ。

 

「……何故俺が、外国の人たちにまで責任を負わなきゃならんのだ」

 

 キョン君の声がさっきよりも小さくなった。自分の発言を反芻して、間違っていないか確認しているみたいに。

 

『君が、君の意思でハルヒちゃんを止めるのなら責任の一端くらいはあるんじゃない? 古泉君からハルヒちゃんの力を聞いた時に、一瞬でも世界で困る人にフォーカスしたのかな? いや、もうそれはいいや。済んだことだからねっ! 日本にも結構な数の弱者(マイナス)はいるけれど、そんな人たちを気にもしなかったのも責めはしない。大事なのはこれからだよ。君は今や、世界には産まれながらの弱者がいると知った。その上でハルヒちゃんによる新世界の創造を止めると言うのなら。君は立派な【選択的加害者】だ!』

「選択的……加害者……?」

『少しは、自分が如何に頭からっぽなヒーロー気取りだったか理解出来たかい? でも、安心してくれよ。僕は、安易にハルヒちゃんを止めて世界を守りたくなっちゃった君の心の弱さを否定しないからさ! むしろ、包み込んであげるよ』

 

 僕は弱いものの味方だからねっ。

 キョン君はすっかり考え込んで、何も言わなくなっちゃったや。そんなに考える事かい? どんだけハルヒちゃんを犠牲にしてまでこの世界を維持したいのさ、君は。

 古泉君ってば、純情な男子高校生であるキョン君をここまでマインドコントロールするだなんて。全く、思想が強いんだから。

 僕は喋りすぎて喉が乾いちゃったから、キョン君の余った緑茶を一口だけ頂いて。

 

 ガチャ。と、部室のドアが開いてみくるちゃんが顔だけ見せる。

 

「あの……、涼宮さんの着替えが終わりましたよ」

 

 やっとかい。キョン君! オセロでもやる? 

 

「あ? ……あぁ」

 

 あれ、元気が無いね。どうしたんだろう。待ち時間が長かったから睡魔にでも襲われた? まったくキョン君は。連日夜遅くまで疲れるような事をしているんじゃないかしら。いやらしーっ! 

 僕たちが部室に入ると、バニーガール姿になったハルヒちゃんの姿が。へえー、ここってラスベガスのカジノだったのかい? 

 

「……ねえ。あんた達、今廊下で話してたのってどう言う意味?」

 

 黒いうさぎハルヒちゃんは、ただひたすら真っ直ぐな眼差しで僕を射抜いていた。ハルヒちゃんともあろう人が盗み聞きっ!? もうっ。まさに壁に耳ありだよ。

 有希ちゃんまで僕を見つめて、何か言いたそうだね? そういえば君には、今日の僕の晩ご飯が肉じゃがだって報告をまだしていなかったっけ。

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