球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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二十二話 手品

 

 

 1940年代前半、第二次世界大戦の頃。アメリカの麻酔科医、ヘンリー・ビーチャーが発見した面白いデータがある。彼はイタリア戦線の野戦病院にいたのだけれど、毎日運ばれてくる重症者を治療する内に鎮痛剤のモルヒネが底をついてね。ある日、銃弾をお腹にうけた若い兵士がストレッチャーで運ばれてくると、もう痛みを止める方法は無いのに「大丈夫! 今モルヒネを打ってあげるからね」と声をかけたそうだよ。頼みのモルヒネはとうに在庫が尽きているというのにさ。僕のようにスキルを使えるわけでも無かったから、看護師さんが戸惑いの視線を送る中、彼は単なる生理食塩水で注射器を満たし、兵士の体内へ入れたんだって。

 すると。兵士の荒かった呼吸も、苦痛に歪んだ顔も徐々に和らいでいったみたい。まさに苦し紛れとしか思えない行いだけれど、この偽の鎮痛剤は驚くほど兵士達に効果があったらしい。

 

 後の1955年にヘンリー・ビーチャーが発表した論文が、今日ではあまりに有名な【プラシーボ効果】が身体に与える影響の大きさを世界に広めたんだ。

 人間っていう奴は思い込みの力によって自身の痛みをも治す力があるみたい。まあもっとも、病気や怪我自体は改善しているわけではなく、あくまでも主観による痛みが和らぐだけって話なのだけれど。

 脳が分泌するエンドルフィンやらが痛みを和らげるって裏付けされたのは、ビーチャーが野戦病院にいた時から30年ほど経った1978年。イタリアの研究者、レオネ・レヴィーニによってようやくエンドルフィン放出が発見される。それまでは、割と人体の不思議扱いだったとか。ハルヒちゃんも1955年に生きていれば不思議を味わえたのに、勿体無いよね。なんで敢えて科学が発展してきたこの時代に産まれて不思議を探す縛りプレイをしているんだろう? いっそ未来人に言ってハルヒちゃんを過去に連れてって貰うのはどうかと考えたものの、そういえば彼女らは3年より前に行けなくなってるんだったね。それもハルヒちゃんが原因なんだから徹底しているよ。縛りによって術式の効果を高めてるわけじゃないんだしさぁ。

 

 だから、小さい子が転んだりした際の「痛いの痛いの飛んでいけ」にだってちゃんと意味があるんだぜ。

 

 我らがハルヒちゃんの力は、実はこれの超すごいバージョンだったりするのかも。思い込めば世界すら変えてしまうだなんて。プラシーボをラテン語で偽薬とするのなら、ハルヒちゃんの力は願望という意味で【デジデリア効果】とでも名付けるべきかな。プラシーボ効果が自身に働きかけるとすれば、デジデリア効果は宇宙に働きかけるわけだね。

 ん? ということは、今現在は不思議としか表現出来ないハルヒちゃんの力も、後30年くらいすれば第二のレオネ・レヴィーニによって解明されているのかな。みくるちゃんが30年よりも後の世界からやって来ているのなら、そこもわかってたりする? 

 

『ていうわけで、ハルヒちゃん。君にはデジデリア効果が備わってるようだよ?』

「どういうわけよ! デジデリア効果なんて聞いたこともないわっ」

 

 はぁ……。僕はわざとらしくため息をつく。球磨川禊の溜息だよ。ハルヒちゃんさぁ、僕のモノローグを読んでくれていなかったわけ? 

 

『つまりだ、君には願望を実現する能力がある。不思議を望むのなら、好きなだけ望むと良い。気づけばハルヒちゃんの脳内から飛び出したエンドルフィンが宇宙を覆い尽くして、明日には不思議がその辺を服着て歩いてるようだぜ?』

「あ、そう。ちょっと廊下で面白そうな話してるかもなんて期待して聞いたあたしがバカだったわ。いい? 禊。『おもしろいマンガ』というものはどうすれば描けるか知っているかしら」

『はい?』

 

 ……僕は漫画の原作者になりたくて設定を練っていたわけじゃあ無いのだけれど。僕とキョン君が廊下でストーリーを練っていたと勘違いしたのかい? ハルヒちゃんは得意げに、括弧のついた『おもしろいマンガ』の描き方をご高説してくれた。

 

「リアリティよ、リアリティ! ただ想像や空想だけで描くんじゃなくて、自分の見たことや体験したことを描いてこそ面白くなるってわけっ」

 

 涼宮露伴先生による漫画講座は、僕が100回は読んだシーンそのまんま。ハルヒちゃんもやっぱり4部は好きかい? 察するに、今の僕の話はあまりにもリアリティが無かったってこと? 

 

「おや、今日の活動はマンガ制作でしたか。なるほど、涼宮さんがバニーガールに身を扮しているのも、斬新なアイディアを閃くための一環でしょうか。文芸部らしさもある良き活動かと」

 

 ここで遅れて来た古泉君が部室に到着する。

 

『古泉君からも言ってあげてよ! ハルヒちゃんが願望を実現する能力を持っていて、変な世界を生み出しては化け物を召喚して暴れさせているってさ』

 

 ウィンザー効果を狙い、僕は古泉君にも援護射撃を要請した。実際にハルヒちゃんにスキルを与えられた君の言葉なら、僕よりも説得力があるよね。古泉君は僅かに笑顔を引き攣らせたように見えたけど、瞬きのうちに元に戻して

 

「なるほど、涼宮さんには【願望を実現する能力】があると。球磨川さんの仰る設定は確かに斬新ですが、涼宮さんが指摘するようにリアリティはありませんね」

『リアリティどころか、リアルでしかなくない!?』

 

 味方に背後から撃たれるとは。じゃあ、あの閉鎖空間ツアーはなんだったんだい? いつの日か、背中の傷は恥だって言ってみたかった僕の背中は、古泉君の裏切りで銃創だらけになってしまったよ。

 

「んっふ、考えてもみて下さい。もしも涼宮さんにそのような力があるとすれば、我々SOS団の悲願でもある不思議がとっくに見つかっていなければなりません。週末の休みに市内を探索している時点で、涼宮さんにはそのような力が無いという証明になるのではありませんか? 僕達みたいに涼宮さんと交友がある人間からすれば。……本人にしてみれば、尚更リアリティが無いと思われても仕方が無いかと。その能力を持つのは、オリジナルのキャラクターに変更した方が良いでしょう」

 

「そうよね! 流石は古泉君、敏腕編集の地位をあげてもいいぐらいよっ。……願望を実現するですって? 不思議っていうのはね、ちょっと望んだくらいで実現するような甘いもんじゃ無いんだから!」

 

 ハルヒちゃんは僕の話に興味がなくなったらしく、長い耳と、白くて丸い尻尾を揺らしながら団長椅子に帰っていく。……古泉君的には、ハルヒちゃんに力を自覚して欲しくないのかな? 廊下でキョン君もそんなふうな話をしていたっけ。今の世界を守るためだなんだってつまらない理由つきで。

 閉鎖空間ツアーで古泉君が僕に味方して欲しいと頼んできたのは、アレはつまり、キョン君同様。僕にも結託してハルヒちゃんを騙してくれって意味だったんだ。当の古泉君は、どうにかハルヒちゃんに力バレさせずに済んで1割マシにスマイルを浮かべていた。君は千三つってやつ? 嘘をついてまでハルヒちゃんを虐めるのは人として最低だぞ! 

 

 有希ちゃんはさっきまで部室の隅から食い入るようにこちらを見つめていたのだけれど、もう既に読書へ戻った様子。なんだいなんだい、みんなして。ハルヒちゃんのみならず、僕まで虐めるつもり? 「お前がハルヒを虐めないなら、お前も虐めるから」とは、ステレオタイプないじめっ子そのものだぜ。

 

『つまりは……リアリティがあれば良いんだろう? 岸辺ハルヒちゃん』

 

 僕はゆっくりとした歩調で、部室中央のテーブルに近づく。ハルヒちゃんの能力云々の前に、まずは僕のスキルをご覧にいれようか。宇宙人、未来人、超能力者と比べられちゃうとチープで陳腐でチンケな能力とはいえ、団長の気を引くくらいの役割はあるはずさ。

 読書を再開していた有希ちゃんが再度こっちに注目する。僕のスキルの名付け親としては気になるかい? ……このメンバーで見たことがあるのって有希ちゃんだけだったかな、そういえば。みくるちゃんは未来verだったし。でも君は僕を制止するべきか、静観するべきか判断がつかないよね。手品程度の価値しか無いこのスキルに、情報統合思念体がそれ以上の価値を見出してしまっているそうだし。僕がスキルを使わないよう殺すなり組み伏せるなりしてヘソを曲げられるのは、ちょっと困るんじゃないかな。

 仮に有希ちゃんが僕を制圧したとして。常人離れした動きをハルヒちゃんが目の当たりにすれば、それはそれで宇宙人の存在を仄めかせるし、僕の目的はスキルを使わずとも達成だ。

 

「そうよ。で、禊には何か策があるわけ? いっとくけど、あたしは並大抵の手品じゃ驚かないわよ!」

『うーん、そうだね。大した力じゃないから今まで黙っていたけれど、僕にも超能力……と辛うじて呼べるようなものがあるんだ』

 

 SOS団の超能力枠である古泉君が目を見開く。  

 

「球磨川さん……貴方は……」

 

 あ、大丈夫だよ! そんなに焦らなくても、君のポジションは不動だから。僕如きの力じゃあ超能力者を名乗るのは恐れ多いしっ。キョン君も、みくるちゃんも、団長以外の皆んなは僕に不思議な力が宿っていると既に信じている顔だ。まだ自称なのに! 第二の謎の転校生って点でも、僕は古泉君の劣化版みたいなものだぜ。そう構えないでくれよ。

 

「超能力〜? 具体的にはどんな? マンガみたいな、なんとか玉ー! 的なやつ?」

『あはは。そうであったらどんなによかった事か』

「ふんっ。勿体ぶらず、使ってみれば? ……ここまで来て冗談でしたぁー! なんて言わせないわよっ」

 

 腕組みして、お手なみ拝見といったハルヒちゃん。いくら僕でも、冗談なんかで親友であるキョン君を消すなんて、それこそ冗談じゃない! 

 僕はなぜか部室に入ってからずっと意気消沈していたキョン君の肩に触れて、スキルを使用する。

 

「……なにす」

『【大嘘憑き(オールフィクション)】。キョン君をなかったことにした』

 

 部室から。世界から。キョン君は消えた。

 ……消えるというか、そもそもいなかったんだよね。僕のスキルはそういうものさ! 

 

「「「「………………」」」」

『ん? 皆んな、凍りついちゃってどうしたの?』

 

 そこまで驚く事かい? キョン君がなかったことにされたくらいで衝撃を受けすぎだよ。君たちがそれぞれ神、宇宙人、未来人、超能力者って聞かされた僕の身にもなってくれ。こっちだって口から心臓が飛び出そうだったんだからさっ。にしても、僕が入団する時にピースした以来のシラケ具合だね。

 

「え、キョンは……? ちょっと。どういうことよ」

 

 ハルヒちゃんが立ち上がり、キョン君がいたあたりまで。つまり、僕が手を伸ばしていたあたりにやって来た。虚空に手を彷徨わせて、キョン君がいなくなったのを念入りにチェックしている様子。僕のスキルを疑ってる? そこまで確認しなくても、彼なら完璧にいなくなったから、安心してよ。

 

「わかったわ。キョンも協力して、いなくなったフリしたんでしょっ!? そうよねっ。あービックリしたわ! リアリティあったわー。……だから、もう出て来ていいわよ」

『……それじゃあ本当の手品になっちゃうじゃんか! 僕の能力で、この世界からキョン君を消したんだってば。団長なら、団員の言うことを信用してくれよ』

 

 僕がキョン君をなかったことにして、場の全員が身構えた。え? なんで誰もがこの世の終わりみたいな顔をしているんだろう。キョン君って、唯一この団にいてもいなくても良い存在のはずだよね? なんの力も持っていない、単なる一般人なんだもん。

 

 ところが。古泉君は顔面蒼白で、笑顔はお母さんのお腹に置いて来たと言わんばかりの悲愴さでハルヒちゃんをただ見つめている。おーい、超能力仲間として、感想くらい言ってくれてもバチは当たらないんじゃない? 

 みくるちゃんは何故か泣きそうな顔をしていた。ちょっとちょっと。僕は鶴屋さんにみくるちゃんの事を頼まれているんだし、この程度で泣かないで欲しいな。僕がみくるちゃんに意地悪したって誤解されちゃうよ。

 有希ちゃんは……まあいつも通りかな? 君はスキルを見るのも2回目だし、あまり新鮮さは感じないよね。

 

「これが、あんたの超能力……ね。キョンを消せたって事は当然、元にも戻せるのよね?」

 

 ハルヒちゃんが俯いたまま聞いてくる。

 

『それが無理なんだ。無かったことにしちゃったもんだからさぁ、元々無いものはどうにもならないよ』

「……ふ」

 

 ふ? 

 

「ふざけんなぁーっ!!!!!」

『わっ、うるさっ』

「あたしの、SOS団の!! 団員その1を……! 団長のあたしに断りも無く消してんじゃないわよっ!!」

 

 ハルヒちゃんがバニーの耳を握り、床に投げつけた。

 あ。団員の生殺与奪は、確かに団長が権限持ってるよね。先に伺いを立てるべきだったなぁ。報連相をしっかり行わなかった団員である僕に、凄く怒っちゃってるみたい。

 

「今すぐ元に戻しなさいっ!!! 団長命令よっ!!」

『だから、無理なんだって!』

 

 胸ぐらを掴まれて揺すられる。JKに胸ぐらを掴まれて苦しむのって、とても情けない姿だ。安心院さんからすれば、これも喜ぶべき事態なのだろうか。

 

 僕がハルヒちゃんに叱られてるのを尻目に、他の団員達がそれぞれ目をパチパチさせたり、腕時計を気にしたり、携帯のメールを見たり。まるで他人事みたいな反応をしているのがとっても悲しいよ。誰も僕を庇ってはくれないんだね。次からは気をつけるからさ、そろそろ許してよ。反省してるって。

 

「この……時空震は……!?」

 

 腕時計を見つめたまま、みくるちゃんが呟く。怒られる僕なんて本格的にアウトオブ眼中ってわけ? 

 

 小泉君は椅子から立ち上がり、窓際まで駆け出す。

 

「……万事休す、ですか」

 

 空なんか見上げてどうしたんだい。これからバイトだから空模様でも気になるとか? 

 

 有希ちゃんは分厚い本をバタンと閉じて。

 

「……天蓋領域による検知を確認」

 

 小さく、風にかき消えそうな声を発した。店外領域ってなんだい? 

 

「おいハルヒ、球磨川をそんなに怒らないでやってくれ。俺もちょっと悪ノリが過ぎたさ」

 

 しれっと部室にキョン君が入ってきて、僕はハルヒちゃんの胸ぐら掴みから解放された。

 

「キョン……!? んもぅ、やっぱりね。2人してこんな手の込んだことしてっ。次やったら罰金よ、罰金!」

「悪かった。週末の不思議探索ではまた喫茶店くらい出すから、機嫌を直してくれ」

「あたしもちょっと動揺しすぎたわね。禊! 制服伸びちゃったりしてないわよね?」

 

 あんなに怒り狂っていたハルヒちゃんは、すっかり落ち着きを取り戻している。

 

 キョン君……だって? 

 

 僕は記憶を遡り、キョン君と協力して部室脱出手品を披露した可能性を考える。いいや、そんなことはしていない。……となると。

 僕のスキルによって消されたはずのキョン君が、何食わぬ顔で復活したことになる。同じく僕が消した朝倉さんは、有希ちゃんでも元に戻せなかった。スキルを使った僕自身にさえ、元に戻すなんてことは出来ない。何よりも、あの安心院さんでさえ封印に甘んじたっていうのに。

 

『……面白い』

 

 これが涼宮ハルヒの能力。

 

 安心院さんの言う裏ボスとは、これほどのものかい。ハルヒちゃんの願望は、僕の嘘をも本当に、僕の本当をも嘘にしてしまえるらしい。

 

「面白くないわよ! 心臓に悪いだけだわっ」

 

 今、せっかく僕が括弧つけて格好つけたのだから、余計な事言わないでくれよハルヒちゃん! 

 













『店外領域って、さては如何わしいワードじゃないだろうね?』
「-----貴方の----心は----とても----醜い」
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