アリアのアトリエ~ザールブルグの小さな錬金工房~   作:テン!

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 基本的に一話完結型の日常を積み重ねていくお話になります。
 原作沿いですが、「原作の横でこういう人達がいたかもしれない」をコンセプトに書いてますので、原作キャラが登場することはそこまで多くはありません。お気をつけください。

 


プロローグ

 

 

 

 シグザール王国の首都ザールブルグ。大きなその街の片隅に、ちいさなアトリエがありました。

 赤い屋根をしたそのちいさなアトリエには、一人の錬金術士見習いが住んでいました。

 

 三つ編みにした長い黒髪に藍色の目をした彼女の名前はレイアリア・テークリッヒ。

 親しい人は彼女のことをアリアと呼びます。

 彼女は今年、晴れて錬金術アカデミーに入学し、このちいさなアトリエで暮らしながら錬金術の勉強をしていくことになりました。

 

 見習いとはいえ錬金術士のお仕事は大変です。

 今日は調合、明日は採取。家事も自分でしなくてはいけませんし、夜寝る前にはアカデミーで学んだことを予習・復習と休む暇もありません。

 

 まだまだ入学したばかりの彼女では、どんな怪我でも治すことのできる伝説のエリキシル剤やどんな魔物も一撃で倒すことのできるメガフラムなんてとうてい作れません。

 彼女が作ることができるのは、本当にいくらかの基本中の基本の調合物だけ。

 だからお金を稼ぐのも難しくて、家計はいつも火の車!

 

 でも彼女の藍色の瞳が、その程度の困難で曇ることはありませんでした。

 ただ前を向いて、少しずつ少しずつ努力を重ねて自分のできることを、作ることができるものを増やして行きました。

 …………あくまで、彼女なりに。

 

 そのアトリエにはちいさな看板がありました。

 看板にはこう、書かれています。

 

 

 

 

 

 アリアのアトリエ~ザールブルグのちいさな錬金工房~

 

 

 

 

 

 パンッ

 

 と大きな音を立ててシーツを伸ばす。物干し竿にシーツをかけると、汚れのついていない真っ白なシーツが雲ひとつない青空に映える。

 洗濯物を洗うのは重労働だが、天気の良い時に干すのは清々しく、アリアの好きな家事の一つだ。

 

 ただ、これだけに時間をかけていてはいけない。

 

 手早くひと通りの家事を終わらせると、アリアはアトリエの壁にかけたボードを見て本日の予定を確認する。

 先日、『飛翔亭』の依頼を終わらせたばかりなので、今日は特にするべきことは何もない。

 

 つまり、今日は好きに調合しても良いということだな。すばらしい。

 

 思わず拍手喝采したくなるほど、内心ははちきれんばかりの喜びで満ち溢れているが、アリアの表情は固く変わらない。

 どうにもこうにも昔から表情が動きにくく、他人からは無表情で無感動な人間と思われがちだ。

 

 たいそう失礼なことだ。無表情はその確かにその通りだが、無感動ではないぞ、とアリアは思う。

 

 今とてアリアの内心では喜悦の情がたいそうめまぐるしく沸き上がってきているのだ、決して無感動な人間ではない。そうアリアは固く信じていた。

 

 無表情のまま、アリアは先日までの忙しさを思い出す。

 今回は何件かの依頼が重なったので、自分の思い通りに調合を行うことができない日々が続いてた。

 これを機会にちょっとハメを外そうかと、アリアは机の上にある帳簿を手にとり、今アトリエに在庫のある素材の数を確認する。

 

 現時点で素材に不足はなく、これなら問題なく調合ができそうだ。

 

 何を調合しようか、アリアが悩んでいた時だった。

 

 コンコン、と控えめに扉を叩く音がした。

 

(ふむ、この叩き方は……)

 

 思い浮かんだのはただ一人。

 

「あの、すみません。アリアさんはいらっしゃいますか?」

「はい、今いますよ。どうぞ入ってきてください」

 

 失礼します、と少し小さな声と共に扉を開けたのは、豊かな金色の髪をもつ少女であった。

 空の色を写しとったかのような青の瞳が不安で揺れているが、それすらも他人の庇護欲をかきたてる。美しく可憐な少女であった。

 

「すみません、今おじゃまでしたか?」

「いえ、ちょうど今日は何をしようか迷っていたところでしたので……。ユリアーネさんは、今日も依頼ですか?」

「ええ、ちょっと青の中和剤を分けていただきたくて……」

 

 そう言うと、金髪の少女――ユリアーネははにかんだように微笑んだ。

 汚れ一つない白を基調とした錬金服も相まって、教会のステンドグラスにある天使のようだ。

 

(「可憐」という言葉がこれほどぴったりな人もいないだろうな……)と他愛もないことを考えながら、アリアは帳簿のページをめくった。

 

「…………青の中和剤なら余裕があります。いくつご入用ですか?」

「今回は少し多めで、六つほど頂きたいのですが……」

「……、わかりました。それなら大丈夫です」

 

 備蓄はなくなるが、それはまあ仕方がない。また調合すればいいだけのことだ。

 

 調合品置き場から青色の液体――中和剤(青)を持ってくれば、礼の言葉とともに頭を下げられた。

 

「いつものことながら、品質・効力共に良い品ですわ。これはお礼です」

「ありがとうございます。まあ中和剤は授業で一番に習うものですし、これくらいは……」

 

 中和剤の代金を受け取りながら、アリアは答えた。

 

 中和剤は錬金術において基本の調合品だ。これくらい朝飯前にできなくては、次の段階に進むことも難しい。

 だからこそアリアはこの中和剤の調合を何度も練習し、ようやく納得のいくものを作り上げることができるようになった。

 けれども何かが足りないのか、品質・効力を上げる余地はまだ残っている。それがアリアには不満であった。

 

「けど中和剤の品質や効力を、ここまで高めている人はなかなかいませんよ」

 

 褒められるのは嬉しいが、少し照れくさい。アリアはごまかすように、曖昧な笑みを浮かべた。

 

 

 その後、ユリアーネは他愛のない話を二つ三つしてから帰っていった。

 

 外を見てみれば日はまだまだ高く、落ちきるまで時間はたっぷりあるだろう。

(今日は青の中和剤と何を作ろうか)、他愛のないことを考えながらもアリアの手足は動き、素材置場から透明度の高い水――ヘーベル湖の水を引っ張りだす。

 

 さて、今日も頑張ろうか。

 

 かちゃり、とアリアの手の内にあるガラス器具が触れ合い、音を立てる。

 

 窓からは明るい太陽の日差しが差し込んでいる

 

 どこまでも高い秋晴れの空が、絶好の調合日和を告げていた。


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