ひらりひらりと、落ちる花弁
薄桃色の雨の中、貴方は手を翳す
ゆったりと、ゆったりと
それはまるで夢のよう
それは、誰かの記憶
それは、誰かの夢
儚げな面影が目前で揺れる。
幽雅な着物振りかざし、結わえた髪が踊る。
桜の香りが漂う木の元で、貴方は立ち尽くす。
立ち尽くす貴方に、すっ、と手が差し出された。
白く、薄い、幽霊のような手が貴方を誘う。
此処には昼も夜も無い。
認識出来るのは、薄桃色の雨。
───ねぇ
貴方の目の前の女性は問い掛ける。
貴方は桜の枝から視点を移す。
目に入ってくるのは、桜のような桃色の髪、病的なまでの白き肌、口紅が塗られた口。
女性が言葉を紡ぐ。
───貴方は幸せだったかしら?
そんな言葉が貴方を通り抜ける。
残響の様に言葉が反芻される。
貴方の記憶、己の記憶
クイ、と貴方は引き戻された。
貴方の目にかつての記憶が写り込む。
車窓の眺めのように記憶が流れていく。
辛かった事、楽しかった事、涙した事
そして………別れ
どんどんと、どんどんと戻っていく。
ゆったりと、波が引いていくように。
幼き頃、母親に手を引かれていたように。
辛いこと、悲しいこと
それらをまだ知らぬ赤子の頃へと
回帰する。
立ち戻る。
胎児の頃へと──
こぽこぽ、こぽこぽ
優しい水音が、優しい暗闇が
貴方の周囲を包み込む。
暖かく、温かい
微睡むような、日差しの中のような
体温よりも少し暖かい、膜の様な物が貴方を包む。
ゆらゆら、ゆらゆら
海に身体を投げ出した時の様に、心地よい感覚が貴方の身体を支配する。
貴方は目を閉じた。
揺蕩う感覚が貴方の意識を迷わせる。
ゆらゆら、ゆらゆらと、
己の存在が溶ける。そんな感覚。
どんどんと、どんどんと溶けていく。
一つの生命から、生命のスープへと──
───そう。
その言葉で貴方は引き戻される。
暖かい膜から引き戻され、身震いするような冷気が貴方を包む。
───そんな人生だったのね。お疲れ様
目の前の女性は薄く微笑む。
その微笑みが何処までも何処までも、美しくて。
手を伸ばす。
否、
しかし、伸ばす手は何処にも無い。
それを支える身体すらもいつの間にか消えていた。
───気づいたかしら?
浮わつく意識に響く声。
目の前の女性は扇子を開く。
ふわりふわりと、桜の花弁が地面へと落ちた。
───貴方は、もう
淡々と、その言葉を告げられる。
その言葉は、貴方の胸にストンと落ちた。
病気、或いは事故か。
欠損している貴方の記憶からは何も出てこない。
ひょっとしたら自殺かもしれない。
何も思い出せない。──何も無い。
けれど、幸せだった頃は思い出せた。
幼かった頃、祝福された事、そして恋人。
不意に、一筋の涙が頬を伝う。
その流れる涙は、胸の内にある記憶のように暖かく、胸の内で仄かな輝きを放つ。
仄かな明かりは、冷えた世界の中の篝火となった。
───さて、もう迷わないわね?
目の前の女性は一点を指差した。
指先には黒々とした木の洞穴。
ふわふわと誘われる様に、吸い込まれていく。
貴方は、暖かい篝火を抱えたまま、暗い、暗いウロの底へと落ちていった。
「幽々子様! お勤め御苦労様です」
「大した事では無いわ、迷っている魂を導くのは私の仕事だもの」
「そろそろ休憩に致しませんか?」
「えぇ、そうね。妖夢、お腹が空いたわ」
「はいはい、腕によりをかけて作りましょう」
「それは、楽しみね」