目の前を青みの深い、日本に決して生息してはいない品種の猪が駆けていく。
そのよだれを撒き散らし、興奮した表情で牙を突き立てようとする体躯の上、空中に赤色のクリスタルが煌き、この動物も世界も現実でないと証明していた。 ここは<浮遊城アインクラッド>その第一層の<はじまりの街>北部の丘で、自分は <はじまりの街>で購入できる<アイアン・ランス>を振るっていた。
猪型モンスター<フレンジー・ボア>多くのMMORPGにおける雑魚キャラの一匹だが、囲まれれば見た目通りの毛皮の分厚さからか、なかなかに打たれ強くあまり油断のできる相手ではない。
ゲームのアバター……ここでは自分は<ショーグン>の視点で、自らが動いて敵を倒さなければいけない以上、いかに周りを見て囲まれないずに行動できるかが重要となる。
だが、自分はそのセオリーからあえて外れて武器を構えて二匹の猪を睨みつけていた。
右腕に槍、左腕に盾というSAOでは人気のない装備編成で北部の丘で戦って二時間。
既に時間は四時半を超えており、夕焼け空と11月の少々寒い気温がSAOを現実と仮想の狭間を曖昧にしていた。
周りにはざっと見ただけで数十人ものプレイヤーが丘で思い思いの攻撃を繰り出し、猪を駆逐していた。
多くのものはパーティを組んで危なげなく、笑いながら猪を狩る姿は現実世界に照らし合わせればさぞ惨たらしく、猪の臓物や血があちこちに飛び散り丘を赤く染め上げているのだろう。 そして今もまた弱った猪に攻撃を加えて、青白いガラス片のようなエフェクトで飛び散らせ自らの強さを証明していた。
自分の目の前にいる猪も一匹――メスは既に弱り、おそらく番いなのか息巻いて興奮したオスがこちらを睨みつけ突進体制をとっていた。
だが、オスの体力も視界に表示される体力バーが黄色に染まっていたため、後一二撃付けばその体を青く飛び散らせるだろう。
ブモウ! という猪の鳴き声が丘に響き、<フレンジー・ボア>は牙を夕焼けに光らせ突進してくる。
ベータテストを含め長く<フレンジー・ボア>と戦っていたから分かるのだが、この猪は突進の軌道が読みやすく、非常に避けやすい。 これが現実の猪あれば時速40km以上で突進し、体格に見合わないほどに曲がって、鋭い牙を太もものあたりに突き刺すのだろうが、これは雑魚モンスターの<フレンジー・ボア>である。
突進速度はせいぜい人間が走った程度しかなく、曲がることも苦手とする。
そのため、わざわざ避けることなどしなくても正面からでも充分迎え打てるのだ。
まずは槍の柄を地面に10度ぐらいに角度で突き刺す。 あとはタンク用の木盾を左脇を締めて保持し、同じように右脇を締めて槍がずれないように保持すると、すでに<フレンジー・ボア>は槍の穂先、30cmまで迫っており、一瞬の衝撃のあと頭から槍に衝突し、口から貫通した猪と目が合い弾ける。 その様子を見ていたのか既に足をひきづって苦しそうな顔をしていたメスも、猛りをあげて同じように突進し突き刺さる。
なんとも悲しい結末だが<フレンジー・ボア>の尊い犠牲のおかげでレベル3を告げる表示とうっとおしい程にインベントリを圧迫する25個目のお肉がドロップした報告がこの戦い方がどれほど効率がいいかを告げていた。
スキル値を確認するためにメニューを開き槍スキルと盾防御スキルのスキル値を見ると50を超えており、最大値が1000であることを鑑みれば僅かだが、レベル3にしては相当な速度であった。 この世界でのスキルの上昇はレベルに一切左右されず、どれだけ使用したかが上昇条件とされる。 現実のように努力をした結果が得られないではなく、努力した分だけ結果が得られるのである。 その快感は何ものにも勝ると思う。
そう考えながら内心ドヤ顔でスキル値を眺め、堪能したところで次のスキルの習得の選択を開始した。
レベル3になったことで初期設定スキル以外にも新しく一つスキルを習得可能となったので『索敵』スキルを選ぶ。
『索敵』スキルは非常に汎用性の高いスキルで、自分のような筋力値極振りの鈍足タンクには敵の数を把握して囲まれないようにするためにも必須スキルといえた。
前回はパーティを組んでいても、ソロで戦っていてもこのスキルがなかったおかげで何度も殺され、始まりの道を歩いたのである。 もう、あの時と同じ轍は踏みたくはなかった。
ほかにも、タンクには『戦闘時回復スキル』などの必須スキルがあるのだが、今はまだ視界の彼方に霧がかって見える迷宮区に挑戦する実力はない為後回しにする。
「……迷宮区はシンカーさんのところにでも混ぜてもらおう」
そう呟きながらウインドウを閉じようとすると独特な機械音と視界の右端に表示された手紙のマークが点滅していた。
「メッセ? ラックさんが帰ってきたのかな?」
メッセージを触れるとアルゴさんから1件のメッセージが届いていた。 展開させると興味深い内容が目を引いた。
「えっと……ラックは帰ってきたか? あとショー……ショーグンは集まった後どこで飯を食べる?」
自分でショー坊というのはどこか気が引けたので言い直し、第一層の味の良い食堂を思い浮かべる。 シンカーさんであれば数十の美味しい店から厳選して選ぶのだろうが、残念ながらそこまで店には詳しくないため、いつもどおりのお店の名前を打ち込む。
【ラックさんはまだ帰ってきてないと思います。 シンカーさんから帰ってきたって連絡もありませんから。 食事でしたら中央通りの『バレル・ウッド亭』がいいです。】
送信ボタンを押して30秒ほど丘から街を眺めていると返信が来る。
『ラックのことは了解。 飯屋は却下』
「なんで!?」
思わず声に出してしまうと周りで戦っていたプレイヤーが自分を怪訝そうにこちらを見て、目を逸らす。 そのことにどことない気まずさを感じ、咳払いをして返信メッセージを送ろうとするともう一件追加のメッセージが送られてきたことを機械音が知らせた。
【『バレル・ウッド』を選ぶなんてやっぱりショー坊も男だったか。 やっぱりエロ坊だな】
「…………」
彼女のネタノートにまた一つ不名誉な情報が出来上がるのを落胆し、ため息をつきながら、目の前に通りがかった<フレンジー・ボア>に八つ当たりをするように<槍>カテゴリスキル最初期に分類されるソードスキル<シングル・スラスト>を一瞬の貯めの後放った。 システムアシストによる加速を得て、敵へと直進する槍は<フレンジー・ボア>の肉体の感触すら手に残すことなく一瞬で貫き、圧倒的な威力の前に体を青く飛び散らせた。
盾を持った防御優先の<槍使い>の威力でこれである。 筋力地極振りの効果は凄まじい。
両手持ち攻撃優先の<槍使い>として<シングル・スラスト>を使えばその威力は想像を絶するものだろう。
アルゴさんによる意味不明な文章を読み返しながら、憂鬱な感情に支配されてく原因を思い出す。
<始まりの街>には多くのプレイヤーがベータテスト中も足繁く通う有名店がいくつかある。
ひとつは昼にアルゴさんと声を合わせて言った<アインクラッド全席>が提供される<浮遊亭アイングラス>。 なお超高級店であり、ベータサービス最終日に多くのプレイヤーがお金をカンパし、ようやく食べれたほどである。
ちなみに<アインクラッド全席>はあまりの量の多さに食したプレイヤーが現実で満腹感が辛すぎてリアルなご飯を食べれなかったのだ。 自分もその一人ではあるが。
もう一つはこの層でのチェーン店とも言うべき<バレル・ウッド亭>。 味、サービス、値段が高水準に纏まっており、客の分散のために店自体も<はじまりの街>に三店舗あるため、そこそこ空いている。 だが、<バレル・ウッド亭>の真骨頂は料理や値段ではない。
NPCが尋常じゃなく可愛いのだ。 製作者たちの本気なのか、殆ど人と見分けのつかないAIと性格の良さ、洗練されたデザインは多くのプレイヤーは黒鉄宮へと誘っていった。 もちろん<NPCに対するハラスメント行為>で。
だが、<バレル・ウッド亭>の面白い――良いところは他にもある。 従来であればプレイヤーがNPCにハラスメント行為を行った場合、即時黒鉄宮へと飛ばされるのだが、ハラスメント行為をしてから約10秒ほどしてから(10秒はハラスメント行為し放題)通りから黒鉄宮衛兵<ガード>が鬼のような形相で「ヘィ! スタァァァップ!」と叫びながら拘束してくるのだ。 これはクエストの発生条件となっており、ガードに大人しく拘束されなければねずみ算式に増えていくガードたちとの鬼ごっこが開始される。
ベータ恒例のクエストだったのでせっかくだから腹をふくらませたら4人で行おうと思っていたのだが、残念ながらアルゴさんにはその考えは筒抜けのようだった。
ちなみになぜかこのガードたちは敏捷値の高いプレイヤーを優先的に狙うらしく、自分が街で屋根の上で一人か二人の追っ手を相手に遊んでいるのに対してアルゴさんは100人もの屈強なガードに「ヘィ! スタァァァップ!」とか「待て! お前は法を犯した! 罰金を払うか服役するかのどちらかだ!」と散々言われ、あまりのうざさに<はじまりの街>から出ると待ち構えていたガードの大群に斬り殺されたのだとか。
後にも先にもガードに追われて街から出れたプレイヤーはアルゴさんだけらしい。ある意味偉業と言えた。
【お店はお任せしますけど、また鬼ごっこしないんですか? 】
その一言だけを送り、再び槍を構えて夕焼けの丘を駆けていく<フレンジー・ボア>を狩りに行くのだった。
それから大体一時間。 夕焼けの中に虚構の月が見え隠れし、迷宮区のある空は紫と茜が混じりあった幻想的な風景で包まれていた。
周りを見渡すと、先程まで多くのプレイヤーが駆けていた丘が広く感じるほどに人影は少なくなっていた。 待ち合わせまで何分か確認するために時計を覗くと17時25分を告げていた。
「あー……。 そろそろ待ち合わせの時間」
今から走らないと昼のように遅刻するため、盾を背中に掛け、右手に槍を持ち<はじまりの街>を視界に収めると突如、頭蓋に響くような鐘の音が鳴り響いた。
「……時報? 新しく実装されたのかな?」
どことなく不気味な時報の鐘を聞いて足を止めると足元が、体が青く発光していた。
「転移!?」
一瞬、視界が白く染まり瞬きをした時、既にそこは先程までの丘ではなかった。
「……ここは街の……広場?」
ざわざわ、といたるところから聞こえるざわめきが気になり広場を見渡すと、1000人や2000人では効かないほどのプレイヤーが広場を埋め尽くしていた。
「……さらに増えてる」
青い光と共に次々とその数を増やし、30秒もしないうちにサービス開始時の広場のようにわずかな隙間を残し、人が転送されていた。
「……何かのイベント? サービス初日だからかな?」
そう思い、ふと周りのプレイヤーが一定の方向、黒鉄宮上空を見つめながら息を飲んでいた。
赤く点滅する【WARNING】という文字が、そこには表示されていた。
数度点滅し、その存在を告げると瞬く間に数を増やし、<はじまりの街>上空を、いや<浮遊城アインクラッド>の世界そのものを赤く染め上げるように包み込んでいく。
先程まで夕暮れを告げ、夜の帳に隠されようとしていた茜色は今、人に恐怖を思い起こさせる紅色に塗り替えられていた。
声が出ないほどの不気味さに思わず喉を鳴らして生唾を飲み込むと、空の一角がノイズが走ったかのようなエフェクトから、まるで割れた陶器の底から水がにじみ出るように血が滴り流れ落ちようとしていた。
地面に流れ落ちるかと思われた血は中空で結合し、混ざり合い何かの形を作り上げていく。
「……人?」
呟きが環境音声かプレイヤーのざわめきに溶けると、赤いローブに包まれた巨大な何かが一万人を見下ろしていた。 本来顔があるはずの場所には不気味を通り越して、見るものに恐怖を与える深淵の闇が覗いていた。
広場のいたるところからざわめきが溢れ、イベントの発生か?と、興奮する者。 その不気味さに息を飲み体を震わす者。 その反応は様々であった。
そして、空よりもひときわ濃い真紅に染まったローブをはためかせ、巨人は両手を広げるように声を発した。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
その声は耳通りのいいテノールで聞き取りやすく、それでいてどこか冷たく不気味さをさらに際立たせる。
「私の……世界?」
まるでどこかのRPGの世界に登場するラスボスのような歓迎方法みたいと感じながら声を待つ。
『私の名前は茅場晶彦。 今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
「茅場……晶彦……」
呟きはどこか現実味のない自己紹介にざわめきが起こったことで霧散する。 ざわめきは当然である。ベータテスト時代に、いや、あらゆるメディアで誰しもが聞いたことのある名前。
【ナーブギア】の開発者、そしてソードアート・オンライン開発最高責任者。 その偉大名前を、この仮想世界を作り上げた存在が、姿形は違えど目の前で自らの名前を名乗ったのである。
「……この人が……凄い」
思わず驚嘆の声が漏れてしまう。 だが、それでも興奮は抑えきれない。
胸を打ち鳴らす、有るはずのない偽りの心臓の鼓動さえも聞こえてきそうだった。
『
プレイヤー諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う』
そう言いながら、茅場晶彦は手を中空に掲げ視覚化されたメインメニューを展開する。
その言葉を聞いてすぐ、まるで鏡写のようにメインメニューを展開させ、ログアウトボタンを確認するもそこには何度と見た外界との接点は消滅していた。
「……っ!?」
背筋に嫌な汗が滴り落ちる感覚が波紋のように全身に伝わっていく。
そして茅場晶彦は、歌うように続けていく。
『しかし、これはゲームの不具合ではない。 繰り返す。 不具合ではなくソードアート・オンライン本来の仕様である』
『仕様ってどういうことだよっ……!』と焦りに満ちた声がいたるところから発生し、空中で見下ろす茅場晶彦を射抜いていた。
『諸君は自発的にログアウトすることはできない。 また、外部の人間の手による【ナーブギア】の停止もありえない。 もし、それが試みられた場合。 ナーブギアの発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
なんの感情もなく淡々と告げられた事実は耳をすり抜け、理解を停止させる
高出力マイクロウェーブ? 生命活動の停止? 悪い冗談にも程があった。
メインメニューのログアウトボタンを連打しているのに戻れないのは絶対に冗談だ。 不具合だ。 どんなに嫌いな現実でも、どんなに嫌いな世界でもやってないことが多すぎる。
そう思うと、ふと、大嫌いな世界が恋しくなった。
茅場晶彦は事態を状況を淡々と冗談も交えず、中空で現実の報道を展開しながら、現実では既に200名以上もの人間がすでに死んでいることを告げ、これから先、ここにいる全員が外部による干渉によって死ぬ可能性は低いと、まるでスポーツのルールを教えるかのように言い放つ。
そして、茅場晶彦はその上でゲームの攻略に専念しろと、自らが戦略シミュレーションのプレイヤーになったかのように、下界で蠢くアバターに伝えていく。
『しかし、十分に留意してもらいたい。 今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。 HPが0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に――諸君らの脳は【ナーブギア】によって破壊される』
その瞬間、仮想現実は現実となり、ソードアート・オンラインは死のゲームと化した。
少年は自分が何よりも嫌いだった。
大きな図体、掠れた声、幼少期の事故により火傷と消えない切り傷のついた顔と体。
年相応に見られることはなく、大人から見上げられ、同い年からは怖がられ、その風貌から背広をきた強面の方々から道を譲られ、銭湯のサウナにいけば組を聞かれる。
勿論少年は組が何のことだかわからないのでバカ正直に『に、2年3組です』と答えれば冗談の上手い奴だと褒められその心意気を評価される。
今まで電車で子供料金で乗れたことはなく、修学旅行では引率の先生に間違われ、授業参観で廊下を歩けば悲鳴を出され、公園で遊んでいたら警察を呼ばれ、学生証が偽造ではないのか疑われた挙句に親と学校に連絡をされる。
クラスでなにか悪いことが起きると大抵は悪者にされるが決して大きな声では言わない。
怖いから――子供は残酷である。
止むことのない陰口、机や椅子、私物が消えたのも数え切れない。 直接的ではなく間接的に。 陰湿で、醜い、最低のやり方。
いつからだろう――少年が外に行きたがらなくなったのは。
いつからだろう――少年が人と話さなくなったのは。
いつからだろう――少年がこの世界を嫌いになったのは。
故に少年は仮想の世界に想いを馳せた。
MMPRPG、FPS、TPS、RTSほかにも多くのゲームを楽しみ、主人公に憧れ、自らを見て落胆し、忘れるためにさらにゲームに勤しんだ。
少年が特に好きだったのがRTS――リアルタイムストラテジーといわれるジャンルである。
その中でも特に好きだったのが『スパルタウォー』シリーズである。
プレイヤーは指揮官となり多くの部隊を指揮し、リアルタイムに展開される戦況を常に確認しながら柔軟に対応して敵を殲滅する。
現実では決して得られることのない組織運営の魅力に憧れた少年は、仮初の指揮能力を研鑽し、兵を練兵し、仮想の世界の王となった。
だが、少年は国家という怪物を動かす王よりも一部隊の一兵士として戦場を駆け回ることを渇望し、人と共に戦うと
父親の部屋に置かれた映画のDVDの影響もあるのだろう。 古代ギリシャを舞台とした映画の男たちは槍と盾のみを使用し自らの数百倍にも及ぶ敵を殺す姿には震えた。
そして、少年はこの男たちのようになりたいと思った。
少年は1000分の一人となった時には初めて世界に感謝し、映画の男達のようになろうと決意した。
初めて立った〈アインクラッド〉は彼には現実と変わりなかった。
仮想とは思いたくないほどに。
ここでは誰も自分を見て怖がることもなかったから。
頬を撫でるそよ風も、鼻腔をくすぐり食欲をそそる露天の料理の香ばしさも、槍と盾の感触も、身を守る鎧の重さも、彼にとっては現実であった。
そして、1万分の一人となった最悪のデスゲームが始まった時、少年は茅場昌彦という神に絶望した。
「おえぇぇっ……ひっぐ……な……んで……」
仮想によって構築されたこの世界では人間の嘔吐感やムカつき等は全て幻想であり、再現されることはない。 だというのに、喉の奥までせり上がった不快感は消えることなく暗い路地裏に膝を付かせる。
あれから何分、何時間経過したのか。 確認する気力すら失せて、レンガ造りの家に寄りかかる。
視界の端には新着を知らせるメッセージが煌々と点滅していたが、確認する勇気はなかった。
あの中に、広場に間違いなく居ただろう自分の友人にこの姿を見られていたら――そう思うだけで、涙がこぼれ落ちて青い光となって消えていく。
いまだに左手に強く握り締められた手鏡に街頭からの光が反射すると、醜く、大小様々な傷を負った自分の顔が目に入る。
この路地裏に逃げ込むまで鏡、ガラス窓、いたるところで目に入った自分の巨体と醜い顔。
決して見慣れることはない。
決して好きになることはない。
受け入れられない自分。
忌避するように手鏡を放り投げるとガラスが砕け散る音と共に消えてしまった。
あんな風に消えられたら――そう思い、右腕に握られた<アイアン・ランス>を自分の喉に突き立て、差し込んだ。
喉を抉る不快感、耳に残る肉を切り裂くような音、手から伝わる肉の感触。
本来、そのような感覚は無いはずなのにどこまでもリアルに感じてしまう。
だが、意識は途切れることはない。
体がガラス片のように砕け散ることもない。
左上のHPバーは一ミリも動くことなく、ダメージがないことを証明している。
それなのに何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も突き貫く。
鈍く残酷な音が、主街区の弦楽隊の演奏に合わせるように不快なリズムを数十回奏でると、喉に突き立てた槍は青く砕け散った。
だから、路地裏の壁に頭を強く叩きつけた。 願わくば何もかも終わるように。
だが、そこに発生するのは<Immortal Object>という紫の表示のみ。
衝撃はあれど、痛みはない、不快感。 不快感が頭蓋を揺らし、何も変わらない現実をHPバーと<Immortal Object>が告げていた。
毎回、こんな感じで長くなります。
実は会話を書くよりもこんな感じの文章を書くほうが楽しいです。