ソードアート・オンライン 仮面の将軍   作:七十円玉

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後1話<はじまりの街>が舞台となります。


第三話 そして彼女は息を吹き返す

第三話

 

 

 霜月の凛とした寒さの中、朗らかな陽光により程よく温められた乾いた空気が網戸を通り抜け、フローリングの床を撫で、行く手を阻まれる。

 風の行く手には大きなダンボール――大手ネット販売業者の内容物に見合わない梱包による障害物であった。

 障害物に当たり、上昇気流のようにその高度を上げていく風は、この部屋の支配者の吐息により霧散した。

 

 VRMMORPG――ヴァーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム――日本語に訳すなら仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインRPGと言われるジャンルのこのゲームパッケージを震える手で開封していた男は既に興奮で頭がいっぱいであった。

 

 「……おぉぉ!」

 

 掠れた声でそう呟く男は上下ともに灰色のスウェットという姿である。 袖も裾もまるで7分丈のように短いのは服のせいではない。

 ビニールの包みを開封し、カーテンが閉められ日光の遮られた薄暗い部屋で、男はゲームを掲げようと立ち上がり手を上げると天井に激突した。

 ドンッ!という音ともに白い天井に黒い穴があいていた。 天井を見ると他にも同じような穴がいくつも空いていた。

 

 「……!?」

 

 男は驚きに満ちた顔で手元のパッケージを見ると上端が欠けていた。 男は自らの体格を恨むとともに泣き崩れた。

 新品のゲームが容器破損中古となった瞬間である。

 

 男は目を晴らした顔で長年使用してきた椅子に腰掛け、机に相対する。 木のぬくもりと勉強で使用してきたのだろういくつも傷や落書きがその使い込み具合を教えてくれるが、男にはあまりにも窮屈すぎた。 足が、膝が入りきっていないのだ。

 だが、それも当然の事のように男は備え付けの棚から薄い本を取り出すと表紙には『中学二年生のための連立方程式!』と書かれていた。

 膝や足が机に入らないような男が中学二年用の参考書を広げているのはなんの冗談かと思うが、部屋には彼の年齢を示すものが多く置かれていた。

 シールの貼られたプラスチックBOX、ベッドに放り投げられた黒い制服、ドアの前にかけられた通学用カバン。

 どれもこれもが男には似合わないが彼のものだ。

 男は少年なのだ。 あまりにも巨大で、あまりにもらしくなく、あまりにも歳相応な。

 少年の瞳には確かな希望がありありと写っていた。

 

 

 【2022年11月7日 6時12分】

 

 11月の寒気を再現しているのか、<はじまりの街>の石畳は冷たかった。

 昨日、おそらくそのまま眠ってしまったんだろう。 仰向けになり空を覗くと、日が登ろうとしているのか、アインクラッドの空を僅かな茜色が僅かばかりの雲を貫き、薄青色に変わっていく。

 周りをバタバタとNPCが駆けていき、石畳を揺らしていく。 商店はせわしなく開店準備を始め、路地裏ですれ違うたびにNPCの怪訝な視線が貫いていく。

 本来なら、あと2時間もすれば大通りでは朝一が行われ、NPC、プレーヤー共に賑わい、<はじまりの街>の日常を彩るのだろう。

 そう思って体を起こすと見慣れた手紙のアイコンが、メーセージの到来を知らせていた。

 いつまでも寝ているわけには行かない――そう思い、震える指で手紙の絵をタップするとズラっという効果音すらも聞こえてきそうな程に多くのメッセージが展開された。

 

 「…………アル……ゴさん、シン……カーさん。 クラ……インさん」

 

 送り主の名前を一人一人読んでいく。 わずか三人しか送られてきていない――昨日多くの友人を作った人間なら落胆するだろう。 でも、自分はフレンド全員がメッセージを送ってきてくれたのだ。

 一つ、また一つと枯れたと思っていた涙が流れ落ち、消えていった。

 この世界では涙一つ残すことはできない――そう言っているかのようで悲しい。

 一枚一枚のメッセージを読んでいくと、言葉は違えど心配したメールや今から話したいなど多くがそこには綴られていた。

 そして、デス・ゲーム開始の宣告から約一時間後のメッセージを開くと上にあったシンカーさんの言葉の数々が理解できた。

 

 【2022年 11月6日 18時8分】

 『シンカーです。

 もし、このメッセージを読んでいるのなら理解して欲しい。 私は昨日作成したガイドブックを全プレイヤーに無償で提供しようと思う。 このデスゲームが始まってから既に50名以上が南の断崖で身を投げている。 結果は言わなくてもわかると思う。

  なんとか他のプレイヤーと共にこれ以上の犠牲者を出さないようにはしているが、希望を失っている人間を長い時間止めておくことはできないだろう。 だから、アインクラッド攻略に目を向けさせようと思う。 そのためにも、せめて、あのガイドブックを提供して 死者を少なくしたいと思う。 解ってくれショーくん』

 おそらく、誰一人として黒鉄宮から姿を現した者はいなかったのだろう。 一日経過しても現実世界に戻ることなく、この仮想の牢獄<アインクラッド>にいるのだから、間違いなく茅場晶彦の言葉は純然たる事実。

 そして、シンカーさんはこれ以上の自殺者を出さないためにも、前向きに攻略しようとする多くのプレイヤーの為にも情報を公開する 道を選んだのだと思う。 前向きさと、死者を出さないではなく、死者を少なくするという言葉にシンカーさんの優しさと責任が同在していた。 自分も弱音を吐きたいだろうにひとつも書かないで堪えているのが感じられ胸が痛くなる。

 

 【すみません。 シンカーさん。 役には立てませんがよろしくお願いします】

 

アルゴさんからのメッセージは彼女らしい一文が多く書かれていた。

 

 【2022年 11月6日 18時1分】

 ショー坊生きてるカ?

 

 【2022年 11月6日 18時7分】

 おい、反応しろーショー坊

 

 【2022年 11月6日 18時15分】

 メッセ見ろシンカーノ

 

 【2022年 11月6日 18時21分】

 オネーサンのメッセを無視するとは最低な奴メ

 

 その後は定期的に似たような文章が9時頃まで続いていて思わず吹き出してしまう。

こんな状況だからこそ飄々としているのか、アルゴさんのことだから強がりなんかじゃなさそうと、根拠のない確信を信じてしまう。

 そして、つい先ほど新着を知らせた最新のメッセージを開く。

 

 【2022年 11月7日 6時18分】

 もういい、そこにいロ

 

 そのメッセを見て鳥肌が立つ。 アルゴさんに対する恐怖ではない、今の自分の姿を見られたら……ふと、頭をよぎったのだ。 現実で何度も繰り返された反応を、現実の姿に戻った彼女に恐怖される。 僅かな友人に奇異の視線にさらされる。 

 確証はなくとも、どうしようもなく、恐怖を感じる。

 友人に、この世界での友人にそのような目をさせてしまうこの体が、この顔が憎かった。

 逃げるようにその場を離れながらメッセージを送る。

 『来ないでください』

 ただその一言だけを。

 

 

 

 

 オイラは別に強いわけじゃない。 今でこそ『情報屋<鼠のアルゴ>』なんて大層な名前で呼ばれているが、初めはベータテストのときに自分の知っていることをビギナーに教えて報酬を貰ったことから始まっている。

とあるクエストの発生条件を教えただけで(厳密には違う)、第二層にしては大金の1万コルをポンと出されたのだ。

 

 「ナッ……!?」

 

 思わず声を出してしまう程、唐突に。 『槍使い』は冗談を本気と受け取ったのだ。

 

 「?」

 

 首をかしげて、もしかしてまだ足りませんか? とでも言うように右手を動かしインベントリからさらにコルを取り出そうとするのを素早く止める。

 

 「……なんか裏でもあるのカ? オイラを騙そうたっテ」

 「……騙す? 貴方が1万コルで教えてもいいって言ったんじゃないですか。」

 

 

 『槍使い』は本心で言っている――女のソロプレイヤーというのは嘘には敏感だ。 嘘も見抜けなければどこかで騙されて何らかの痛い目を見る。

 直感で、彼の視線が大多数の男プレイヤーのように体を見ているのではなく、純粋にオイラをプレイヤーとして見ているのを感じ、興味が湧いた。

 この『槍使い』の目的はオイラの知らない何かにあるのではないかと。

 

 「……なら、ほかに、何か目的があるんじゃないのカ?」

 

 少し考え込んだ後、目の前の『槍使い』は苦笑いをして言った。

 

 「強いて言うなら……強くなりたいんです」

 「…………ハァ?」

 

 一番最初に感じた槍使いへの感想は『こいつ脳筋ダ』という至極真っ当な感想であった。

 

 もし、オイラ以外がそいつに情報を渡して報酬を受け取ったなら、いいカモとしてプレイヤー間の裏ネットワークに流れて、PKの対象になるかもしれなかった。

 オイラでも情報を渡した奴がこうも世間知らずだと思わず脅して金とアイテムを差し出させる――そう、黒い感情がフツフツと湧いたのに対して、どこか遠慮がちな相笑み、この『槍使い』はでお礼を言うのだ。

 SAOをプレイする前、何年も続けていたネットゲームでのギルドや人間関係に嫌気がさして、極力ソロでSAOを自由気ままに満喫していたのだが、ここに来て面と向かって人と話すのはログイン以来初めてであることに気づき、対人コミュ能力に少し不安を覚えたのも束の間、『槍使い』は警戒もなしに背中を向け、踵を返し目的地に向かおうとしているのを理由もなしに呼び止めてしまった。

 

 『お前のヒゲ面を拝んでやるヨ!』

 

 そう言って、ケラケラと笑いながら二人で目的地に行き、無情にも頬に走る計8本の“おヒゲ”を見て更に笑いを弾ませたのだった。

 多分、オイラの情報屋としてのプレイスタイルはここから始まっているのだと思う。

 

 

 

 このゲームに閉じ込められた。

 その瞬間、足の力が抜け、膝から崩れ落ちる。 絶望感が、周りの数多くのプレイヤーと同じように圧し掛かり、小さな体を押しつぶし、多くのプレイヤーの後を追うように足は最南端へと向かわせた。

 目の前の肩ほどの柵を一人が乗り越え、飛ぶ。

 また一人、もう一人、何人も。

 自分の順番が来れば、視界にいた何人かは数を減らし、柵を触れる距離まで来たら、目の前の人がガラスのような茜色を反射し消え去ったのが、見えた。

 もし、これがベータテストで今まで通り平和なゲームだったら、今頃、黒鉄宮からプレイヤーが走ってきているのかもしれない。

 でも、誰一人ここには戻ってきていなかった。

 それを無事にログアウトしたからと喜ぶべき人間はここにはいなくて、もしかしたら、さっきの茅場の言葉はすべて嘘で、アバターを死なせることがこのゲームからの唯一のログアウトなのかもしれないと。 そう、考えているのが、信じているのが大多数だった。

 

 オイラも根拠のない『希望』に縋った大多数だった。

柵に手をかけて、柵に直立すると、どこまでも続いている空と、今まで見た夕陽の中で一番綺麗な太陽に抱きつくように、飛んだ。

 

 

 一秒、二秒、三秒。

 いつまでたってもアバターが消滅するときの不快な感覚がない。

 確かめるように眼を見開くと、そこには夕焼け色と<ハラスメントコード>の表示があった。

 

 「――だめだっ!」

 

 呆然とする表情で、抱きとめている青年の顔を瞳に移す。

 身投げ場となったテラスを囲む数多くのプレイヤーに青年は怒号とともに強く告げた。

 

 「――これ以上ここから死者は出さない!」

 

 根拠のない希望に縋ろうとする者たちの発するざわめきに青年は力強く答えていく。

 

 「君らだって気づいているはずだ。 ……黒鉄宮から誰一人帰ってきていないことに。」

 

 当然、ここにいる多くは気づいている。 でも――信じたくないのだ。

 

 「それはログアウト出来たからかもしれないだろ!」

 「確かに、無事にログアウト出来たからかもしれない。」

 

 だが、そう言って青年はオイラの体から手を離し、直立したうえで周りを見渡す。

 

 「茅場晶彦がこのデスゲームを開始する数時間前にログアウトした友人は黒鉄宮の石碑の名前は消されていなかった」

 

 周りから息をのむ声、驚きに体を震わせていた者が食い入るように次の言葉を待つ。

 

 「そして、そこから身を投げた多くのプレイヤー。 さらに茅場晶彦が言った200名弱のプレイヤー。 おそらく、合わせて300名近くの名前が消されていた。」

 

 多くのプレイヤーがその言葉を聞き、泣き叫び、狂乱となり、二度目の混乱を引き起こす――かと思われた。

 現実は、顔を俯かせ、静かに涙を流し、目を虚ろにし、絶望に打ちひしがれていた。

 

 「――少なくとも私は、この始まりの町で諦観して死を待つよりも、茅場の言うとおり『アインクラッド』を攻略したいと思う」

 「そ、そんなの出来るわけないじゃないか! 第一情報だって殆ど無いのに100層もあるんだぞ!」

 「それでもっ! ……それでも脱出の唯一の手段なら。 私はそれに賭けたいと思う」

 

 悲痛な叫びに、今にも壊れてしまいそうな声で青年は答えると、数秒の沈黙の後、再び口を開いた。 

 彼なりの出来る限りの明るい声で「それに――攻略情報ならここにある」と、胸元から一冊の本を取り出し言った。

 

 

 『MMOトゥディ』管理人『シンカー』の攻略情報提供は「はじまりの町」に取り残されていた多くのプレイヤーの間を駆け巡り、道具屋での無料配布が決定してから一時間。

 オイラはシンカーの周りから人混みが消えるのを見計らって話しかけた。

 

 「さっきはありがとナ。 シンカー」

 「ん? あぁ、君はさっきの子か。 落ち着いたかな?」

 

 オイラが身投げしたこと――結果的に未遂に終わったとはいえ、自らの手で命を断とうとしたのを心配しているのかシンカーなりに気を使い、笑って答える。

 その姿は最初のアバターの姿とは似ても似つかない、いたって普通の日本人だというのに笑い顔はそのままだった。

 

 「……その様子だと気づいてないんだナ。 見た目通りに鈍感だナ、シ・ン・カー?」

 「その笑い方とその話し方………………ま、まさか……アルゴ!?」

 「そーだヨ。 シンカーって、なんでそんなに驚いてるんダ?」

 「いいい、い、いやあの、ラックから『アルゴの中身は男』ってきいて――たぁ!?」

 

 それ以上言われるのはさすがにオイラの女としてのプライドが許さなかったため鉄拳(<アイアンクロー付き)を突き刺すと盛大にエフェクトを散らし吹き飛んで行った。

 ラックがここにいたら黒鉄宮に埋葬してやったのに――そう思いながらシンカーに手を差し出す。

 

 「いや、でも、オイラとか言ってたし私もネカマなんじゃないかと――」

 

 もう一発追い打ちをするように鳩尾に叩き込んだ。

 

 

 

 「ごめんなさい。」

 「木の温もりが感じられていいだロ」

 

 さすがに誰の目があるか分からない天下の往来で会話するのは避けたかったので手近な宿屋に入り、会話を再開する。

 オイラは椅子で、シンカーは地べたに正座で。

 

 「…………ショーくんとは会ったかい?」

 「……会ってなイ。 メッセも返ってこなイ。」

 『そういうシンカーはどうダ?』と続ける前にシンカーが目を伏せたのを見て、理解する。

 

 思わず最悪の想像が頭を過るが逐一確認しているフレンド登録欄の<Shogun>の文字は灰色にはなっていない。

 

 「……ショーくんのリアル事情は分からないけど、彼がベータテスト中に非常に長くログインしていたのはアルゴも知っていると思う」

 伏せた眼をこちらに向け、会話を再開したシンカーに頷く。

 

 「なんらかのリアルに対して悩みがあったのも気づいていると思う」

 

 頷き、言葉を返す。

 

 「……ネットの世界ではリアルの話題は禁止なんだから気にしないふりをしていたんだけどナ。」

 「……うん。 一日、一日でいいからそっとしておこう。 君もこの状況を整理したいだろうし」

 「シンカーもナ。 なれない事して疲れてるんダロ」

 

 乾いた笑い声が暖炉の薪を燃やす音と同化し、部屋に響く。

 

 「……やっぱりわかるかな」

 「そんなひどい顔をしてればナー」

 「でも、幸いだったのがラックがログアウトしたままで良かったことだよ。 あれでだいぶ救われた」

 

 少しでも明るい会話にしようとシンカーは、おそらく最も幸運なプレイヤーに話題を変える。

 でも、そんなシンカーを見ていることも、気を使わせているオイラも嫌で部屋から出ようとした。

 

 「アルゴ! 君は……いや、君も死ぬなよ!」

 「……オイラは死なないヨ」

 

 そうして、オイラのデスゲーム初日は終わった。




毎度長ったらしくてすみません。
街を出れば少し短くなりますので。
登場人物の口調はほんとに難しい。

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