ソードアート・オンライン 仮面の将軍   作:七十円玉

7 / 8
多分、十話目辺りで区切りよく短編を投稿すると思います


第七話 さよなら<ホルンカ>――小さな村のバザールと行商隊

 第七話 さよなら<ホルンカ>――小さな村のバザールと行商隊

 

 

 暖炉からぱちぱちと薪の燃える音が響き、火の温かさが少し離れた位置に座る自分の身体を熱らせる。

 

 オレンジや赤、暖色をぼーっと見ながら時間を確認すると10時12分。 この民家に到着したのが朝8時ごろであることを考えると2時間は寝ていたことになる。

 うたた寝を打つ前に寝息を立てていた姉妹の姿は既になく、フレンド欄には新しく追加された<Misha>の文字が踊っていた。

 

 蝶つがいが擦れ、キィィと高い音が部屋に響く音とともに扉が開かれる。

クエストを受けに来たのだろう。 

 

 初期装備より一つ上の装備<レザー・メイル>を着た2人の剣士が入ってくる。 自分という先客がいたことに驚き、怪訝な表情で見てくる。 確かに家に入ったら椅子にフードで顔を隠した図体のでかい人間がいれば警戒もするだろう。

これ以上この家にいる理由は無いので逃げるように家を出た。 少しすれば二人の剣士は家の親子の不幸な現実に胸を打たれ、数多くのネペントを虐殺しに森に向かうことだろう。

 

 

 村の外れ、あまり裕福で無い土地に位置する親子の家を出て、村の広場に向かおうとすると腹から唸り声が聞こえる。 流石に昨日の夕方から何も食べていない為に胃が「旨い飯を寄こせと叫んでいた」

 

 今日の昼飯は何にしようか――仮想空間である為、本来はコスト比を考えて別に無理しておいしい物を食べなくてもいいのだが、既に現実となってしまった以上少しでも美味しい物を食べたいと思うのは当然である。

 

そう自分で納得しながら<ホルンカ>で最もおいしいと個人的に思っているNPCの家に向かった。

 

 βテスト時代に長く<ホルンカ>にいた経験からか、この村でのサブクエストはすべて熟知しているといっても過言ではない。

 他のプレイヤーがこの村を単なる中継点としか見ないものが多い中、自分は全力でこの村を楽しんだ。

 それこそフィールドに出ていないときはNPCと会話をし、隠されたイベントが無いかを探し続けたもので小袋のガイドブックにわざと載せていないものもある。

 その一つがとあるNPCの民家に行き、長い世間話を聞くということだ。

 

 街の中心近くに建てられた大きな村長の家に入り、入り口に立つ使用人に村長との面会を求めると、「ご多忙であるため少々時間を頂くことになりますがよろしいですか?」と言われ、頷く。 別に村長との面会をしたいわけではなく、面会までに待たされる部屋が目的なのだ。

 部屋に通され、女中が運んできた紅茶(正確にはアールグレイに近い何か)をすすりながらイベントの発生まで待つ。 5分ほどソファーに腰掛けくつろいでいると隣の部屋から、老人の声がした。

 声のする部屋のドアを開けると80歳ぐらいの老人がベッドに横たわり、優しい視線で見ていた。

 

「お客人。息子がお待たせして申し訳ない、もし、よろしければこの老人の話にお付き合いいただけませんか」

 

部屋に入ったことを認識したのか、おじいさん――隠居した元村長さんは言葉を続ける。

 

 この村の平和な話、良いところ、昔話。 興味の無い人間や時間に追われる人間であれば席を立ち、入り口に向かえば話は終わり、冒険を再開できる。

 

 それでも、席を離れる気分にはならなかった。 βテストのときから何度も聞いた話でも、この家の居心地の良さと緩やかな時の流れに逆らいたくない、ある意味お気に入りの癒し空間である。 自分はどうしてもこのおじいちゃんがNPCには思えないのだ。

 

 それから20分ほど昔話を聞くと、乾いた木の扉をノックする音で話は中断された。

 NPCである女中が昼ご飯を運んできて、自分に気が付き視線が止まる。

 

 「こ、これはお客様!すみません、すぐさまお客様の分もご用意いたしますので!」

 

 驚き焦った様子で食事を老人に運び、すぐさま方向転換しバタバタと忙しなく走っていく。

 

「お客人これはどうにも恥ずかしいところを見られてしまった。」

 

 女中の出ていった扉を見つめ、苦笑いしながら続けていく。

 

「あの使用人はこの家に来てからあまり経っておりませぬ。 何分ご容赦を」

『構いませんよ、勝手にお邪魔させているのはこちらですから』と答えることもできず、首を横にふると、再びドアが開かれた。

 

「おお、お客様! こちらがお客様のお食事となります!」

 

 そうして運ばれてきたのは目の前の老人が食べているそこそこに豪華な料理だった。

 特産品のチーズをふんだんに使ったグラタンをメインに飾った料理が空腹のお腹を刺激する。 隣に置かれた村で買うよりも上等で香ばしいパンが鼻腔を刺激し食欲をそそる。

 おそらくこれは現村長の昼食では?――という疑問を頭から振り払い、そそがれていく牛乳で老人と乾杯をした。

 

 「お客人、何分このような料理しかご用意出来なくて済みませぬ。 遠方からはるばる来てくれたというのに……こら、ミーシャ。 お客人のコップが空だぞ。」

 

ミーシャ? 聞き覚えのあるその名前を反芻するようにグラタンと一緒に飲み込み、コップに牛乳を注ぎこむ少女を覗き込んでしまう。

 

 「?」

 「おぉ……! お客人、今日の夜には故郷の<エディロート>にミーシャは向かうのですが、折角ですので話して行ったらどうですかな」

 

 老人の言葉にあわあわとあわてる姿は、なかなかどうして同名の知人に似ていた。

 

 

 村長邸宅でたらふく料理を満喫した後、広場に戻ると昨日よりも更に人が増えたのか、多くのプレイヤーで広場はあふれていた。 人が増えれば商人NPCも商才を余すことなく発揮し、活動を活発化させる。

 広場では小さいながらもバザールが開催されていて、幾人かのプレイヤーは獲得したアイテムを露店NPCの委託販売に委託し懐を温めていた。

 そして、自分もその例に漏れず、NPCの前からプレイヤーが少なくなるのを見計らい売却予定だった商品をインベントリから選択、露店NPCに渡す。

 

 クエスト報酬の<アニール・ブレード>と残り3つの<リトル・ネペントの胚珠>を全て5千コルで販売した、もちろん手数料は取られるが。

 NPCが新たに委託された商品を認識し、広場に叫ぶように宣伝する前に離れたベンチに座りインベトリを開いた。 先ほど委託した露店の前には声を聞きつけたのか多くの剣士が殺到する。 そのお目当てはもちろん<アニール・ブレード>と<リトル・ネペントの胚珠>である。

 

 殺到して露店を囲んでいく剣士達を遠巻きに見ながら、深夜に見かけた剣士を思い出す。

顔や装備は解らなかったがもしかしたらここにいるかも知れない――そう思った時、インベントリのコルに変化があった。

 

 おそらく露店の性格上オークション形式に値段を釣り上げて販売したのだろう。 所持コルは当初の予定していた2万コルから、2万5千コルまで上がっていた。

 

 二日目の所持金一桁からすれば大金持ちである。

 だが、この所持金ブーストはβテスターが情報的に有利に立っている今しかできない。 今のこの時期であれば、優秀な片手用直剣<アニール・ブレード>に金を出すが、最前線が変われば誰も買わないだろう。

 

 <ハイディング・フード>の中でニヤニヤしながらどっさりと貯まった金の果実を何に使用するか考える。

 

 まずは盾と防具、そして武器もメンテナンスしなければいけない。

 

 ランスに至ってはもう一本か二本は購入しておきたい。 北部にある遺跡群に行くまでは槍は使い捨ててでも問題ないのだ、鍛冶屋で強化してもらったところで<アイアン・ランス>のような市販品ではたかが知れている。

 盾は小川で無くした木盾よりも良い物が買える――ついに鉄製の盾が購入できるのだ。

これは非常にうれしい。

 レベルが上がったことで筋力値が増え、持ち運べるアイテムや装備も増えているため防具を鉄製の防御重視の装備に変えても余裕はある。

 

 後はこの<ハイディング・フード>が壊れたときの保険として次の町で鉄仮面を買おう。

 

 頭の中で次の装備の購入順を組みたてながら、宿屋に向かった。

 

 

 

 さすがにフィールドでの雑魚寝とNPC宅でのうたた寝だけでは睡眠時間が足りてないのか、フードの下で欠伸を漏らす。 昼食を腹いっぱい食べたことも原因だろう、眠気は頂点に達し、千鳥足一歩手前で宿屋の階段を上っていく。

 

 豪華とは決して言えない質素な部屋を目指し、二階に辿り着くと『待っていました』とばかりに笑顔でミーシャが迎えてくれたので颯爽と無視して部屋に入る。

 扉を閉める前に何かを言っていたような気がしたが、眠気には勝てず、ベッドに倒れこむ。

 流石に今着ている鉄製胸甲が付いた鎧は邪魔なため、適当にメインメニューを開き、右半分に表示されているだろう装備フィギュアの上半身部分を適当に2回押した。

 すっと締め付けるものが無くなり、胸を覆っていた硬い感覚が消えたことで無事に装備が外れたことを知り、そのまま眠気に身を任せていった。

 表示された左上の5文字と体力ゲージに気づかずに。

 

 

どれくらい眠っていただろうか――眼を覚ました時には窓の外は暗く染まり、陽光とは無縁の世界が続いていた。

 右手を操作し時間を確かめようとすると右手がシーツを叩く。

――? シーツを叩く?

 この仮想世界では風邪をひくこともない以上、βテストと同じようにある程度寒くても滅多なことではシーツなどかけない。 <ハイディング・フード>を外すことは絶対にないため充分に体温管理も出来るからだ。

 だが、今触っている感触はフードのごわごわとした感触とはかけ離れている。

 清潔に保たれたシーツの感触がふわりと身体を包んでいた。

ベッドからはみ出した両足にひんやりとした風が気持ち良く感じられる。

 思わず飛び起きると、そこには下着すら何もつけていない、生まれたままの姿の自分がいた。

 この世界での自分の体をはっきりと見るのは初めてだった。 体躯に刻まれた傷跡――は幸いにも反映されてはいなかった。 だが、 始まりの日と同じく、手で顔を撫でるとそこには痛々しい傷跡が仮想を侵食していた。

 <ハイディング・フード>に触れる感触は一切なく、今まで自分は素顔を晒して寝ていたのだと気づき、背筋が凍る。

 誰がシーツをかけたのか解ってしまったから。

 メインメニューを開きオプションを開き、各種ドア解錠設定の項目を見て愕然とした。

 

 初期設定<パーティ・ギルドメンバー解錠可>の文字。

 そして左上には<Misha>の文字とHPバーが存在を誇示していた。

 

 

 その日、フレンド欄から4名の名前は消えた。

 

 

 宿屋から逃げる様に走ってきてから1時間以上経過した。 周りには人工的に作られた光も無く、かと言って空には満点の星が瞬いているわけでもない。

空と呼べる場所には天蓋となる第二層が第一層との世界を完全に隔てていた。 だがSAOの空間ライティングにより夜であっても足元が 見える程度には光量は確保されている。 薄青い光が街道の整備された石畳を照らし、転ばない様に補助するように。

 <索敵>スキルを十二分に利用し、囲まれない様に活性化したモンスターを屠っていく。 レベル差があるからだろう、襲いかかるモンスターの一切を青いガラス片に変えると、前方に赤い光がいくつも揺れていた。

 

 少し近づくと松明の光であることに気づく、

 街道沿いに幾つも見えるということはNPCの行商がキャンプをしているのだろう。

 プレイヤーが何人も集まって松明に火を灯し、野営を行っていれば笑い声が聞こえるだろうが、一切聞こえず静かな環境音に交じって話し声が聞こえるだけであった。

 

 キャンプの横を通ると<ホルンカ>の特産を馬車に詰め込んできたのだろう。 何台もの荷車からチーズの香りが漂い、鉄製の牛乳樽が中からチラチラと光を反射した。

 

 見張りの前を通り、会釈しながら通り過ぎようとすると見張りの頭の上に『!』アイコンが出現した。 クエスト開始の合図だ。 街道沿いで野営しているNPCがクエストを依頼するということはどうせお使いクエストだろうと思い、NPCの話を聞く。

 

「あぁ……。すみません旅人さん。 頼みたいことがあるのですが」

 

 何とも申し訳そうな顔でこちらに話しかけてくるNPC。 どこか幸が薄そうな顔に似合わない角付き兜を被っている。 鎧のサイズも合っていなさそうだった。

 頷き、クエストを受注すると辛そうに話し始める。

 

 「この街道を真っすぐ行ったところに<エディロート>という町があるのですが、そこにいる私の母親にこの手紙を渡してくれないでしょうか?」

 そうして差し出されたのは1枚の手紙。

 彼の手紙を受け取り、頷くと街道に響き渡るように遠吠えが聞こえた。

 

まるでそれが本当のクエスト開始の合図の如く。

 

 

 野営地を囲むようにおびただしい数の狼型モンスター<オールド・シャック>が黒い毛皮を闇に溶かし野営地の獲物を睨みつけていた。

 ざっと見まわしただけでも数は30匹以上いる――そう思い傍らで震えているNPCネーム<Jack>を見るが、彼の戦力は期待できないだろう。

 <ダイアー・ウルフ>の上位種である<オールド・シャック>は平原を代表するモンスターであり、広い地形を優位に使う、いわばタンクの天敵であったが、今の自分は<槍使い>として盾を持っていない。

 そのレベルは3であり、自分レベルと比べても5レベルの差があるが、それに慢心し数の暴力にHPを削りきられれば自分の身体が青く光らせるだろう。

 膠着状態を嫌ったのか、獲物に対して絶対的な有利を感じ取ったのか、強靭な後ろ脚で一斉に飛びかかってくる。 燃えるような赤い瞳には第一の獲物であるフード姿が映っていた。

 

「グキャアアン!!」

 

 冷静に喉元に噛みついてくる黒い狼の口めがけて槍を突き入れる。

 大口を開けた狼は尻の先まで穂先が貫通し、四散する。 右から飛びかかってきたそれを柄で叩き落とし、地面に転がったところを槍で刺し殺す。

 野営地の商人も応戦しているのだろう。 時に協力し、ジャックを囮に使うように幾らかのターゲットを移し、ソードスキル<ヘリカル・トワイス>で纏めて倒す。

 青い光が刀身を輝かせ、アシストの流れに任せて槍を振り抜く。 反時計回り一度回転するように肉を切り裂くと、続く二撃目で両断する。 ソードスキルの終了とともにHPバーをゼロにして弾ける。

 

――この強さならいけるっ!

 

 狼だった青い破片を全身に浴びながら、一匹ずつ確実に仕留めていく。

 商人NPCや<ジャック>の顔にもどこか余裕が出てきており、希望を持たせた。

 だが、壁のように並べられた荷馬が<オールド・シャック>の牙に喉元を食い破られ絶命すると戦況は変わった。

 

 同種の声にならない断末魔を間近で聞いた馬は嘶きをあげ、荷車ごと野営地を離れていく。

 ――しまった!と思った時には遅かった。

 壁の穴に群がるように突入した<オールド・シャック>は野営地内の商人に肉薄すると断末魔を上げる隙も与えず喉元に、脇腹に、頭部に食らいつく。

 グシャッ!という音と無機質なガラスが割れる音が響き、NPCの生命活動を停止させたことを報告する。

 それでも抵抗するように手持ちの武器、または商品を投げつけて生き延びようとしていた商人は断末魔の叫びを残し、消えていく。

 

 柄に噛みついてきた狼を叩き落とし、<ジャック>の無事を確認するように振り返ると足に喰いつかれ、転倒した<ジャック>が必死に食らいついた狼を剥がすように剣を振り降ろす。

 その姿が、どうしてもNPCには見えないほど、まるで血が通っているように見えるほど自然に、喉元を切り裂かれ、崩れ落ちていった。

 

「――っ!!」

 

 物言わぬ欠片となっていく<ジャック>に噛みつく狼をなぎ払い、吹き飛ばす。

 既に<ジャック>であった欠片は風に溶けて消えていった。

 

 まるで、仇を討つように野営地で奮闘していた商人を助けると懇願するように叫ばれる。

 

「テントの中にも人がいるんだっ! 助けてくれ!」

 

 そして、テントの入り口を引き裂き、入り込む狼を見たのとほぼ同時に悲鳴がした。

 

「――きゃあああああ!」

 

 聞き覚えのある声が、恐怖に満ちた声が、野営地に響きテントの中へ走らせた。

 入り口で威嚇する狼を一撃で切り伏せ、中に入る。

 

 既に喉に牙を突き入れた<オールド・シャック>と力なく項垂れた虚ろな瞳で<ミーシャ>は迎えてくれた。

 

 

 夜が明けて、至る所に散らばる商品と野営地の残骸がここで行われた戦闘の凄惨さを物語っている。 だが、そこには本来あるべき物が足りなかった。

 襲った狼の死骸、襲われた者の遺体、生き残った者の姿。

 そのすべてがここでは残ること無く、<オールド・シャック>を殺し尽くした後、勇敢に戦い散った<Jack>と故郷に戻る筈だった<Misha>の亡骸の無い墓を呆然と見つめていた。

 例え、データの中であってもそこで彼らは生きていたのだと――そう思ってしまう。

 母に手紙を書いた<Jack>と故郷へ帰ろうとした<Misha>の共通の町<エディロート>へ足を進めた。




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