中立者達の日常   作:パンプキン

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前日譚
序幕


「彼女」の意識が、身体の冷たさと雨音によって目覚める。

 

「…ん」

 

頭を起こし、調子を確認。雨によって服越しに身体が冷えているが、問題は無い。体内時計で約1時間の仮眠を取っていたと認識。天候、雨。視界、問題無し。気温、低温。風速、右に約2m。

 

(状況、問題無し)

 

頭に被るフードを再び深く被り直して双眼鏡を取り出し、3500m先の建物を覗く。彼女が今やっているのは張り込み。目標が出てくるまでひたすら待ち続け、出てきた所を暗殺する。とどのつまり、彼女は暗殺者であり、狙撃手。その為にわざわざ森の中に1日以上潜んでいる。

 

(確認)

 

40分後、目標の男が複数の護衛と共に建物から出現。傘をさしている所為で顔は見にくいが、出てきた直後の一瞬で顔を認識。

そして彼女は目の前にある火器を構え、スコープを覗く。

 

それは、個人で運用するには余りにも巨大な「砲」。全長は180.7cm、口径は30mm、重量21.73kg。その砲の名は、超遠距離用携行型スナイパーカノン 「ハルコンネン」。

その威力は、「特級危険種」と呼ばれる化け物を1発で仕留められる程。それを人間に向けるならば、どうなるかは明白だ。

 

しかし、彼女はそんな事は御構い無しに狙撃の態勢に入る。

 

(風速、右2m。距離3470m…)

 

スコープ越しから見える情報を元に素早く、かつ正確に弾道計算を行い、照準補正。距離が3470mも離れているとなると、0.1mmの調整ミスや計算ミスも許されない。

しかし、彼女ばこんな事は何百何千とこなしてきた。経験値は十二分に積んでいる。

 

(──今)

 

そして必殺のタイミングを見極め、引き金を引く。それに連動して撃鉄が振り下ろされて雷管に直撃。化学反応によって炸薬が爆発し、轟音と共に30mm弾が撃ち出された。同時に尋常ではない反動が彼女の肩にのしかかるが、難無く受け止める。

撃ち出された30mm弾は、風による弾道影響と距離による速度減衰を受けつつも、正確に目標の左胸部に命中。その威力は心臓を貫くだけに留まらず、その運動エネルギーは上半身を粉々に吹き飛ばした。

 

(命中、確認)

 

スコープ越しから目標の死亡を確認した彼女は立ち上がり、ハルコンネンに付けられているベルトを身体に通すと、すぐさま逃走を開始。

幾ら3km離れていようが、音は確実に聞かれている。捕捉される前に離脱するのが狙撃手としての鉄則。

20kgを背負っていて、尚且つ森の中にいるとはとても思えないスピードで駆けてゆく。

数分後、目標の護衛が彼女を完全に見失うのはとても容易だった。

 

 

 

 

 

 

帝国内中央部にある帝都。更にその中心には千年続く帝国陛下が常在する宮殿が存在する。

その中の一室に、帝国大臣のオネストはいた。

彼は今、椅子に座って何時ものように極厚のベーコンを食べている。そのせいでメタボボディとなっているのだが、今もこれからも彼は一切気にしないだろう。今も彼の圧政によって死んでいく民達と同じように。

 

「来ましたか」

 

開けていた窓から一話の鳥が室内に入り込み、その鳥は迷い無く机に着地した。オネストはその鳥の足に付いていた筒を取り、中から紙を取り出す。そこにはこう記されていた。

 

『ウォーリーへ

目標達成。報酬は満額、テンペストへ。

ジャッカルより』

 

「…ふむ」

 

それを見たオネストはすぐさまメモを取り出し、報酬の支払いの了承と次の依頼内容を書き綴る。そしてそのメモを丸めて筒に入れ、再び鳥の足に付けて外に返した。

 

(…彼女(ジャッカル)は本当に扱いやすい。彼女が受け持てる物ならば、必ずやり遂げる)

(だからこそ恐ろしい。革命軍は敵視してしますが、彼女はあくまでも「傭兵」。金さえあれば、どの立場でもその力を提供するのですから)

 

 

 

 

 

 

「♪〜」

 

オネストからの依頼を完了して報酬を受け取った彼女は、上機嫌で昼間の帝都に足を運んでいた。完全にプライベートな状態で赴いている為、その格好は正に「何処にでも居そうな美人」の印象でしかない。

最強の暗殺傭兵として革命軍と一部の帝国側の人間に恐れられているジャッカルだが、本名は勿論、その素顔を見た者は帝国側を含めても誰一人居ない。それだけでなく、人種、出身地、年齢、特徴。ほぼ全ての素性が不明。だからこそジャッカルは表舞台に堂々とその素顔を晒す事が出来る。何故ならば、誰もジャッカルの正体を知らないのだから。

 

閑話休題(それはさておき)

 

今は完全に印象に残るだけの一般人(暗殺者)である彼女は、依頼の報酬を使って買い物を始める。お気に入りの服装店に行くのがいつもの予定だが、今回は「予約」がある。

向かったのは帝都北部にある大衆レストラン。ランチタイムから少々ズレている影響で所々の席に空きがある。其処に入った彼女は適当なテーブル席に座り、ショートケーキを注文する。

待つ事数分。彼女の後ろの席に一人の人物が座る。その人物もまた、適当な料理を注文した。

 

「…随分と機嫌が良さそうね。姉さん」

「あら、分かる?」

「チラッと顔色見たわ。他の連中には分からないだろうけど、今にも鼻歌歌いそうだったわよ」

「正解」

「………暗殺者が表舞台で鼻歌歌うって」

「狙撃が得意な傭兵なんだけど、私」

「帝国にいる人間は誰も信じないわよその言葉」

「違いないわね」

 

背中合わせで決して顔を合わせていないのにも関わらず、二人は仲睦ましく会話を続けて行く。

 

「…で、最近の首尾はどう?」

「新入りが一人入ってきた。名前はタツミで、私と同年代。どっかの地方からのポッと出なんだけど、中々面倒い雰囲気なのよねぇ…アカメとブラート曰く帝国将軍級の器を持ってるって」

「その二人が?珍しい事もあるわね…何処で拾ったの、そんな人材」

「依頼先で巻き込まれて、真正面からアカメと斬り合って生き残った所を誘拐。まだ暗殺者としては素人だから育成中だけど」

「へぇ…そんなのが入ってきて、益々ナイトレイドは安泰ね?」

「どうせ潰すんでしょ?この前の………何だっけ?」

「オールベルグ?」

「そうそう」

「依頼が来たらそうするわ。あの時は一人逃したのが痛かったけど、次は完全に潰す。傭兵にとって、信頼は報酬と同じくらいに大事な物だからね」

「…普通傭兵二人がやる事じゃないわよ、暗殺組織潰しなんて」

「そういう文句は依頼元に言いなさい。最もそんな事は聞かないでしょうし、それをやった当人が言ったってねぇ…」

「…そりゃそうよね…」

 

ウェイトレスがジャッカルの注文したショートケーキを配膳。それを一分と掛けずに完食したジャッカルは席を立った。そして会話相手の横を通る瞬間、一言だけ伝えてその場を後にした。

 

「次は二ヶ月後、三番地で会いましょう。マイン」

 

それを聞いた人物、「マイン」は若干声色を変える。

 

「…あそこの料理、好きじゃないんだけど」

 

彼女こそ、帝国内においてジャッカルの正体を知る唯一の「例外」であり、唯一の「教え子」であり、唯一の「家族」でもある。

 

 

 

 

 

 

(マイン)姉さん(ジャッカル)は正確に言うと義理の姉妹。私と姉さんが出会ったのは、私が幼少期だった時。当時から帝国は複数の異民族による侵略を受けて、異民族の差別が横行化していた。西の異民族のハーフだった私も巻き込まれて、その日暮らしも出来るかどうかの一線を過ごしていた。そして、疲労と空腹で路地裏に倒れてた所に姉さんが現れて、拾われた。最初こそ猫の様に気を立たせて姉さんを警戒してたけど、今じゃ私にとっての唯一の家族。何で拾ったか聞いてみた事はあるけど、姉さん曰く「傭兵の勘が働いた」って。 …理由はちょっとアレなんだけど、あの時姉さんが通りがからなかったら死んでたのも事実だし、感謝してる。

拾われてから数年後。姉さんが傭兵である事を私に明かして、万が一の自衛の為に姉さんから戦闘術を教わり始める。ていうのがその時の表向きな理由で、本当は私一人でも自立出来る様にしたかったらしいのよね。実際、姉さんはそれまで単独行動で依頼をしてたから、私は姉さんの枷でしかなかった。それは私も十分に分かってたから、姉さんの教えに全力で食いついてた。で、最終的には私も姉さんと同じスタンス(狙撃重視の戦闘スタイル)に落ち着いた。姉さんと違うのは、私は近接戦闘はてんで駄目なのに、姉さんは普通に近接戦闘をこなせる所。

 

そんなこんなでやってたら、姉さんから「貴女()はどうしたい?」って聞いてきたから私は即座に「姉さんに着いて行く」って答えた。寧ろそれ以外は考えられなかった。姉さんに会ってなければ革命軍に入ってたかも知れないけど。

その日以来、私も姉さんの依頼に同行する事になった。最初は姉さんが私の狙撃をサポートしてたけど、1年後には私が姉さんの狙撃をサポートし始めた。 …なんだけど、私の存在が全く騒がれないのは正直ムカつく。姉さんは革命軍じゃ(名前だけ)有名なのに、私の事は全然知れ渡ってないもの。まぁ実際、狙撃=ジャッカルが成り立ってたからしょうがないんだけど…

でもそのお陰で、私が革命軍に潜入してても全く気付かれてないのはありがたいわね。定期的に姉さんと会って革命軍の情報を流し、そしてその情報を帝国に売り付ける。

…唯、暗殺部隊のナイトレイドじゃそんなに情報入って来てくれないのよねぇ…実際、情報料は小遣い程度にしかならないし。まともな収穫は帝具 浪漫砲台パンプキンが私に適合した位ね。

 

 

「………イン、マイン?」

「…ん、何?アカメ」

「いや、何かボーッとしてたが…食い足りないなら私の分も分けようか?」

 

…だからって肉の塊1個を分けようとするな、大飯食らい。

 

「大丈夫、ちょっと考え事してただけ」

「そうか」

 

今は、潜入先のナイトレイドの食堂でメンバーと昼食を食べてる。その内の半数が賞金首だけど、顔バレしてないから勿体無いのもいるのが残念ね。ナイトレイドの主力は元帝国暗殺部隊のアカメと、元帝国兵士のブラート。頭領は元帝国将軍のナジェンダ。この三人を消せば、ナイトレイドは崩れる。

けど、それは今じゃない。ナイトレイドは帝都での活動を本格化してきて、名が広まり始めてる。そうなれば当然、帝国から姉さんに依頼が来る。それまでは貴方達に付き合ってあげる。

 

潰すなら、美味しくなった時にしなきゃね?




ジャッカル
帝国と事実上契約関係にある女傭兵。
狙撃と射撃の実力に限れば右に出る者はなく、特に超遠距離用携行型スナイパーカノン ハルコンネンによる超遠距離狙撃に関してはジャッカル以外には成し得ない芸当も可能。かといって近距離戦闘が不得意な訳でもなく、必要となったら2丁拳銃による銃撃戦も展開する。
殆どの経歴が分かっておらず、人種や出身地、年齢、本名さえも不明。何処で生まれ、どうやって帝国まで来たのかは、彼女しか知らない。ジャッカルはコードネームであり、本名ではない。
女性である事は分かっているが、常に全身と顔を隠すフード付きの薄いコートを纏っており、帝国内にてジャッカルとしての素顔を見た者はたった1人…彼女の唯一にして一番弟子であるマインのみ。

マイン
ジャッカルの相棒であると同時に、ジャッカルの義妹。
幼少期にその身をジャッカルに拾われてから、共に行動をしている。
ジャッカルから射撃の技術を教え込まれており、その腕は天才的。しかし、ジャッカルの域にはまだ届いていない。マインが狙撃を担当する時はジャッカルが観測手となり、逆にジャッカルが狙撃を担当する場合はマインが観測手を務める。
現在は革命軍の暗殺部隊であるナイトレイドに潜入しており、ナジェンダから帝具 浪漫砲台パンプキンを入手。情報をジャッカル経由で帝国に流し込むスパイ活動を行なっている。
ナイトレイドメンバーとの関係性は一見親密そうにしているが、時が来れば容赦無く撃ち殺す準備は完了している。彼女にとってナイトレイドとは「ケチな金づる」であり、姉よりも大切な物では無いのだから。

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