中立者達の日常 作:パンプキン
ロマニー街道。
帝都と東の都市 キュロクを繋ぐ要衝路であり、現在までの帝国を支え続けている重要インフラの一つである。故にロマニー街道付近の危険種は殲滅されており、通行する人こそ少ないが、帝国に於いて最も安全な街道とも言われている。
しかし今日、ロマニー街道中央部に位置されている荒野は、帝国を覆う
「…しっかし、遠いわねぇ…」
その火蓋を切る役目となったマインは、ナイトレイドのリーダーであるナジェンダが仕掛けた罠によって分断した、イェーガーズの一隊が通過する道から約3km離れた凹型の峡谷頂上にて、伏せた体勢で狙撃の準備を行なっている。ナイトレイドの作戦は、待ち伏せ地点にイェーガーズの一隊が到達後、マインの狙撃を合図にスサノオが奇襲。二段構えの奇襲で戦力を漸減した後、総戦力で殲滅する。
単純だが、しかしこれ以上の作戦は無い。
「大体…3100m。風は右に7m…風も強いし、勘弁して欲しいわね」
3km台に於ける狙撃の経験はマインには少なく、やや不安があるのは避けられない。
「自信が無いなら、
「冗談言わないでよ、姉さん。あの馬鹿達の無茶振りでも、私の仕事よ?」
しかし、だからといって姉にそれを譲る選択肢は無い。
…そして、何の事も無いようにマインの隣に居るジャッカルの両手には、未装填のハルコンネンが握られており、狙撃スコープでマインの狙撃地点を偵察している。
「…それにしても、姉さんはなんでそんな簡単にド変態…ラバックの警戒網を難無く突破出来るの?」
「そうね…何事も経験かしら。経験という名の成長は、人類が持つ最大の強みよ?」
「…解せない…」
「来たわよ」
「!」
2人が覗くスナイパースコープの視界に、峡谷を馬で駆けるイェーガーズを捉える。と、同時にマインは狙撃態勢へ移行。ジャッカルはマインの狙撃のサポートに入る。
「数は3人、手前から
「γ」
「目標γ、了解。距離3300m、依然40km/hで移動」
「…」
「…全目標、降馬確認。距離3100m、高低差-147m、5km/h。風速右4〜7m」
ジャッカルからの情報を元に、照準と同時に弾道計算を補正。相手は3100m先、マインにとっては未経験の狙撃だ。しかし失敗は許されない。狙撃は「奇襲」の要素が強み、同一対象に対して二撃目を前提に行うなど愚の骨頂でしかない。
不安がない、といえば嘘になる。しかしそれと同等以上に自信もあった。いままでの狙撃の経験値に裏打ちされたそれは、確かに直感していた。
(──当たる)
引き金を引いた。
そうすれば当然の如く、パンプキンの銃口からエネルギー弾が発射。音速を超えて、目標と定めたクロメのこめかみへと飛んでいく。重力、風、距離、その全てが計算通りであり、全くの誤差も無く、およそ音速で飛んで来たソレを。
クロメは着弾の直前に気付き、躱してしまった。
「なっ…!?」
「…へぇ、あれを避けるのね」
始まりの一撃こそ外したが、ナイトレイドの初撃作戦そのものは妥協点。マインの狙撃により注意を取られた隙に奇襲した、スサノオの一撃により吹き飛んだウェイブは物理的に戦線離脱。今からナイトレイドが相手取るのは、2人のみ。
「さて…これで茶番劇が始まったわね。台本通りに進めれば私達は被害無しに、確実に報酬を受け取れる、いつも通り簡単でつまらない仕事」
「今回はその報酬が高いから良いんじゃないのよ、姉さん。フルで分捕れないのは少し勿体ないけど」
「そうね…じゃあ、私達も動きましょうか」
やや気怠そうな声色で発したジャッカルの言葉。それにマインが気付く事は無く、彼女達は動き出した。
その視界に、
◆
「…始まった、な」
キリキリ、キリキリ。戦場から離れた木の幹の上で、糸が軋む音が響く。自身の手に伝わる感覚を気にしながら、木々の中に潜む
俺はナイトレイドのメンバーの一人であり、今作戦に於いては、戦場付近に立ち入る第三者の侵入の監視役を担当している。俺自身の戦闘力はそれなりにある。けどナイトレイドの中では低めに位置しているのと、俺の持つ糸の帝具「千変万化 クローステール」は強靭な糸で多様な汎用力を持っていて、罠や侵入者を察知するセンサーとしても機能する事も出来る。その能力で戦場に近付くイェーガーズ、第三勢力の排除もしくは撃退する役目を受け持った。
(しかしさっきから凄い振動がするな…それ程激しい戦いって事か…しっかり役目を果たしてみせるよ、ナジェンダさん)
戦いの振動で少し身体を揺らしながら、ポリポリと頬を掻きながら、思考を回す。
(そんで…この旅から帰ったらそろそろナジェンダさんに告白とか)
────スタッ。
着地音。右、至近。
(えっ)
思わず振り返る。
「─」
其処には、此処には居ない筈のチェルシーが居て。右手には、針が握られていて。
────ドッ。
(えっ?)
首に激痛が走って、身体に力が入らなくなって。
「ごめんね」
一瞬で後ろに回り込んでいたチェルシーが、何でか謝罪の言葉を口にしていて。
「私の為に、死んで?」
背中に衝撃。身体が俺の脳の命令を受け付けなくて、只々呆然と身体が重力に従って落ちていくのを、遅く感じる時間で感じていて。
衝撃の勢いで身体が回転して、俺が居た場所に居るチェルシーが見えて。
(何、で)
ふとそう、思った。
────グシャリ。
◆
「…呆気ない物ね」
そう言って、
私が殺した方法は簡単。まず、帝具「変幻自在 ガイアファンデーション」を使って鳥に変身。クローステールを範囲が及ばない上空からラバックに接近、降下。着地出来る高度になったら変身を解いて着地し、首を針で一突き。背骨の神経を貫いて身体能力と心肺機能を機能不全とし、念の為に突き落としてトドメ。
これで、終わり。
もう私は戻れない。私は、明確にナイトレイドを裏切った。
そして証明した。私のジャッカルへの忠誠を。私の意地汚さを。私の生存欲を。
これで、私は生き残れる。ジャッカルに殺されなくて済む。私は助かる。
「…これで良いんでしょ?」
思わずそう、呟いた。こんな独り言、意味なんて
「ええ、チェルシー。貴女は見せてくれたわ」
いきなり聞こえた、声。そして同時に感じる気配。ああ、この神出鬼没。間違いない。間違える筈も無い。
「…ジャッカル」
「貴女は一切の躊躇無く、仲間だった人間を殺した。只々「自分だけでも生き残りたい」という自己中心的な思想を元に、貴女は私にソレを見せてくれた」
ラバックの横に、私に見えるように現れた彼女は、少しだけ手で頭のフードを押し上げて、私を見る。私と目線が合った気がした。それだけで、わたしのぜんしんがこおったようにちのけがひいた。
「上出来よ。貴女を認めるわ、私の
その言葉を聞いた瞬間、私の心は安堵に包まれた。足の力が抜けて、思わず膝をつく。そして目を閉じ、胸に手を当ててこの気持ちを噛み締めた。
これで私は助かった。あの光景の中死んでいったオーズベルクのように、ナイトレイドもジャッカルとマインの手で壊滅するだろう。だけど私は生き残れる。私も、ジャッカルの味方となったから。
再び目を開けてジャッカルを見ると、ラバックからクローステールを回収していた。…いえ、正確にはクローステールを身に付けていた。
「それ、貴女が使えるの?」
「便利そうだからね。使える物は何でも使う主義よ?」
そう言って指先を動かして、彼女はクローステールの感触を確かめている。繊細に動かしていたと思ったら、時より大胆に手を動かして。
「…練習台は…あれで良いか」
そう言って、近くにあった別の木に目線を向けて、右手を一振り。
するとクローステールが、その木を一刀両断。斜めに切られたその木は、ゆっくりとズレて落ち始める。
「〜♪」
そして楽しそうに、ジャッカルは両手を動かす。それに合わせて、クローステールは繊細なコントロールの下に木をバラバラに解体していく。
「…」
その光景を見て、私はジャッカルの新たな恐ろしさを認識していた。
ジャッカルはその力もそうだが、それと同時に恐ろしい程に適応能力もある。普通、適応する帝具でもしっかりと使いこなすには数ヶ月の訓練を必要になる。完璧に操ろうとすれば、更に時間がかかるのは当たり前。
だけどジャッカルは。彼女は、
「…化け物」
「化け物とは心外ね」
私から吐き出された言葉に、ジャッカルは否定の言葉を口にした。既に木は解体し終わって、木があった場所には粉々になった木の幹と葉が山のように積もっていた。そして、彼女は私に振り返り、私を見た。
「私は間違いなく「人類」よ?細胞一つ、血の一滴さえ取っても、何処までもね」
ロマニー街道に於ける戦闘の結果
ナイトレイド
損害:ラバック(死亡)、チェルシー(裏切り)、レオーネ(重症)
残存戦力:5人
イェーガーズ
損害:ボルス(死亡)、骸人形数体(損失もしくは損傷)
残存戦力:5人
ジャッカル
損害:マイン(狙撃のプライド、服)
戦利品:千変万化 クローステール、チェルシー(変幻自在 ガイアファンデーション)
新規加入:チェルシー
残存戦力:3人