中立者達の日常 作:パンプキン
ロマニー街道の戦闘の後、
そして
「此処まで帝都から離れてると、手配書も出回ってないみたいだな」
「イェーガーズが配ってるかもしれないわよ、油断は禁物…何してんの?」
横を向いたら、いつの間にかタツミはソフトクリームを二つ購入し、その一つを私に差し出してきた。
「そりゃ分かってはいるけどさ、あまり張り詰めても危ないんじゃないか?もっと自然体でいよう」
「…まぁ、一理あるか」
私がヘマして指名手配されなきゃこんな事にならないもんねぇ…あ、このソフトクリーム美味しい。
「とりあえず、この街をもっと把握しなきゃ話にならないわね」
「今度は東の外側を回ってみようぜ。エスデス達が警護してる中心部には近づかないようにな」
「そうね、聖堂付近は担当になったチェルシーに任せましょう」
◆
(顔や名前がバレてないとは言っても、それでも怖いっていうのは変わりないんだけどねー…)
キュロク中心部にて、そんな愚痴を心の中で呟きながら、チェルシーはナイトレイドとしての偵察を進めていく。周りに溶け込む為、適当な変装を施しており、見た目は他地方からやってきた旅人だ。(普段着の上からジャケットを被っているだけなのだが、存外問題が無かった)
(幸い、この街は迷路みたいに入り組んでるのに加えて、人も多い。紛れ込んで簡単に探りやすいし、万が一の時にはこの入り組みを利用して敵を振り切れそうかな…)
(取り敢えず、その為にもとことん調べよっか。私が生きて帰れる為にもね)
人々の活気の中へと消えていくチェルシー。その姿を、建物の上から見ている者達がいた。
「ねぇシュテン、彼奴周囲を探る動きをしてない?アタシの勘が敵だって言ってるんだけど」
「何より足運びだな。それなりに修羅場をくぐってきた者の動き…気を付けているようだが、儂には分かるぞ」
羅刹四鬼、メズとシュテン。
ナイトレイドを含め、革命軍は羅刹四鬼のキュロク入りという大きな誤算をしていた。当然、まだ羅刹四鬼の存在を感知している筈もなく、その備えは皆無と言えた。
「じゃあ、クロだね。殺しちゃおうぜ」
「違うだろメズ。「魂の解放」と言え」
空に浮かぶ太陽は沈み始め、赤灼けに染まり始めた。暗殺者の舞台となる夜になれば、羅刹四鬼の狩りが始まるだろう。その時、キュロクの人々が知られざる内に革命軍の血が流れるのは言うまでもない。
◇
チェルシーが刺客の存在に気付いたのは、数時間後の事だった。
地形の把握を終え、ふと周囲を見渡した時に見えた、建物の屋上の人影。そして背筋をなぞった「死の気配」。己が狙われているのは、確信的だった。
(絶対に一人じゃない…あと一人か二人は何処かに居る。だけど私が気付いているのを向こうに気付かれたら、隙を見せた瞬間にすぐに殺される。どうにかしてさりげなく、だけど確実に逃げないと…)
既に日は傾き、空は暗く、漆黒に染まりつつある。それに合わせるように、人の行き来も疎らになり始めている。夜にもなれば、人々は家へと帰り、静寂がキュロクを包み込むだろう。その時、チェルシーを狙う刺客は殺しにかかるのは確実だ。
それまでに何としても、彼女は刺客を振り切って逃げなければならない。そもそもチェルシーの技量は「暗殺」に特化しており、「戦闘」などは全くの専門外なのだ。街中で刺客に襲われる事自体がほぼほぼチェルシーの死に直結しており、故に焦っていた。
なるべく自然に、しかしほんの少しだけ速くなった歩みでキュロクの郊外の通り道を歩き、何本かの交差点で曲がっていく。
そしてもう一本の道を曲がった直後、チェルシーは其処で初めて気付いた。
(………あ、ヤバイ)
焦りから、誤って人が行き来しない郊外の裏通りに、辿り着いてしまった事に。
────ゾワァッ!
(やっぱ、り…!)
全身で感じ取れた死の気配で、彼女は確信した。最早、刺客は夜を待つ必要など無くなったという事を。
それを裏付けるように、先の曲がり角から人影が出る。僅かに差し込むだけとなった太陽の光だが、同時に白く輝く月の光でよく見えた。女性…否、それは彼女にとって今一番会いたくない敵の一つだった。
(羅刹、四鬼…!)
壊滅したオールベルクに所属していた頃、帝国の要注意リストの中に並べられていた先頭集団の一つ。顔は完全に把握していた為、目の前に現れた羅刹四鬼はメグである事は、すぐにわかった。
(てことはっ!?)
一人のはずが無い、そう結論付けていた自身の推測が外れている事を願ったが、残念ながら的中した。すぐに後ろを振り返ると、逃げ道を塞ぐように道の真ん中に立つ羅刹四鬼の一人であるシュテンが仁王立ちで立っていた。
(…!)
状況は最悪。
場所はキュロクの裏通り、敵は羅刹四鬼の二人。位置関係はチェルシーの前後を挟み、逃げ場は無し。チェルシーが持つ道具は帝具の変身自在 ガイアファンデーションと暗殺道具の針一本。
状況を鑑みれば、最早突破方法は無し。死、あるのみ。
「…ッ!」
状況を把握して、思わず一歩後ずさる。余計にシュテンに接近するだけだ。
羅刹四鬼が歩き始めた。一歩、また一歩。ゆっくりと、恐怖を味わわせるように。
(い、やだ、いやだ、いやだいやだいやだ!)
全身に冷や汗が流れ、思考が焦りで鈍り、身体が震える。脳内のアドレナリンが大量分泌。目の瞳孔が開き、心臓が張り裂けそうな程に鼓動し、呼吸が速くなる。思考を回す。
時間がスローモーションになったかのようになった。アドレナリン大量分泌による思考速度の上昇だ。思考を回す。
ゆっくりと、何倍も遅くなった羅刹四鬼が近付いて来る。思考を回す。
逃走方法が思い付かない。どう逃げても彼女には死ぬ未来しか見えない。思考を回す。
詰み、チェックメイト、ゲームオーバー。彼女の思考がその一点に染まり始めた。思考を回す。
人間である彼女に、この死から逃れる方法は無い。思考を回す。
(────あ)
見えた。
それは、普通ならば絶対に実行不可能な方法。ましてや普通の人間ならば思いもつかない方法。だけれど、彼女にはそれを叶える方法がある。
ならば、あとは実行するだけだ。
「フゥー…」
大きく息を吐き、覚悟を決める。被っていたフードを外し、ポケットに忍ばせていたガイアファンデーションを右手で取り出す。
それを見た羅刹四鬼のメグが、初めてニヤついた笑みを崩した。
「…シュテン」
歩みを止め、チェルシーの行動に警戒する。後ろのシュテンも同じ結論に至ったようだ。
帝具というのは、形は様々だ。時には武器ではないような帝具も存在する。そして、チェルシーが取り出したのは見た目は唯の化粧品だ。だがそんなものをこの状況下で取り出す人間など一人も居ないだろう。故に結論は一つに固まる。この女も、帝具使いの一人である事に。
それを指し示す様に、チェルシーは右手を振った。すると一瞬で煙が発生し、チェルシーの全身が煙の中に消えた。
しかしそれはほんの一瞬の事。二、三秒程度で煙は晴れた。
しかし、其処に居たのは
体長は120〜130cm前後と小柄。四つ足でそれは立ち、尻尾は天に立つ程に逆立っている。見た目はパッと見ると狼に近いだろう。しかしメグとシュテンは全く違う結論を出していた。
それは、特級危険種として知られている生物。個々の力は弱けれど、然し侮るなかれ。己の武器と高い知能に裏打ちされた絶妙な集団戦で強大な危険種をも狩り得る、自然界の狩人。
「ウォォォォオ───────────ン!!」
人々は、その危険種を「危険種殺し」ジャッカルと呼ぶ。
「人間」で敵わなければ、「