中立者達の日常   作:パンプキン

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投稿した後に気付いた。
今日が祝(?)二周年であるという事に。


生きる為

彼等の、その日の狩りは大成功を収めた。

特急危険種一体に見事完封勝利し、その肉は全て彼等の胃の中へと送り込まれ、翌日の運動エネルギーと化すだろう。その為にも、今日は最早動く必要性は無くなり、彼等の縄張りにて身体を休めていた。

自然豊かな森の中、彼等はそこで静かに眠ろうとしていた。身体を丸め、目を閉じれば容易にそうなるのだろう。一頭、また一頭とそうなってゆく中、遂にはリーダー格である彼も眠る為に目を瞑る。

 

 

 

────────!

 

 

 

その直前、彼等の耳に届く音。

超音波として遠方にまで運ばれてきたそれは、彼等の脳を瞬時に覚醒させ、そしてその音を聴くには十分過ぎる音量と時間があった。それにより、彼等は確信する。

 

仲間(同胞)が、助けを求めている】

 

その後の行動は極めて迅速。全頭がすぐさま声の方向へと走り出す。その最中にリーダーを先頭に、そして子と雌を内側に編隊を組む。その姿は森に隠れて見える事は無いが、もし広野などならば、その長方形と三角形が混成された見事な並びが見えたのだろう。

聞こえた声は僅かに一つ。逸れの仲間か、それとも群れが全滅したか。敵は何か、正確な場所はどこか。何一つも分からない。しかし、彼等には仲間(同胞)を見捨てるなどというという選択肢は無かった。それは一重に、彼等は仲間との絆が強く、そして信頼している。

故に、危険種殺しである「特級危険種 ジャッカル」は危険種殺しへとなり得た(・・・・・・・・・・・)のだ。

 

 

 

 

 

 

走り出してから、数分が経過した。

編隊を少しずつ広げながら高速で進むが、声の主の位置は分からず。それどころか、遂には人間達の縄張り(キュロク)の目前まで迫りつつあった。彼等は、人間の恐ろしさを知っている。単体ならば自分達よりも遥かに弱いが、それ以上に「物量」と「知恵」がある。彼等の遺伝子は、舐めてかかって押し潰された同胞達の末路を見てきた同胞の光景を、確かに刻み込んでいた。

リーダーは一つの決断に迫られていた。選択肢は二つ。

 

1.人間達の縄張りを迂回し、編隊を分離させて周辺を捜索する。

2.犠牲を覚悟で人間達の縄張りへと突入し、窮地に立たされている仲間を探し出す。

 

まず1。これは時間は掛かるが確実に仲間を見つける事が出来る。しかし助けを求めている仲間に、果たしてその時間があるのか。2は1よりも遥かにリスクが高い。突入自体は可能ではあるが、人間の報復の威力は良く知っている。下手を打たずとも、何れ全滅してしまう可能性は極めて高い。更に突入したとしても、確実に仲間を見つけられる保証などどこにもないのだ。選択肢は実質無かった。

 

しかしある要因が、この決断を変更する事となる。

 

 

────スン。

 

 

 

「!」

 

鼻腔を僅かに擽った、しかし確実に伝わるフェロモンの匂い。即座に全頭はフェロモンの残滓を辿り始める。同時に編隊の間隔を調整し、戦闘態勢へと移行。変わらず森の中であるにも関わらず、それは見事な編隊運動である事に変わりは無い。

 

確実に濃くなってゆくフェロモン。そして敵であろう、二つの異なる匂い。この匂いの違いを彼等は識別した。

 

前方、遠方より僅かに聞こえた衝突音。その音を拾った群れは即座に反応。中央部は速度を大幅に落とし、左右は逆に速度を上げて分離。包囲を築き始める。

 

後300m。包囲が完了。同時に、僅かな血の匂いを一部の個体は拾った。

 

後100m。リーダー格の個体が突出。いの一番に突撃を開始する

 

後10m。強烈な匂いの元、彼はジャンプ。先制攻撃を行う。

 

0m。先制攻撃は失敗。敵を目視。人間2体。他に人間1体を確認するが、彼の頭脳は即座に敵ではないと見抜いた。強烈に残るフェロモンがそれを示していた。

 

 

 

人間の存在は、確かに恐ろしい。

しかし仲間(同胞)を、仲間(同胞)が認めたそれを見捨てる程彼等は冷酷ではない。故に彼等は怒る。故に彼等は、敵を許さない。

 

 

 

 

 

 

(物量)(強さ)

それは戦いの勝敗を決める二大要素である。

勿論理想的なのは、敵に対して(物量)(強さ)の両方が圧倒出来る事である。しかし現実的ではないとは言うまでも無いだろう。故に戦術や武器などの幾多幾千、幾万幾億の「搦め手」が生み出されてきたのだ。

しかし結局の所、(物量)(強さ)が極めて重大な勝敗要素であると言うのには変わりがない。一騎当千の強さを持つ強者がいたとしても、文字通りの「数千数万の物量」の前には押し潰されるだろう。しかしその数千数万の物量も、一騎当千の強者が数十名揃えば、「質が数を押し潰す」なんて言う事も、極めて困難ではあれど決して不可能であるとは断言出来ない。

現にその象徴として例えることが出来るのは、世界の何処かに今も生息する超級危険種。常人にとっては、彼等の一挙手一投足が最早「災害」そのものである。攻撃などしようものなら、容易に地形を作り変え、人の営みなどは容易に吹き飛ぶ。そんな生ける災害でも、その個体数は極端に少ない。正確な数字は今も尚測れていないが、大多数の意見では「個体数が3桁を超える事は無いだろう」とされている。つまりは半分絶滅危惧種であると同時に、強さ()(物量)を押し潰せるケースは極めて、極めて稀であるという一つの証拠でもある。

 

 

さて、今回の闘争の主役は人間が2人(メズとシュテン)と『危険種殺し(ジャッカル)』87体。

質は皇拳寺輩出の達人、羅刹四鬼であるメズとシュテンが大幅に上回る。しかし数は圧倒的に『危険種殺し』が上回る。正に質と数の激突。

 

「グルアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

先制攻撃を行ったリーダー格の個体がメズとシュテンに向けて咆哮。それは威嚇でもあり、己に付き従う同胞への合図であった。

 

瞬間、86体の『危険種殺し』がメズとシュテンへと向けて突撃を開始する。それは一体一体がほんの僅かに間隔を開けた連携であり、そして前後左右から襲い掛かる包囲攻撃。

すぐにメズとシュテンは迎撃(防御)に回る。手加減無し、全力を以て彼等に立ち向かう。が、それは間違いであったと数瞬後に悟る事となる。

 

2対87。

そう、そもそも根本的な話をすれば「物量」が違い過ぎる。質が大物量を上回るのは、極めて困難であるという事実を忘れてしまった彼等は取る最善策は、戦う事ではなく「逃走」であり、それを選ぶべきだった。

 

二人の迎撃戦は、僅か2秒で破綻する。当然だ。たった二人で86体による、前後左右からの波状攻撃を防ぐには手数も人数も、そして実力が致命的に足りなかった。

最初の綻びは、8体目を捌ききった瞬間だった。8、9体目がメグの右腕、左肩に噛み付き、その勢いのまま体重が軽かったメグを押し倒す。

この時点で迎撃力の半分を喪失し、決定的な死角が生まれた。其処を突かない筈もなく。

後続がメグと仲間達を飛び越え、シュテンの死角から襲い掛かる。シュテンはメグが倒れた事こそは認識していたが、果たしてそれに対応出来るかどうかと言えば、否である。

14、5体目が隙を突いて右脚、腹部にその牙を突き立てる。特に右脚に噛み付いた個体は咬合力が一際強かったのだろう。ミシミシと右脚の骨が軋む音が響いた直後、なんと右脚を食い千切ったのだ。

当然、右脚を食い千切られたシュテンもバランスを崩し、転倒。この瞬間、メグとシュテンは対抗手段を失った。

 

倒れた哀れな獲物(人間)に群がる獣達。断続する悲鳴(断末魔)。響く咀嚼音。

簡単には死なせない。出来うる限りゆっくりと、急所を外しながら喰らう。グチャグチャと皮膚を食い破られ、その下に隠されていた筋肉、骨、血管、内臓が段々と体外へと露出していく。しかし死ねない。未だにその苦痛をその身で以て味わい、死よりも尚苦痛であるソレを味わい続けていく。

 

 

 

(────ざまぁみろ)

 

 

 

その光景を、チェルシーは倒れた身体を僅かに動かして見ていた。

この流れは彼女が仕組んだモノ。万が一、自分が追い付かれた時の保険(道連れ)として即興で用意していた。彼女はガイアファンデーションの特性を最大限に引き出す為、あらゆる生物の生態を独自に研究してきた。故に特級危険種 ジャッカルの生態を誰よりも知っており、そして彼女はそれに賭けた。

結果は見ての通り。彼等は『危険種殺し』の二つ名に恥じぬ実力を見せ、見事に羅刹四鬼の二人を討ち取るに至った。

 

しかし彼女は、同時に己の命も諦めていた。

 

 

────ザッ。

 

 

(やっぱりねー…)

 

チェルシーに近付く一体のジャッカル。それは彼女にとっては当然の事であろうとの認識だった。仲間を助けに来れば、居るのは人間3人だけ。仲間も見当たらず、唯々敵しか居ないと見ても何ら不思議もない。だからこそ、彼女は此処からの生還を諦め、目を閉じた。これから襲う苦痛から僅かな時間、目をそらすように。

 

しかし、結論から言おう。

 

 

────ペロ。

 

 

彼女が思う未来図は、訪れる事はなかった。

 

「いっ…?」

 

傷口を舐められ、その痛みに思わず目を開け、入ってきた光景に思わず驚愕する。

『危険種殺し』が不安げな雰囲気で、チェルシーの傷口を舐めている。予想だにしなかった事に脳裏は疑問符で埋まり、そして彼女は一つの事実を確信する。

 

(生き残っちゃった、か。)

 

ハァ、と大きく溜め息をつき、深呼吸。大きく息を吸い、痛む身体を起こし始める。

 

「い゛っ、だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………!!」

 

瞬間、全身に激しい痛みが走る。それは常人ならば即座に再び地に伏せるような、身体が引き裂かれたと錯覚するような激痛。しかしチェルシーはそれを耐え、ゆっくり、ゆっくりと両足で立ちきる。しかし全身の激痛は変わらなく襲い続けており、その両目からは涙がポロポロと零れ落ちる。

 

「…ありがと…心配しなくて、大丈夫」

 

傷口を舐めていた『危険種殺し』に礼を言い、背を向けて彼女はゆっくりと歩き出した。

死に損なった彼女が取る行動は、『生還』。此処で死ねないのならば、まだ生き続けなければならない。それが、彼女が生き続ける原動力であるのだから。


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