中立者達の日常 作:パンプキン
ボリック暗殺決行日、深夜1時。
大聖堂手前まで開通したトンネルを通り、ナイトレイド陽動班のレオーネ、ナジェンダ、スサノオの3人は闇夜の中、大聖堂へと進んでいた。大聖堂外周の警備兵達は、レオーネが百獣王化 ライオネルの瞬発力を活かして無力化。安全を確保した上で大聖堂屋上へと上がり、中庭に侵入。当然、中庭には其れ相応の数の警備兵がいる為に見つかる。が、陽動班の目的は正にそれだ。
陽動班は警備兵の大群を物ともせず、容易く蹴散らして行く。
本命は後に到着する強襲班、アカメとマイン。空からの奇襲を成功させ、
しかし、この作戦は決行前より瓦解していた。
「エスデス将軍、大変です!賊が、賊が数名突然中庭に現れました!」
「やはり来たか、ナイトレイド。…情報通りだな。クロメ、ラバックはボリックを徹底マークしろ。決して離れるな」
「「了解」」
一つは、イェーガーズに全作戦工程が漏洩していたという事。
一つは、ナイトレイドに
「…これだけ騒ぎを起こそうが、中から出てこないか…」
「逃げた可能性は?」
そしてもう一つは。
「それは無いわね。態々貴女達だけの為に逃げる必要は無いんだから」
『!』
帝国に名を轟かせる、彼の傭兵が居た事だ。
◇
大聖堂中庭にて、睨み合う4人。
3人の視線に貫かれながらも、ジャッカルは全くの自然体でナイトレイドと真正面に相対していた。
「お前は…」
「貴女達と顔を合わせるのは初めてね。まぁ分かってるだろうけど、私がジャッカルよ」
「…」
ジリ、とスサノオは誰よりも早く構える。いつかの時、彼女と相対した時の記憶が蘇る。あの時、確かに己の意思で行動したとはいえ、何か、ソレとは違う意思が働いたのも事実。それ故にスサノオから見た彼女は得体の知れぬ人物であった。
…いや、正確に言えば今相対している全員が同じ思いであった。
「…そこ、退いてくれないか?そうしてくれた方が私らは非常に楽なんだけど」
「お断りよ。第一、私の受け持った依頼はナイトレイド撃滅。私が見逃す理由は皆無よ」
ジャッカルの周囲にクローステールが展開。それによって月夜に照らされた糸群が、ジャッカルの周囲をふわりと浮遊する。
「クローステール…お前がラバックを殺したのか」
「ええ、そうね。使いやすかったから有り難く頂戴したわ。例えばこんな風にね」
瞬間。ジャッカルは両腕を大きく振るい、更に両手指の操作によって浮遊していたクローステールがレオーネ、ナジェンダ、スサノオに向けて高速で殺到。それと同時にナイトレイドは散開。それぞれ僅かに進行方向をズラし、クローステールを避けながらジャッカルに向けて突撃する。
が、ジャッカルは素早くそれに対応。一部のクローステールを槍状に纏め、射出。超高速で放たれたソレは、回避しようとしたスサノオの腹部に命中。更に其処から一部が分離。地面に縫い付いてスサノオを行動不能に陥れる。
その僅かな時間で、レオーネはジャッカルに接近を完了。百獣王化 ライオネルの恩恵を存分に利用し、獣の瞬発力で以って右方からジャッカルへ回し蹴りを放つ。更にレオーネの攻撃より僅かに早く、ナジェンダは右腕の義手に搭載された射出機能を起動。ワイヤーの音を軋ませながら高速でジャッカルへと飛来する。敢えてジャッカルの視界内で攻撃する事により、レオーネの強力な一撃を命中させる確率を上げたのだ。
「ふふ」
しかし、それさえも彼女には通用しない。
レオーネの回し蹴りはジャッカルの左手によって受け止められるどころか、左手一本でレオーネの身体を振り回し、飛来していたナジェンダの右手を弾き、地面に叩きつける。そして流れる様に右手にリドリーを持ち、連射。至近距離から発砲された50口径弾5発は正確にレオーネの胴体に全弾命中。両肺と胃を貫通するその射撃に加え、クローステールの追撃によってスサノオ同様に身体を地面に縫い付けた。その縫い付け方は、胴体を中心に数十箇所をクローステールが身体を貫通させているという、極めて激痛を伴うやり方。それ故にレオーネは余りの激痛に言葉も発する事も出来ず、固定された身体が激痛を逃れる為に暴れ、その為に更なる激痛が襲うという無慈悲な悪循環を味わっている。
「…これで二人は獲った。たった十秒程度でこの体たらくってどういう事かしら?元ナジェンダ将軍」
「ぬ、うぅ!!」
ブチブチと、スサノオは無理矢理クローステールを引き千切り、地面の固定を解除する。そして刺さっていた残りのクローステールを引き抜き、再度ナジェンダの盾になるような位置で相対する。
「…ふむ。腐っても生物型帝具、唯固定するだけじゃ脱出は容易ね」
「黙れ。今の一攻防でお前の危険性は把握した。お前は、此処で倒れなければならない」
「それは私じゃなく、貴方達ナイトレイドよ。第一…………」
不意に、ジャッカルの言葉が途切れる。その不自然さに警戒しつつも観察すると、気付く。外套に身を包んでいた故に気付くのが遅れたが、彼女の視線はナジェンダとスサノオを注視していたのでは無い。「二人の上方」を注視していた。
「…大分無茶な登場の仕方するわねぇ。構わないけど」
その言葉と同時に、ナジェンダとスサノオの周囲を影が覆った。
◇
時は遡って、1時間前。
キュロクより約1km離れた荒野にて、アカメとマインは作戦開始時間を待っていた。二人の足となるエアマンタは地表に着地して待機しており、アカメとマインはそれぞれ手頃な岩に腰を下ろしていた。
特にこれといった会話は無く、アカメは鞘から抜いた一斬必殺 村雨の状態を、マインは浪漫砲台 パンプキンの最終確認をしていた。
そんな少し奇妙な雰囲気の中、時間を確認したアカメは村雨を鞘に格納し、立ち上がる。
「…そろそろ時間だ。私達も行こう」
「ええ」
一言ずつの会話。しかしそれで十分であり、アカメがマインより早くエアマンタに向けて足を進めていた。
マインは気付かれぬように途中で立ち止まり、静かにパンプキンの照準をアカメに合わせる。
そして、引き金を引いた。
「────ッ!!」
その瞬間、僅かに漏れ出てしまった殺気をアカメは察知。素早い右へのステップでマインの一撃を避けた。
が、それを見たマインは即座に連射。アカメは全速力でそのまま弾幕を掻い潜りながら、己の身体を隠し切れる岩の陰へと隠れた。
「…チッ、しくった」
「…どういうつもりだ、マイン」
「どうもこうも、「こういう事」よ。アカメ」
「………何故、裏切った?何がお前をそうさせたんだ?」
「……ふ、フフ」
「フフフ、アハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
アカメから放たれた言葉を聞いたマインは耐え切れずに微笑う、笑う、嗤う。
そして彼女は満面の笑みを浮かべながら、今まで自身の心の底に溜め込んでいた言葉の数々を吐き出し始めた。
「なぁに自分に都合の良い解釈をしてるんでしょうねぇ貴女は!!私が裏切った!?そんな訳ないでしょう!?そもそも私が、好きであんたらみたいな有象無象に付き従ってる事自体が凄く、ものすっっっっっっごく疲れる重労働だったわ!!そもそも誰が嬉しくて二流共に合わせて暮らさなきゃいけないのよ!?あの人の頼みじゃなかったらアンタらごとすぐにブチ殺してたわよ!!アンタらにはホンットに私をイライラさせる才能があるわね!!」
「ああ、嗚呼、でも今日は今までのクソッタレな日々の中では最良の日だわ!!漸く
その時、マインの様子が更に豹変し始める。パンプキンを取り落とし、身体が震え始め、瞳孔が大きく見開き、己の身体を抱きしめる。
「アハ、アハハハ!!あぁ思い出した!!貴女そういえば姉さんに刃を向けたわね!?貴女如きが、クソのようなお前が、姉さんを殺そうとした!?」
「許せない、許せない、絶対許せる訳無い!!あの日、唯々腐りに腐って裏路地に惨めに死ぬ筈だった私を姉さんは手を差し伸べて救ってくれた!!何の価値も無い、ゴミ同然だった私に価値を見出してくれた!!私の汚れきった姿を「綺麗だ」と言ってくれた!!屑同然だった私に「愛情」を「力」を、「家族」を教えてくれた!!何もなかった私に、「素敵な世界」を見出してくれた!!そんな姉さんを、殺そうとしたァ!?」
「ふざけるな、ふざけるなふざけるなフザケルナ巫山戯るな巫山戯るなぁ!!」
「姉さんの敵は私の怨敵!!姉さんを殺そうとした奴は全員ブチ殺す、この世の生き地獄を味あわせてやる!!」
最早マインは、おおよそ正気ではない。身体は震え、両目は充血し、口からは涎を垂らし、ギンギンに見開いた目が岩陰から覗いていたアカメの顔を捉える。
「アンタは絶対に逃がさない、此処で姉さんを殺そうとした大罪を清算しろォ!!!!」
その瞬間、マインはパンプキンを蹴り上げてグリップを掴み、照準を碌に合わせず引き金を引く。しかし
それが終わらぬ間に、マインは縦に振るう。結果としてその砲撃はまるで鞭のようにアカメが隠れる岩へと向かって行く。勿論アカメは横に再度飛んで回避。その数瞬後、アカメが隠れていた岩は砲撃に呑まれ、その存在を消失させた。
「葬る!!」
アカメは、村雨を抜いてマインへと斬りかかる。
「アハ、ハハハハハ!!アンタが私を殺す!?私がアンタをブチ殺してやるわ!!」
マインは、パンプキンを再度アカメへと照準する。
帝国を裏切った暗殺者、革命軍を裏切った
裏切り者同士の戦いが始まった。
後は、本当の自分自身を曝け出すだけ。