中立者達の日常   作:パンプキン

3 / 22
ジャッカルとは、特級危険種の一種に分類される肉食生物。体長120cm前後と危険種の中でもかなり小柄。特筆すべき特徴は骨をも噛み砕く強靭な顎、肉を容易に切り裂く鋭い爪、あらゆる大地を高速で駆け抜ける事が出来る脚力、他環境への適応能力、そして高い知能。
個々の力は弱いが、集団行動及び集団戦を得意とする。中でも有名なのは「他の危険種が狩った獲物を横取りする」という行動である。
高い機動力と高度な集団戦の組み合わせは、他の危険種ではまず見られない能力。時と場合と環境によっては、漁夫の利によって横取り相手をも狩るというケースや、規模が大きく統制が取れた群れだと特級危険種を真正面から狩るというケースが見られる事も少なくない。
以上の事により、ジャッカルは個々の力が評価、分類される危険種の中でも例外的に特級危険種と認定されている「危険種殺し」でもある。

余談ではあるが、とある傭兵のコードネームの由来もこの生物の名であると推測されている。


首取られザンク

「今回の目標は、帝都で噂の連続通り魔だ。深夜無差別に現れ、目に入った者の首を次々と切り取っている。もう何十人殺されたかも分からん」

 

今回の標的は首切りザンクか…いつもよりかは気合い入れないとならないわね。何せ、いつも殺るような連中とは一味違う。

 

「その内の三割が警備隊員なんだろ?強ぇな…」

「間違いなく首切りザンクだろうね」

「なんだソレ?」

 

…割と知名度は高い方だと思うんだけど、首切りザンクの名は。

 

「あんた、ホントど田舎に住んでたのね」

「スミマセン、私にも分かりません」

シェーレ(ド天然)は普通に忘れてるだけだと思うわ」

 

ホント、フリーの時はよく暗殺稼業やってこれてたわね。つくづくあんたの事が不思議でならないわ。

 

「それで、どんな悪党なんだ?そいつは」

「元々は帝都最大の監獄で働いてた首切り役人だったらしいわ。大臣が政治を取り仕切ってから、毎日命乞いする人間の首を切り落とすようになり始めて、何年も続けてるうちに首切り自体がクセになったそうよ」

「…そりゃおかしくもなるわな」

「そういう意味じゃ、首切りザンクも大臣によって生み出された被害者よ。で、監獄で斬ってるだけじゃ物足りなくなって辻斬りに」

 

これだけなら話は簡単なんだけど…今まで処理出来ていなかった理由は、首切りザンク自身が「帝具持ち」であるという事。千年前の帝国が生み出した48の超兵器の一つを保有している以上、大抵は帝具持ち同時でない限り、とても歯が立たない。

 

…まぁ姉さんなら、そんな事関係無しに撃ち殺せるけどね。

 

 

 

 

 

 

同時刻。

帝国内に存在する複数のアジトの一つに、ジャッカルはいた。

 

「さて…どうしようかしらね」

 

そう言う彼女の手には、3つの依頼書があった。

一つは帝国から。一つは帝国市民から。一つは帝国市民に扮した「革命軍」から。

ジャッカルは帝国以外にも依頼を受け取るルートを複数用意してあり、そこから個人や組織などからの依頼を受け持っている。

 

(帝国からは、離反の兆候が見られるナカキド将軍及びヘミ将軍の暗殺。帝国市民からは、巷を騒がせている首切りザンクの抹殺。革命軍からは、大臣派である政治家の暗殺)

(とりあえず革命軍の依頼は却下。それらしい文章で隠してるけど、こんな見え見えの罠に引っかかる程馬鹿じゃないわよ、私は。帝国の依頼は…やっぱり時間制限付きか。とはいえ、まだ余裕があるから幾らか後回しに出来るわね。首切りザンクは特に期間指定はされてなく、報酬は前払いで既に受け取っている。既に断る選択肢は無い)

(優先順位を付けると首切りザンク、将軍暗殺。特に首切りザンクは、ナイトレイドの標的になる可能性が高い。万が一横取りされれば折角の前払いを返却しなきゃならない…首取りレースね)

 

(そうとなったら、さっさと見つけ出して殺りましょ。報酬をナイトレイドに取られるのは癪だわ)

 

行動指針を定めた彼女は、すぐに準備を始める。

いつもの仕事着(フード付きの薄いコート)を羽織り、隠し武器庫を解放。ハルコンネンと30mm弾を取り出し、ハルコンネンの尾栓を垂直に回転させて解放、30mm弾を装填し閉鎖。安全装置を掛けてベルトを肩に通す。更に予備弾薬を2発、コートの下に仕込む。次に、2丁拳銃「カスール&リドリー」を取り出してマガジン、初弾を装填。ホルスターにしまい、更に予備マガジンを3本ずつ、これまたコートの下に仕込む。カスール&リドリーを使う機会自体は滅多に無いが、「不測の事態」が起きる可能性はゼロではない。準備し過ぎて損をする事は無い。

武装の準備を終えた彼女は、次に帝都の地図を広げ、捜索ポイントを大まかに決定する。幾らジャッカルといえど「個人」である以上、「組織」で動くナイトレイドには捜索力は劣る。なので最初から大まかにポイントを絞り、最初から偵察範囲を限定化する。其処に首取りザンクは現れるのか、それともナイトレイドに遭遇するかは完全に運次第だが、其処は今まで積み上げてきた傭兵の経験値と勘でカバーをするしかない。

 

(…大体はこんな感じか。後は実地で調整ね)

 

そして全ての準備を終えた彼女は、アジトから外へと踏み出す。まだ太陽の光は明るい。今の内に帝都に忍び込んで偵察ポイントの微調整、及び移動ルートを想定する。

下準備の段階から、既にジャッカル(傭兵)の「戦闘」は開始されるのだ。

 

 

 

 

 

 

満月の月が照らす、真夜中の帝都。その中の建物の屋上より、彼女はハルコンネンのスコープを覗いていた。

 

(…現在も目標は現れず)

 

目標(首切りザンク)及びナイトレイドの推定行動開始時間は1時間前に到達。帝都警備隊も行動を活発化されており、予断が許されない緊張状態が帝都を包んでいる。彼女は2時間前から複数の偵察ポイントで目標を捜索している。

首切りザンクが保有している帝具の情報は、帝国より提供されている。名前は「五視万能 スペクテッド」。能力はその名の通り、視界情報的アドバンテージを使用者に与える。五つの能力の内判明しているのは「遠視」のみであり、複数の能力同時使用は不可能であるという事のみ。全ての能力が判明されている訳では無いが、彼女からすれば何も判明されていないよりは全然マシだ。

彼女の考えでは、遠視能力による最大捕捉範囲は最低でも5km。更に高低差による視界拡大も考慮すると7〜8kmと想定。そして警戒態勢にある帝都内に不規則に現れるという事は、少なからず遠視能力による偵察を行なっていると予想。更に効率的な偵察を行うとなると、帝都でも特に高度が稼げ、容易に到達出来る建物は自然に絞られる。後は、予測捕捉地点を立てて待ち伏せるだけだ。

 

(此処に居るのはナイトレイドのみ。移動ね)

 

一定時間が経過したのを体内時計で把握し、静かに、かつ迅速に建物を飛び移って次の偵察ポイントへと移動する。既に偵察ポイントを一周し、二週目へと突入。現在の偵察戦果は、ナイトレイドが最低でも4人以上で活動している事実のみ。肝心の目標は、影も形もない。

 

(久し振りに、予測が外れたかしら)

 

そんな事を考えてる内に、次の偵察ポイントに到達。すぐさま屋上の縁でしゃがみの姿勢に入り、ハルコンネンのスコープを覗いて偵察を開始。高度が稼げる建物の屋上を重点的に捜索するが、目標は一人。忍耐力との勝負だ。

 

不意に、時計台の上に佇む男性の後ろ姿をスコープに捉える。

 

(──BINGO。距離4370m、高低差+18m、風速左8m〜右3m、ここからの狙撃は無謀ね)

 

そのまま監視を継続するが、彼女の存在に勘付いた様子は無い。寧ろ、何かに気を取っているような雰囲気が出ている。

 

(目標が興味を引くとしたら、恐らくナイトレイド。遠視能力で捕捉したか)

(…丁度良いわね。少し泳がせてみましょう)

 

 

 

 

 

 

 

時は進む。

首切りザンクは、ナイトレイドメンバーのタツミを目標として行動を開始。スペクテッドの能力を用いてコンビのアカメと距離を離し、交戦。タツミを事実上戦闘不能にするが、殺害前にアカメが救援に到達。此処に帝具持ち同士の死闘「帝具戦」へと移行。

最初こそは互角の戦闘を展開したが、やがてスペクテッドの能力を破られた首切りザンクが不利へとなり始め、最終的に切り札であった「幻視」能力さえもアカメに破られ、両腕の仕込みブレードの耐久力も限界を迎えた。

 

「ぬぅああああ!!死んでたまるかあああ!!」

 

首切りザンクの咆哮が周囲へ響き、最後の攻防が始まる。

ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。次々と繰り出される双方の剣技は、確かに決定打に欠ける。しかし。

 

(なます切りにする前に、俺の剣が…!!!)

 

首切りザンクの武器は既に限界。ヒビの入った剣で極めて耐久性が高い帝具(村雨)と打ち合っていれば、どうなるかは明白だ。

アカメが繰り出した切り上げによって、遂に首切りザンクの剣が粉々に破壊。同時に両腕も高く舞い上がり、余りにも無防備な隙が生まれる。

 

「葬る──!?」

 

首切りザンクにトドメの一撃を刺そうとしたアカメの視界に、異常が映る。それを捕捉したのは最早奇跡、偶然と言って良い程幸運な事だった。何故ならば、アカメでもほぼほぼ点でしか映らなかったのだから。

戦いの場より、600m前後離れた廃墟の屋上。其処に、巨大な「砲」を構えた何者かが見えた。

 

砲炎。

 

「くっ!!」

 

アカメは回避行動としてすぐさまバックステップ。首切りザンクはアカメが突然取った行動に呆気を取られた表情を見せ、それが最後の表情となった。

次の瞬間、飛来した砲弾が首切りザンクの胴体を貫通して粉々に吹き飛ばし、更にアカメが一瞬前までいた地点の地面に着弾し、爆ぜた。首切りザンクの上半身は粉々となったのだが、不幸なのか幸運なのか、頭部と両腕及び下半身はほぼそのまま残った。頭部と両腕はそのままの地面に落下し、残った下半身も己の血の海に沈む。

 

「なん、だ!?」

 

倒れていたタツミが驚愕の声を上げる。アカメ自身も、表情には出していないが冷や汗を流していた。回避出来たのは良かったものの、もしあの時点で気付かなければ、自身もザンクと同じ末路を辿っていたのは明白だった。そして明らかに帝都警備隊でも無い完全な第三者であり、完全な不確定要素。可能ならばザンクの帝具を回収したかったが、見晴らしが良過ぎる此処では余りにもリスクが伴う。いつ次の攻撃が来るか分からない以上、アカメの行動の選択肢は一つだった。

 

「タツミ、逃げるぞ!!」

 

此処から直ちに逃走する。帝具「一斬必殺 村雨」を納刀し、負傷して動きが制限されているタツミを抱えようと駆け出した。

 

 

 

「あら、それは残念ね」

 

 

 

しかし、その選択肢さえ彼女は潰しに掛かる。

 

(速い──!?)

 

条件反射に近い形で村雨を抜刀、声の方向(後方)へと身体を向け、構える。其処にいたのは、暗闇に溶け込むかのように存在感を薄めた、フードを被った人物。背中には巨大な砲を携行しており、一見すると隙だらけ。しかし、それはあくまでも「側」の話だ。

 

「…何者だ」

「まずは何事も、自己紹介が最初じゃない?第一印象はその後の関係に大きく関わるわよ」

「…」

「ハイハイ、分かったわよ…初めまして、悪名高いナイトレイド。私の名はジャッカル、唯の傭兵よ」

「…お前がジャッカルか。我々の標的である以上、葬る」

「あらら、仲良くしようって雰囲気でもないか…まぁ良いわ。どっちにしろ、ちょっと興味も出たし」

 

そう言いながら全く落胆した様子のない声色で、ジャッカルはカスール&リドリーを両手に持つ。

 

「私をあまりガッカリさせないでよ?態々貴女の土俵で戦ってあげるんだから」




ハルコンネン
ジャッカルの代名詞とも言える超遠距離用携行型スナイパーカノン。
口径30mm、銃身長170.2cm、重量21.73kgと、大砲を無理矢理個人でも扱えるようにしたかのような狙撃火器。
装填方法は中折れ式を採用し、30mm弾1発を装填可能。射程も約4kmと長大であり、尚且つ長銃身による高い命中精度と弾速によって超遠距離狙撃を可能とした。オプションに倍率変化スコープを装備。
特級危険種を一撃で仕留め得る火力ではあるが、発砲時の反動は常人の肩の骨を粉砕するレベル。その為、並みの人間が扱える代物ではない。

カスール&リドリー
ジャッカルが近距離戦闘を行う際に扱う大型の2丁拳銃。
口径はカスールが45口径、リドリーが50口径。装弾数は双方7発ずつの計14発。銃身下部に小型ナイフを装着しており、白兵戦を行う事も可能。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。