中立者達の日常 作:パンプキン
それでは(迷走気味になった)本編、どうぞ。時系列は竜船編です。
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ジャッカルが最も
「…御免なさい、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれる?一言一句、無駄なく正確に、「嘘なく」ね」
帝都の繁華街の裏路地にて、仕事着を着込んだジャッカルは一人の情報屋と接触していた。その情報屋とは、普段からそれなりの関係を持っているのだが…肝心の情報屋は顔色を青ざめていた。それも当然だ。
「…い、依頼された情報は掴めなかったんだ。だけどちょっと待ってくれ、これは」
「無駄なくと言った筈よ?十数秒前の事も覚えてられないの?」
「…!!」
「言い訳は要らない。私は貴方の能力に見合う依頼内容と報酬を用意し、貴方はそれを許諾した。貴方自身も分かっている筈よ、こういう世界での「失敗」の意味を」
「…」
カチャリ、と情報屋の眼前にリドリーの銃口が添えられる。
「っ、待ってくれ!!もう一度だけ、もう一度だけチャンスをくれ!!」
「こういうケースの代償は「命」と対価交換って決めているの。例えどんなに小さいミスでも、「他人」のミスで私も道連れになるのは御免だから。だけど…」
情報屋へと向けられていたリドリーを下ろしてスライドを引き、廃莢口から勢い良く飛び出した50口径弾を左手で掴み取り、情報屋に突き付ける。
「この弾丸一つで簡単に貴方の命は奪える。けど一度の失敗でそれなりに有能な人材を潰す程、私は馬鹿じゃない。何より「金」と「情報」、そして「時間」も無駄に掛かる。今回のミスは見逃してあげるわ」
その一言を引き金に弾き飛ばされた50口径弾は情報屋の足元に落ち、コロコロと地面を転がった。
「但し失敗報酬はそれ一つ。また同じミスを犯した時、今度は貴方の眉間に埋め込む。次の依頼の成果は期待させて貰うわよ」
これ以上情報屋の返答を聞く気は彼女に無く、そのまま路地裏の奥へと歩いていってその存在感を消す。それを青ざめていた顔で見ていた情報屋は、張り詰めていた気が四散した影響で、思わず壁に背を預けてズルズルと腰を抜かした。何故ならば、数年前から、「その手の世界」における不文律が追加されている。
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唯この一文のみであるが、それは強力な不文律として存在している。
◇
「…」
(…ねぇ、この気まずい空気何とか出来ないの?)
(それが出来たらこうなっていないわよ)
数刻時間を刻んだ頃。帝都内で情報屋との接触及び噂話の収集等による情報収集を終えたジャッカルは、とある飲食店に赴いていた。
その店は店員一人と店長の計二人の姉妹従業員しかおらず、小さな通りにひっそりと立っている隠れ店。しかも現在は「営業時間外」となっており、普通ならば客は居ない。それもフードを深く被って素顔が一切見えない人物など、不審を通り越して即時退店を促すレベルだろう。しかしそれをされる所か、彼女が腰掛けているテーブル席に全く近寄っていない。
理由は単純。営業時間外にするように指示したのがジャッカルであり、二人の従業員はそれに従っているだけ。
ジャッカルと二人の姉妹は、言わば「上司と部下」というべき関係。より正確に言うならば飲食店自体が「受付場」であり、姉妹は「依頼仲介人」。ジャッカルが作り上げたネットワークの一部であり、姉妹にとっての絶対的上位者であるジャッカルに逆らう理由は存在しない。ちなみに姉妹が近寄っていないのは、単純にジャッカルが近寄りがたい雰囲気を出しているだけである。(本人にそのつもりは一切ないのだが、如何せん素顔が見えていない以上気付くのは無理だろう)
テーブル席に腰掛けるジャッカルに、なるべく刺激しないように遠くから見守る二人の
カランカランとドアの鈴を鳴らしながら入店した、眼鏡を掛け、一つの鞄を持った一人の男性。入って周囲を見渡してジャッカルの姿を認めると、迷う事も無く向かい側の席に座った。
「御免なさい、待たせたかしら?」
「問題ないわ。偶々こっちの用事が早く済んだだけよ、Dr.」
着席一番にまさかのオカマ言葉をかましながら謝罪の言葉を向けた男の名は、「Dr.スタイリッシュ」。帝国に於けるあらゆる研究関連の第一人者であり、特に生体研究に関しては右に出る者は存在しない。しかし帝国らしいというべきか、実験体による苛烈な実験を平然と行い、己の目的の為に大勢の他者の命を捧げるマッドサイエンティストでもある。
「それで、今回の呼び出しの要件は?」
「…例の件についてよ」
「…! それは、つまり…私が思っているので間違い無いのね?」
「ええ。長い時間が掛かったけど、漸く結論が出たわ」
「…資料は勿論、此処に持ってきてるのよね?」
「此処にあるわ」
スタイリッシュは持ってきた鞄を開いてかなり分厚い黒色のファイルを取り出し、テーブルの上に置いてジャッカルに差し出す。
「コレに、貴女が求めていた「答え」が書かれてある。膨大な量になったけど、此処で読み切って頂戴」
「…………」
差し出されたソレをジャッカルは無言で受け取る。その手は、僅かに震えていた。
「…………フゥーッ」
大きく深呼吸をしてファイルを開く。其処にあったのは、百ページを軽く超える膨大な資料。しかも見やすく工夫されてるとはいえ、それでも1ページ1ページがかなり濃い内容となっている。どう考えてもそれをしっかり理解した上で読破しようと試みるなら、確実に日をまたぐ事は確定的だ。だがそんな事実を打ち破るように、ジャッカルはパラ、パラと凄まじい速度でファイルを読み進めて行く。そしてこれはジャッカル自身も気付いておらず、スタイリッシュもじっくりと見なければ気付かなかった事ではあるが、ジャッカルの両手は再び微弱に震え始めていた。しかし其処から感情を読み取る事は難しい。
「……………」
パラ、パラ、パラ。パラ、パラ、パラ。誰も言葉を発せず、唯ファイルを捲る音だけが響く。それが終わったのは、1時間半後。
最後のページを読み終え、ファイルを閉じてテーブルに置く。
「………成る程、ね。Dr.、コレの信頼性はあるのよね?」
「私も何回も再確認したけど、結果は全て同じ答え。それにこんな結論が嘘なら、私は立派な小説家になれるわよ?」
「…」
「貴女の仮説は正しかった。けど、確実に私達以外には信じられる結論でもない。「実例」はあるにはあるけど…余りにも突拍子で、余りにも非現実的」
「でしょうね。私自身も、最初こそはそんな感じだったわ」
「…それにしても全く驚いてないわね、貴女」
「私からしたら、このファイルは唯の「再確認」。ほぼほぼ確信してたから。そういった意味じゃ、貴女の方がそうじゃない?」
「さて、どうかしら?」
「…ま、その通りね。私達の関係はあくまでも「協力」、不必要な詮索は必要無い。このファイルは如何するの?」
「直ぐに処分するわ。このファイルが無くなれば、コレは私と貴女の「
「覚えてくれて何より。報酬は其処に突っ立ってる姉妹に預けてあるわ」
ジャッカルはテーブル席から立ち、ソワソワしている姉妹を余所に店の出口へと歩き出す。
「…ねぇ、ジャッカル」
そしてドアを開けようとした瞬間、スタイリッシュが声を掛けて制止させる。それに応えるように、ジャッカルは動きを止めた。
「何かしら?Dr.」
「…答えたくないなら答えなくて良いわ、これだけは質問させて頂戴」
「…」
「…貴女は、一体「何者」なの?」
「愚問ね」
スタイリッシュの問いかけに、ジャッカルは失笑混じりに返答する。
「私は────────」
決して後ろへ振り向く事無く、しかしその言葉は重く。それを断言し、ジャッカルは外へと姿を移した。返答を聞いたスタイリッシュの表情は、何かを考えてる様な難しい表情を浮かべている。
「…………成る程、そういう事ね。そう考えると、確かに貴女らしいと言えば貴女らしくもあるのかしら」
思考する事数分。スタイリッシュは一つの結論を導き出したのか、そういって表情を緩和させる。その表情は納得した事を伺える。そしてスタイリッシュも、この店に留まる理由は一つのみに固まった。後はそれを済ませるだけだ。
「ねぇ、貴女達。ジャッカルの言っていた報酬を預かってるらしいわね。何処にあるのかしら?」
ジャッカルが最も侮蔑する人間は、皇帝である。