気が付くと知らない場所にいた。こういう事態は初めてのことではない。幾度も似たようなことを経験してきたし、その度に乗り越えてきた。何度も何度も、数えることが面倒なくらいにはその経験を積んできた。その困難を超えていつも通りの生活に戻る。そしてまた困難が現れる。このサイクルは崩れたことがない。
(神様ー!)
こんな時はいつだって神様が何をすべきか、どうすべきかという大まかな指示をよこす。あるいはなんらか困っている人が近くにいるものだ。
日中であるはずだが建物などの陰によってやや薄暗いこの場所であれば頻繁に何らかの問題が起こることだろう。俺の経験ではこういった場所では大概女性が襲われている。それを助けることで国を襲うモンスターだとか国家転覆を狙う邪教徒だとかを倒すという目的が与えられる。
しかし予想に反して待てども待てども何もなかった。神からの指示もなければ、敵に襲われて困っている人物もいないし敵も襲ってこない。おかしい。こんなことは初めてだ。
最初に何かないというのは初めてのことだ。どうすればいいのだろう。
そうしてぼんやりと立ち尽くしていると声がかけられた。
「おい、あんたさっきからそこにいるけど、用があるんならさっさと入んな」
ふと見るとちょうど自分の立っていた場所の正面の扉が開いている。その人物は目の前の建造物から出てきた様子である。
その男はスキンヘッドに大きな体をしている。自分の知り合いでも目の前の彼のと同じく筋肉の塊のような男がいたが、彼ほどの大きさではなかった。肌は褐色であり、瞳は色のついたガラスのようなものを二つ横に繋げた物によって隠れていた。
「ここは 何の店 ですか」
「ああ? お前さん何も知らねえでここにずっと立ってたのか? まあいいや、用がないってんならどっかいってくれ。入口にずっといられちゃ迷惑なんだ」
男の言うことはもっともである。ただ、どこかへ行けと言われてもどこへ行けばいいのだろうか。いつものようにモンスターを倒すにしても見知らぬ土地では出現位置もわからない。
「モンスターを 倒したい どこへ行けばいい」
「なんだ冒険者志望だったのか? ならさっさと中へ入れ」
そういうと男はさっさと扉の先に行ってしまった。言われた通りに中に入るとそこは酒場のようであった。男はカウンターの中にいて、彼の正面に座ると男はため息をついて右手の親指でクイと二階に上がる階段を指した。
「冒険者の登録は上だ。あと、お前さんみたいなガキに出せる飲み物はここにはねえよ」
それだけ言うと彼はコップを磨いたり何か食べ物の調理をしている様子だった。
彼に言われたとおりに上に行くとそこには一階とは違った装飾のされた扉があった。赤い扉は規則的に鋲が打ち付けてあり、縁にはややくすんだ金属によって何かの模様が描かれていた。
入ってもいいのだろうか。待っていると扉の奥から声がかかった。
「さっさと入んな」
女性の声だった。扉には取っ手がなかったが形状的に押して開けることができるものであるということが分かったので壊さないようにゆっくりと押して入る。
中には高級そうな机、それにふさわしい椅子に座っている女性がいる。彼女は口に煙の出る棒のような物を咥えており、それをガラス製の置物のような物においてからこちらを見る。その眼はこちらを推し量るかのようなものであり、長らくそのような視線で見られたことはなかった。
「はぁ、まあ、肝は据わってるようだね。ただ、冒険者やろうって奴には必ず言ってるんだが、この職業はお伽噺だとかそういうのにあるような明るい職ではないし、知っての通り冒険者なんてのは鼻つまみもんだ。だから、そんな鼻つまみもんがまっとうに評価される為には普通以上に真っ当でなくちゃあならない。
言いたいことが分かるか? 冒険者ギルドに入るからには、お前たちの責任だとか義務も発生するということだ。それを軽く見たやつにはそれ相応の鉄槌を下すことになる」
彼女はそれだけ言うとまた煙の出る棒を咥えてその煙を吸い込んだ。深く吸い込み、大きく吐き出した。漂ってくる煙の匂いはただ何かを燃やしたような匂いではなく、毒のようなものを感じられた。
毒を吸い込むのはきっと彼女の種族的に必要なことであるのだろう。そう考えてここまでの情報を整理する。
おそらく、彼女の言うところの冒険者になることが最初の
「わかった」
「本当かい? はぁ、あんた程何考えてるかわからない奴は初めてだよ。まあいいか、さっさとその水晶に手をかざしな」
彼女の指示した先には台に固定されている透き通った球体があった。言われたとおりに手をかざす。すると水晶は何やら光り、波打つ。彼女がその中に白色の長方形のカードを差し入れるとするりと抵抗なく入り込み、少し間をおいてから排出された。その色は少し光沢のある黒色であり、裏面には白色の文字が何やら記されている。
「……はい、これがあんたの冒険者カードだ。なくすんじゃないよ。……しっかしまあ、なんというかあんたはよくわからん奴だよ。あたしの気にするこっちゃないけどさ」
カードを差し出しながらそういう彼女はガシガシと頭を掻きながらそう言った。何がどういう経緯でそう言ったのだろう。よくわからないが次は集会所という場所に行けばいいらしい。
「集会所の 場所を 聞きたい」
「あ? 集会所の場所を知らないのかい? 冒険者は来る者拒まずだけど、さすがに一般常識までないのは想定外なんだがなあ……まあいいか。
あー、そうだな、この店出て右に曲がって真っ直ぐ行けばでかい通りに出る。そこをまた右にずっと行けばモンスター運び込んだりなんだりしてる場所があるからそこが集会所さ」
「把握した ありがとう」
部屋から出て階段を降りると最初に出会った男が声をかけてくる。
「お、冒険者登録できたのか。まあお前さんもあいつの威圧感を受けてビビッたかもしれないが、モンスターにはあれ以上もいる。気を付けることだな」
男の言うことの意味は正確に理解することが難しかったが、たまにいる意味のないことを言う奴だなと考えて礼だけ言ってからその場を後にした。
彼女に言われた通りに歩いていると大きな道に出た。人が多い。これほどの人数は神が“祭り”と呼ぶ時以外で見たことがない。だが、現状は“祭り”状態ではないようである。ということは、この場所は常日頃からこれだけの人数が居るということだろうか。それはなんと大きな場所なのだろう。
この大きな通りからであればその様子が見れるのだが、この場所は大きな壁で周囲を覆われているようだった。ぐるりと覆われている壁はそれほどの高さではないが、この場所の大きさであればそれを作るのにどれだけの労力を使ったのか想像もつかない。その上、壁の中いっぱいに人口の建造物がある。
今まで自分が訪れた様々な場所と、この場所は大きく違う。人の多さもそうだ。何よりこの場所の大きさ。ここは町だろうか。だとすれば、どれほど大きいのだろう。どれだけの人がいるのだろう。自分の知っている町というのはいくつかの店がある程度の場所だ。あとは城や砦などがある程度。ここの人たちは何か不思議だ。
ゆっくりと観察しながら歩いていると他にも不思議なことをたくさん見つけたのだが、まずは集会所に向かうのが先だと考えてその場所を探す。よく見ているとその場所はすぐに見つかった。壁の近くにあるその一角では血の臭いが強い。モンスターのものだろうそれが強いということはそこが集会所であるのだろう。
手に何か小さな獣のようなものを持って入っていく連中の後をつけて入るとそこには二つの窓口がある。一つはつけて入った連中が向かった。そこで彼らは手にしたいくつかの獣を提出していた。話を聞くにそれがモンスターであるようで、それを持っていくと金銭を得られる仕組みになっているらしかった。
つまり二つの窓口のうちの一つはモンスターの素材売却用の窓口なのだろう。もう一つの窓口は誰もいないので何のためのものかわからない。周囲を見渡しても誰かがそこを訪れるような雰囲気はなかった。
「誰かいますか」
そういうと窓口の奥から一人の男性がやってきた。彼の見た目は若く、服装は誰かが装備しているのを見たことがある“執事服”に似たものを身に着けていた。この装備は正直見た目がいいだけで性能は微妙であった。彼は何故そんな装備をつけているのだろう。
「やあ、シントーキョー集会所アダチ支部へようこそ。君は見たところ、新しく冒険者の登録に来たのかな?」
「何故 わかった」
「うん? 君の持っている冒険者カードはの色は黒だろう? ということはそのカードは新しく作られたか、いつまでもFランクにいる冒険者のどちらかだ。後者なら僕が知らないはずがない。
冒険者カードを新しく手に入れた君は冒険者になりに来たということだろう?」
彼はそう言って冒険者についての説明を始めた。
冒険者はランク制であり、1レベル上昇するごとに上のランクになる。最初はFランクからスタートで最大でAランクまである。また、Dランクまでは税金が免除されるがそれ以上のランクになれば収入から何割かを税金として徴収されるらしい。ただ、そうして税金を納めるようになれば市民権を得ることができてインフラの使用なども自由になるようだ。
「インフラ というのは なんだ?」
「インフラっていうのは例えば、君がここに来るまでに使った道があるだろう? あれもインフラの一種で、ああして平らな道があれば砂利道などを行くより便利だろう? 他には水道とかガス、電気なんかもインフラの一種だね」
よくわからないがそれが自由になるということは今までのように道を使ってはいけなかったということだろうか。
「ああ、ちなみに冒険者が制限されてるインフラはこの外円にはないから自由に使うといいよ」
外円というのはこの場所の名称であるようだった。彼曰く、この街には外円・内円・皇居の三つの区画があり、冒険者その他市民権が無い者や冒険者を対象とした商売をする者がいる区画がこの“二十三区外円”。内円からはシントーキョートミンという市民権を持っている人々がいる区画であり“ヤマノテ内円”と呼ばれている。皇居にはこの場所を治める人物がいて政治に関わる人物のみ入場を許されるらしい。
なんだか変な場所だなと思うが、身分だとか階級だとかいう面倒な制度がある場所に行ったことは何度かある。自分のいた場所にも王だとか姫だとか名乗っている連中がいた。
大丈夫俺は詳しいんだと了承の意を返すと彼はそのまま説明を続けてくれた。
冒険者になるには冒険者カードと討伐カードというものが必要で、冒険者カードはいわゆる身分証明であり持っていなくてはいけない物。討伐カードは持っているだけでその時に倒したモンスターの数が証明できるらしい。精算時に持ってきてくれと言われたので理由を聞くとモンスターを倒すことでお金がもらえるらしい。
討伐カードの発券に冒険者カードが必要らしいのでカードを渡すと彼は何かの機器にカードを差し込んだままこちらの疑問に答えてくれる。
「素材だけが 金になる」
「うん? 素材もお金になるけど、モンスターの討伐は人類の生存権を広げるうえで急務だからね。狩猟によって報奨金を出すくらいはするさ」
ということはモンスターは狩ることで素材と経験値を落とすだけではなく金まで落とすようになるという認識でいいのだろうか。何てことだ。これからはモンスターを狩るだけで金稼ぎになるのか。
驚きつつも周辺地域の情報などを聞いているとカードの発行が終了した様子で彼はこちらに二枚のカードを渡した。
討伐カードは白いカードで、何か欄があるようだったがそこには何も記入されていなかった。
彼が言うには冒険者カードには自分のステータスが記入されているらしい。最初に冒険者カードを渡されたときに気になっていたあの白い文字がそうなのだろうと察しがついたので確認してみる。
この表記があったが、自分の知っているステータスの表記とはずいぶん違う。それにレベルが0になってしまっている。新しくカードを作ったから0なのか、現状自分がそうなってしまっているのかはわからないが、なんにせよモンスターと戦ってみなければわからない。
「君くらいの年齢なら、まずは薬草の採取だとかそういうことをしたほうがいいんじゃないかな?」
窓口の彼からそうおすすめされたのだが、正直なところを言えばモンスターと戦って現状の確認をしたいというのが本音だった。彼の言葉はクエストではないようなので、今回はそのおすすめを断った。
「モンスターの 討伐に 行きます」
「そうか、気を付けるんだよ」
彼はそう言って自分を送り出してくれた。モンスターは壁の外に出現するようで、冒険者専用の出入り口から外に出るようにと言われたのでそちらへと向かう。
近づくほどにわかることだがこの街を覆う外壁は本当に大きい。数十mはあるのではないだろうか。こんなものをどうやって作ったのだろうと考えてみるがまったくその方法が思い浮かぶことはなかった。
集会所の窓口にいる職員は二十代後半であるがもう十何年もその業務についている。何人もの冒険者を見てきた。その中にはもう会うことのできないものも多くいる。
そんな彼をして先ほどの少年は異質だった。まずはその服装である。汚れの少ないその服は新品のように見えたが、その実相当に使い込まれた装備だった。その組成は見たことのないものであり、駆け出しの冒険者が持っているような品質のものではない。武器の類は持っていなかったようだが、身のこなしは完全に上位の冒険者のそれである。
しかしステータスは全くそれを否定していた。彼のステータスは一般的に言えば詰んでいるそれである。冒険者の半分はEランク以上に行けない。さらに残った数の半分以下の数がようやくCランクに上がり、さらに上というのは本当に少ない。それは最初の時点での差が原因である。
最初からステータスの値が10ある者と、0の者。その差は歴然だ。生まれ持った差。それは非常に大きく、覆せない。レベルが上がったとしてもその差は縮まない。さらに大きく引き離されるだけ。本人の資質、才能などの生まれ持った差によって貧富が決まってしまうのが冒険者という職業だった。
血反吐をはいて苦しんで死ぬような目にあって努力した者よりも、溜息をつきながら面倒くさい言いながらダラダラとレベルアップした者が優れていることだってある。そんな不平等極まりない職業。それゆえに先ほどの彼が異質だった。
彼のステータスは詰んでいる者のそれだ。冒険者の主な仕事である討伐をこなせない者のステータス。しかしその佇まいと装備はAランクの冒険者を幻視してしまうかのようだった。
職員の理性的な部分は彼のステータスというデータから、彼は今日帰ってきたらもう二度と討伐に行かないかもしくは帰ってこないと判断している。しかし勘ともいうべき本能の部分では理解している。彼は帰ってくるだろう。そして今後も討伐を続けることだろうと。
不思議とそう確信してしまえる。そういう存在は少ないが、いる。最初から恵まれている、スタートの位置からして違う者たち。Aランク冒険者たちがまだFランクだった頃に感じさせられたそれを職員は彼に対して抱いていたのだった。
カクヨムとかいうニコニコのあれで投稿しようかとしていたが投稿の仕方がわからなくて死蔵されたかわいそうな第一話
続くかもしれない