グリーン・インフェルノは消え去った。
跡形もなかった、ガミラス軍やバイド軍の残骸も、ゲートすら、どこかに消えていた。
バラン星だけは残っていたが、周りに纏ったガスを剥ぎ取られ、ただのガス惑星のようになり、そこにはただ、戦闘に勝利した三者……ヤマト、ガミラス、クロガネ提督だけが残っている。
それぞれが、それぞれの形で疲弊していた。
ヤマトは圧倒的な力のやり取りと、自らの最終兵器すら通じぬ世界に。
ガミラスは、多すぎる犠牲と、戦力の消耗、そして、ゲートの喪失という戦略的ダメージに。
クロガネは、自らそのものとも言える旗艦すら使い捨てての戦闘の果てに。
だが、それぞれが、それぞれの守るべきものを守り、意思を通し、大いに満足していた。
何もない空間の中を、クロガネ……ベルメイトベルルはゆっくりとヤマトに近づいてゆく。
しばらくしてベルメイトベルルから放出された接続チューブをヤマトが受け入れる頃に、ガミラス旗艦から1つの偵察機が発艦し、ヤマトに着艦を求めた……それもまた、ヤマトは受け入れた。
こうして、共に同じ戦いを越えた3つの星の司令官は、一堂に会することになったのだ。
宇宙戦艦ヤマトの艦長室は、一部アンテナ類を除けば艦内で最も上方に位置する場所にあり、ほとんどガラス張りの状態になっている。
まるで展望台のようなそれはそのまま水上戦艦時代における物見の代替であり、かつ、艦長による宙域の目視確認を容易にするための装備であった。
だが今、そのガラス張りは、三人の司令官に酒の肴……無限に広がる大宇宙と、ガスを剥ぎ取られたバランを見せる任務に専従している。
三人がヤマト艦上に集合したのは、一応のところ、『戦後処理と、情報のすり合わせ』という名目があってのことではあったが、それもそこそこに、彼らは酒盛りを始めた。
仕事を済ませずに酒を飲むのならばそれは悪徳だが、仕事を済ませた上で酒を呑み交わすのであれば、それは司令官同士の親睦を深めるための外交的任務の一部である、と雄弁に語ったのは、職務など一欠片も負っていないクロガネ提督だったのだが、残る二人の勇将はそれを聞くや否や、我が意を得たりとばかりに、自星の酒を卓上に並べだしてしまったのだ。
話すことは山ほどあった。
故郷のこと、流行歌、軍歴について、政治への不満、古い笑い話────
「それじゃあ、時間の流れが違うだけで、私と沖田さんは同い年ということか」
「そうなりますな、全く、宇宙とは不思議なものです」
酒盛りは長く続いたが、何事にも終わりはやってくる……。
最後になって、クロガネは微笑んだ。
その微笑みには、この宇宙と、自らの宇宙と、部下と、故郷への慈しみが込められていた。
「ああ、沖田艦長、少しいいか」
そして別れ際、ドメルを見送った後、クロガネは沖田を呼び止め、1つのカプセルを渡した
「我々の地球は多くの科学技術においてそちらに勝っているが……、特に、生化学は格別だ」
「……何をおっしゃりたいのですか?」
「このデータ・カプセルには、微細な汚染物質を人体から除去する技術、そして、汚染によって傷ついた人体を修復する技術にまつわる情報を、ありったけ詰め込んである、……受け取って欲しい」
沖田は、自らの身体を侵す遊星爆弾症候群の存在を看過されたこと、そして、クロガネ提督がその対策を持っていることに驚愕したが、すぐにそれを振り払い、一礼してそれを受け取った。
「まさか……だが、ありがとう、クロガネ提督」
「いや、これは貴方への詫びだ、……そして、これは私からの贈り物だ」
クロガネは、更に、取っ手が付いた1つの円筒を渡した。
物々しいフォルムと厳つい金属部品は、それが極めて危険な物体を格納する容器であることを誰の目にも明らかにしている。
「これは、バイドの切れ端だ……いや、数百年先の技術を人類に与える可能性と、宇宙そのものを消し去ってしまう危険性を秘めている」
「……なぜ私に、これを?」
「ガミラスとの戦いを乗り越えても、人類の前に立ちふさがる危機は数知れない、人類は必ず力を求めるだろう……そして、『力の身の丈にあった者になること』こそが、身の丈を越えた力を持たない唯一の手段だ」
「………………」
沖田は黙ってクロガネの話を聞いていた。
それは詩的な言葉に戸惑っているようにも、恐ろしい力を渡されたことによって身が竦んでいるようにも、クロガネが語る人類の未来について考えを巡らせているようにも見える。
「これは私から取り出した欠片だが、私の意思も、あのグリーン・インフェルノの意思も入ってはいない……だが、極めて危険なエネルギーとテクノロジー、そして凶暴な生存本能と、攻撃的意思の塊だ、研究するもしまい込むも、貴方に任せる、沖田艦長」
「……お受け取りしましょう」
クロガネは地球に力を託した。
その欠片がどう扱われるにしろ、あれは地球に帰るだろう。
クロガネはそう思い……ようやく、ある決心を固めた。
「私は、もう発つことにした」
「どこへ行かれるのですか?」
「人類もガミラスも知らない、アケーリアス文明の気配すらない宇宙だ……そこで、命がまだ生まれていない、環境の良い星を見つけて、新たな故郷にする」
「……そうですか、貴方の旅が実りあるものになることを祈っています」
沖田は何も言わなかった、それは、クロガネがこの宙域に居られないと考えるに足る理由も、地球への帰郷を諦める理由も、考え出そうとすればいくらでも考えられたからであり、男が決めた旅をそうやすやすと取りやめるとは思えなかったからだ。
「沖田さん」
「なんでしょうか」
「貴方達と出会って共に戦い……酒まで飲みかわせた、それだけで私は、あの青い星に帰れたような気がするのです」
「クロガネ提督……」
そして、彼……クロガネはこれまでの微笑みを消し、至って真面目な、ただの一軍人としての顔に戻った。
「武本宙尉が我が軍に帰属していたのは、私のたっての希望によるもの、それを考慮し、彼女の軍歴に差し障りのないよう、お計らい頂ければ幸いです」
そう残し一礼すると、クロガネは接続チューブに入り、ヤマトから立ち去った。
再びベルメイトベルルの艦橋に戻った俺は、出発の準備を整える。
既にワープ用のエネルギーは充填し、今はワープAに入るための器官を調整し、ワープ道中の空間のスキャンを行ってる最中だ。
『武本を呼ばないのですか?』
突然、副官が不躾に問いかけてきた。
「私はあくまで違う地球の地球人だが、あいつは違う……故郷に帰るべきだ」
『……そうですか』
副官は思いの外、素直に消えた。
私はしばし、ただ一つの人間の体に戻って考えるが、一向に思考はまとまりを見せない……。
「俺はこの宇宙を救い、バイドのままの自らの身体を制御することに成功した……それでいいじゃないか」
そう口に出すと言うと、少しだけ気が楽になった。
『提督、ヤマトから通信です』
「……繋げ」
メインパネルに映し出されたのは沖田艦長の姿だ、その背景はいつもの艦橋ではなく、艦長室に見える。
『クロガネ提督、我がヤマト及び、国連宇宙軍への度重なる支援、心より感謝いたします……そこで、我々より、一つ贈り物を差し上げたいと思い、通信させて頂きました』
他国の将官に対しては敬語を貫く沖田艦長にしても、不自然なまでに慇懃なその口調に違和感を覚えつつも、俺は黙ったまま、続きを促した。
『……戦闘機であるコスモファルコンを一機、技術交換の名目でそちらにお送りします』
私が慌てて周りを見渡すと、確かに一機、ヤマトから発艦したコスモファルコンがこちらに向かってくる……生命反応は、一つ。
俺の神経系をよぎったある予感は艦全体を揺らしたが、あくまで平静を装っておく。
「生命反応があるようだ、チューブをつなぎ、帰艦に備え────」
『────いいや、クロガネ提督、彼女は既に除隊し、我々国連宇宙軍の指揮下にはありません』
沖田艦長は、強い口調で俺を止め……そして、破顔した。
『連れて行ってやってくれ、これが私の礼だよ、提督』
そう、そのコスモファルコンに乗っている生命反応は、見覚えのある────
無限に広がる大宇宙。
そこは静寂な光りに包まれた世界。
死んでゆく星もあれば、生まれてくる星もある。
そうだ、宇宙は生きているのだ。
……そしてここに、生まれてくる星……否、星を生み出す卵が一つあった。
卵は、戦いと憎しみ、そして離別を乗り越えた、生命あふれる星を生むに値する卵だ。
この宇宙を織りなす、生と死、憎悪と許しを経験した彼らは、どのような星を生み出すのだろうか
それを知るものは、まだ誰一人として、いない。
→出発する
ということで、『俺と私のマゼラン雲航海日誌』はこれにて完結です。
二年半もの間お付き合い頂き、本当にありがとうございました。
感想を下さった方、誤字報告をして下さった方、評価、お気に入り、PV、全て書きあげるための励みになりました、重ねて、お礼を申し上げます。
この場で長々と続けてもアレなので、あとがき的なものは活動報告の方に上げさせて頂きます。
それでは皆さん、また会う日まで。