とある規格外のIS操縦者   作:右左右左右

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お久しぶりです
約12年振りの更新です
干支を一周しちゃいましたね

今回の更新にあたり、1話からリライトしました
おおまかな展開に違いはありませんが所々書き加えたりしてるので時間があれば読んでやってください


32話

 ――九月、IS学園。

 

 学園祭まで、あと数日。

 

 俺は今、人生における重大な選択について考えていた。

 

 ……いや。

 

 正確には、選択を間違えたことについて考えていた。

 

「……なあ、楯無」

 

「なあに、蓮くん?」

 

「俺、昨日お前に勝ったよな?」

 

「ええ。完敗だったわ」

 

「……なのに、どうして俺のほうが仕事をしてるんだ?」

 

 目の前には、大量の書類。

 

 そして、その向こう側には、優雅に紅茶を飲んでいる更識楯無。

 

 IS学園の生徒会長であり、俺を副会長へ任命した張本人だ。

 

 ……いや。

 

 任命というより、ほとんど押しつけだったんだが。

 

「だって、蓮くん」

 

 楯無は、にこりと笑った。

 

「副会長は、生徒会長を補佐する役職でしょう?」

 

「……ああ」

 

「だったら、私が困っているときに助けてくれてもいいじゃない」

 

「……困ってる?」

 

 俺は、楯無の手元を見た。

 

 紅茶。

 

 焼き菓子。

 

 そして、何やら楽しそうに開かれている扇子。

 

 …………。

 

 ……おい。

 

 どこが困っているんだ。

 

「……虚さん」

 

「はい」

 

 隣の机から、布仏虚が顔を上げた。

 

「……生徒会長って、普段からあんな感じなんですか?」

 

 虚は一瞬だけ楯無を見た。

 

 そして。

 

「……会長には、会長なりのお考えがあるのです」

 

 …………。

 

 ……ああ。

 

 なるほど。

 

 非常に苦しい弁護だな。

 

「……虚ちゃん?」

 

 楯無が、何とも不満そうな声を漏らす。

 

「今の、少し棘がなかった?」

 

「気のせいです」

 

 虚は、実に綺麗な笑顔で答えた。

 

 ……おお。

 

 怖いな。

 

 この人。

 

 普段は礼儀正しいんだが、仕事のことになると容赦がない。

 

 まあ、優秀なのは間違いない。

 

 何しろ、これだけの書類をほぼ一人で管理していたのだから。

 

 ……それにしても。

 

「……蓮くん」

 

 虚が、俺を呼んだ。

 

「手が止まっていますよ」

 

 …………。

 

 ……はい。

 

 俺は大人しく書類へ目を戻した。

 

 ……まったく。

 

 どうして、こうなった。

 

 元傭兵。

 

 現研究者。

 

 そして、IS委員会直属の操縦者。

 

 そんな肩書きを持つ俺が、今では学園祭の備品申請を確認している。

 

 ……人生、何が起こるか分からないものだな。

 

 俺は深いため息をついた。

 

 そして、書類の処理を再開した。

 

     ◇

 

 ――翌日、昼休み。

 

 一年一組。

 

「……それじゃあ、篠ノ之君!」

 

 クラス委員が、何とも嬉しそうに声を上げた。

 

「執事服、完成したから試着してみて!」

 

 …………。

 

 ……おいおい。

 

 もう完成したのか。

 

 俺は目の前へ差し出された衣装を見た。

 

 黒いジャケット。

 

 白いシャツ。

 

 ベスト。

 

 そして、蝶ネクタイ。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 なかなか本格的じゃないか。

 

 少なくとも、安物の仮装衣装には見えない。

 

 生地の質も悪くないし、縫製も丁寧だ。

 

 ……へえ。

 

 この短期間で、よく作ったな。

 

「……分かった」

 

 俺は衣装を受け取った。

 

「着替えてくる」

 

「うん! 楽しみにしてるね!」

 

 …………。

 

 ……何だ、その顔。

 

 随分と期待されているらしい。

 

 俺は少しだけ眉をひそめたが、特に何も言わず教室を出た。

 

 廊下の向こうでは、一夏が既に別の衣装を抱えている。

 

 そして、その周囲には女子生徒たち。

 

「一夏君、ちゃんと着てね!」

 

「分かってるって!」

 

「あと、髪も整えたいなぁ」

 

「そこまでやるのかよ!?」

 

 ……おお。

 

 大変そうだな。

 

 俺は小さく笑った。

 

 すると、一夏がこちらを向いた。

 

「……おい、蓮!」

 

「何だ?」

 

「何でお前、そんな平然としてるんだよ!」

 

 ……は?

 

 俺は首を傾げた。

 

「……何が?」

 

「執事役だよ!」

 

 ……ああ。

 

 そっちか。

 

「……別に、衣装を着るだけだろ?」

 

「そうだけどさ!」

 

「だったら、何をそんなに騒いでるんだ?」

 

 …………。

 

 一夏が黙り込んだ。

 

 ……おや。

 

 どうした?

 

「……いや、何か納得いかねえ」

 

 ……おいおい。

 

 意味が分からないぞ。

 

 俺は肩をすくめた。

 

「まあ、頑張れよ」

 

「他人事みたいに言うな!」

 

「他人事じゃないから、俺も着替えるんだろ」

 

 そう答えて、更衣室へ向かった。

 

 ……まったく。

 

 あいつも、随分と騒がしいな。

 

 まあ。

 

 気持ちは、分からなくもないが。

 

     ◇

 

 ――数分後。

 

「……さて」

 

 俺は鏡の前に立った。

 

 黒い執事服。

 

 白い手袋。

 

 そして、きちんと整えた襟元。

 

 ……ふむ。

 

 悪くない。

 

 これなら、学園祭の接客にも十分使えるだろう。

 

 俺は軽く腕を動かした。

 

 肩。

 

 肘。

 

 手首。

 

 そして、腰。

 

 ……うん。

 

 動きにも支障はないな。

 

 衣装としての完成度は、かなり高い。

 

 少なくとも、急に動く必要があっても問題なさそうだった。

 

 ……いや。

 

 何で俺は、執事服の動きやすさを確認しているんだ?

 

 ただの学園祭だぞ。

 

 戦場へ潜入するわけじゃないんだから。

 

 俺は小さく苦笑した。

 

 そして、更衣室を出た。

 

 ――その瞬間。

 

「…………」

 

 廊下にいた女子生徒たちが、一斉にこちらへ視線を向けた。

 

 ……ん?

 

 何だ?

 

「……え」

 

 一人が、小さく声を漏らす。

 

 そして。

 

「きゃああああああっ!!」

 

 …………。

 

 ……おい。

 

 またかよ!

 

「似合いすぎ!」

 

「篠ノ之君、格好いい!」

 

「ちょっと待って、写真撮っていい!?」

 

「執事役、大成功じゃない!」

 

 …………。

 

 ……ああ。

 

 面倒くさい。

 

 俺は思わず額へ手を当てた。

 

 どうやら、普通に着替えてきただけで騒がれるらしい。

 

 ……まったく。

 

 この学園の女子生徒は、もう少し落ち着くということを覚えたほうがいいんじゃないだろうか。

 

 そんなことを考えていた、そのときだった。

 

「……あら」

 

 聞き覚えのある声。

 

 振り返ると、教室の入口に楯無が立っていた。

 

 その手には、いつもの扇子。

 

 そして、何とも楽しそうな笑み。

 

「蓮くん、似合ってるじゃない」

 

 ……おい。

 

 何でお前がいるんだ。

 

「……生徒会長」

 

「なあに?」

 

「仕事は?」

 

 …………。

 

 楯無の動きが、ほんの一瞬止まった。

 

 ……お。

 

 図星か。

 

「……今日は、各クラスの準備状況を確認しているのよ」

 

 にこりと笑う。

 

 ……なるほど。

 

 随分と便利な言葉だな。

 

 準備状況の確認。

 

 それを理由にすれば、どこへでも行けるわけか。

 

 ……まあ。

 

 生徒会長の仕事としては、間違っていないんだろうが。

 

「……そうか」

 

 俺は頷いた。

 

「じゃあ、確認が終わったら生徒会室へ戻ってくれよ」

 

 楯無が首を傾げた。

 

「どうして?」

 

「虚さんが探してたぞ」

 

 …………。

 

 その瞬間。

 

 楯無の笑顔が、僅かに固まった。

 

 ……おいおい。

 

 何だ、その反応。

 

 そして。

 

「……あら、そうなの?」

 

「ああ」

 

「……そう」

 

 楯無は少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「じゃあ、私はそろそろ失礼するわね!」

 

 ――シュバッ!

 

 次の瞬間には、廊下の向こうへ姿を消していた。

 

 …………。

 

 ……おい。

 

 逃げたな。

 

 俺は深いため息をついた。

 

 ……まあ、いいか。

 

 後で虚さんに報告しておこう。

 

 そう考えたところで。

 

 クラスの女子生徒たちが、再び俺を取り囲み始めた。

 

「篠ノ之君!」

 

「お願い、一回だけ!」

 

「執事さんらしく挨拶してみて!」

 

 …………。

 

 ……おいおい。

 

 まだ続くのか。

 

「……挨拶?」

 

「そうそう!」

 

「お客さんを迎えるときの!」

 

 ……なるほど。

 

 接客の練習か。

 

 それなら、まあ。

 

 やってみてもいいだろう。

 

 俺は軽く息を吐いた。

 

 そして、背筋を伸ばす。

 

 右手を胸元へ添え、静かに頭を下げた。

 

「――お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 …………。

 

 一瞬。

 

 教室が、静まり返った。

 

 ……ん?

 

 俺は顔を上げた。

 

 何だ?

 

 そんなに変だったか?

 

 そう思った、その次の瞬間。

 

「「「きゃあああああああっ!!」」」

 

 …………。

 

 ……ああ。

 

 やっぱりか。

 

 俺は、深いため息をついた。

 

 ……まったく。

 

 余計なことをするんじゃなかったな。

 

     ◇

 

 ――同日、放課後。

 

 生徒会室。

 

「……さて」

 

 俺は、机の上に置かれた書類へ目を通していた。

 

 学園祭まで、あと数日。

 

 準備はかなり進んでいる。

 

 だが、それに伴って新しい申請も増え続けていた。

 

 特に、外部から搬入する備品の管理は重要だ。

 

 何しろ、IS学園は普通の学校ではない。

 

 世界各国の代表候補生が在籍し、第三世代型を含む専用ISが配備されている。

 

 学園そのものも、特殊な機材と高度な警備設備を備えた施設だ。

 

 そのため、外部から持ち込まれる物品には厳しい制限が設けられている。

 

 ……まあ。

 

 当然だろうな。

 

 普通の学校なら、学園祭の準備で危険な兵器を持ち込まれる可能性など、ほとんど考える必要はない。

 

 だが、ここでは話が違う。

 

 ましてや、俺はつい先日、四機の軍用ISによる襲撃を受けている。

 

 あの連中の所属国については、まだ完全には明らかになっていない。

 

 少なくとも、学園側が警戒を強める理由には十分だった。

 

「……ふむ」

 

 俺は、端末に表示された搬入申請書へ目を通した。

 

 提出元は、学園祭の展示企画に協力するという外部企業。

 

 申請内容は、測定機器と展示用の制御装置。

 

 必要な電源。

 

 搬入経路。

 

 担当者。

 

 そして、学園への立ち入り予定時刻。

 

 ……なるほど。

 

 一見すると、問題ないな。

 

 書類は整っている。

 

 必要な項目も、すべて記入されている。

 

 ……だが。

 

「…………」

 

 俺は、少しだけ眉をひそめた。

 

 ……ん?

 

 何だ、これ。

 

 違和感があった。

 

 申請されている装置の型番。

 

 それ自体は、一般に流通している測定機器だった。

 

 だが、必要な電力量と搬入重量が一致しない。

 

 通常の装置なら、ここまで大きな電源は必要ないはずだ。

 

 しかも、申請されている重量は、仕様書に記載されたものよりも明らかに重い。

 

 ……ふむ。

 

 付属設備でもあるのか?

 

 俺は、添付された設計資料を開いた。

 

 そして、内部構成を確認する。

 

 ……なるほど。

 

 確かに、追加の冷却装置が搭載されているらしい。

 

 だが。

 

 それでも、まだおかしい。

 

「……おいおい」

 

 俺は、小さく呟いた。

 

 そして、別の資料を開く。

 

 ……これは。

 

 少々、興味深いな。

 

     ◇

 

「……蓮くん?」

 

 隣から声がした。

 

 顔を上げると、楯無がこちらを見ていた。

 

 ……おや。

 

 今日は、ちゃんと仕事してるのか。

 

 俺は少しだけ驚いた。

 

「……何だ?」

 

「さっきから、難しい顔してるわよ」

 

 ……そうか?

 

 俺は小さく肩をすくめた。

 

「……少し、気になる書類があってな」

 

「あら」

 

 楯無の目が、僅かに細められた。

 

「どんな?」

 

 俺は、端末を彼女へ向けた。

 

「外部からの搬入申請だ」

 

「……ふうん」

 

「装置の仕様と、申請された電源容量が合っていない」

 

 楯無が、画面へ視線を向ける。

 

「……なるほど」

 

「それと、重量も不自然だ」

 

 俺は続けた。

 

「付属設備を含めても、まだ差がある」

 

 ……ふむ。

 

 単なる記載ミスという可能性もある。

 

 だが。

 

 それだけなら、まだいい。

 

 問題は、もう一つあった。

 

「……さらに」

 

 俺は、申請書の認証情報を表示した。

 

「この書類、承認された時刻がおかしい」

 

 楯無が眉を上げる。

 

「……どういうこと?」

 

「提出された最終版の作成時刻より、承認記録のほうが古いんだよ」

 

 …………。

 

 楯無の表情が、変わった。

 

 ……お。

 

 気づいたか。

 

 普通なら、申請書が完成した後に承認される。

 

 だが、この記録では逆になっていた。

 

 つまり。

 

 承認された後で、内容が差し替えられている可能性があるということだ。

 

「……なるほどね」

 

 楯無は、小さく呟いた。

 

 その声から、先ほどまでの軽さが消えていた。

 

「偽装の可能性がある、と?」

 

「……ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「少なくとも、内容を確認しないまま通すわけにはいかない」

 

 ……それに。

 

 俺は、もう一度資料へ目を向けた。

 

 この装置。

 

 単なる展示用機材としては、少々大げさすぎる。

 

 特に、冷却系統と電源容量。

 

 ……いや。

 

 まだ断定はできない。

 

 ただの業務用機材かもしれないし、申請した企業が独自に改造した可能性もある。

 

 だが。

 

 俺は研究者だ。

 

 少なくとも、機械の仕様を見れば、どの程度の機能を持っているのかはある程度予測できる。

 

 ……そして。

 

 この装置には、展示用という説明だけでは納得できない部分が存在していた。

 

「……虚さん」

 

 俺は声をかけた。

 

「はい」

 

「この申請、一度保留にしてもらえますか?」

 

 虚が、すぐに反応した。

 

「……何か問題が?」

 

「ああ」

 

 俺は簡単に事情を説明した。

 

 申請内容と実際の仕様の不一致。

 

 承認時刻の異常。

 

 そして、追加装備に関する不明点。

 

 虚は、最後まで話を聞くと静かに頷いた。

 

「……分かりました」

 

 そして、端末を操作する。

 

「こちらの申請については、確認が終わるまで承認を停止します」

 

「……助かる」

 

 俺は小さく頷いた。

 

 すると。

 

「……蓮くん」

 

 楯無が、静かに声をかけてきた。

 

「……何だ?」

 

「これ、私も少し調べてみていいかしら?」

 

 ……ほう。

 

 俺は楯無を見た。

 

 その表情には、いつもの笑みが浮かんでいる。

 

 だが。

 

 目だけは、笑っていなかった。

 

 ……なるほど。

 

 ようやく、仕事をする気になったらしいな。

 

 俺は小さく笑った。

 

「……構わないぞ」

 

「ありがとう」

 

「ただし」

 

 俺は一言付け加えた。

 

「勝手に動くなよ」

 

 楯無が首を傾げる。

 

「……あら」

 

「もし本当に怪しいものだった場合、相手が何をするか分からない」

 

 俺は淡々と告げた。

 

「少なくとも、学園祭の準備期間中に騒ぎを起こすのは避けたい」

 

 楯無は、しばらく俺を見つめていた。

 

 そして。

 

「……ふふっ」

 

 小さく笑った。

 

「心配してくれるの?」

 

 …………。

 

 ……おい。

 

 どうして、そうなるんだ。

 

「……違う」

 

 俺は即答した。

 

「お前が勝手に動いて面倒なことになったら、後始末をするのが俺になるだろ」

 

 楯無が楽しそうに笑った。

 

「……もう。素直じゃないんだから」

 

 …………。

 

 ……いや。

 

 本当に、そういう意味なんだが。

 

 俺は額へ手を当てた。

 

 ……まったく。

 

 この女は、本当に扱いにくいな。

 

     ◇

 

 ――同日、夕刻。

 

 IS学園、職員室。

 

「……つまり」

 

 織斑千冬が、腕を組んだまま口を開いた。

 

「外部からの搬入申請に、不審な点が見つかったということだな?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

 隣には、楯無。

 

 さらに、山田先生も同席している。

 

 ……まったく。

 

 こんな時間に、わざわざ職員室へ呼ばれるとはな。

 

 まあ、今回については仕方ない。

 

 学園祭の準備に関する問題だし、内容によっては警備にも関係する。

 

 教員側への報告は必要だろう。

 

「……現時点では、単なる申請ミスの可能性もあります」

 

 俺は続けた。

 

「ただ、装置の仕様と承認記録の不一致が気になりましてね」

 

 千冬は、端末に表示された資料へ目を通した。

 

「……なるほど」

 

 そして。

 

「搬入は?」

 

「まだです」

 

 俺は短く答えた。

 

「虚さんに頼んで、承認を保留にしてもらいました」

 

「……適切な判断だ」

 

 千冬が頷いた。

 

 ……おお。

 

 珍しく褒められたな。

 

 俺は少しだけ口元を緩めた。

 

 すると。

 

「……蓮」

 

「……何です?」

 

「だからといって、勝手に危険な場所へ踏み込むなよ」

 

 …………。

 

 ……おい。

 

 台無しじゃないか。

 

「……信用ないですね、俺」

 

「当然だ」

 

 即答された。

 

 …………。

 

 ……ああ。

 

 そうですか。

 

 俺は深いため息をついた。

 

 千冬は、構わず続ける。

 

「外部企業については、こちらでも確認する。学園警備にも情報を共有しておこう」

 

「……了解」

 

「それと、篠ノ之」

 

 ……ん?

 

 俺は顔を上げた。

 

「今後、このような異常が見つかった場合は、早急に報告しろ」

 

「……分かりました」

 

 まあ、当然だろう。

 

 今回のような申請の異常は、放置すると面倒なことになる。

 

 仮に単なるミスだったとしても、早めに修正しておけば済む話だからな。

 

 ……ただし。

 

 俺は、もう一つ気になることがあった。

 

「……織斑先生」

 

「何だ」

 

「今朝の襲撃事件について、その後何か分かりましたか?」

 

 千冬の表情が、僅かに険しくなった。

 

 ……お。

 

 反応したな。

 

「……現在も調査中だ」

 

 短い返答だった。

 

「拘束した四人の所属については?」

 

「……正式な報告が出ていない」

 

 ……なるほど。

 

 そういうことか。

 

 俺は小さく頷いた。

 

 あの四人。

 

 モノレールを爆破し、俺を拘束しようとした軍用ISの操縦者たち。

 

 本人たちは、祖国から命令を受けたと言っていた。

 

 だが、所属国は最後まで明かさなかった。

 

 ……まあ。

 

 簡単に口を割るとは思っていなかったが。

 

 何しろ、あれほどの襲撃を行っている。

 

 国家が関与していたとしても、表向きは否定する可能性が高いだろう。

 

 ……面倒な話だ。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 すると。

 

「……蓮くん」

 

 楯無が、静かに声をかけてきた。

 

「何だ?」

 

「今回の搬入申請、今朝の事件と関係があると思う?」

 

 …………。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 そこを疑うか。

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 確かに、時期は近い。

 

 しかも、どちらも学園へ接近する手段として利用できる。

 

 だが。

 

 現時点で、直接つながる証拠はない。

 

「……分からないな」

 

 俺は正直に答えた。

 

「ただ、偶然と決めつける理由もない」

 

 楯無が頷く。

 

「……そうね」

 

 その表情には、先ほどまでの軽さがなかった。

 

 ……なるほど。

 

 更識家の当主として、警戒しているらしい。

 

 俺は小さく笑った。

 

 ……まあ。

 

 それでいい。

 

 変に気を抜かれるよりは、ずっと助かる。

 

 何しろ。

 

 今回は、学園祭。

 

 大量の来場者が学園へ出入りする。

 

 そして、その中には当然、外部の人間も含まれる。

 

 ……つまり。

 

 普段よりも、侵入しやすい環境が生まれるということだ。

 

 ……おいおい。

 

 何とも、面倒な時期じゃないか。

 

     ◇

 

 ――その日の夜。

 

 IS学園、施設管理区画。

 

 照明の落とされた通路を、一人の人物が歩いていた。

 

 作業服。

 

 帽子。

 

 そして、手には小さな端末。

 

 見た目だけなら、施設の点検を行っている作業員と変わらない。

 

 だが。

 

 その歩き方は、明らかに普通ではなかった。

 

 足音を抑え、周囲の状況を確認しながら移動している。

 

 廊下の監視設備へ視線を向ける。

 

 その位置を確認すると、何事もなかったかのように歩き続けた。

 

 やがて。

 

 一つの扉の前で、足を止める。

 

 ――施設管理用の補助通路。

 

 通常、生徒が使用することはない場所だった。

 

 その人物は、端末を操作した。

 

 だが。

 

《認証失敗》

 

 画面に、短い文字が表示される。

 

「…………」

 

 作業員の動きが、止まった。

 

 再び操作する。

 

 しかし。

 

《認証失敗》

 

 結果は、同じだった。

 

 …………。

 

 ……おかしい。

 

 その人物は、僅かに眉をひそめた。

 

 事前に確認していた情報では、この通路は既に使用可能になっているはずだった。

 

 だが、現在は違う。

 

 どうやら、立ち入り権限そのものが停止されているらしい。

 

 ……何故?

 

 端末へ視線を落とす。

 

 そこには、先ほどまで問題なく表示されていたはずの搬入許可情報があった。

 

 だが。

 

 その状態が、変化している。

 

 ――承認保留。

 

「…………」

 

 作業員は、静かに息を吐いた。

 

 ……誰かが、気づいた。

 

 そう判断するには、十分だった。

 

 少なくとも、予定どおりに施設へ入ることは難しくなっている。

 

 ……ならば。

 

 方法を変える必要がある。

 

 その人物は、端末を閉じた。

 

 そして、何事もなかったかのように踵を返す。

 

 ……だが。

 

 その直後。

 

「……こんな時間に、何してるんです?」

 

 背後から声がした。

 

 ――ピタッ。

 

 作業員の足が、止まった。

 

 ゆっくりと振り返る。

 

 そこには。

 

 黒い制服を着た少年が立っていた。

 

 篠ノ之蓮。

 

 IS学園の生徒会副会長。

 

 そして。

 

 今回の任務において、最も警戒するべき人物だった。

 

     ◇

 

「……こんばんは」

 

 俺は、軽く手を上げた。

 

 目の前には、作業服姿の人物。

 

 顔は帽子で半分ほど隠れている。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 見た目だけなら、普通の点検作業員だな。

 

 ただし。

 

 こんな時間に、学園の管理通路へ近づいている。

 

 しかも、使用権限を持っていないらしい。

 

 ……おいおい。

 

 怪しすぎるだろ。

 

「……何か用ですか?」

 

 相手は、落ち着いた声で尋ねてきた。

 

 ……ほう。

 

 なかなか冷静じゃないか。

 

 俺は小さく笑った。

 

「いや、別に」

 

 そして、肩をすくめる。

 

「こんな時間に作業してる人がいるから、少し気になっただけですよ」

 

「……そうですか」

 

 相手は短く答えた。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 会話を長引かせるつもりはないらしい。

 

 まあ、当然か。

 

「……ところで」

 

 俺は続けた。

 

「どちらの企業の方です?」

 

 その瞬間。

 

 相手の目が、僅かに動いた。

 

 ……お。

 

 反応したな。

 

「……外部委託の点検業者です」

 

 ……なるほど。

 

 まあ、そう答えるだろうな。

 

「……そうですか」

 

 俺は頷いた。

 

「なら、入館許可証を見せてもらえますか?」

 

 …………。

 

 沈黙。

 

 ……おいおい。

 

 そんなに難しいことを聞いたか?

 

 少なくとも、正規の作業員ならすぐに提示できるはずだろ。

 

 相手は、ゆっくりと胸元へ手を伸ばした。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 何かを取り出そうとしているらしい。

 

 俺は、自然体のまま見守った。

 

 だが。

 

 同時に、相手の手首の動きへ意識を向けていた。

 

 ……さて。

 

 何が出てくるかな。

 

     ◇

 

 作業員の手が、胸元へ触れる。

 

 そこには、身分証らしきものが収められていた。

 

 だが。

 

 その下には、別の物もあった。

 

 小型の通信装置。

 

 非常時の連絡用として、事前に用意されたものだ。

 

 ……どうする?

 

 その人物は、短い時間で考えた。

 

 目の前の少年。

 

 篠ノ之蓮。

 

 銀の福音を単独で撃破した操縦者。

 

 しかも、生身の戦闘能力も極めて高いという報告がある。

 

 ……正面から戦えば、勝てない。

 

 それは、最初から分かっていた。

 

 今回の任務は、彼と交戦することではない。

 

 あくまで、学園内部の状況を確認すること。

 

 そして、指定された設備へ接近するための経路を確保すること。

 

 ……だが。

 

 予定が狂った。

 

 何者かが搬入申請の異常へ気づき、権限を停止した。

 

 さらに。

 

 その直後、最も警戒するべき少年が現れた。

 

 ……偶然?

 

 いや。

 

 そんなはずはない。

 

 その人物は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 少年は、相変わらず自然体で立っていた。

 

 笑顔。

 

 落ち着いた姿勢。

 

 そして、無防備に見える両腕。

 

 ……だが。

 

 隙がない。

 

 少なくとも、素人目に見えるほどの無防備さが、本当の隙ではないことくらい理解できる。

 

 ……撤退するしかない。

 

 そう判断した。

 

     ◇

 

「……ああ」

 

 俺は、小さく息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 やっぱり、そういうことか。

 

 相手の身体が、僅かに動いた。

 

 次の瞬間。

 

 胸元から何かを取り出し、床へ落とす。

 

 ――カランッ。

 

 小さな音。

 

 その直後。

 

 ――シュウウウウッ!

 

 白い煙が広がった。

 

 ……おいおい。

 

 煙幕かよ。

 

 俺は思わず笑った。

 

 ……懐かしいな。

 

 傭兵時代には、何度か似たようなものを使われた。

 

 もっとも。

 

 煙で視界を遮ったところで、相手の位置が完全に分からなくなるわけではない。

 

 足音。

 

 衣擦れ。

 

 空気の流れ。

 

 そして、周囲の微かな振動。

 

 そうした情報を組み合わせれば、相手の動きを推測することはできる。

 

 ……ただし。

 

 今回は、少しだけ事情が違った。

 

 煙幕の向こうから、複数の機械音が聞こえてくる。

 

 ……おや?

 

 何だ、これ。

 

 俺は眉をひそめた。

 

 小型の機械装置。

 

 恐らく、何らかの妨害機構だろう。

 

 音だけでなく、周囲のセンサーへも影響を与えているらしい。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 なかなか準備がいいじゃないか。

 

 ただの作業員ではないことは、これで確定だな。

 

 俺は煙の中へ踏み込んだ。

 

 だが。

 

 その瞬間。

 

 ――ピピピッ!

 

 別の警告音が響いた。

 

 ……ん?

 

 俺は足を止めた。

 

 近くに設置された学園の警備装置が、異常を検知したらしい。

 

 …………。

 

 ……おいおい。

 

 こいつ。

 

 逃げるだけじゃなく、余計な仕掛けまで残していったのか。

 

 俺は小さく舌打ちした。

 

 ……面倒だな。

 

 相手を追うか。

 

 それとも、残された装置を確認するか。

 

 俺は一瞬だけ考えた。

 

 そして。

 

「……こっちが先か」

 

 追跡を中断した。

 

 何しろ、ここは学園の内部だ。

 

 しかも、学園祭の準備期間中。

 

 残された装置が何をするのか分からない状態で、放置するわけにはいかない。

 

 ……まあ。

 

 別に、善意だけで動いているわけじゃない。

 

 もし学園の設備が破壊されれば、生徒会にも大量の後始末が回ってくる。

 

 そして。

 

 その処理をするのは、恐らく俺だ。

 

 …………。

 

 ……それだけは、勘弁してもらいたい。

 

 俺は端末を起動した。

 

 周囲の状態を確認する。

 

 そして、床に残された装置へ視線を向けた。

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 どうやら、大規模な破壊を目的としたものではなさそうだ。

 

 むしろ、警備設備を一時的に混乱させるためのものらしい。

 

 ……つまり。

 

 逃走の時間稼ぎか。

 

 俺は小さく笑った。

 

「……なかなか賢いじゃないか」

 

 そう呟き、警備担当者へ連絡を入れた。

 

     ◇

 

 ――数分後。

 

「……蓮!」

 

 通路の向こうから、声が響いた。

 

 顔を上げると、楯無がこちらへ駆け寄ってきていた。

 

 ……おや。

 

 随分と早いな。

 

「……何だ?」

 

「警備から連絡があったの」

 

 楯無は、俺の周囲を見渡した。

 

 煙幕の残滓。

 

 床へ置かれた小型装置。

 

 そして、異常を検知して停止した警備設備。

 

 ……なるほど。

 

 状況は、一目で理解したらしい。

 

「……何があったの?」

 

 俺は、簡単に事情を説明した。

 

 不審な作業員。

 

 管理通路への接近。

 

 身分証の提示を求めた直後の逃走。

 

 そして、煙幕と妨害装置。

 

 楯無は、最後まで黙って聞いていた。

 

 ……ほう。

 

 真面目な顔もできるんだな。

 

 俺は少しだけ感心した。

 

「……なるほどね」

 

 楯無が、小さく呟いた。

 

「やっぱり、あの申請と関係がありそうね」

 

「……まあな」

 

 俺は頷いた。

 

 まだ断定はできない。

 

 だが、偶然にしては都合がよすぎる。

 

 不審な搬入申請。

 

 その権限が停止された直後に、管理通路へ侵入しようとする人物。

 

 しかも、正体を確認されそうになると逃走した。

 

 ……なるほど。

 

 つながりを疑うには、十分だ。

 

「……それで」

 

 楯無が尋ねた。

 

「相手は?」

 

「逃げられた」

 

 俺は短く答えた。

 

 すると、楯無が少しだけ目を丸くした。

 

「……あら」

 

「何だ?」

 

「蓮くんから逃げ切るなんて、なかなかやるじゃない」

 

 ……おい。

 

 何だ、その言い方。

 

 俺は肩をすくめた。

 

「追うより、残された装置の確認を優先したんだよ」

 

「……そう」

 

 楯無は、小さく頷いた。

 

 そして。

 

「……それなら、正しい判断ね」

 

 …………。

 

 ……おや。

 

 珍しく褒められたな。

 

 俺は少しだけ眉を上げた。

 

「……そうか?」

 

「ええ」

 

 楯無は微笑んだ。

 

「ここは学園だもの。相手を捕まえることより、生徒や施設の安全を確保するほうが大切な場合もあるわ」

 

 ……ふむ。

 

 なるほど。

 

 その辺りは、ちゃんと考えているらしいな。

 

 俺は小さく笑った。

 

「……まあ、同感だ」

 

 すると。

 

「……ところで、蓮くん」

 

「何だ?」

 

「どうして、こんな時間に管理区画へいたの?」

 

 …………。

 

 ……あ。

 

 俺は、僅かに目を逸らした。

 

 ……おいおい。

 

 そこを聞くか。

 

「……いや」

 

 俺は小さく咳払いをした。

 

「少し、調べたいことがあってな」

 

「……ふうん」

 

 楯無が、楽しそうに笑った。

 

 ……嫌な予感がする。

 

「もしかして」

 

 彼女は、少しだけ身を乗り出した。

 

「私に内緒で、先に調査してたの?」

 

 …………。

 

 ……おい。

 

 それは。

 

 ……まあ。

 

 そうなんだが。

 

「……お前が勝手に動くと面倒だと思ったからな」

 

 俺は正直に答えた。

 

 楯無の笑みが、僅かに深まる。

 

「……蓮くん」

 

「……何だ?」

 

「それって、私に言ってたことと同じじゃない?」

 

 …………。

 

 ……ああ。

 

 そうだな。

 

 俺は、小さく息を吐いた。

 

 ……まったく。

 

 人のことは言えないというわけか。

 

「……悪かったよ」

 

 俺は短く答えた。

 

「次からは、ちゃんと連絡する」

 

 楯無が、少しだけ目を丸くした。

 

 そして。

 

「……ふふっ」

 

 柔らかく笑った。

 

「素直でよろしい」

 

 ……おい。

 

 何だ、その態度。

 

 俺は苦笑した。

 

 ……まあ。

 

 今回は、俺にも落ち度があった。

 

 そこは認めておくとしよう。

 

     ◇

 

 ――同日、深夜。

 

 IS学園から離れた、とある場所。

 

 薄暗い部屋の中で、一人の人物が端末を操作していた。

 

 画面には、複数の情報が表示されている。

 

 IS学園の施設構造。

 

 学園祭の準備日程。

 

 そして、各区域の警備情報。

 

 その人物は、無言で画面を見つめていた。

 

 やがて。

 

 通信端末が、小さく音を立てる。

 

『……報告を』

 

 低い声。

 

 通信相手の姿は見えない。

 

 その人物は、短く答えた。

 

「予定していた搬入経路は使用できなくなりました」

 

『……理由は?』

 

「申請内容の不一致を指摘され、承認が停止されています」

 

 少しの沈黙。

 

 そして。

 

『……誰が気づいた?』

 

 その人物は、端末を操作した。

 

 画面が切り替わる。

 

 そこに表示されたのは、一枚の写真。

 

 黒い制服。

 

 やや長めの髪。

 

 そして、どこか余裕のある笑み。

 

 ――篠ノ之蓮。

 

「……彼です」

 

 通信の向こうで、僅かな間が空いた。

 

 そして。

 

『……なるほど』

 

 静かな声が返ってくる。

 

『やはり、ただの操縦者ではないようですね』

 

「……はい」

 

『それで、本人との接触は?』

 

「ありました」

 

『……結果は?』

 

「捕捉されかけましたが、撤退に成功しました」

 

 …………。

 

 沈黙。

 

 その人物は、続けた。

 

「ただし、警備装置の一部を使用不能にしました。相手は追跡よりも安全確認を優先したようです」

 

『……そうですか』

 

 通信相手は、短く答えた。

 

 そして。

 

『では、計画を変更しましょう』

 

 その人物の手が、僅かに止まる。

 

「……変更、ですか?」

 

『ええ』

 

 通信相手が、静かに続ける。

 

『予定していた経路が使用できないのであれば、別の方法を使えばいい』

 

 ……なるほど。

 

 その人物は、ゆっくりと頷いた。

 

『何しろ、間もなく学園祭が始まります』

 

 …………。

 

『その日は、普段よりも多くの人間が学園へ出入りすることになる』

 

 声には、僅かな笑みが含まれていた。

 

『そして、学園側もすべての来場者を完全に把握することは難しいでしょう』

 

 …………。

 

 確かに。

 

 学園祭当日は、一般来場者や関係者が多数入場する。

 

 その中へ紛れ込むことは、普段よりも容易になるはずだった。

 

 ただし。

 

 問題は、一つ。

 

「……篠ノ之蓮は、どうしますか?」

 

 その質問に、通信相手は少しだけ黙った。

 

 そして。

 

『……彼には、十分な警戒が必要です』

 

 低い声だった。

 

『銀の福音を撃破し、第四世代型のISを複数所有している。しかも、ISコアの製造技術まで持っている可能性がある』

 

 …………。

 

 その人物は、無言で聞いていた。

 

『……ですが』

 

 通信相手が続ける。

 

『その能力は、我々にとって障害であると同時に、非常に魅力的なものでもあります』

 

 …………。

 

『もし彼を確保できるのであれば、当初の目的以上の成果になるでしょう』

 

 ……なるほど。

 

 その人物は、静かに頷いた。

 

 そして。

 

「……では、目標を変更しますか?」

 

 通信相手は、即答しなかった。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

『……いいえ』

 

 低い声。

 

『第一目標は、これまでどおりです』

 

 …………。

 

『ただし、篠ノ之蓮については、可能であれば追加の情報を収集してください』

 

「……了解しました」

 

 通信相手は、最後に一言だけ告げた。

 

『学園祭当日。予定どおり、作戦を開始します』

 

 ――ブツッ。

 

 通信が切断された。

 

 その人物は、しばらく画面を見つめていた。

 

 そこには。

 

 二人の少年の写真が並んでいる。

 

 一人は、白式の操縦者。

 

 ――織斑一夏。

 

 もう一人は、瞬影と無影を所有する少年。

 

 ――篠ノ之蓮。

 

 そして、その下には。

 

 短い文字が表示されていた。

 

 ――回収対象。

 

 …………。

 

 その人物は、静かに端末を閉じた。

 

 ……さて。

 

 学園祭まで、あと数日。

 

 時間は、あまり残されていない。

 

 だが。

 

 計画を遂行するには、十分な猶予がある。

 

 少なくとも。

 

 そう考えていた。

 

     ◇

 

 ――同時刻。

 

 IS学園、生徒会室。

 

「……ふぅ」

 

 俺は、椅子へ身体を預けた。

 

 ようやく、今日の仕事が終わった。

 

 不審な搬入申請。

 

 管理区画への侵入者。

 

 そして、学園の警備態勢の見直し。

 

 ……まったく。

 

 何とも忙しい一日だったな。

 

 俺は端末を閉じた。

 

 その隣では、楯無が書類を整理している。

 

 ……おや。

 

 今日は、まだ仕事してるのか。

 

 俺は少しだけ感心した。

 

「……楯無」

 

「ん?」

 

「珍しく真面目だな」

 

 …………。

 

 楯無が、ゆっくりとこちらを向いた。

 

 そして。

 

「……蓮くん?」

 

 何とも優しい声。

 

 ……あ。

 

 嫌な予感。

 

「それって、どういう意味かしら?」

 

 …………。

 

 ……おいおい。

 

 そんなに笑顔で言われると、逆に怖いんだが。

 

「……褒めてるんだよ」

 

 俺は、何食わぬ顔で答えた。

 

 すると。

 

「……ふふっ」

 

 楯無が、小さく笑った。

 

「そういうことにしておいてあげる」

 

 ……助かった。

 

 俺は内心で小さく息を吐いた。

 

 だが。

 

 その直後。

 

 楯無が、静かに口を開いた。

 

「……ねえ、蓮くん」

 

「……何だ?」

 

「今日の侵入者、どう思う?」

 

 …………。

 

 ……おや。

 

 真面目な話か。

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 不審な搬入申請。

 

 停止された権限。

 

 そして、施設管理区画へ侵入しようとした人物。

 

 そのすべてが、学園祭の直前に起きている。

 

 ……偶然とは思えないな。

 

「……少なくとも」

 

 俺は静かに答えた。

 

「学園祭当日までに、もう一度何かを仕掛けてくる可能性はある」

 

 楯無が頷く。

 

「……そうね」

 

「それに、今回の侵入者は俺の存在を知っていた」

 

 ……ああ。

 

 あのとき。

 

 相手は、俺が誰なのかを理解していた。

 

 初対面のはずなのに、動揺は小さかった。

 

 むしろ、事前に対策を用意していたように見えた。

 

 ……なるほど。

 

 どうやら。

 

 単なる侵入者ではなさそうだ。

 

「……楯無」

 

「何?」

 

「少し、調べたいことがある」

 

 楯無が、僅かに眉を上げた。

 

「……何かしら?」

 

 俺は小さく笑った。

 

「今回の搬入申請を提出した企業。それから、過去に学園へ出入りした関係者の記録だ」

 

 …………。

 

 楯無の表情が、変わった。

 

「……なるほど」

 

 静かな声。

 

「更識家の情報網を使ってほしい、ということ?」

 

 ……ほう。

 

 話が早いじゃないか。

 

「……ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「少なくとも、俺一人で調べるよりは効率がいいだろ」

 

 楯無は、しばらく俺を見つめていた。

 

 そして。

 

「……ふふっ」

 

 小さく笑った。

 

「いいわよ」

 

 ……おお。

 

 即答か。

 

 俺は少しだけ眉を上げた。

 

「……いいのか?」

 

「もちろん」

 

 楯無は頷いた。

 

「だって、私たちは生徒会長と副会長でしょう?」

 

 …………。

 

 ……ああ。

 

 そうだったな。

 

 俺は小さく笑った。

 

 なるほど。

 

 役職というものも、使い方次第では便利らしい。

 

 ……まあ。

 

 書類仕事が増えるのは、相変わらず勘弁してもらいたいが。

 

「……じゃあ、頼む」

 

 俺は短く答えた。

 

 楯無は満足そうに頷いた。

 

「任せて」

 

 そして、扇子を閉じる。

 

 ――パチンッ。

 

 乾いた音が、生徒会室へ響いた。

 

 その瞳には、いつもの人懐っこい笑みとは違うものが宿っていた。

 

 更識家当主としての警戒。

 

 そして。

 

 未知の敵へ向けられた、鋭い視線。

 

 ……なるほど。

 

 こいつも、ようやく本気になったらしいな。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 ……まあ。

 

 面白くなってきたじゃないか。

 

 学園祭。

 

 大勢の来場者。

 

 そして、学園へ忍び寄る正体不明の勢力。

 

 ……相手が何を狙っているのかは、まだ分からない。

 

 だが。

 

 少なくとも。

 

 俺の目の前で、好き勝手に行動されるのは気に入らない。

 

「……さて」

 

 俺は椅子から立ち上がった。

 

 窓の外には、夜の学園が広がっている。

 

 遠くでは、学園祭の準備を続ける生徒たちの姿が見えた。

 

 照明の下で、楽しそうに笑っている。

 

 ……平和だな。

 

 少なくとも、今は。

 

 俺は小さく笑った。

 

 そして。

 

「……学園祭まで、あと少しか」

 

 静かに呟いた。

 

 ……まあ。

 

 せっかくの学校行事だ。

 

 できれば、何事もなく終わってほしいものだが。

 

 ……ただし。

 

 もし、誰かがそれを邪魔しようとするなら。

 

 そのときは。

 

「……少しくらい、遊んでやってもいいか」

 

 俺は口元を緩めた。

 

 その笑みは、研究施設にいるときのものでも、学園で生徒たちへ向けるものでもなかった。

 

 かつて戦場で。

 

 敵から恐れられた。

 

 ――戦場の死神。

 

 その名で呼ばれていた頃の、冷たい笑みだった。

 

 そして。

 

 俺は、まだ知らなかった。

 

 今回の侵入者が、単に学園の設備を狙っているわけではないことを。

 

 彼らの目的が。

 

 織斑一夏。

 

 そして。

 

 俺自身にも、向けられ始めているということを。

 

 ――続く。

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