雪化粧した木々があちこちに聳える浅い森の中は、不気味な静寂に包まれていた。
何度目か飛んでくる矢を叩き折りながら、俺は視線だけぐるりと辺りを見回した。降り積もった雪に紛れて、真っ白なギリースーツで擬装した兵士が五人程確認できる。その技術には賞賛を送りたいものがあるが、生憎と
「そこか」
一番近くにいた兵士に右腕を――正確には右腕に装備した武器を向ける。トリガーを引くと、銃口から吐き出された亜音速の光弾が対象へと一直線に飛翔し、相手が避ける間もなく眉間に風穴を開けた。それ程しっかり狙った訳ではなかったが、たとえ急所を外そうとも、弾自体が持つ特性による強大なストッピングパワーで数十分はまともに動けなくなる筈だ。
「隠れても無駄だ。貴様らは俺の射程範囲内にいる時点で既に敗北している」
地面に赤い花を咲かせた兵士を見せしめとして、残る兵士達に最後の警告を与えたが、彼らはその場から動かず、それどころかふてぶてしくも次の矢を弓に番えている。俺が周りより少し開けたこの場から逃げても、きっとそこかしこに
「…皆殺しが望みのようだな」
このシチュエーション自体は何度も経験してきたが、今回は少々勝手が違う。というのも、彼らはこの国――フローズンキングダムの兵士ではなく、ここに攻め込んできた隣国の軍の一派なのだ。
それを説明するには、一週間前まで遡る必要がある。
一年中氷雪に覆われるこの国は、一般の世界地図には記載されていない。迫害を受け唯一人逃げ続けていた俺が、どうやってここに辿り着いたのかは全く見当が付かないし、この地域に恒久的な低温環境をもたらすメカニズムも、この国で過ごした数年間不明なままだ。話を聞いた何人かによれば、“この国にかけられた呪い”だというが、やはり詳細は謎に包まれている。
国民がこの環境に不自由している訳ではなさそうだった(むしろそれを含めて国を愛しているらしい)ので、その謎を解き明かすことは二の次になった。俺はこの地に根を下ろし、これまでと同じく
「令状?」
「全国民に出された召集令状だ。隣国との戦争に備えてな」
淡雪の降る朝、次の‘仕事’を求めて酒場に足を向けていた俺を、背の低い身軽そうな兵士が遮った。王城を数キロ北に望む王都のメインストリートは、せっかちな商人や学校に急ぐ学生達で早くもごった返している。彼らは皆一様に、国王キングペンギンの証たる紋章が描かれた便箋を持っていて、目の前の兵士は、それを持っていない俺にも手渡したのだ。
その場で開封した便箋の中身、それを要約すると次のような内容となった。
“昨今領土の拡大を続けている隣国ケイマールの次の標的が我が国であることが判明した。既に国境警備隊の大部分が敵先遣隊により壊滅させられている。我が国は本日付で国家総動員での反攻作戦を開始する。全国民は己の能力を活かし、祖国死守及びケイマール討伐に尽力せよ。これは王命である”
「お断りだな」
「何っ?!」
俺は令状を兵士に突き返した。
「貴様、王の御命令に逆らう気か?!」
「ケイマール“討伐”…要はあわよくば逆に植民地化してやろうという魂胆だろう。この二文字で協力する気が失せた」
流れ者の俺には愛国心というものはない。それを当然の如く「国の為に戦え」などとはお門違いもいいところだ。そもそもが子供の喧嘩の延長線上にしかない‘戦争’というものに、俺が加担すること自体愉快ではないというのに、自衛どころか侵略までさせるその傲慢さに心底閉口する。
「‘異端者’の分際で…ッ!!」
「殺すか? 俺を」
そしてこの通り。この国での生活は、あくまでも
「…っ!」
「……」
兵士は背中の鞘から剣を抜こうとした体勢のまま、柄を把握することなく固まっている。右前腕を覆う形で装備された筒型の俺の得物は、肘を曲げればリロードの必要もなく腰だめで撃つことができる。彼我の距離は僅か一メートル足らずで、本来なら――つまり双方の技量が同等で、且つ俺の持つ武器が通常の銃器だったなら――
話にならない。
「…その令状を寄越せ。直筆で断りを入れてやる」
彼はびくびくしながら、再度俺に令状を手渡した。俺は薄汚れた白いギリースーツの裏ポケットから鉛筆を取り出し、紙の裏側に断固拒否の文言を書き連ねようとして、
「…おい」
「ひっ!?」
「前言を撤回する。俺にも戦う理由ができた」
紙の裏側には、表側のそれとは明らかに違う筆跡で走り書きがされていた。
“尚敵軍には貴公
三日で仕度を調え、王都を発ったのが四日目の黄昏時。西北西へ二十キロ行くだけですぐにケイマールからの追っ手と遭遇した。その後はそれらを撃退しながらあてもない逃避行を続け、今に至る。
この追っ手と戦うことは、必然的にケイマールとの戦争に加担することになる。だが降りかかる火の粉は払うべきだ。そして、あまりこんな考え方はしたくはないが――国が滅べば、俺を狙う者もいなくなるだろう。
何はともあれ、まずはこの状況を脱することが先決だ。
「お前のような
「滅びろ、四島小櫃!!」
「神聖なるケイマールの名の下に!」
隠密が意味を為さないと悟った追っ手が、ぞろぞろと現れて俺を囲む。待ち伏せていたのであろう者も集まり、その数は十三人。数人
改心する見込みはない。
「死ねぇーーーーーーーーーーーっ!!」
隊長らしき男の叫びと共に、魔術師達の手から猛烈な勢いで炎が噴出する。
無論、俺に当たりはしない。
炎は俺の足の下を‘通過した’。
「なっ?!」
俺は文字通り飛んでいた。背中、踵、尾てい骨から噴き出す漆黒の奔流。その反作用が、俺に重力に打ち勝つ力を与えていた。
インフィニタス。それが俺という存在…否、俺のような存在を表す名称である。あらゆる生命に巡り、生物の根幹を掌る物質『バイオエナジー』を変換或いは媒介として、個々が持つ特殊能力を行使することができる知的生命体。俺が迫害され、命を狙われる理由の二つのうち一つが、まさにこれだ。
もう一つの理由は、俺の愛銃『アームキャノン・ビツケンヌカスタム』にある。恐らくインフィニタスの能力以外でバイオエナジーを扱うことができる唯一の存在であるこれは、この世界では明らかなオーバーテクノロジーと見られており、その技術を手に入れようとする者が後を絶たなかった。
「…マムシは脅かさなければ人を咬まない」
俺の中には怒りがあった。自分が迫害されることに対してのものではない。迫害という行為そのものに対しての怒りだ。対象の自他を問わず、そこに迫害される人間がいることに変わりはない。
彼らは迫害という行為を、邪な思想や欲望の為に正当化し、欠片も悪く思っていなかった。
「悪いのは、貴様らの方だ」
よって俺は今この場で、‘己の正義’を遂行させて貰う。
「何を…がっ!?」
「邪魔だ」
身体から噴き出されるバイオエナジーの量と角度とを素早く調節し、呆けた兵士に向けて突撃、蹴り殺す。弓矢を構えた右隣の兵士を、アームキャノンの銃口から飛び出した青白いバイオエナジーの剣――バイオブレードで刎頚、更に返す刀で背後に迫った兵士の両腕を切り落としつつ、その切っ先で眼窩を深く抉った。
「ぎゃああああぁああぁあ!!」
両の腕と目を失った兵士が悲鳴を上げるまで、二秒と経っていない。
「ケネス! アーチー! モート!」
「一気に三人も…!!」
「もう許さねえぞてめえ!!」
残る十人が途端に色めき立つ。が、俺には脅威に値しない。
再びバイオエナジーを噴射、雪を巻き上げながらホバー移動。挙動を予測できなかった兵士達を次々に両断していく。後方から矢が数本放たれたが、背中から噴き出すバイオエナジーが全て弾き飛ばしてくれた。
残り四人。舞い上がった雪で兵士達の視界は塞がれている。銃口を向け、フルオートでバイオエナジーの弾丸――バイオバレットを掃射、三人をたちどころに屠る。
ここまでで、五秒。
最後に一人。雪が晴れ、累々と転がる屍が露になった中に、その兵士は剣も弓も放り出しへたり込んでいた。
「……」
「ヒイ゛ィッ!? お、お願いだ。こ殺さないでくれ! 俺にできることなら何だってする!!」
「ケイマールに帰れば、嫁入り前の妹がいるんだ。そいつだって好きにしていい、だから――」
「…そうして命乞いをしてきた‘異端者’を、貴様らは一体何人殺してきた?」
自身の目的の為に他人を顧みない者、他人を不当に傷付け利益を得ようとする者。それは下衆で、糞で、塵屑で、この宇宙に存在する価値のない、…否、存在を許してはいけない最低最悪の輩なのだ。
「冥土の土産だ。いい言葉を贈ってやる」
その全てを滅することが、俺の正義だ。
「“我が身を抓って人の痛さを知れ”」
顎にねじ込んだ銃口が火を噴き、絶命させた。
「……」
ギリースーツのフードを被り、ゴーグルとネックウォーマーを装着した状態で飛行しながら、俺は思考に耽っていた。
今回の追っ手は排除したが、俺の中にあった問題は解決していない。それは即ち「令状にあった追記の書き手は誰なのか」であった。他の者に届いたものも見せて貰ったが、令状の字は――魔術を使って一度に書いたと見える――手書きで、その筆跡に一意性が見られる。しかしあの妙に焦った走り書きだけが、その法則から外れていたのだ。
あの時令状を渡してきた兵士は、王城及び王都に配属されている兵団の一員だった。城で令状を受け取ってから彼は封を切っておらず、俺のものにだけ追記があったのを知らなかったことを考慮すると、城に居住或いは常駐している者、城に出入りできる者が書いたというのが有力だ。
「…一度、王都に戻ってみるか」
‘異端者’一人を殺す為だけに割ける人員は限られる。ならば街に暗殺者が忍び込んだとて、独力で対処できない道理はない。俺はそう結論付け、進路を南にとった。
敵の情報を掴んでいると思しき‘書き手’に接触する。それが、俺の逃避行の根を絶つ一助になるやもしれない。