ラブライブ! 〜僕らは今のなかで〜   作:逸見空

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第十話 START:DASH!!

 ゆっくりと、ステージの幕が開く。

 そして幕の奥に立っていた三人の顔が見えた瞬間、僕は思わず目を逸らしてしまった。その悲しげな表情を見ていられなかった。見たくなかった。

 そんな空虚な講堂に、穂乃果さんの声が大きく響く。

 

「……そりゃそうだ……世の中そんなに甘くない……!」

 

 僕はゆっくりと彼女たちの方に目を向けた。キラキラとして可愛い衣装を身にまとった三人は、やりきれないという表情でそこに立ち尽くしていた。

 三人とも、よく似合っている。あの衣装もおそらく、ことりさんが作ったものだろう。

 でも……そんな泣きそうな顔は似合わない。

 この一ヶ月、三人は頑張っていたではないか。なのになんで……こんなことがあっていいのか……

 すると、そのとき。

 ギィ、と扉が開く音がした。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 そこには、見覚えのある人が息を切らして立っていた。

 

「花陽ちゃん……」

 

 穂乃果さんが呟く。

 そうだ、「かよちん」こと、小泉さんだ!

 なんで穂乃果さんと知り合いなのかは知らないが、来てくれたんだ!

 

「あ、あれ、ライブは? あれ、あれ……?」

 

 僕は穂乃果さんの方を見る。彼女の顔は、また希望を取り戻していた。

 

「やろう……歌おう、全力で。だって……そのために今日まで頑張ってきたんだから!」

 

 穂乃果さんが言うと、姉さんとことりさんもだんだんとその表情が柔らかくなっていく。

 

「穂乃果ちゃん……海未ちゃん!」

 

「ええ……!」

 

 そして、三人は踊る体勢になる。

 ……一瞬の沈黙。しかしこれは、最初の静寂とは全く異なるものだ。今から始まる……いや、もう始まっている……なにかが。

 

「うわぁ……!」

 

 小泉さんはいつの間にか一番前の真ん中に座っていた。彼女はまるで本物のアイドルを見るかのようにステージを見つめていた。

 ……そして。

 彼女たちのステージが、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「——ありがとうございました!」

 

 そう言って彼女たちは、三人揃って深くお辞儀をする。

 その顔には、もう最初のような悲しげな表情はない。あるのは、そう——希望だけだった。

 

「わあぁ……」

 

 小泉さんは嬉しそうに拍手をしていた。そしていつの間にか、その隣には星空さんもいた。

 すると。

 かつ、かつ、と、階段を降りる足音が響く。

 

「……どうするつもり?」

 

 生徒会長だ。この人も見ていたらしい。

 彼女は冷たい目で穂乃果さんたちを見つめる。こんな厳しい目で見られたら、僕なら萎縮してなにも言えなくなってしまうだろう。

 しかし、穂乃果さんは即答した。

 

「続けます!」

 

「何故? これ以上続けても、意味がないと思うけど」

 

「やりたいからです!」

 

 彼女は言い切った。

 

「今、私、もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんも、ことりちゃんも……」

 

 穂乃果さんは両隣を確認すると、二人は気持ちよく頷く。

 

「こんな気持ち、初めてなんです……やってよかったって、本気で思えたんです! ……今はこの気持ちを信じたい。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない、応援なんて全然もらえないかもしれない……」

 

 穂乃果さんは続ける。

 

「でも一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、届けたい……今、私たちがここにいる、この想いを!いつか……いつか私たち、必ず——ここを満員にしてみせます!」

 

 ○ ○ ○

 

 僕はなにも言わずに講堂を出ると、いつの間にか希先輩の姿がなくなっていることに気付いた。

 ……ちょうどよかった。あの人に今の僕の顔はあまり見せたくなかった。

 僕はそのまま帰るのもなんだか嫌だったので、学校の近くの公園で時間を潰すことにした。僕はそのままベンチに腰をかける。

 ……悔しい。情けない。

 そんな気持ちが今の僕の胸の中を支配している。

 あんなに頑張っていた彼女たちが報われなかった。学校のために、あんなに一生懸命やっていたのに……それが悔しくて仕方がなかった。

 そして、そんな彼女たちの力になることができなかった、いや、なろうともしていなかった自分が、この上なく情けなかった。

 僕は下を向いて自責する。

 僕が手伝ってチラシ配りでもしていれば、少しは客が来ていたかもしれない。僕がクラスで宣伝でもしていれば、クラスの人が何人かは来てくれたのかもしれない。僕が——って冷たい!

 首元にいきなりひんやりしたものがくっついてきたので驚いて振り向くと、そこに立っていたのは缶ジュースを持ったことりさんだった。

 

「こんなところでなにしてるの、優羽くん?」

 

 彼女は独特の甘いボイスでそんなことを言うと、「はい、これ」といって持っていた缶ジュースを僕にくれた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「いいよいいよー。それで、どうしたの?」

 

 彼女は僕の隣に座ると、こちらを覗き込むようにして言った。

 この人はいつもニコニコしていて、まるで天使のような人だ。小さいときに姉さんと遊んでいたときもよく僕に構ってくれたりもして、とても優しい人だった。そしてそれは、きっと今も変わらない。

 

「……なんでもないです」

 

 僕はそっけない風を装ってみる。

 しかしことりさんには敵わない。彼女は僕の「本当は聞いてほしい」という、僕自身でさえ気付いていない僕の気持ちに気付くのだ。そしてその上で、彼女はこう言うのだ。

 

「そっかー? じゃあ問題ないね」

 

 …………

 しかし彼女は動かない。ずっと僕の隣にいる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………あの」

 

「なーに?」

 

「ちょっと、聞いてほしい……です」

 

「うん、いーよ」

 

 僕の負けだ。

 僕は今日のライブを見て思ったこと、感じたことを全て打ち明けた。客が来なくて悔しかったこと、自分がなにもできなくて悔しかったこと……それらを、全て。

 ことりさんはずっと笑顔だった。なんというか、こういうときの落ち着きというのは、あの三人の中で一番あると思う。

 そしてひと通り聞き終わると、ことりさんは僕にひとつ質問をした。

 

「今日のライブを見て、なにか感じなかった?」

 

「え? だからさっき話した通りで……」

 

「じゃなくて。お客さんが来なかったこととか、そういうのは抜きにして。ライブを見て、純粋に感じたことはなかった?」

 

「純粋に感じたこと……」

 

「……ことりはね、あったよ」

 

 そう言ってことりさんは少し真面目な顔になる。

 純粋に感じたことか……あ、そういえば。

 僕はライブが始まる直前に感じたことを思い出した。

 そしてことりさんは、呟くように言う。

 

「始まってる、なにかが……」

 

 ……そうだ、これだ。僕もあのとき、確かに感じた。

 あの瞬間、なにかが始まった気がしたのだ。なにが始まったのかは分からない。でも、そのなにかは確かにあった。なんだか、とんでもないなにかが……

 

「だからさ」

 

 ことりさんは再びふわふわした笑顔になり、優しく告げる。

 

「これから始めればいいんだよ」

 

 ことりさんはそう言ってパッと立ち上がり、夕焼けをバックにして僕の前に立つ。

 眩しくて、僕は目を細めてしまう。

 

「ふふっ、ここからがスタートだねっ。優羽くんも……私たちも!」

 

 ことりさんはそのまま「じゃあねー」と言って帰って行ってしまった。

 本当に掴めない、まるで浮き雲のような人だ。僕は彼女には一生敵わない、そんな気がする。

 

 ……これから、か。

 

 ことりさんの言葉を心の中で復唱してみる。

 

『ここからがスタートだねっ』

 

 そうか、これから……ここからスタートするんだ。

 僕はなにかに納得したような、または吹っ切れたような気持ちになっていた。

 僕はなにもない。僕はなにもしていない。僕はなにもできない。

 ——なら、始めればいい。これから始めればいいじゃないか。僕の……いや、僕たちの物語を。

 今日のライブはゴールなんかじゃなかった。あれはスタートダッシュだったんだ。

 そしてそう思ったときには、もうすでに僕の足は家に向かっていた。

 

 ○ ○ ○

 

 ドアを開けて玄関に入ると、もうすでに姉さんは帰っていた。

 少し玄関で立ち止まって考える。姉さんとなにを話そうか……まずは今日のライブの感想とかかな。ダンスよかったとか、歌うまかったとか? それとも、衣装似合ってた……とかかな? いや、それか——

 

「あら、優羽。おかえりなさい」

 

「うわっ!?」

 

 いきなりエプロン姿で出てきた姉さんに、僕は驚いてしまう。

 

「……どうしたんですか?」

 

「あ、いや、なんでもない……ただいま」

 

「はい、おかえりなさい」

 

 それだけ言うと姉さんは、再び台所へと戻っていった。

 ……よかった、姉さんがいつも通りで。

 もしかしたら、今日のライブのことで傷ついているかもしれないと思ったが、杞憂だったようだ。

 僕は靴を脱いで家に入ると、なんだかいい匂いが漂ってくる。今日の晩ごはんも美味しそうだった。

 

 ○ ○ ○

 

「ごちそうさまでした」

 

 食べ終わって、僕たちは台所で並んで皿洗いをしていた。姉さんは僕に、手伝わなくていいと言ったが、なんだか今日は一緒にやりたい気分なんだ。

 チラッと横を見ると、慣れた手つきで皿を洗っている姉さんの姿がある。その顔には、さっきのことりさんのものとはまた違った優しさが見えるような気がした。

 

「……お疲れ様」

 

 そんな言葉が自然とこぼれる。

 

「! ……ありがとうございます」

 

 姉さんは一瞬驚いたようであったが、その後すぐに安心した顔になり、お皿を洗いながら言った。

 僕たちは続けて洗いものをする。

 

「姉さん……これからどうするの?」

 

「穂乃果が言った通りですよ……続けます。だって、まだ始まったばかりなんですから。私たちは……」

 

 ——これからなのだから。

 そう言って姉さんは手を拭くと、

 

「……さて、優羽。あなたはどうしますか?」

 

 と、姉さんは身体をこちらに向けて問いかける。

 

「次はあなたの番ですよ。あなたはこれから、どうしたいですか?」

 

 このときの姉さんは、笑顔だった。真面目な話はしているが、しかしもうすでに彼女は僕の答えは分かっているようだ。

 ……どうしたい、か。僕はこれからどうするんだろう。どうしたいんだろう。

 そんなの、決まっている。

 

「僕も……僕もやるよ。僕も学校のためにできることを……μ’sのためにできることをやりたい!」

 

「ふふっ、そう言うと思いました」

 

 微笑みながら、姉さんは言う。

 

「一緒に頑張りましょうね、優羽」

 

 かくして、僕の物語は始まる。

 僕の、そしてμ’sの……

 

 

 

 ——奇跡の物語だ。

 

 

 

 




これでとりあえず一区切り、否、ここからが新たなるスタートとなります。これから優羽はどのようにしてμ’sと共にあるのか、楽しみです!

UAが3000を超えました!
僕にとってはとても嬉しいことで、執筆の励みになります。今後もこの作品をよろしくお願いします。
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