学校が終わり、僕は帰路についていた。姉さんは弓道部に所属しており、いつも僕よりも帰るのは遅い。ちなみに僕は中学の時から帰宅部で、学校が終わるとすぐに家に帰る。
僕の家はわりと学校と近く、歩いて登下校している。この近さも、この学校を選んだ理由の一つだ。
その途中、知っている人影を前方に見た。穂乃果さんだ。
彼女はこちらには気付かず、そのまま向こうに走っていった。
普段なら、それを特に気に留めることもなく、そのまま家に向かうだろう。しかし今日の穂乃果さんだ。廃校の知らせを見て倒れたその日だ。どこに行くのか、少し気になったのだ。
僕は彼女を追ってみることにした。
○ ○ ○
彼女が立ち止まっていた場所は、UTX高校のビルの前だった。
UTX高校とは、最近急激に入学希望者の増えている、音乃木坂とは真逆の高校だ。校舎は何階まであるのか分からないくらいの高いビルで、入口は駅の改札のようになっている。
そして、何より目立っているのは——。
『こんにちは! UTX高校へようこそ!』
校舎ビルに取り付けられている大きなモニターの中で、三人の少女たちが喋っている。
そう、これがUTX高校の一番の魅力——スクールアイドルの存在だ。
そのモニターの前に、穂乃果さんは立っていた。
「穂乃果さん」
「…………」
気付いてないみたいだ。
僕はもう一度、少し声を大きくして呼んでみる。
「あ、あの、穂乃果さん?」
「……え? あ、優羽くん。どうしてこんなところに?」
穂乃果さんはキョトンとしてこちらを見る。
どうして聞かれて追いかけてきたと答えるのはなんだか恥ずかしかったので、ごまかす。
「い、いえ、なんとなく来ただけで……というか、穂乃果さんこそどうして……」
「んー、穂乃果もなんとなく来ただけ……かな?」
よかった、元気そうだ。今朝は本当に驚いただけだったようだ。
でも穂乃果さん、本当になんとなく来ただけなのだろうか。走って一直線にここに来ていたのに、本当になにも目的は無かったのだろうか。まあ、それはわざわざ詮索しなくても大丈夫か。
「じゃ、優羽くん、またね!」
そう言って、穂乃果さんは行ってしまった。
なんだか忙しい人だなあと思うと同時に、あの性格が少し羨ましいとも思う。
明るく前向きで、いつも周りを元気にしてくれている。姉さんとことりさんといる時も、常に彼女が中心だ。
まるで太陽のような人だと、僕はいつも思う。
それを羨ましく思うということは、僕も本当は太陽のような人になりたいのだろうか。本当は、みんなの中心にいるような人物になりたいのだろうか。そのへんの自分の気持ちはよく分からない。
西日が眩しくなってきたので、僕も家に帰ることにした。
そういえば、今日は僕が夕食当番だ。
○ ○ ○
「いただきます」
僕たちは声を揃えて言うと、僕が作ったカレーライスを食べ始めた。
姉さんはいつも六時ごろに帰ってくる。なので僕が夕食当番のときは姉さんが帰ってからすぐに夕食だが、姉さんが当番のときはそこから夕食を作るので、どうしても食べるのが遅くなる。
姉さんは部活で大変なんだから、夕食は毎日僕が作ろうかと提案したことがあるのだが、姉さんは変なところで頑固で、そのときは「いいえ、そういうわけにはいきません! 部活動は私が自ら始めたもの。それを理由に家族に家事を押し付けるなど、私が許しません!」と、何故か僕が叱られたみたいになった。
僕は夕食の席で、今日の帰り道のことを話した。
「そういえば、今日帰りに穂乃果さんに会ったよ」
「穂乃果に?」
「うん、UTX高校の前で」
「UTX高校? なんでまた……」
「さあ。なんでだろう」
「穂乃果……あなたまさか……」
姉さんはなにか思い当たる節があるのだろうか、ぶつぶつと何か呟くようであったが、それ以上はなにも言わなかった。
夕食を食べ終わり、二人で片付けをするとそれぞれの時間を過ごす。と言っても、今日はリビングで、僕は宿題をして姉さんもその横で宿題をしながら僕が分からないときは教えてくれるといった感じで、またまた二人で過ごしている。
「…………」
「…………」
といっても基本は無言で、どちらも集中している。
僕は宿題をしながら、穂乃果さんや隣にいる姉さんのことを考えた。彼女たちは廃校を聞いて、どう思ったのだろうか。
穂乃果さんも姉さんも、そしてことりさんも、みんなと同じように諦めてしまっているのでしょうか。いや、多分、諦めていない。今日も三人で廃校阻止の方法を模索していたのだろう。それで策を見出せたかどうかというのは置いといても、きっと行動しようとしたのは間違いない。僕はそんな姉さんたちを心から尊敬している。
宿題が一通り終わると、僕は姉さんにことわってからお風呂に入って、そのまま自分の部屋に入った。時計を見るともう十一時だったので、今日は寝ることにした。
○ ○ ○
翌朝、学校に行くと、今日も星空さんが話しかけてきた。
「おはよう、優羽くん! 今日もいい天気だにゃ〜」
「おはよう、星空さん。うん、いい天気だね」
「あ、そういえば優羽くんは、もう部活動は決めたの?」
星空さんが聞いてきた。
実は四月いっぱいまでは体験入部期間で、いろいろな部活を体験することができる。最終的に五月には正式入部して、それでやっと部の一員となるわけだ。
しかし、そんなの僕には関係ない。なんせ僕は帰宅部なのだから。
「僕はなにもしないつもりだけど……」
「そうなの?」
「まあ、特にやりたいこともないし……星空さんは?」
「凛は、やっぱり陸上部かな」
星空さんがそう言うと、今日も一限目のチャイムが鳴り、僕たちは前を向いた。
そして、何故か星空さんは、浮かない表情をしていた。
午前中の授業が終わり昼休みになると、僕はどうしてか、担任の先生経由で生徒会室に呼ばれた。
何か悪いことでもしただろうか。いや、そんなはずはない……じゃあなんで……と、考えて歩いているうちに生徒会室の前に着いてしまった。
……なんだか緊張する。
コンコン、とノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。僕は恐る恐るドアを開ける。
「失礼します……」
部屋に入ると、二人の先輩と見られる方々が椅子に座ってなにやら作業をしていた。
一人は金髪で、とても綺麗な人だが、なんだか表情が怖い印象だ。……どこかで見たことあるような気がする。
もう一人は金髪の方とは対照的で、おっとりしていてニコニコしている感じがする。
「あ、あの、さっき呼ばれて来たんですけど……」
僕が尋ねると、金髪の方の人が答えた。
「名前は?」
「園田優羽です」
「ああ、あなたね」
そう言うと、その金髪の人は、作業をやめて立ち上がった。
なんというか……こんな場面でこんなことを想像してしまうのはアレだが……めちゃくちゃスタイルいいなこの人!
「どうもはじめまして。私は生徒会長の絢瀬絵里よ」
「ど、どうも……」
この人、生徒会長だったのか。
どおりで既視感があったはずだ。入学式であいさつしてた人だ。
「あの、今日はなんで僕は呼ばれたんでしょうか……?」
「あのね、あなた、まだ一度も体験入部をしてないでしょう?」
会長はこわい顔のまま言う。
「え? まあ、そうですけど」
「それはどうして?」
生徒会長は、僕に近づいてきながら聞いてきた。
どうして、と言われても困る。部活に入らないからに決まっているだろう。
「部活に入る予定がないからです」
「本当に?」
「本当ですけど……」
じりじりとこちらに詰め寄ってくる会長は、なんというか、威圧感があった。僕、そんなに悪いことした……?
「えっと……何か問題でもありましたか?」
そう言うと、会長は急に冷めた顔をして、迫ってくるのをやめた。そしてさっきまで座っていた席に座り直すと、真剣な顔をして話を切り出した。
「実はね、あなたに頼みがあるの」
「僕に、頼み?」
「ええ。というのも……ある部活に入って欲しいの」
「部活? でも僕、部活には入りたくは……」
「名前を載せるだけでいいの。最悪、活動には参加しないでもいいから……」
「で、でも……」
「……だめかしら?」
「うーん……それって、どんな部活なんですか?」
「それは……」
会長が言おうとしたとき、隣で作業をしていたもう一人が口を開いた。
「アイドル研究部」
その人は、見た目のわりに少し声が高かった。
「え?」
僕がそっちを向くと、彼女は微笑みながら言った。
「ああ、ごめんごめん、あいさつがまだやったね。うちは東條希。副会長やってまーす。よろしくな」
なんだかふわふわした人だな、と思った。でも、優しそうだ。
関西弁(?)で話す彼女、東條希は、そう言って簡単な自己紹介を済ますと、改めて本題に入った。
「で、今回園田くんに入ってもらいたい部活は、アイドル研究部っていうんやけど……どうやろ?」
「僕、アイドルとかはあんまり興味なくて……だからすみま——」
「そんなこと言わずに! せめて見学だけでも! な?」
僕が断る前にガンガン押してくるな、この人。これは少しやっかいなタイプだ。僕は自分で言うのもなんだが、少々押しに弱いところがあるため、この手の手法で来られたらだめだ。
「うっ……わかりました……とりあえず見学だけ……」
そう言って僕は渋々、見学することにした。
というか。
「なんでこの部活に入れようとしたんですか?」
そもそもなんでこんなことを頼んだのだろうか。
部活に入れなどと、どうしてそんなことを……。
それには、会長が答えた。
「……もしも新入部員が入らなかったら、五月でこの部は解体になるのよ」
「えっ、な、なんでそんなことに?」
「部員、一人しかいないのよ」
「そうなんですか……」
どうやらこの学校は、現在予算状況が厳しく、部費の関係もあり、部員が少なくこれといった活動実績もないような部は、この体験入部期間が終わったら解体されてしまうという。そしてその第一の候補に挙がっているのがこのアイドル研究部らしく、この二人はそれをなんとか阻止したいようなのだ。
「あの……どうしてこの部を守ろうとしてるんですか?」
そう聞くと、会長は素っ気なく言った。
「……べつに」
このときは、東條さんも黙っていた。
——沈黙。
僕、もしかしてまずいこと言った? そう思って、急いで話題を振った。
「そ、それで! 見学って、いつ行けばいいんですか?」
「ああ、うん。今日の放課後にでも来てくれるかな」
東條さんはそう言いながら、目で「ナイス」といった合図を送ってきたように感じた……いったいどこで地雷を踏んだのだろう。