『消された死竜 ―デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って―』   作:城元太

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第一章

 砂塵に煙る太陽が、街並みを赤く染めている。長く曳く残骸の影は、私の立つバルコニーの足元まで伸びていた。

 不思議なモニュメントだった。ほぼ半身を砂の中に埋め、石化する以前に捲れ上がったのであろう装甲の隙間から、時折さらさらと滴の様に砂が流れ落ちている。かつて強大なエネルギーを蓄えていたのであろう胸部の中央には大穴が空き、無限の暗闇に覆われて奥底を見通すことができなかった。

 機体の要所に取り付けられていた小火器は全て撤去され、兵器であった頃の面影はない。戦中、物資が欠乏したため、他の機体に転用されたのであろうか。

 象徴ともいうべき、大口径荷電粒子砲を備えた凶悪な頭部は、頸部を残して吹き飛んでいる。ささくれ立った切断面が、内部からの激しい爆発の傷跡を物語る。

 頭部が無いため、それがかつて命を持つ機械であったことを忘れさせ、無機質な鉱物の塊にも見える。

 背後に温かい色の灯りが点る。街灯が、闇を嫌って一斉に点灯したのだ。光の筋が何本も街並みの奥まで伸びていく。この町はもともと軍需工場の城下町だったのだが、敗戦後は技術転用が成功して、国内でも有数の工業都市となっている。加えて、豊富な地下資源は、戦争中には味わうことのできなかった平和という繁栄をもたらしている。視線を戻してみれば、何処までも荒んだ残骸が残るばかり。この繁栄が、時代に取り残された遺物を更に際立だせる。

 見渡せば、同様に真っ赤に染まった残骸が7つ。砂漠にそびえる墓標として、この町の風景に溶け込めずにいた。

 この光景も、間もなく消える。平和が訪れ、いや、戦争と戦争の間が長くなったともいえるのだが、より前の戦争の遺物は、繁栄する平和の障害物に過ぎない。その証拠に、影を曳くモニュメント以上の高さの、緑と白に色分けされた巨大なクレーンが、勝ち誇るかのように聳えている。黄色いヘルメットを被り、ワイヤーの巻き取り作業に追われる作業員。忙しく点滅する警告灯。小型のトラクターが、発電機を牽引している。

 私はこの街の風景を何年見つめてきたのだろうか。20年、いや、19年か。まだ幼かった頃、あの忌まわしい事件の衝撃音だけが、心の奥底で未だに響いている。しかし時代はそんな私の記憶を無視して、無数の屍を積み上げ、掛け替えのないはずの人命を何万人も、何百万人も飲み込んで、今を築きあげている。

 

 次第に影は、夕闇に溶け込んでゆく。地平線に、太陽の欠片が半分かかっている。

 ふと気が付くと、私の立つバルコニーの10メートルほど先、私と同じように砂漠を見つめる人影が見えた。つばのついた帽子を被り、濃いグレーのコートを羽織った、年配の男性である。その姿勢からは、年齢と比較しても不相応なまでの気迫のようなものが感じられる。

 彼は、ぼんやりと見つめているのではなかった。

 睨んでいる。それも、憎しみとも悲しみとも思えないような、鋭い視線を送りながら。

 私は、直観的に何かを感じた。そして、彼の佇む方向へと歩みだしていた。

 

 砂交じりの風は、次第に弱まっている。しかし、気温の急な低下のためか、彼は襟をたて、時折乾いた咳をして、それでも残骸から目を離そうとはしていない。

 彼と、あの残骸に、何があるのだろう。疑問は、私を突き動かすに充分な力があった。

「失礼します。お話、よろしいですか」

私の問いかけに、彼は夕日を背にして振り向いた。帽子の下の表情はさらに判別し難いものとなったが、一瞬だけ、当惑した様子が窺われた。

「私はこの近くに住む…という者です。あれを見ている様子が、気になったので。撤去工事関係の方ですか」

 私は敢えて、予想される返答とは異なった問いかけをしてみた。

「いいえ」

 一呼吸をおき、彼は続ける

「ここに来るのは2度目です、そう、あの日以来」

 低く響く声は、力強くも、悲しくも聞こえた。

 あの日。あの日とは、やはり私と同じあの日のことだ。

「あれが、ここで爆発した時です。まだ工場も整備されていないころ、この町に軍の飛行場があったころです」

「僅かに覚えています。子供のころ、よく発着するレドラーを見上げていましたから。ご存知ですか。あれは、もう軍籍を抹消されているので、軍のものではなく、帝国の国有物なんだそうです。後ろのタワークレーンで、明日から撤去作業を始めるのだとか。真ん中のやつから始めるようですよ。残骸とはいえ、貴重な資源ですからね。業者にとって、決して損のない商売だそうです。そうなれば、撤去なんて早いものですよ。

この辺りの景色も、また変わります。不思議なものですね、物心ついた時から、あれはここにありました。何百年も前からあるように思っていたのに。個人の認識なんて、いいかげんなものです」

 彼は視線を戻し、変わらぬ鋭い視線をあれに向け続けている。私は意を決して切り出した。

「あれについて、何かご存じなのですね」

「何もわかりません。いや、わからなくなってしまいたいと、思っていたのかも。振り返りたくなくとも、拭い去れない過去。悪夢のような出来事なのに、なぜ、撤去が決まった途端、引き寄せられてしまったのか。あの日ことですよ、私があれに関わっていたのは」

 予想通りだった。私はもう一歩踏み込んでみた。

「よろしければ、お話いただけませんか」

 彼は、口元にアイロニーに満ちた微笑みを浮かべた。

「こんな年寄に、何を聞こうというのですか。時代は加速している。戦争だ、復讐だといった時期はとっくに過ぎた。戦闘に無人機が投入され、無敵と言われた荷電粒子砲でさえ、今では小型機が装備するようになっている。あんなものの話を聞いても、若い方には、何も得るものなどない」

 彼は口を噤んだ。

 ただ、彼の中には、過去を語りたくないことと、過去を若い人に語り継ぎたいこととが、アンビバレントに去来しているかのように、少しの間、バルコニーの手すりを忙しく握り返していた。

 私は、黙って待っていた。陽は完全に地平線に没して、頭上にはいつしか星が輝き始めた。冬の始まりが近いので、まだ夕刻なのだが、日暮れが早い。

 彼は私の方を向き直った。

「やはり、ほんの少し昔の思い出話をしましょうか。あそこに眠る墓標の群れ、連続爆発を起こして消滅した、デスザウラー部隊の話を」

 

                     *

 

 漆黒の空に、大異変以来数年の頻度で現れる、巨大な箒星が横たわっていた。

「あの時も、箒星が夜空にありました。

 私が此処の工場に赴任してきたのは、これから個人での整備工場を立ち上げようと計画していた矢先のことでした。西方大陸戦争で3年間、整備兵として散々機体の整備をやらされたので、機体整備の技術だけは身についていましたから。

 妻の両親はデルポイの旧ゼネバス領出身でした。長期間に亘った第一次中央大陸戦争中に、彼らは戦火を避けてエウロペに移住しました。そこで2人は家庭を築き、妻を含めて4人の子どもを産み育て、細やかな幸せを育んでいったのです。

ですが、戦火は悪夢のように、妻の家族を追ってきました。デススティンガーの暴走に巻き込まれ、妻の家族は妻一人を残して全員亡くなったのです。

 私と出会ったのは、丁度そのころでした。最初の兵役で勤務した整備工場の近く、身寄りがないため軍の施設で食事などの準備を手伝う仕事をしていました。基地の中で働いているのに、当時の妻は酷く炎や爆音を怖がる女性でした。何度かそんな場面に出くわし、生い立ちを知って、いつしか同情が愛情に変わったのでしょうか。

 だから私は、妻と一緒になった時に、今度こそ戦火の及ばない場所へ移住しよう、平和な所に住もうと誓ったのです。兵役が終了し、予備役に編入された直後の、当時戦火の及んでいなかったニクスへの移住でした。

 ですが、皮肉なものです。戦火がまた、私たちを追ってきました。まさか敵がこんなに早く、ニクスに上陸してくるとは、私も帝国も思っていませんでしたから。そして予備役からの再召集です。理由は、戦闘経験があるから。身に着けた技術が、災いを呼び寄せてしまったのです。

 辛かったですよ。戦場になるかもしれないヴァルハラに、腹の膨らんだ妻一人を残して戦地に赴くのは。でも、周囲からは、西(エウロペ)からの余所者という負い目があって、兵役を逃れることなんてできません。あの時の妻の顔は、忘れることができません。

 それと、その時にはまだ、私の赴任地が何処か教えてもらえなかったのです。軍事機密と言ってしまえばそれまでですが、一体何処へ連れていかれるのか、もしかしたら前線に送られるのかと、不安で一杯でした。

 幸い、と言えると思いますが、我々召集された整備兵が到着したのは、この町の、あの外れにあった飛行場でした。ホエールカイザーの格納庫から見た景色は、一面の砂漠と地平線。そして砂漠色に塗られているにもかかわらず、周囲との違和感が拭えない、不思議な巨大な建物でした。

 あなたは、この町出身ということですが、ここに例の砂色の建物があったのは、わかりますか」

「はい。確か、まだ本当に小さかった、漸く物心ついたころですね。でも、何か突然出来上がったような、唐突にそこにあったような気がします」

「そうでしょう。軍としても、一刻も早く、生産体制を整えたかったのです。その工場内部に一歩足を踏み入れた時、巨大さに圧倒されました。無数のクレーンのレーンと、張り巡らされたケーブル。見上げると目が回るように高い鉄骨に、移動式の足場がいくつも備えられています。それだけではありません。小型ゾイドであればすっぽりと入ってしまうような巨大なコアの培養槽が5台並んでいました。そんな巨大なコアを装備するゾイドなど、帝国には一つしかありません。そこで漸くわかったのです、ここで建造されるゾイドが一体何であるかを」

 

 語ることを止めた彼が、私にどんな答えを求めているかはわかっていた。結論はあまりに安易だった。私は箒星の浮かぶ星空の下、輪郭のみとなった残骸を見ながら呟いた。

「デスザウラー…」

 

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