『消された死竜 ―デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って―』 作:城元太
「あのデスザウラーは、オーガノイドシステムを応用し復活した、凶悪なデスザウラーでした。旧ゼネバスの生産したオリジナルの能力を大幅に上回っていたはずです」
「オリンポス山を消滅させたのと、同種の機体ですね」
「もともとブラックボックスの多いオーガノイドシステムを使用するのが、多くの危険を伴うことは、帝国技術部でも理解してはいました。しかし、敵の上陸を目前にして、手段を選んでいる余裕などなかったのです」
「実際、ヴェーヌの戦闘では生産された50機が投入され、敵のマッドサンダーと全機相撃ちになったと聞いていますが」
「正確には、ブラッディデスザウラーを含めて51機です。ところで、この生産数を聞いて、何かおかしいとは思いませんか」
「生産数について、ですか。51という数は、確かに少ないと思います。ですが、やむを得ない事でしょう。帝国の生産力をしても、デスザウラーをそれ以上建造できなかっただけではありませんか。戦術面では、操縦性が低下し、運用面でも自由の利かない大型ゾイドの生産数を抑制したのだと。それに、新世代の中型ゾイドであるジェノザウラーやバーサークフューラーなどを生産の主体に移行したのではないでしょうか。付け加えるなら、その後起こった反乱では、摂政が幾つものコアを機獣化させないまま、ヴァルハラに残しておいたので、更に生産数が抑制されたことでしょう」
「違うのです」
彼の口調が変わった。
「旧ゼネバスは、旧大戦で千機以上のデスザウラーを投入しているというのに、我々が投入できたのは僅かに50機。帝国は長い間デスザウラーの再生計画を継続してきていたのです。あまりにコストパフォーマンスが悪すぎます。戦術的にも、50機では、連携した全土での軍事作戦は行えません。それに、デスザウラーは、帝国のフラッグシップでもあるのです。敵の士官の中には、未だにデスザウラーに対する強い拒絶感を持つ者も多いと聞いています。これが全土で稼働すれば、どれほど敵を威圧できたか。コアの培養にしても、ここには独自に培養槽まで設置されていたのだから、帝都崩壊で使用されたコアの生産とは干渉せずに、増産体制がとれたのです。それに、何のためのオーガノイドシステムで、何のための生産拠点の分散であったのか。何のために、成りたての職人までかき集めて、生産基地に放り込んだのか」
「失礼ですが、お話の内容についていけません」
私はたまらず、彼の話を切った。彼も気が付いたようだ。
「申し訳ありません。話を整理しましょうか。つまり、帝国はヴァルハラだけではなく、大陸各地に、いくつものデスザウラー生産拠点を置いて、大量のデスザウラーを戦場に投入する準備をしていたのです。旧ゼネバスと同数とは言えないまでも、数百単位の数で、生産計画を進行させ、西方大陸戦争への投入準備をしていた。そしてその第一番目の生産拠点が、この町のこの場所のあの砂漠の残骸の残る場所だったのです」
私は、少し彼から視線を逸らしていた。彼の話は、理解できないわけではないが、その裏付けになるものもない。私は今まで、戦後になって戦争の経過を知った上で、あの時ああすればよかったとか、実はあんな秘密兵器があったが間に合わなかったとか、という類の後付の戦略論を延々と述べる人物を何人も見てきた。もしかしたら、彼もその種の人間なのかもしれない。とすれば、これ以上の時間の無駄である。彼が初めに言っていたように、本当に根拠のない思い出話である可能性もある。
「私には、判断しかねます」
少しの沈黙の後に、また、沈黙が訪れた。
私は考えていた。ここで強引に中座する事もできなくはない。しかし、それでは余りに礼を失している。何より私から申し出たことである。
私には、ここにいる老人の話を、最後まで聞く義務を負ってしまったのだ。ここは腰を据えて、付き合うほかあるまい。それに、残骸を見つめるあの視線には、まだ滓のように、私の心の中に痞えていた。あれは夢想家の無責任な様子ではなく、明らかに何かを思いつめる様子だったからだ。
「ただ、私にもお話される内容に、興味があります。続きをお伺いしたいと思います」
彼は、深く被っていた帽子を脱いで、軽く会釈をした。街の灯に浮かび上がったその顔には、ありありとした苦悩の表情が浮かんでいる。私はもしかすると、彼に大きな負担を負わせてしまったのではないかと思われた。辛うじて判別できたのは、彼の瞳の色であった。僅かに青みがかっている。ニクスではマイノリティーの、虫族の特徴であった。
「ありがとうございます。ご迷惑かもしれませんが、もう少しお付き合い下さい。信じてもらえないのであれば、それはそれで結構です。ただ、私はあいつの無念だけは晴らしてやりたい。それを誰かに伝えられるのは、私だけになってしまったのですから」
*
「ところで、お時間の御都合は宜しいのでしょうか」
一時高ぶった感情も、再び冷静さを取り戻し、彼は街灯の下のベンチに腰を下ろした。乾いた咳を繰り返している。
「場所を変えませんか。どこか暖かい場所でお話を続けられた方が」
周囲の気温が急激に下がっているのがわかる。私はまだしも、彼の身体にとって、この寒さは決していいものではない。
「わかっています。ですが、ここで、もう少し」
彼の視線は、また残骸に向けられていた。私はそれ以上追及しなかった。
これが私の最大の失敗だった。
「先ほど、誰かの無念を伝えると仰いましたね。あの日、亡くなられた方ですか」
彼の肩が、微かに震えたようだった。
「この町が、当時既に軍需工場の城下町として繁栄していたことは御存知でしょう。エントラス湾など主戦場になりうる場所からも適度に遠く適度に近い点も、申し分ありませんでした。帝国が生産拠点として第一に目を付けたのも、納得できると思います」
彼はなぜか、私の問いに答えることなく、再び闇に向かって語り出した。
「帝国はありとあらゆる地域と種族から、私のような者まで含んだ技術者をかき集め、持てる機材を投入し、国力を挙げてデスザウラーの生産にとりかかりました。
仮にも秘密工場ですから、街中で起居するわけにもいきません。集められた技術者は、工場内で生活することになりました。町に日用品を買出しに行くこともできず、毎日毎日単調な食事と、同じ工場の閉鎖された光景を見ながら、ただ機体が完成することを願って作業する以外ありません。家族への手紙も厳しく管理され、妻には元気だと伝えるのがやっとでした。
工場内での作業は、まるで迷路の中にいるようでした。装甲板の製造ラインと、荷電粒子砲の為の加速器の偏向電磁石の調整。コアの培養槽のケーブルに、文字通りの黒い箱に詰められてヴァルハラから空輸されてきたオーガノイドシステム。それらが雑然と工場内に横たわり、組み上げられていったのです。
旧大戦時に開発されたフレームなので、デスザウラーの建造は決して困難なものではありませんでした。見る間に組み上がり、聳え立つ全身が現れるのにもさほど時間はかかりません。問題は、オーガノイドシステムを利用して培養されたコアと、デスザウラー本体の同調作業でした。通常の野生体コアであれば、問題なく接続できますが、何分闘争本能が増幅されているため、安易な接続はオリンポス山の二の舞になる危険性もあります。やはり首都からの技術者を招いて、最終調整を待つことが決まりました。私たちはまず、本体の建造作業に集中し、コアとの接続は最後に実施されることとなったのです。
最終調整を待つ10機のデスザウラーが並ぶ姿は壮観でした。帝国の栄光と勝利を象徴するかのように。これが稼働すれば、敵共和国の偽善者の群れなど、鎧袖一触ではないかと。
それに、これさえあれば、家に帰れる、妻を守れる、敵の攻撃から、愛する家族を守れると。
帝国のプロパガンダは単純明快で、私たちはそれに陶酔していた。
でも、今になって思うのです。家族は共和国の兵士にもいたのだと。
国を守るため等という、大義名分は要らない。自分が生き残るため、自分の愛する人を守るため、私たちは戦った。しかし、どんなに理屈を並べたところで、所詮殺し合いでしかなかった。敵を殺せば、悲しむ家族がいるかもしれない、そして悲しみが憎しみに変わり、殺人と破壊の連鎖が繋がっている。それを何処かで断ち切らなければ、大異変が再び起こらずとも、我々は滅びに向かうしかないと奴は言っていた。
私は手に武器を持って、共和国と戦ったことはありません。ですが私が作って、整備したゾイドに乗って、何人の敵と味方の兵士や、それに巻き込まれ誰かに愛された人々が死んでいった。何より、私が心から愛していたゾイドが何台失われたのか。
平和はいい。こうして過去を自由に語ることができる。疑問を唱えることができる。あの時、ここではそんなこと、できはしなかった」
彼がそこまで言いかけ、次の言葉を続けようとした時だった。砂漠からの突風が、私たちの立つバルコニーを吹き抜けた。日没と早朝に起きる、この町特有の冷気の塊のような風だ。時折怪我人を出すほど強烈なものである。
舞い上がった砂塵が、視界を覆う。街灯も、夜空も、そして目の前にいるはずの彼の姿も、一瞬真っ暗な砂のカーテンの中に飲み込まれた。
風は直ぐに止んだ。口の中に幾分ザラザラとした不快な感覚が残る。私は話に夢中になり、自分が砂漠の気温変化に油断していたことを、身をもって味わっていた。
砂塵が消え、彼が腰かけていた場所に視線をやると、そこに人影は無かった。私は不安になって立ち上がり、周囲に視線を巡らした。
彼は、数メートル離れた先に仰向けに倒れこんでいた。帽子は吹き飛び、全身砂まみれになっている。そして、明らかに異常な呼吸音を発していたのだ。
「大丈夫ですか、もしもし、もしもし!」
意識がない。いびきのような、異常な息遣いは増々激しくなっていく。
私は近くの人家に飛び込んで、緊急ゾイドを呼んだ。そして、彼の氏名を確認できるものはないかと、彼のコートを調べた。
「あった」
身分証とホテルのカードだ。カードの裏にはルームナンバーが書かれている。ここから左程遠いところではない。緊急ゾイドが到着する間、私は彼の宿泊先と思われるアドレスに連絡を入れる。
若い女性の声であった。記された彼の名前を告げ、状況を説明する。電話の向こう側から、狼狽した声と、私についての問いかけが矢継ぎ早に飛び込んできた。
丁度その時、白と赤に彩られた緊急ゾイドが目の前に到着した。救助員が下りてくる。
「御家族の方ですか」
私はそうではないことを告げる。片手に持った電話からしきりに問いかけを繰りかえす声が聞こえる。
私は緊急ゾイドの救助員に、搬送先に予想される病院を聞いた。担架に乗せられ、後部の扉が閉じられると、緊急ゾイドは一際高くサイレンを響かせ、警告灯を忙しく点灯させた。
警告音が聞こえたのだろう、電話の向こう側でも、状況を次第に理解し出したようだ。
「いま、御家族の方に繋がっています。連絡先は…」
私は彼女に、緊急ゾイドの管轄局の連絡先を、そして救助員には彼のコートにあった身分証を明示した。
彼を乗せた緊急ゾイドは、町の光の渦の中に消えていった。まだ電話の向こう側では、声が聞こえている。
「後程詳しいことはお話しします。私の連絡先ですが…」
彼女に私のアドレスを告げると、まずは搬送先への移動を促した。そのころには、サイレンの喧騒から解放され、私も幾分冷静さを取り戻していた。電話の向こう側の彼女も、どうやら同じようである。
短いお礼の言葉の後、回線が切断された。
周囲は再び静寂が戻った。
天空には先ほどよりも幾分尾を延ばした箒星が、長々と横たわっていた。