『消された死竜 ―デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って―』   作:城元太

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第三章

 病院という所は苦手である。消毒液の匂いも、緊張して診療を待つ患者も、その雰囲気自体が、受け付けない。今まであまり病院に縁がなかったため、そんな感情は一際高いのかもしれない。

 私はその日の出勤を遅らせ、早朝から彼の見舞いに向かっていた。まだ人もまばらな待合室を抜け、受付で大まかな病室の位置を聞き、横長のエレベーターに乗る。病室番号を確かめつつ、真っ白な廊下の角を二度程曲がった。

 部屋番号と、あの時見た身分証と同じ名前を確認した。

「失礼します」

 前半分がカーテンで隠れていて、直ぐには彼を見ることはできなかった。頭部に小さく止血用のガーゼが貼られている。怪我は酷いものではなさそうだ。薄い黄色の点滴液が、傍らに下がっている。彼は休んでいるようだった。私の来訪に気づかない。気になるのは、やはり異様な呼吸音だ。胸を大きく上下させながら、漸く呼吸をするような様子だ。枕元には仰々しい吸入器が準備されている。

 私は声をかけることも躊躇われたので、少し様子をみることとした。

「あ。どちらさまでしょうか」

 背後から、女性の小さな声が聞こえた。聞き覚えがある。電話の向こう側で聞いた声だ。

「御連絡していただいた方ですね。初めまして」

 彼女はそういうと、手にしていた水差しを枕元の棚に置き、深々と頭を下げた。瞳の虹彩は彼と同じく青色。だが、純潔の虫族ではない。看護の邪魔にならぬように束ねた漆黒の髪色と、透き通るような白い肌が芸術品の如くコントラストを成している。

 彼の娘だとしたら年齢が合わない。明らかに私より若い。

「旅先なのでこの辺りには不案内で。ここの病院に搬送されても、場所がわからずもう一度お電話をかけてしまいました。いろいろとご迷惑をおかけしました」

「いいえ。地元の人間なのに、あの時間帯に突風が吹くことを警戒せず、この様な事態を招いてしまい、本当に反省しています。私の方こそ、申し訳ありませんでした」

 私たちは小声で挨拶を交わし、彼の枕元に座り込んだ。

「祖父は、どうしてもこの町に来たいといいました。何かが解体されるとかで。冬に入るこの時期は、持病を繰り返すので止めたのですが、無理を言って。だから私が付き添いとして来たのですが、ほんの少し離れた間に、こんなことになるなんて」

 私は彼女に、私の聞いた限りの事を伝えた。ただ、彼女も話の概要は知っていた様子で、特段驚きもしなかった。

「時折聞いてはいました。祖父が、デスザウラー建造に関わっていたことを。ただ、具体的なことに触れたことはありませんでした。今回の旅行の目的さえ、はっきりと伝えてくれなかった位ですから」

 彼女は視線を彼の寝顔に向けていた。相変わらず、苦しそうな呼吸音を発している。

 彼女の瞳は潤んでいた。

「折角いらしていただいたのですが、先ほど鎮静剤を投与されたので、暫くは目が覚めないと思います。いらしたことは伝えますので、どうか、お気になさらずに」

 今にも泣きだしそうだった。隠そうとしても嗚咽を懸命に堪えているのがはっきりわかる。ここは、他人の入り込む場所ではなくなったことに気付いた。

「わかりました。ここにいてもご迷惑かもしれませんからね。ただ、慣れない土地ですから、お力になれることがあれば何でも気軽にご相談ください。私もまだ、彼からお伺いしたいことが残っていますので。もちろん、体調が回復してからで結構です」

 見送りの為に立ち上がろうとする彼女を振り切るように、私は病院を後にした。

 澄み切った冬の早朝の青空が頭上に広がる。

乱立するビル群の合間、僅かに青空と地平線が接する所に、緑と白の巨大なタワークレーンが動いていた。

 いよいよ撤去が始まったのだ。朝の雑踏に紛れ、甲高い機械音が響いてくる。

 私は背後に吊り下げられるデスザウラーの残骸を感じながら、職場へと足を向けていた。

 

 連絡を受けたのは、彼が入院した翌々日の職場でのこと。10階にある社食で昼食を済ませ、砂塵に霞むタワークレーンが残骸を撤去する作業をぼんやりと窓から眺めていた時だった。電話口の向こうには、彼ではなく彼女の声で。

「…さんには、どうしても伝えたいことが残っているとかで。御迷惑だから、せめて週末を待ってもいいでしょうと言ったのですが。お仕事の後で結構ですので、本日御都合つきますか」

「面会時間ぎりぎりではありますが、大丈夫です。今晩お伺いさせて頂きます」

 体調は回復したのだろうか。とても万全の状態になったとは思えない。電話の声にも、彼女の懇願の様子が窺われた。与えられた事象から、状況が繋がってくる。予想することは容易だった。

 あの時、横たわる彼の姿に注がれていた彼女の視線が物語っている。

 彼にはもう、時間が残されていないのだ。

 

 幸いにして、その日の勤務は早々に終了した。盛んに誘いを掛けてくる同僚達をかき分けながら、私は足を速めた。

「どうした、恋人とでも会うのかい」

 落ち着きのない私の態度を訝しんだ同僚の一人が冷やかした。

「まあ、そんなところだよ」

 間髪を入れずに交わしたカウンターの一言に、その同僚は軽く言葉を失って、私を見送っていたようだ。下世話な話、確かに彼女は美しい人だった。

 

「こんばんは」

 私が到着すると、半身を起こした彼と、彼を支えるように傍らに着く彼女の姿があった。先日より血色は好いようだ。激しい呼吸も収まっている。

「お待ちしておりました。度々お呼び立てしてしまい、御迷惑をおかけしました。あの時は、ありがとうございました。改めてお礼申し上げます」

 彼女と共に、彼は深々と頭を下げた。

 幾つかの見舞いの言葉を交わしたが、彼は寸暇を惜しむがごとく、私に問いかけた。

「どこまでお話ししたでしょうか。機体が完成したところでしたかね」

 しかし、彼の声はどこからか空気が漏れるような、息苦しいものだった。傍らに座る彼女の眼が、不安そうに見つめている。それでいて、同時に彼の望みを叶えたくもあるような、複雑な表情を浮かべていた。

「コアと機体の同調を、首都の技術者が来るまで待っている、というところまででした」

 彼は深く呼吸すると、病室の窓を見つめた。ここからでは、夕日も星空も見えそうにない。

「一人だけ、どうしても伝えておかなければならない人物がいます。仮にRと呼ぶことにしましょう。本当の名前は、奴の名誉の為にも控えさせて下さい」

 私の問いかけに答えることのなかった人物であろう。あれからずっと気にかかっていた。それを彼自らが語り始めたのだった。

「私がRと会ったのは、秘密工場に来てからのことでした」

 

                     *

 

「Rは私と同じく、整備兵として召集された一人でした。

 デスザウラーの建造にあたっては、巨大ゾイドですから作業班はより細分化されます。私たちの担当部門は、ゾイドコアの増殖槽及びオーガノイドシステムの管理維持でした。最初私は装甲部門を担当していたのですが、コアの管理をやれる人間が見つからず、半ば強制的にコアの管理に当てられたのです。器用なものも、考え物です。

 Rは、私より先にコアの増殖作業に携わっていました。最高軍事機密にあたるオーガノイドシステムを一般の整備兵が扱ったことなどあるわけがないのですが、ヴァルハラの技術指導者の指示に従って、卒なく作業を遂行していました。私より若いのに、仕事は正確で担当となったコアの接続を寸分違わずに行い、ケーブルの接続部分は継ぎ目が分からないほど見事に仕上げます。身軽なのか、組まれた足場をするすると昇ると、普通だったら目がくらむような荷電粒子砲の頭部の真空断熱材の仕上げも難なくこなしていました。天性のものだったのでしょう、管理している軍の方でもRの職人としての技術を高く評価していました。R以外、デスザウラーの機体とコアを同調できる作業員がいなかったのです。

 しかし、Rは高い技術力とは裏腹に、工場の整備兵達から孤立していました。作業中に声を掛ける人は無く、Rも相槌以外の声を滅多に出しませんでした。

 そうなるまでには幾つかの理由がありました。まずRは吃音が酷く普通の会話をするのもやっとだったことです。

 私が最初知らずに声をかけた時、Rは全く言葉を発してくれず、私は不安になって班長に聞いてみたのです。すると班長は、遠くで他の作業員と話すRの背中を指さしていいました。〝気にするな。あいつはいつもあんな調子さ〟と。

 共同作業の必要に迫られ、他の整備兵に懸命に作業手順を説明しようとするのですが、言葉が途切れて全く的を射ないのです。説明を受ける方も困惑し、半ば呆れるような薄笑いをいつも浮かべて話を聞いていました。Rは相手と自分自身両方に苛立ち、ますます感情的になり、それがますます吃音に拍車をかけて、しまいには床に工具を叩きつけて、一人で作業箇所に向かって走っていくような場面もしばしばでした。

 次に、突出したRの技術力への妬みがあったでしょう。しかし、Rの孤立の最大の原因は、もっと奥深い所にありました。

 Rは作業所唯一の風族の出身でした。敵のヘリックと同族です。せめて数人仲間がいればよかったのですが。同じ帝国の整備兵で有りながら、種族が同じという理由でRは嫌がらせの標的にされたのです。

 最初無視されている間はまだ良い方でした。やがて、執拗な、じわじわと心を締め上げるような陰湿な嫌がらせがRを襲うようになりました。具体的に申し述べるのは、すいません、言う気になりません。ただ、極端なことは絶対しません。Rは軍からも一目置かれているので、万が一職場放棄をするような事態になれば、必ず徹底した犯人探しが行われてしまうからです。

 Rは一人で耐えていました。もっと器用に立ち回ることだってできたのに、馬鹿みたいに愛国心の強い奴だったから。そんなRの姿を見て、言葉の障害の為に何も訴えないのだと誤解して、嫌がらせは更に続きました。閉鎖された作業空間と、戦争という緊張状態。誰かが全員のスケープゴートにされることは、往々にして起こるものです。班長もそれを知っていて、形ばかりは注意をするのですが、全くと言って効果はありませんでした。昨日まではRに向いていた矛先が、いつ自分に向かってくるとも限らないのですからね。

 同じ帝国兵として恥ずべき行為でした。愛国心を唱える前に、身近に思いやることがあったのに、それさえできないなんて。しかし、当時の私たちには、そんなことをして不安を解消しなければ、作業も続けられないほどに追い込まれていたのです」

 

 いやな話であった。正直、話を聞いて後悔している。第二次大陸間戦争が終了して数十年がたち、デスザウラーの記憶も、セイスモサウルスの制圧も、既に歴史の中の事実としてこの町の繁栄の中に埋もれようとしている。特に帝国軍人の勇敢さはゾイド星に轟き渡ったと幾度となく語られてきていた。鵜呑みにしてきたわけではない。戦争が汚いものなのは、私が大人になるに従って理解はしてきていた。だが、彼の話を聞いて、戦争という異常空間が人格を歪めるということを目の当たりにした。

 勇ましい戦闘記録や、奇跡の逆襲勝利など、大衆受けする記録がもてはやされる一方で、確実に、戦争に押しつぶされる人々は存在した。その生き証人の一人に、私は出会ってしまったのだ。

 ふと私は思った。歪められたのは人格ではなく、彼が語った事実が人間の本質というものが曝け出された結果だとしたら。それこそが人間の本質だとしたら。

 もはや救われようもない。

 

 彼女は黙って彼を支えていた。こんな話を何度も聞いてきたのだろう。咳き込む度に水差しを渡すことを欠かさずに。

 

「私は臆病だった。技術将校に掛け合えばRを助けてやれたかもしれないのに。私に出来たのは、せめて嫌がらせの輪に入らないことと、寝静まった宿泊室の布団の中、懐中電灯の明かりでRと筆談を交わしてやるくらいのことしかなかった」

 その時彼は大きく咳き込んだ。無理もないだろう。これ以上は、彼の身体が持たない。

 去り時を求めて考えを巡らせていると、私の気持ちを察したかのように廊下から面会時間の終了を告げる放送が流れてきた。

「お時間のようです。どうか、お身体を大事にして下さい。まだお話しの続きを聞きたいのですが。こちらにはいつまで御滞在ですか」

 私は視線を彼女に移した。

「来週初めに、家族が手配したグスタフ便が到着します。それまでは」

「では、週末もお会いできますね。今日はお休みになってください。それまでに少しでもお元気になって、是非ともお話し頂きたいと思います」

 わかりました、と言うと、やはり疲れていたのだろう、彼は彼女に支えられながら、ゆっくりとベッドに横になった。軽く目礼をすると、彼女も丁寧な会釈をしていた。

 

 彼女は病院の出口まで見送ってくれるという。今日は彼女を振り切る必要もないと思ったので、素直に好意を受け入れることとした。

「お時間ありがとうございました。祖父の話に付き合っていただいて」

「好きでやっていることです。それに、私もあの残骸についてはずっと気になっていました。お蔭で長年の謎が氷解しそうです。週末を楽しみにしていると、お伝えください」

 出口までの廊下を、彼女は俯き加減で歩いていた。

「悪いのですか」

 彼女は俯いたまま、更に深く頷いた。

「覚悟はしていました。祖父は、戦中に浴びた荷電粒子で、一部の呼吸器系の組織が回復不能になっているのです」

「そうでしたか」

 荷電粒子砲を搭載したゾイドの操縦者によく見られる、体内被曝性の放射線病の一種だ。何度か同様の患者のことを聞いている。セイスモサウルスや凱龍輝など、新世代と呼ばれる荷電粒子砲搭載ゾイドは、収束荷電粒子という形で放射線の飛散を防ぎ、操縦者や周辺にいる味方の兵への被曝を減らす機構になっている。だが、初期に開発されたデスザウラーやジェノザウラーは防御が完璧ではなかったらしい。彼もそんな被害者だったのだ。

「祖父も、口には出しませんが解っているのでしょう。だからあなたを今日呼んだのだと思います。私も、祖父の願いを聞き入れてあげたかったから。

 巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思っています。いずれこのお礼はさせて頂くので、週末にはもう一度、祖父に会いにきてあげて下さい。宜しくお願いします」

 玄関先で、彼女がまた頭を下げた。

 私は来院を約束し、見舞いから帰る人々に紛れて、病院を後にした。日はすっかり沈んでいた。私は急に空腹を覚え、馴染みの店に夕食を食べに行くこととした。相変わらず、街中は光の洪水だ。何気ない日常の、何気ない一日の終わりであった。

 街の灯に呑まれ、私はその夜、星を見ることはなかった。

 

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