『消された死竜 ―デスザウラー部隊爆破消滅事件を追って―』 作:城元太
私は目を見張った。長年見慣れた風景は一変し、基礎工事の為の鉄骨埋め込みの巨大な穴が規則的に掘り起こされ、見える範囲には少なくとも5台の建設用改造ゾイドが動いている。地平線に沈む太陽を臨むことのできたバルコニーも、次々と立ち上がる鉄の柱に阻まれ空を覆われていた。古代神殿の石柱の如く並んだそれらの鉄筋も、白いコンクリートと煌びやかなガラスに覆われた現代の巨大建築に変わるのも時間の問題だろう。グスタフに積まれたデスザウラーの残骸など既になく、町の繁栄がそのままここに押し寄せて来ていた。仕事に追われ時間がとれず、ほぼ一か月ぶりにやってきたのだが、その間の変化は劇的であった。
「お兄さん、久しぶりだね」
スーツ姿にフォーマルバックを持った、見慣れない男性に声を掛けられた。私は一瞬悩んだが、その顔をよく見るとあのヘルメットに2本線の作業員だった。今日は事務仕事か接待なのだろうか。
「しばらく来ないから、どっかいっちゃったかと思ったよ。やっぱりデートしていたのかい」
唐突な話の振られ方に当惑する。ここまで親しくなった覚えはないのだが。そんな私の気持ちを先回りするように、スーツ姿の作業員は笑みを浮かべ、バックの中から大きめの茶封筒を取り出した。
「今日は偶然外回りだったから鞄持っていてよかった。ほら、届け物だ」
作業員は厚く詰まった茶封筒を手渡した。中身は紙の束が雑然と入っているらしい。封筒には几帳面な字で差出人の名前が書かれている。
紛れもない。彼女からの書面だ。
「お兄さんが最後に来た時、ほら、頭が見つからないで頭が痛いって言った日かな。あの次の日さ。夕方に、まるで誰かみたいにあそこで現場を見ている若い女がいてね。色白で長い黒髪、青い目の綺麗なお嬢さんだよ。不思議じゃないか、美人が一人でこんなところに来て。誰かを待っているようだけど、うちの現場には思い当たる奴がいなかった。そのうち、彼女の方から話しかけてきたのさ。『ここによくデスザウラーの残骸を見にきていた人を知りませんか』。そんな人一人しかいないから、お兄さんの事を話してやったよ。そうしたら、彼女嬉しそうな顔をしてね。なんでも連絡手段を無くしたとかで、町で電話しようにも方法がないからここで待っていたそうだ。
言ってやったよ。その人だったら、きっとまた数日中に来るよ。今頃また来てみればとね。彼女はその日はそのまましばらく待って、明日また来るとお礼を言うと帰って行ったのさ。
それから3日間かな。彼女毎日現場に来ていたよ。なのにあんた全然来ない。気の毒だったな。その3日目さ。彼女が俺に頼んだよ。『…さんがここに来たら、私が待っていたことと、これを渡してください。そしてその節は、ありがとうございましたと伝えてください』とね。あんな若くて美人の恋人、どこで見つけたの」
私は、話を聞くうちに残念な気持ちで一杯になっていった。彼女は4日も待っていた。理由はわからないが、私のアドレスを無くしてしまっていたらしい。連絡が届かなかったのも同じだろう。それでも私を待って、この場所に毎日通って。
その頃私は爆破事故の資料調べに夢中で、この場所を訪れていなかった。ほんの些細な行き違いが、彼女との再会の機会を失わせた。
手渡された封筒には、手にした以上の重みが感じられる。この中に、彼が最後に伝えきれなかった何かが詰まっているに違いない。緊張と喜びと悲しみの、綯交ぜになった気持ちで、私は家路についていた。
〝お会いすることが出来ず、残念です。お世話になったことも含め、一度ゆっくりとお話ししたかったのですが、叶いませんでした。幸い、…さんのことを御存知という方がいらしたので、この手紙と荷物をお願いしました〟
丁寧な文面から、彼女の手紙は始まっていた。そして手紙に添えられていたのは、古めかしい紙にびっしりと書かれたメモ書きのようなものの束だった。製図の切れ端の裏側に書かれていて、所々に油の染みや赤錆の汚れが付いている。私は以前彼が語っていた話を思い返した。手紙は続く。
〝祖父の葬儀を終え、遺品の整理をしたときに見つかったものです。病室でお話しした、Rという人物と祖父が筆談していたものだと思います。文字も不鮮明で判読に苦しむ部分もありますが、祖父が大切に保管していたものです。廃棄するよりも、お渡しした方が何かの参考になると思い、持参しました〟
私は紙の束をぱらぱらと捲ってみた。字体が2種類ある。彼とRのものだろう。所々に配線図や部品名と思しき記号が並んでいる。
〝私が祖父から聞かされたことも参考になるかもしれません。私の新しい連絡先を記しておいたので、御都合がつけばまた改めてご連絡ください。是非とも今度お礼を言わせてください〟
その後に、彼女の新しいアドレスが記されていた。
私は切ない気持ちで一杯になった。勿論、彼女のような美しい人に出会えなかったことも無いとはいえないが、それ以上に、彼は戦争が終わってもRとの書簡を廃棄することなく保管してくれていたことだ。数多くの謎を秘めたデスザウラー部隊爆破消滅事件の真相が、これで明らかになるかもしれない。
私は彼の残したメモ書きを、食い入るように調べ始めた。
以下の文章は、私が判読できた部分の、事件に関わりがあると思われる部分のみ抜粋し、時系列を追って並べたものである。油の染みに消えてしまった文字や、専門用語が飛び交って理解できない部分などは割愛している。ただ、判読を終えてみて、私は幾つか安堵した部分もあった。この貴重な記録を保管していてくれた彼に、再度感謝したい。
Rという人物(実はRの本名も判明している。だが彼の意向を尊重し、私も同様の呼称を続けることとする)はその生い立ちに於いて、戦争により大きく人生を歪められてしまっていた。
Rの父親は、エウロペで野生ゾイドを捕獲し改良を加え、家畜化または戦闘化する職人であった。母親も同族の中から結ばれる。2人には僅かだが血縁関係にあったらしい。Rは数人の兄弟とともに、職人としての父親にゾイド整備の技術を学び、少年時代には家業を手伝える程になっていた。ところが戦争によって父親が徴兵され死亡。畳み掛けるように共和国の空襲によって住む家も失われた。働き手を失い、生活する場所も失った家族は、ニクシー基地近くに廃棄されたゾイドの中で雨風を凌ぐだけの暮らしをする集団の中で生活するようになった。家を焼け出された人々は、Rの家族だけではなかったからだ。そこでは相互扶助によって、何とか生活をおくっていったようだが、風族出身であることが災いして、一家は事あるごとに目の敵にされていたようだ。特に子供の場合、子供特有の残忍さがRとRの家庭を情け容赦なく攻め立てた。Rが吃音になったのもこの頃らしい。やがて母親も心労の為倒れ、兄弟の中でRが働き手として家族を支えなければならなくなったのだ。
Rは父親から学んだ技術を生かし、軍の整備工場での勤務を申し出た。最初子供と馬鹿にしていた整備兵もRの技術に驚き、整備の手伝いをさせるようになった。貧しいながらも、家族の食事を賄える程度の収入は得られていたとある。
ところがある日、軍の整備工場で武器の盗難事件が発生した。真っ先に疑われたのはRだった。必死に否定したが、軍は有無を言わさず住む場所に押しかけ、乱暴に荷物を掻き分け、盗難品を探した。結局盗難品は、工場の士官が確認を取らずに持ち出しただけの冤罪であったのだが、少年の心には深い傷が残った事だろう。軍隊は信用できないと。
その後Rは軍の整備兵として志願する。軍を憎みながらも、家族の住居の提供と引き換えに。そこで彼は徹底的に試作ゾイドや旧式ゾイドの改造に励み、自らの技術を磨いていった。デススティンガーのオーガノイドシステムの調整にも参加したそうだが、ニクスに来てからは伝えなかったという。
Rに更なる悲劇が襲う。ニクシーに向けて放たれたウルトラザウルス・ザ・デストロイヤーの放った砲弾の流れ弾が、基地の宿舎に住むRの家族全員を消滅させたのだ。
Rは全てを失った。
そして、天涯孤独となったRの心の隙を狙って、陰謀が蠢き出した可能性が高い。
*
ニクシー基地撤退のホエールカイザーにRは搭乗していた。エレファンダー部隊の命懸けの活躍により脱出できたものの、家族を失ったRにとって生きる気力など残されていなかった。退却する際、Rは一切荷物を持たなかった。搭載重量の限界まで詰め込まれた格納庫の中、Rは激しい喉の渇きと空腹に襲われた。周囲に声を掛けてみても水の一杯を提供しようとする者はいなかった。だが、その中の一人の士官が、人込みを掻き分け、Rに水と食料を提供したという。見れば同じ風族で、更には同郷出身であるという。その士官もかつて家族を殺され、復讐の為に一人で戦い続けてきた。境遇が似ていたため、Rはその士官とすぐに打ち解けて、ニクス到着の後互いに連絡する約束を交わし別れることとなった。
その後、Rは再召集の末この町に赴任し、彼と出会うことになるが、Rをこの秘密工場に呼び寄せたのは、他ならぬあの士官であったという。理由はRの技術力を高く評価したからだというが、格納庫での会話だけで果たしてそれが確認できたのか疑問である。
その士官は、機会があるごとにRを呼び寄せ、様々な思想について語り合う機会を設けていった。ただ、もともと話すのが苦手なRは専ら聞き役に回ったはずだ。Rは一目置かれていたと彼は語ったが、もしかするとこのことではなかったか。
この頃、Rは疲労回復のためという名目で、頻繁にその士官から栄養剤らしき錠剤を渡され服用するようになっていたという。私は、これが薬物による洗脳ではなかったかと推測する。裏付けはない。薬物には詳しくないが、倫理観や常識を麻痺させるタイプの薬物があると聞く。Rはそれに操られたのではないだろうか。加えてRは充分な教育も受けられず、ただ父親の技術だけを見様見真似で学んだ、政治思想的には白紙状態だった。職場で孤立し、思想的価値観も確立していない人間を、ある偏向した思想で洗脳するのは容易い。
私が理解できない配線図に、恐らく荷電粒子砲の為の頸部から頭部に装備されたリニアックタイプの粒子加速器の図が示されている箇所がある。同じ粒子加速器にも関わらず、胴体に収められたサイクロトロンタイプの図はない。これは偶然だろうか。頸部のリニアックに爆破物を仕掛ければ、コアの破壊に及ぶ可能性は低い。しかし、ゾイドは金属生命体という立派な生き物だ。死竜と呼ばれるデスザウラーも、建造直後とは即ち生まれたての乳児にも近い。
完全な接続は完了していなかったとはいえ、生体維持のための最低基準となるエネルギーがデスザウラーの機体に送られていた。人でいう意識は、既に芽生えていたはずである。そして、痛みも感じることも。
この世界に生を受け、漸く大地を踏みしめようと思う矢先に、凶悪なシステムを繋がれ、望むことなく破壊衝動を植え付けられた。
次には喉に異物を詰め込まれ、体内で起きた爆発に首を掻き毟り、生きたまま頭部ごと吹き飛ばされる苦痛は如何程であったか。人のいがみ合いに翻弄された若いデスザウラー達の悲劇を思うといたたまれない。
日記ではないため、正確な日付は記されていないのだが、おそらく爆発事件の前日と思われる部分に、彼とRとの間に、筆談での激しい言葉のやり取りが残されていた。平和とか、勝利とか、正義とか、非常に抽象的な言葉が、Rの側に多い。内容は取ってつけたような、正直言って青臭い理屈だ。まるで誰かに聞いてきたような。彼は懸命に言葉を選んで説得を試みているのだが、Rは彼の意見を受け付ける様子がない。やがて引き千切るように、文字が途絶えていた。
帝国技術士官として秘密工場に潜入していた共和国諜報機関工作員は、自らの手を汚すことなく、Rを使って破壊工作を行わせたのではないだろうか。彼がRの名誉の為に伝えておきたかったこととは、そのことではなかったのか。関係者の見つからない以上、最早確認する術はない。
どうやら私の旅も、終わったようだ。
ダークネス戦争記念館に、デスザウラーが復元されたという知らせが届いたのは、砂漠に春の到来を告げる、短い雨季の始まりの頃だった。
心待ちにしていたわけではないが、私はやはりそこに行かなければならないような義務を感じていた。そして最後に資料室で確認しなければならないことを残していたから。
再び訪れたチェピンの町は、砂漠の町と違って春の暖かい日差しに包まれていた。ダークネス戦争記念館の敷地内に、格納庫を思わせる真新しい展示館が聳え立っている。死竜と呼ばれた最強ゾイドを一目見ようと、多くの人々が詰めかけていた。入館料(意外に高い)を支払い、中に入ると、そこには再塗装を施され、細部を補修された巨大ゾイドが佇んでいた。
展示の趣旨は『本物』である、但し85%だが。
頭部は結局発掘できなかったようだ。代わりにレプリカが据えられ復元されていた。形は当時の設計図や記録に基づいて再現されたから、本物と形状に違いはないはずだ。
だが、なぜかその頭部は作り物然としていて、私には受け入れ難かった。死竜の名を持つゾイドとは、こんなに綺麗なものなのだろうかと。
展示館の中には、同時に発掘された様々な部品や記録が展示されていた。いくつか並んだガラスケースの中、私は一つの展示物に吸い寄せられた。
それは、持ち主不明の軍の認識票で、下半分が引きちぎられ、認識番号も途中で切られていた。ただそれに記された名前は、紛れもなくRの本名であったのだ。これをどの様に解釈すればいいのか、私には判断できなかった。
資料室で、爆破事件調査委員会報告書の被害者リストよりRの名前を探した。
行方不明者に含まれていた。死体は発見されなかったのだ。
結局、彼女に連絡を取ることはしなかった。手紙のお礼や、彼から聞かされた話の残りを聞くことも出来たのだが、知ってしまった重苦しい事実の数々が、私に彼女との再会を妨げた。
あの場所には、巨大な円形競技場が完成していた。雨季のため、砂塵が舞うことは無い。所々に残る防御ネットが取り払われるのも間もなくだろう。
平和はいい。彼の言葉を繰り返してみる。再生された残骸はジェネレーターの一部となり、街を照らす灯りを生み出していく。戦争とは、最早遠い過去の事なのだろうか。
ゾイドバトル、確かそう呼んでいた。完成した競技場でゾイド同士が特定のルールに従い、スポーツ感覚で戦うそうだ。そこには戦争の影など微塵もない、明るく楽しいゾイドの活躍が示されていた。
心のどこかで、私は廃墟の発する残光に浸っていた。しかし、ここにそれはもうない。そしてここに来ることも、もうないだろう。
死竜と呼ばれた存在は、既に遠い過去に封印されてしまった。
私はそれが3度目の復活の無い事だけを祈り、小雨に濡れた円形競技場を見つめた。
雨雲の切れ目に、淡く箒星が浮かび上がっていた。
『消された死竜 デスザウラー爆破消滅事件を追って』 終