Kapitel 3
――――見た事もない景色だった。
頭上には炎の空。
足元には無数の
戦火の跡なのか、
世界は限りなく無機質で、生きているモノは何も存在しない。
灰を含んだ風が、鋼の森を駆け抜ける。剣は樹木のように乱立し、その数は異様だった。
十や二十ではきかない。
百や二百には届かない。
だが実数がどうであれ、人に数えきれぬのであらば、それは無限と呼ばれるだろう。
大地に突き刺さった幾つもの武具は、使い手が不在のままに錆びていく。
夥しいまでの剣の跡。
――――それを。
まるで墓場のようだと、彼は思った。
― ― ― ― ―
(side:Shiro)
――――それは、五年前の冬の話。
月の綺麗な夜だった。自分は何をするでもなく、父である衛宮切嗣と月見をしている。冬だというのに、気温はそう低くはなかった。縁側は僅かに肌寒いだけで、月を肴にするにはいい夜だった。
この頃、切嗣は外出が少なくなっていた。あまり外に出ず、家に籠ってはのんびりとしている事が多くなった。久々に帰国した叔父の雪嗣が、そんな切嗣に付き合っている姿も良く見かけた。
……今でも、思い出せば後悔する。雪嗣は気付いていたのだろう。切嗣のそれが、死期を悟った動物に似ていたのだと、どうしても俺は気が付けずにいた。
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」
ふと。自分から見たら正義の味方そのものの父は、懐かしむように、そんな事を呟いた。
「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」
むっとして言い返す。切嗣はすまなそうに笑って、遠い月を仰いだ。
「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けば良かった」
言われて納得した。なんでそうなのかは分からなかったが、切嗣が言うことだから間違いないと思ったのだ。
「そっか。それじゃしょうがないな」
「そうだね。本当に、しょうがない」
相槌を打つ切嗣。だから当然、俺の台詞なんて決まっていた。
「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は」
"――――俺が、ちゃんと形にしてやるから"
そう言い切る前に、父は微笑った。続きなんて聞くまでもないっていう顔だった。衛宮切嗣はそうか、と長く息を吸って、
「ああ――――安心した」
静かに目蓋を閉じて、その人生を終えていた。
それが、朝になれば目覚めるような穏やかさだったから、幼い自分は騒ぎ立てなかった。死というものを見慣れていた事もあったのだろう。何をするでもなく、冬の月と、長い眠りに入った、父親だった人を見上げていた。
庭には虫の声もなく、あたりは静かだった。明るい
叔父は、そんな俺に気が付いていながらも放っておいてくれていた。きっと、内心では切嗣の傍にいたいと思っていたはずなのに。
それが五年前の冬の話。むこう十年分ぐらい泣いたおかげか、その後はサッパリとしたものだった。
外国暮らしが長いせいで、日本人の癖に日本の葬式に疎かった
――――そう。口にはしなかったけど、ちゃんと覚えていたんだ。十年前、火事場に残されていた自分を救い出してくれた男の姿を。意識もなく、全身に火傷を負って死にかけていた子供を抱き上げて、目に涙をためるぐらい喜んで、外に連れ出してくれた。
その時から、彼は俺の憧れになった。
誰も助けてくれなかった。
誰も助けてやれなかった。
その中でただ一人助けられた自分と、ただ一人助けてくれた人がいた。
――――だから、そういう人間になろうと思ったのだ。
彼のように誰かを助けて、誰も死なせないようにする正義の味方に。その彼こそが
子が父の跡を継ぐのは当然のこと。衛宮士郎は正義の味方になって、かつての自分のような誰かを助けなくてはいけない。
幼い頃にそう誓った。誰よりも憧れたあの男の代わりに、彼の夢を果たすのだと。
そう宣言した俺に叔父は困ったような顔に笑みを浮かべ、渋る素振りを見せながら、また海外へと旅立っていった。
……だが、正直よく分からない。切嗣の言っていた正義の味方ってどんなモノなのか、早く一人前になる方法とか、切嗣の口癖だったみんなが幸せでいられればいい、なんて魔法みたいな夢の実現方法とか、それと、突然殺されたと思ったら生きてて、俺を殺した奴の親玉が叔父貴で、マスターなんてモノになっちまって、一緒に付いてきた金髪の女の子とか頭んなかがゴチャゴチャだ、ホント――――
― ―
「……………………っ」
目を覚ますと見慣れた部屋にいた。
「――――」
寝る前の記憶が曖昧すぎて、混乱する。ええと、確か………?
「あ、お目覚め?」
「は………………?」
と。記憶を掘り起こそうというその瞬間に、偉そうに見下ろしながら、とんでもなくフツーな一言を述べる遠坂凛。
「~~~~~~~っ!」
布団から跳ね起きる。そのままコンマで壁際まで跳び退いて、ともかく遠坂から距離を取った。
「と、とと、とととととと遠坂!?な、ななな!?何故にいま俺の部屋………!!??」
ぐるぐると思考が回る。俺は確か、居間で遠坂や叔父貴達と話をしていたはずで、近くにいたのはセイバーで、どうして自分の部屋で眠っていてもう朝になっているのか……!?
「と、遠坂、どうしておまえがここにいて、俺は何してたんだ――――!?」
口にした途端、ますます頭が混乱した。事態が急展開を迎えているから、って訳じゃない。一番びっくりしているのは、そう―――目を覚ましたらすぐ目の前に遠坂がいたってコトが、こんなにも心臓をバクバクさせている。
「驚くんならどっちかに驚きなさいよ。どっちも取れるほど器用じゃないでしょ、衛宮くんは」
こっちの心境も知らず、遠坂はあくまでクールだ。
「――――む」
それで混乱していた頭に喝が入った。そうだ。そりゃあ目が覚めた途端、遠坂の顔があったらびっくりするのは当然だ。が、裏を返せば、それはつまり――――
「……いや、どういうことだ?」
「……まあ、仕方がないわよね。叔父様の話を聞いている途中でぶっ倒れたのよ、あなた。キャパシティー越えたんでしょ、色々あり過ぎて」
そう言って肩を竦めた遠坂は、髪を横に払うと長く息を吐き出した。
「わたしは泊めてもらったの。ほら、バゼットさんから話がなかった?」
そう言われて、昨夜教会から帰って来た時のことを思い出す。確かに、バゼットさんからそんな話を聞いたような気がする。というか、
「俺、気絶したのか……」
「ええ。頭から湯気を立ちのぼらせながら、そりゃあもう盛大にね」
「………む」
我ながら情けない。気絶した俺を部屋まで運んでくれたのはランサーだという。一度命を奪ってしまったこともあって、罪滅ぼしだとかで率先して引き受けたそうだ。ありがたいような、ありがたくないような、複雑な心境だ。
「昨日の事なんだけど」
途端、真面目な顔になって遠坂が口を開いた。思わず背筋を伸ばし、崩していた足も正座に正した。
「わたし、受けることにしたわ」
一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。昨日、叔父貴は遠坂に何の話をしていたんだったか。考えてすぐに答えは見つかった。
「受けるって、共闘の話だよな?」
「ええ、そうよ。三騎士が組んだら、それこそもう最強じゃない?魔術師として実力が十分なおじ様に、速さに秀でたランサー。まだ研鑽途中とはいえ自慢じゃないけどそれなりに優秀な私と、オールラウンダーのアーチャー。魔術師としては未熟以下の衛宮くんと、最も優れているとされるセイバー。都合が良い事に、わたしと叔父様には聖杯を手に入れてでも叶えたい願いは無い。それはサーヴァントのランサー、アーチャーにもいえることなんだけど……まあ、とにかく、わたしはこの戦いに勝てればそれでいいのよ。勝ちは譲らない。けど聖杯は特には必要としていない。ということで、聖杯はあなたとセイバーに譲ってあげるわ」
「………そっか」
これから聖杯の奪い合いをするというのに、遠坂はすでに聖杯を取った気でいる。軽く俺自身のことをディスられたのは、まあ、この際目をそらしておこう。流石、と思うと同時に恐ろしくなる。これが遠坂の本性か。
「そう言う訳だから。よろしくね、衛宮くん」
そう言って笑った遠坂の顔が、酷く恐ろしいものに見えたのは気のせいだと思いたい。