(side:■■■)
――――思えば我が息子は、少しばかり他とは違っていた。
没落した魔術師の家系に生まれた麒麟児。一代で築くには膨大な魔術回路に、類い希な魔術のセンス。同年代と比べても聡明で、年不相応な振る舞い。その全てを取ってみても、随分と大人びた子だとしか思わなかった。魔術師の才能がないどころか、魔術回路さえ一つもなかった私と、一般人の妻との間に生まれた子。後々、妻に数本の魔術回路が見つかったが、魔術とは何ら関係のない人生を歩んできていたのだ。魔術回路の有無などを言っても妻には到底理解の及ばぬ話だっただろう。息子が生まれる前までは、父は自らが■■家最後の魔術師になると悟り、それでもいいだろうと私たちの婚約に口を挟むことはなかった。元々、魔術師らしからぬ性格だったのも幸いしたのだろう。だからこそ、私の子に魔術師としての才能があると気付いたとき、歓喜よりも深く絶望していたのだ。
『私の代で、この馬鹿げた思想は終わらせるつもりだったのですが……まさか、孫に背負わせることになるとは』
「根源へ至る」。それが、魔術師ならば誰もが願う終焉。終末の極点。しかし、代々受け継がれた魔術刻印をその身に刻みこそすれ、父はとくに根源を目指しているわけでもなかった。ただ、魔術を使うことで、小さな幸せを産み出せたらいいと、魔術師らしからぬ願いを抱いていた。だが、そうした思想は同業者からしてみれば厄介極まりなく、同時にとても疎ましいものだったのだろう。だから父は、私に才がないと分かるとすぐに、己の代で魔術師としての■■家を終わらせようとしていたのだ。けれど、それもそうはいかなくなってしまった。
『まじゅつしになりたい』
息子が拙い言葉でそう言い、父に教えを請うた日を思い出す。まだ二歳だ。幼い我が子が、そんなことを言い出すとは夢にも思わなかった。無論、父にとっても青天の霹靂だったに違いない。いつかは先達の魔術師として鞭撻を振るうのだと判っていても、こんなに早く、しかも物心つき始めたとも言えない息子から請われて、とは思うまい。澄んだ快晴の空、もしくは澄み渡る蒼海を切り取ったかのような、蒼い瞳が輝いている。ある種の決意を秘めたその言葉に、どうして、父が否と言えただろうか。そばで見ていた私ですら、止めることに戸惑ってしまっていたのだから。まだ遊びたい盛りのはずの息子に、真摯な眼差しを向けられて言葉につまった父は、複雑な顔で渋々頷いていた。まだ、第■次聖杯戦争が終わって二年も経たなかった頃だったように思う。
それから二年。息子は文句も弱音も一つ吐かず、数年かけて行われるはずの魔術刻印の移植を終わらせた。平行して行われる魔術の指導と訓練にも苦言を呈することなく、同時に、剣術に心得のある伯父に剣を習いながら。
『たった四歳の子供が耐えられる事じゃあない、コイツはどこか
伯父は、驚きと、称賛と、少しの諦念を含んだ物言いで、幼い息子の頭を撫でる。息子は、そんなこと言われずとも判っていると言いたげに、蒼い瞳を瞬かせ、伯父を見上げていた。
その数日後、息子は父と私の立ち会いのもと、一人のサーヴァントを召喚した。拙い詠唱、しかし、その言の葉一つ一つに籠められた魔力は純粋で濃厚だ。その声に惹かれ現界したのは、■■の鎧を纏う■■■の■。■■としてのクラスを冠して、息子に応えた男は、宝石のような■い瞳を歪ませて言った。
『相性などと言う目にも見えぬ曖昧なもので、よくもまあこの■を呼び寄せたものだ。貴様の事は知っている、■■■で見通せぬものなど無いに等しいのだから。なぁ、召喚者よ。異なる世界で無惨にも死した魂、生まれ出でたその時から、既に世界に囚われていた哀れな者よ。お前は、その運命から逃れるために■を呼んだのか』
■であるという威厳たっぷりに、少しだけ息子を蔑むような視線を合わせて。私には理解の及ばぬ言葉を紡ぎ、■は息子が口を開くのを待っていた。それに気圧されることなく、息子ははっきりと否定の言葉を口にする。
『ちがう』
ならば、と■は続けた。お前は何に挑むのかと。息子は、一つ息を吐き出し、そっと両の手で拳を作る。
『――――自分自身だ』
強く握り込まれた拳が、ぎちり、と鳴った。一拍の静寂、そして次の瞬間には■の大笑が響き渡った。
『ふ…ふははははははははっ!!!!
ぶわり、と部屋中を充たすかのように、高純度の
『良かろう。貴様の生き様、しかと見届けてやる。我が名は■■■■■■■。■■■■■の■にして、■■の中の■。しかして有象無象どもは■を■■■と呼ぶ。■を召喚せしめた若き
――――それは、神聖な儀式のようだった。
小さな息子の体を抱き寄せ、額同士を合わせた■は、懇願するように言う。
『死ぬなよ。意地汚く、泥臭く、最期まで
まるで、そうしなければ息子は直ぐにでも死んでしまうとでも言うかのように。父は妙に納得したような顔で、それでも■の発言を噛み砕くように吟味していた。ぼんやりとその光景を見つめていると、■■が歪み、そこから一本の鎖が飛び出してくる。それがするりと息子の首にまとわりつき、細い、細い、糸のようになり、輪を作ると小さく光った。
『餞別だ。これは
『■■■■■■■』
『なんだ』
『――――ありがとう』
そう、これが、始まりだった。たった四歳の子供が、子供らしからぬ決意と共に、サーヴァントと歩み始めた瞬間。
故に。
――――後に、どんな英雄達にも負けぬほど名高い英雄が誕生する。その英雄が生まれるための
― ― ― ― ―
第■次聖杯戦争が終結してから十年、有り得ない周期の速さで、第■次聖杯戦争が勃発した。当然のごとく、■■■■■を召喚していた息子は参加者の一人に数えられ、大人ばかり、そして熟達した魔術師ばかりの殺し合いへと身を投じていった。妻は息子の安否を酷く気にし、父はむしろ他の魔術師を憐れんだ。年齢など関係ない、息子はこの十年の間に一流の魔術師へと成長していたのだから。前段階として六年。それだけの年数を、息子は■■■■■と共に過ごし、聖杯戦争のなんたるかを教えられ、そして学んだ。即興の主従関係には負けぬ、"絆"ともいうべきものを、この六年間で彼らは築き上げたのだ。さらに、息子は他の参加者を確実に打倒し得るための、切り札を持っていた。
三年前に遡る。時期は冬、何を思ってそうしたのかは分からない。だが、息子は、■■■■■を連れて、■■■■■■へと旅立った。たった三日間、旅行と言うにはあまりに強行に過ぎたそれは、あの子の切り札を得るための布石に過ぎなかった。帰国した息子のそばには、■■■■■の他に、神秘的な気配を纏った蒼い青年がいた。一目で徒人ではないと判るその青年は、自らの名を「■■■」と名乗った。全身をエーテルで構成されている■■■■■とは違う、生身の姿でありながら、その身に宿す神秘は現代のものとは明らかに馴染まない。魔術師でない私や妻でさえそれを感じることが出来たのだ。魔術師としてそれなりに腕の立つ父や、魔術は齧った程度でも元から勘のいい伯父にとっては、その青年の異常性というものは顕著に感じられたに違いない。青年はからりと笑って、生まれ代わりなのだと宣った。――――切り札を得る。そう言った息子の言葉と、青年の発言が結びつく。まるで、紙面に書いた点と点を鉛筆で繋ぎ合わせたように。息子は■■■■■■へと赴き、■■■■■から渡された触媒を用いてかの地の大英雄を召喚しようとした。結果はこの、目の前の青年だ。山奥深くに住まっていた青年は、どこからか聞こえてくる呼び声に、胸の奥に眠る何かが騒ぐのを感じたと言う。走って、走って、走って。そうしてたどり着いた先に、己の先祖を召喚した息子がいた。召喚された先祖は青年を見据えて笑い、力を託すと言って消えていったそうだ。その言葉通り、力は
――――ああ、
直後、青年は臣下の礼を取り、深く頭を垂れたという。想像に容易い。あまりに鮮烈に、鮮明に、思い描ける光景。眩暈がした。息子は間違いなく、そこらの魔術師にも負けぬ、むしろその上をいく存在であると痛感する。ああ、であればこそ。この戦いに挑む息子に、私はこう言おう。
『――――強くありなさい、お前の意志が貫かれる、あるいは砕ける、その時まで。強く、正しく、聡明でありなさい。迷えば、■■■■■と■■■が、お前を導いてくれるでしょう。そうして、お前は、誰かを導く者になりなさい』
十二歳のまだ幼い息子は、それでも言葉の意味を噛み締めて笑みを浮かべる。首元で細い鎖が、■■で■■■■が煌めいた。
『その言葉を心に刻み、必ず――――必ず、僕は勝利を手に帰ってきます』
青年が、■■■■■が、嗤う。これから息子が進むであろう世界を、そして、息子に襲い掛かるであろう魔術師達を。息子が挑むべきは外に在らず、内にこそ在り。ならば、何者にも負ける事はないだろう、と。
――――そうして、我が息子、■■雪■は、聖杯戦争などという馬鹿げた儀式に身を投げたのだ。