Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 5-2

(side:Shiro)

 

 

 

 

朝、叔父貴の顔を一度も見る事はなく、昨日同様朝練に向かった桜を見送り、遠坂と二人家を出た。俺の護衛には変わらずセイバーの代わりにランサーが付いている。昼休み、一時的にせよ授業から解放された生徒たちは、忙しなく校舎を行き来している。今なら歩き回っても変には思われないだろうと、昼飯を数分で済ませて廊下に出る。やった事がない、なんて言っている場合じゃない。とっくに戦いは始まっているのだ。だから、登校中に遠坂が言っていた"不審な場所"とやらを、俺なりの手段で探さなくてはいけない。

 

 

「……まずは人気のないところが基本かな……」

 

 

―――さて。昼休みが終わるまでの一時間、無駄なく成果が出せるといいのだが――――

 

 

「こんな事になるなら、叔父貴に探知の魔術くらい習っておけばよかったな……」

 

 

そんなことを思いつつ、俺は基点探しを開始した。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

――――失くした(代償にした)はずの記憶を見る。それは、きっと俺のモノであってそうではない。衛宮雪嗣(おれ)の物ではない、だが、(■■雪■)の物ではある。しかし、と首を捻る。理解が及ばない。(ぜんせ)の記憶は全て捧げたと思っていたのだが、まだ渡していないモノがあったのだろうか、と。そう考えて、そんなはずはないと否定する。間違いなく俺の中に残っているのは"物語の道筋"だけだし、生前"俺"がどんな人間だったかなんて、思い出すべくもない。うっすらと、"こうだった気がする"程度で、はっきりとは思い出せない。思い出せたとして、それは残骸でしかない。冬木に戻ってきた瞬間はまだ覚えていたことがあろうとも、今では何も思い出せない。しかし、それはたいして気にすることではない。記憶とは元来薄れていくものだし、失われてしまったものを嘆くのも面倒だ。ただ、思うに。■■雪■(アレ)衛宮雪嗣(おれ)ではない気もするのだ。生前の世界に、魔術なんてものは存在していなかったはずなのだから。

 

 

「思い出したんじゃない、()()()()()()()()()()()とは思わないのかい?……思わないのだろうね、今の君では。まったく、そんなんだから()()()()()()んだよ、君は。今の選択が、本当に正しいと思っているのだろう、でもそれは盛大な勘違いだ。かの■■■を相性召喚したっていうのは――――あー、まあ?確かに君自身ではないけれど、()()()()()()()()()()()には違いないんだ。君がそんなんだからわざわざこうして、私が干渉しているのだけれど。その辺、後で労わってくれたまえよ?」

 

 

気の抜けた、それでいてどこかこちらを責めるような声が聞こえた。本当に、何度も何度も出てくるんだなこいつは、と思いながら()()()()

 

 

「おはよう、こんにちは、こんばんは。さて……なんて挨拶しようが関係ないね、ここは所謂"概念世界"というやつなのだから」

 

 

声の主はそう言って大袈裟に両の腕を広げて見せる。ぐるりと辺りを見回し―――その通りだと頷いた。朝も、昼も、夜もない。ただ、白雲に覆われた空と、草木が根付きそうもない、枯れ果てた荒野があるだけ。それが()()()()()()の姿である。その中央にある一本の柄の紅い素槍は、何の穢れもなく、ただ伽藍洞のまま突き立っている。それを興味深そうに見やって、異邦人である男は笑った。

 

 

「不思議なものだね。君本来の心と、魔術の弊害によって生じた()が交じり合った世界なんて、そうそう見られるモノではない。君は実に優秀、そして希少な存在だ。だからこそ世界は君を放っておくことが出来ず、支配下に置こうとして失敗し、手に負えないから始末しようとして再び失敗し、結果君は助けられて生き残った。けれど、その確率は酷く低く、有り得ないことだった。君が生き残るという未来そのものは本来ならば有り得てはいけないものだった。君は死ぬために生まれてきた(創られた)存在で、そして()()()()を英霊の座に招くための取っ掛かりでしかなかったはずなんだ。それが、こうして君だけの意思を持ち、意志を貫こうとしている。ならば、間接的に知り合いである私が手を貸そうと思うのも当然というものだね。なぜなら()は――――」

 

 

朗々と語る男は真っ直ぐと俺を見つめている。こちらを責め立てるような口調で紡がれていた言葉が鮮明になり、転じて穏やかな声が耳に届く。

 

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――」

「――――――――」

 

 

それは、いつかにあった事。

 

 

『――――――――貴女の願いは間違っている。それは決して、救いなんかじゃない。貴女の意見の押し付け、もしくは明らかな"逃避"だ。自分が犯した事から目をそらし、蓋をして、なかった事にする。それはとても簡単で、なんて甘美なことだろう。でも、それをしてしまったら貴女は、貴女に従ってきたモノを自身で否定することになる。貴女に仕えた騎士も、貴女が守ろうとした民も、貴女が国に殉じようとしたその心も、総て。それのどこが、救いだというのか』

 

 

少年が幾らか年嵩の少女にそう語っている。少女は少年の言葉に固まり、何も言えないようだった。その光景を、見せられている。幻だというのは分かる、少年と少女の姿が透けているからだ。しかし、目の前の男が、なぜこれを俺に見せているのかが判らない。

 

 

「君はいずれ選択を迫られる。その時に、間違いを犯さない様に。まあ、私も傍で見ているけれどね」

 

 

そう言い残して、男は、()()()()()は姿を消した。世界がひび割れる――――覚醒の兆しだ。

 

 

「……」

 

 

訳がわからない。彼の話は俺のぼんやりとした前世の記憶と噛み合ってすらいない気がする。彼が何か勘違いしているのか、それとも俺の中の何かが抜け落ちているのか。あるいはその両方か。兎も角、彼が言わんとしている事が理解できるのは、今ではないのだろう。まだ、何かが足りない気がするのだ。おそらくこの勘は当たっている。ならば、その足りない何かが埋まるのを待つしかないのだろう。それがいつ、どこで、どんな風に現れるのかは判らないけれど。

 

 

― ―

 

 

目が覚める。今度は本当に夢から覚めたようで、視界には見慣れた天井の木目が広がっている。人の気配はない。士郎と遠坂嬢は学校、バゼットは偵察込みの仕事といったところだろうか。枕元に置いてある腕時計で時間を確認しつつ、そんなことを思う。少し離れた居間の方から、セイバーの気配を感じるだけで、彼女以外のサーヴァントも出払ってしまっているのだろう。―――よくよく考えてみると、今、この屋敷には()()()()()()というものが一人もいない。気怠さのなくなった体を起こし、無造作に布団を畳んで部屋を出る。時刻はやや昼を過ぎた頃。浴衣の裾を払いながら足早に歩き、玄関に辿り着く。

 

 

「出掛けるのですか?」

 

 

アイボリーのブラウスに、黒いスキニーパンツを身に付けたセイバーが背後に立つ。

 

 

「―――少し、散歩に」

「そうですか……」

「ああ」

 

 

一人で行くのかと、彼女は問わない。

 

 

「昼時とは言えまだ冬。流石にその格好では、体が冷えましょう」

 

 

少し待っていてくださいと言って彼女は姿を消し、一分と経たないうちに上着を持って戻ってきた。

 

 

「これを」

 

 

奇しくも昨夜士郎が持ってきたものと同じ羽織を手に、彼女は笑う。

 

 

「お気をつけて」

 

 

羽織を受け取り、その言葉を背に一人屋敷を後にする。何処に向かおうか。なんの計画も無いままに屋敷を出たために、数歩と行かないうちに足が止まった。新都は今から行くと帰りが遅くなる。かといって反対側にある洋館ばかりの住宅街に行くのも違う気がする。では、どうしようか。

 

 

「……ふむ、」

 

 

何の目的もなく家を出てきたのならば、何の目的もなく歩くのもいい。本当にただの散歩だな、と独り言ちて下駄を鳴らした。

 

 

「枯れ果てたその身に鞭を打ち、伽藍洞の器に泥を満たし、この宴に招かれた客人になりすまし、さて……次は何をする?」

 

 

瞬間、時が止まる。高慢な物言い。人のようで人ならざる気配。その眼差しは鋭く、まるで俺を射殺そうとしているかのよう。

 

 

「なあ、()()()()()()()()()()()()()よ」

「――――な、に……?」

 

 

男は嗤う。ガラガラと、何かが崩れ落ちる音を聞いた。現実に起きた物ではない、俺の中で起きた雪崩だ。突風が吹く。煽られそうになる羽織を押さえつけ、片手で顔を庇う。

 

 

「落ちたものだな、それでは貴様の願いなど叶うまい。万が一、叶ったとして、それは本質が変転したものとなるだろう。しかし、貴様はそれにさえ気付くことなく果てる」

 

 

それは、既に決定した未来だと。風が止む。

 

 

「"先導者(レイター)"とは笑わせる。己の道さえ見失った貴様が、誰を導くことが出来ようか」

 

 

紅い瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。ちりり。項がうずき、手を当てる。無論、そこには何もない。

 

 

「ぬ、干渉出来ぬか。……ふん、業腹な仕打ちよな」

 

 

何事か呟き、男は踵を返す。

 

 

『おやおや、随分と身勝手な王様だね』

 

 

常人には見えないであろう花の魔術師が、俺の肩に手をついて現れる。半透明な姿を見れば幽霊のように見えなくもないが、実際のところ、この男はまだ死んではいない。

 

 

『言われっぱなしだったけれど、よかったのかい?』

 

 

遠ざかる黄金色の王の背中を見ながら魔術師は言った。それに何と答える訳でもなく、触れているようで触れていない手を払う。おっととと、などとお道化てみせ、そして重力を感じさせずに俺の頭上付近に浮き上がって寝転んだ。

 

 

『……彼は君の事を"傀儡"と言うけれど、私はそうとは思わないよ。最初こそ()()()()()()だったのは否定しない、だって君は()()()()()()()()()()()()()()()()事に違いないのだから。でも、君が生きてきた道の全てが、作り物だったとも思わない。君は君で選び、生きてきた。だから私は、その過程を尊重したいと思う。でも、今のままでは駄目だ。君は()()()の事すら忘れてしまっている。いや、世界に売ってしまったと言うのが正しいのかな?なんにせよ、君は思い出さなければ――――取り戻さなければならない。さもなくば、彼の王が言った通り、君は変質してしまった願いを正せないまま、この世界から消えてしまうだろうから。自分で気が付かなければいけないよ、ヒントはそこら中に転がっている。もちろん、私も協力する。だから――――』

「真剣に話をするなら、その体勢はどうかと思うのだが」

『――――てへ』

 

 

コイツ、いつかぶん殴る。

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