Fate/false protagonist   作:破月

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2月6日 契約
Kapitel 6


 

―――――――その老魔術師(ドルイド)の言葉には力があった。

 

 

 

()()()()()のではなく、()()()()()()()()()ほどに。

 

だからこそドルイドは、その日に戦士になる者の未来を占った。

 

 

 

この日、幼き手に槍持つ者はあらゆる栄光、あらゆる賛美をほしいままにするだろう。

この土地、この時代が海に没するその日まで、人も鳥も花でさえも、彼を忘れる事はない。

五つの国に知らぬものはなく。彼を愛さぬ女はおらず、彼を誇らぬ男はおるまい。

槍の閃きは赤枝の誉れとなり、戦車の嘶きは牛奪りを震えさせる。

いと(たか)き光の御子。その手に掴むは栄光のみ。

命を終える刻ですら、地に膝をつく事はない。

……だが心せよ、ハシバミの幼子よ。

星の瞬きのように、その栄光は疾く燃え尽きる。

何よりも高い武勲と共に。

お前は誰よりも速く、地平の彼方に没するのだ――――

 

 

 

その結果、誰もその日に武者立ちの儀を行おうとはしなかった。ただ一人、その少年だけを除いて。

 

 

 

ハシバミの木に寄りかかり、何ともなしにその話を聞いていた。

 

釣竿を握る手に力が籠り、みしり、と木製の竿が悲鳴を上げた。

 

幼年組の誰もが沈黙し、それを横目に少年は立ち上がった。

 

 

 

予言を聞き、吟味するまでもなく少年は走り出す。まるでそれが、己の運命なのだと言わんばかりに。

 

 

 

――――そう。まさしくそれが、()()だった。

 

 

 

誰に言われたわけでも、諭されたわけでもない。()()()()()()()()()のだ。きっと、自分はそういう風に生きると。そんな確信が()()()()()()()()()()からこそ、少年はその予言に従った。

 

ドルイドの予言を恐れず、疑わず、それが自分に与えられた責務として受け入れた。

 

 

 

短命と分かっても栄光を選んだ。

 

非業な運命を変えようとさえ思わなかった。

 

ただ、その刹那(いっしゅん)を生きる事に必死になろうとした。

 

 

 

揺らがない心をもって、己の意思が赴くままに。そんな生き方を、どうして尊いと思わずにいられよう。

 

だからこそ、彼は、多くの者に慕われ、愛され、――――憎まれた。

 

少年から、青年へ。

 

あまりに多くの武勲を上げ、仕えた王の、国の、盾となった。その栄光に比べ、生涯は意外なほど短かい。少年のまま戦士となった彼は、それこそ駆け抜けるように、その人生に幕を下ろしたのだ。

 

けれど、後悔はしていない。一抹の未練はあれ、それは些細なことだ。

 

満足していた。これが、自分の人生なのだと。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

「――――、」

 

 

夢を、否、記憶を、見ていたようだ。誰のものか、などと考える必要はない。幼く見える寝顔を晒し、暖を求めて俺の胸元にすり寄る姿は、愛らしい。しかし、この記憶は、この男のモノに違いなかった。一瞬一瞬が煌いているように見えたのは、そういう生き方が好ましいと思ったから。今まで見る事のなかった記憶を見た原因の大部分は、体を重ねた事だろう。以前よりも幾分かパスが頑強になったのを感じ、苦笑が浮かぶ。

 

 

「(感情が追いついてこないな……)」

 

 

誘ってきたのは、相手側から。乗らねば男が廃るとは、途中まで出歯亀根性丸出しだった花の魔術師が言った言葉だったか。その言葉通りにするのは癪だったが、如何せん。少なからず思っている相手に誘いをかけられて、否と言える男がいるだろうか、否、いるはずがない。閑話休題。

 

 

「起きろランサー、朝だ」

「ん……、…ぁ?」

 

 

半目で俺を見上げる姿が物珍しい。そも、サーヴァントとは睡眠を必要としないのだが、こうしていると本当にただの人間の様だ。そんな事を考えつつ、滑らかな頬に指を躍らせた。擽ったそうに身を捩り、霊体化して逃げたランサーの気配を追って俺も起き上がる。どうやら、方向的に洗面所に向かったらしい。顔でも洗うのだろうか。浴衣の裾を払い、布団を畳む。

 

 

「……って、」

 

 

昨夜のことは夢ではなかろうか、と自分の頬をつねる。肩甲骨あたりが妙にヒリヒリし、霊体化して消えたランサーの首筋には幾つか紅い花が散っていた。つまりはまあ、そういうことなのだろう。夢ではない、現実だ。だが、実感と感情が伴わない。恐らく、彼の生前の記憶を見たせいもあるだろう。ダイジェスト気味ではあったが、永くも思えるその刹那的な人生が、脳裏に焼きついて離れない。―――だからこそ、()()は、クー・フーリンという英雄に憧れたのではなかったか。

 

 

『君の思いは呪いにも等しいね。まるで、()()()()()()()()()()()のだと、世界に押し付けられているんじゃないかって思ってしまうよ』

 

 

ふわり、と。芳醇な花の香りと共に眼前に現れた魔術師は、そう言って俺の頬を撫でる。そのまま目尻をなぞり、涙袋の下をゆっくりつたって、その細い指先がかさついた唇に落ちた。

 

 

『……少し、痩せた……いや、窶れたという表現の方が正しいかな?』

「自分ではよく分からないな。だが、知らぬ間に勝手に人の事を見ていた君がそう言うのなら、そうなのだろう」

『言い方に刺があるよ』

「事実だ」

『そうだね、確かに事実だ』

 

 

きゃらきゃらと楽しげに笑い、指先が離れていく。寝起きで乱れた俺の髪を整えて。

 

 

『昨日はお楽しみでしたね』

 

 

にやけるな、その顔をやめろ。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side:Shiro)

 

 

 

 

――――出来れば、誰も悲しまない方がいい。

自分程度の力添えで周りが幸せなら、それはこの上なく住みやすい世界だと思うんだ。

 

 

 

それが切嗣の口癖だった。俺にとって正義の味方だった男は、そいつ自身の中で、なり損ねた落第者なのだと語っていた。

 

説明されるまでもない。幼かった自分の世界と大人だった切嗣の世界は違いすぎて、正義の味方っていうヤツの合格点が違っていたのだ。子供だった自分にとって、この家だけが世界だった。だから切嗣(オヤジ)と藤ねえと自分と、たまに帰ってくる雪嗣(オジキ)と、お気に入りの土蔵をずっと守っていければ十分だった。

 

俺は目に見えるモノだけを守ろうとした。だけど、切嗣は目に見えない部分までなんとかしたかったのかもしれない。それはたぶん、雪嗣も同じだ。ただ、切嗣とは違う方法を考えていたのだろうけど。

 

 

 

――――若い頃は向こう見ずでね。

世の非情を呪う事で、自らを育んでいた。

世界が非情ならば―――それ以上に非情になる事を武器にして、自分の理想を貫こうとしたんだよ。

その頃雪嗣とは別行動をしていて、再会した時には思いきり殴られたなぁ。

あの時が一番酷い兄弟喧嘩だった、お互いに拳銃を付き合わせてね。

一歩間違えば、お互いがお互いを殺していたかもしれない。

 

 

 

救われないモノは必ずあるし、全てを救うことなんて出来るはずもない。

千を得ようとして五百をこぼすのなら、百を見捨てて九百を生かす。

それが最も優れた手段だと、つまりは理想だと。

そうぼやいた切嗣(アニキ)に我慢がならなかったから―――殴った。

 

 

 

切嗣とは反対側に座った雪嗣が言う。

 

そんな、いつかの記憶。

 

 

― ―

 

 

「……今日は早いんだな、雪嗣」

 

 

夢のせいか、幼い頃に呼んでいた名前がするりと口をついて出た。切嗣が亡くなってからだったろうか、"叔父貴"と呼び始めたのは。叔父貴は一瞬目を丸くして、懐かしそうに目元を緩めた。

 

 

「お前に名前で呼ばれるのは久しぶりだな」

「えっと……少し、懐かしい夢を見たからかな」

 

 

そうか、と頷いて朝食の支度に戻った叔父貴の背中を見つめる。抱いた夢は切嗣から貰った。けれど、切嗣よりも屈強なその背中にこそ憧れた。切嗣(オヤジ)が救おうとしたのは、自分以外の全てと雪嗣。雪嗣(オジキ)が救おうとしたのは、切嗣が取り零したもの全て。そこには、切嗣自身も含まれる。別に、本人たちから聞いたわけではないけれど、なんともなしに察することはできた。だからきっと、雪嗣がなりたかったのは()()()()()だった。だから俺は、二人が救おうとしたもの全てを救いたいと思った。全てを救って、俺自身も救われる。決して一人では成し得ることは出来そうにもない。それでも、この理想は諦めきれない。

 

 

「味噌汁の具はなにがいい」

「……豆腐」

「あとワカメだな」

「ん、」

 

 

トントントンとリズミカルに包丁がまな板を叩く音が小気味いい。足音を忍ばせて叔父貴の隣に立ち、すり鉢に入れられていた胡麻をする。

 

 

「何と和えるんだ?」

「小松菜」

「わかった」

 

 

すり終わった胡麻に、すでに切ってあった小松菜を入れて和えていく。叔父貴は味噌汁を作り終えて、卵焼きを作っていた。くるくると綺麗に巻かれていく卵を見るのは、意外と楽しかったりする。料理を叔父貴に習い始めた頃は、どうしてそんなに綺麗に卵を巻けるのか不思議で仕方がなかった。ピー、と電子音が鳴って、米の炊き上がりを知らせる。

 

 

「少し蒸らしてから混ぜるように」

「分かってるよ」

 

 

たぶん白米じゃなくて、何かしら手を加えてるんだろうと思って炊飯器を見ていたら、そんなことを言われた。

 

 

「五目とはいかなかったが、味はそれなりになっていると思う」

「叔父貴の飯が不味かったことなんてないから、その心配は杞憂だって」

「だといいんだが」

 

 

―――穏やかだ。今が聖杯戦争の直中にあるとは思えない、どこにでもある日常のひとこまだ。

 

 

「士郎」

 

 

不意に、感情の籠らない声で叔父貴が俺の名前を呼んだ。

 

 

「怪我は大丈夫か」

「――――」

 

 

それは、確信をもって告げられた。

 

 

「昨日の夜、見知らぬ魔力を感じた。セイバーとアーチャーの二人が動いていたようだから、俺は何もしなかったが……」

 

 

黒い瞳が俺を捉える。誤魔化しはきかない。下手な嘘をつけば、恐らく見放される。そんな予感が脳裏を過った。

 

 

「……キャスターに、操られて」

「ああ」

「柳洞寺に、呼ばれたんだ」

 

 

先に気づいたのは、屋根で見張っていたアーチャーだった。たから、アーチャーはセイバーに訳を話し、二人で俺を追ってきた。

 

 

「セイバーは門番のアサシンを相手にしてて」

 

 

アーチャー(アイツ)は、俺を、助けてくれた。けれど、それは――――

 

 

「たぶんだけど、アーチャーは俺を殺したかったんだと思う」

 

 

アーチャー(じぶん)衛宮士郎(おれ)を殺したかったからに違いない。そんな確信が、俺にはあった。

 

 

「何でかな……理由は分からない。けど、アイツは、どうしても他人とは思えないんだ」

 

 

はっきりとしない俺に凪いだ目を向けて

 

 

「その思いを大切にしろ。きっと、それが、お前の――――()()()()分岐点に違いない」

 

 

そう、叔父貴は言った。

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