そのあとの話は、こうだ。ライダーの治療について一段落したところに、アーチャーが到着。遅れてきたことに対して遠坂嬢が文句を言うが、俺の護衛をしていた事を理由に説教を免れた。それから、いくらでも移動時間を短縮するために、ライダーをランサーに、各々は各サーヴァントに抱えられて帰宅した。そうして、俺の名前が呼ばれ、治療に移行して今に至る。となれば、次は俺の行動か。
「おじ様はアーチャーを連れてどこに行っていたんですか?」
想像通りの質問に首裏を掻き、いい加減堅苦しくなってきたスーツの上着を脱ぎ捨てる。
「柳洞寺に行ってきた」
子供二人が目を見開く。
「理由としては、まあ、
脳裏に
「目的……最初の頃に言っていた、聖杯ではなく自分の力で叶えたい願いですね。これを尋ねるのは不粋な事と思いますが、その目的の詳細を教えていただけないでしょうか」
そう言ったのはセイバーだ。俺の口から答えが語られることはないと理解していて、そう問いかけてくる。
「今はまだ、話す時ではないだろう」
そうして、俺も、彼女の言葉通り語ることをしないのだ。卑怯な話だ。自分の手の内を隠すことは戦略的に正しいが、味方が多い時にそれをやれば不信を買う。しかし、俺の場合は手の内を隠しているというよりも、明かせないというのが正しい。
「またそれか」
「聞き飽きただろう」
「まあな」
士郎は頬杖をつき、遠坂嬢は諦めたように首を振る。セイバーは仕方がありませんねと微笑を浮かべ、アーチャーは両目を閉じて小さく嘆息した。
「(語れないことが多すぎる)」
語ったところでどう納得させるか、案が浮かばないということもある。だが、やはり、誰かに語って聞かせようという気がないのも事実だ。他人に語る手間が惜しく、自分で行動した方が早いとも思ってしまう。今までがそうだった、ゆえに、これからもそうなのだろう。俺は、この世界の未来の可能性を知っている。だが、俺の存在によってねじ曲げられ、それは既知のものと乖離を始めた。ならば、語る必要はない。可能性から切り離された未来を追いかけることほど、愚かなことはない。――――10年前、俺は切嗣に言われるがままに行動した。その時点で、
「それでもアンタは、変わんねぇだろ?」
『それでも君は、変わらないだろう?』
左右から、多少言い方の違いはあれ、同じ言葉が投げ掛けられる。卓の下にあった手にランサーのそれが重ねられ、肩には魔術師の手が置かれる。不思議な気分だ。俺以外には、魔術師の声は聞こえていないが、複数人に同じ言葉を掛けられるというのは、案外心が穏やかになるらしい。
「……そうだな」
ランサーの手を握り返し頷く。変わりようがない。俺は
「――――?」
遠い記憶の底、
――――
始まりの島、懐古の海で。
――――
― ― ― ― ―
(side : Rider)
――――夢を見た。
それは
己がその世界の異物であると知りながら、あえて歯車の一つであろうとした、とある男の物語だ。
誰よりも理想に燃え、それ故に絶望していた
その男の夢は初々しかった。この世の誰もが幸せであってほしい、と、そう願ってやまなかっただけ。全ての少年が一度は胸に懐き、だが現実の非情さを知るうちに諦め、捨てていく幼稚な理想。どんな幸福にも対価となる犠牲があるものと――その程度の理は、どんな子供も、大人になるまでのうちに弁える。だがその男は違った。
彼は誰よりも愚かだったのかもしれない。
どこかで壊れていたのかもしれない。
或いは聖者と呼ばれる類の、常識を逸した天命を帯びていたのかもしれない。
この世のすべての生命が、犠牲と救済の両天秤に載っているのだと悟り。決して片方の計り皿を空にすることは叶わないのだと理解したとき。その日から、彼は天秤の計り手たろうと志を固めた。
より多く、より確実に、この世界から嘆きを減らそうと思うなら、取るべき道は他になかった。一人でも多くの命が載った皿を救うため、一人でも少なかった方の皿を切り捨てる。それは多数を生かすために、少数を殺し尽くすという行為。
ゆえに彼は、誰かを救えば救うほど、人を殺す術に長けていった。幾重にも、幾重にも、その手を血の色で上塗りしていきながら、だが男は決して怯まなかった。手段の是非を問わず、目的の是非を問わず、ただ無謬の天秤たれと、それだけを自らに課した。
決して命の量を計り違えぬこと。一つの命に貴賤はなく、老いも若きも問うことなく、定量のひとつの単位。男は分け隔てなく人々を救い、同じように分け隔てなく殺していった。
だが彼は、気付くのが遅すぎた。
すべての人を等しく公平に尊ぶ事は、
誰一人として愛さないのと同じだという事に。
そんな鉄則をもっと早くから肝に銘じておいたなら、まだ彼には救いがあった。若い心を凍らせ、壊死させ、血も涙もない計測器械として自身を完成させていたなら、彼はただ冷淡に生者と死者を選別し続けるばかりの人生を送れただろう。そこに苦悩はなかっただろう。
だが、その男は違った。
誰かが歓喜する笑顔は彼の胸を満たし、誰かの慟哭する声は彼の心を震わせた。無念の怨嗟には怒りを共にし、寂寥の涙には手を差し伸べずにはいられなかった。人の世の理を超えた理想を追い求めておきながら――彼は、あまりにも人間すぎた。それならばまだ、男と血を分けこそしたが、世界から一歩身を引いたところに立っていた弟の方が器械に徹しきれただろう。
けれど、男が切り捨てる事を選択したが故に、弟は拾い上げる事をこそ正義とした。その選択が、互いに逆であったなら――――男の理想が彼自身のものではなく、彼の弟のものであったなら。彼は決して矛盾に罰せられず、友情や、恋慕や、そんな愛しい一つの命を、赤の他人の無数の命よりも優先できたかもしれない。
しかし、それは過ぎてしまったことだ。
誰かを愛した上で、なおその命を他者と等価のものとして、平等に尊び、平等に諦める。いつでも彼は大切な人を、出会いながらにして喪っているようなものだった。だからこそ彼の弟は、彼が救えなかったものをこそ、切り捨てざるを得なかったものをこそ、救いたいと思っていた。それが、
それはきっと、砂で出来た城のように、脆く儚い現実だった。
ともすれば、現実などとは程遠い、一時の夢であってほしかった。
そうすれば
――――燃え盛る町の中を歩いている。一縷の希望に縋って、
― ―
「――――――――」
意識が覚醒する。そう遠くないところに、サーヴァントの気配が三つほど。それから、限りなくサーヴァントに近い気配が一つと、人間の気配が二つ。
「――――もう、消えたものと、思っていたのですが」
自分はもう、敗退したのだと思っていた。人間でありながらヒトではない男に敗れ、あの薄暗い蟲蔵で汚される桜を助けられもせず、無様に消えゆくのだと。それが、どうして、私は――――
「――――ライダー?」
「――――サクラ?」
暗闇の中、少女の声を聞く。良かったと安堵の声を溢し、そっと手を握る姿を眼帯越しに見た。間違いなく、私を召喚せしめた少女だ。
「サクラ、どうして貴女がここに?いえ、それよりも、そもそもここは敵地では?」
「……いいの、ライダー。おじ様は、約束を守ってくれる人だから」
泣きそうな顔で、心底幸せそうに笑っている。彼女が笑っていることは、喜ばしい。喜ばしいのだが――――この少女は、
「サクラ……貴女は本当に、サクラですか?」
「――――ああ、やっぱりバレるか」
それなりに自信があったんだけどなぁ、と少女の姿を借りた
「あんまりにも行動が遅いんで、
見ていて胸が空く思いだっただろう、と軽い口調で影は言う。そしてこう、続けた。
「さぁ――――まだまだ、聖杯戦争を