幕間
(side : ■■■)
まるで、鉄を叩くような音だった。
「はあ―――はあ―――はあ―――はあ―――!」
荒い息遣いのまま、その場所に訪れた。床を踏む足音は高く、その
「あ―――はあ……は、あ――――!」
―――訂正しよう。訪れた、という表現は的確ではない。乱れた吐息と定まらない視点。枯れ木のように震える四肢は、認めたくはないが逃走者のそれに近い。僕は、ここに避難してきたのだ。ならばいかようにも合点がいくだろう。この必死さは、猟犬に襲われる鼠と同じだろうから。
「戦いが始まって七日。ここに足を運んだのは君が初めてだ。……一人、脱落しかけて代理を立てた者も、いるにはいるがね」
「――――!」
地に這いかけていた体を起こす。いつの間に現れたのか。祭壇に立つ神父を見上げ、何か、自分でもよく判らない言葉を口にした。
「―――――――――――」
神父は眉をひそめる。完全には理解できなかったらしい、僕は、助けを求めたのだ。つまりは保護だ。サーヴァントを失ったマスターは、戦いを放棄するという条件で保護を求められる。その避難場所、最後の守りがこの教会であり。その主が、言峰綺礼という神父だった。
「――――では戦いを放棄するのか、少年」
厳かな声に、僕は火花のように反応した。
「あ、当たり前だ、僕に死ねって言うのか……!?いいか、サーヴァントがいないんじゃ殺しようがないし、マスターなんてやってられない……!ぼ、僕は普通の人間なんだ。いわば被害者側だろ!?そういうのを狙ってさ、一方的に殺すなんて不公平じゃないか……!」
「――――――――――――」
神父は答えず、ただ闖入者である僕を見据えている。その奥、皮の下、骨の隙間、肉の深部を捉えるように。
「―――なんだよ、何か文句あるのかよ、おまえ」
「意見などない。君は今回一人目の放棄者であり、我が教会始まって以来の使用者だ。管理者としてここに根付いた父に代わり、丁重にもてなそう」
「え?なんだよ、リタイヤしたのは僕だけだっていうのか。……くそ、みっともない。こんなコト爺さんに知られたらなんて言われるか。ああ、それもこれもおまえたちのせいだぞ……!ライダーなんてカスを掴ませやがって、あんまりにも不公平じゃないか!」
こみ上げて来たものそのままに、忌々しげに地を叩く。床を殴りつけた音は鐘のように響き、神父はほう、と興味深そうに口元を緩ませた。
「では、ライダーは役に立たなかった、と?」
「そうだよ!……ったく、大口叩きやがって。アイツ、この僕があんなに手を貸してやったのに、あっけなく死にやがった。あれなら他のサーヴァントの方がよっぽど役に立ったんだ!」
「――――――」
「……ああ。それでも僕はうまくやった。ちゃんと爺さんの言いつけ通りやって、準備は万全だったんだ!だって言うのにあいつら、そろって邪魔をしやがって……!二対一だぞ、そんなの勝ち目なんてないじゃないか。……そうだ、負けたのは僕のせいじゃない。単にサーヴァントの質の差なんだ。それをあいつら―――偉そうに勝ち誇った顔しやがって―――!!!」
そうして地面に這った。忌まわしげに床を叩き、己が不運を嘆き、自らの障害を思い浮かべる。だが、怨嗟の声もすぐに消えた。僕程度の憎悪では教会の静寂は破れないらしい。
「くそ――――くそ、くそ、くそ、くそ――――!」
繰り返す暗い吐露。その中で――――かつん、と。凍った空気を砕くように、神父の足音が響き渡った。神父はゆったりと僕の肩に手を置く。
「―――つまり。君にはまだ、戦う覚悟はあるという事だな」
この上なく優しい声で、そう、訪れた
「え――――――?」
僕には神父の言葉が理解できなかった。黒い聖職者は、口元に慇懃な笑みを浮かべたまま、
「君は運がいい。ちょうど一人、手の空いているサーヴァントがいてね」
悦びを押し殺すように、新たな救いを告げていた。
― ― ― ― ―
「
気だるげな様子を隠しもしないまま、彼女はそう言った。ならばそうしてくれ。そう言いかけた言葉を呑み込み、彼女の続きの言葉を促す。
「これは確認なのだけれど」
「ああ」
「彼女を助けたら、私の願いを叶えてくれるのでしょう?」
「そうだ」
「―――あなたの持つ、
「――――――」
それ、と言いながら彼女が指し示したのは心臓だ。間違いではないので頷く。
「では、確認ついでにもう一ついいかしら」
フードの奥に隠れた瞳が怪しく光る。悩ましいほどに美しい弧を描いた唇が、
「
この身を衝撃で固まらせるには十分な言葉を紡いだ。なんと答えるべきか判らず、無言を貫く。追及はそれ以上続かず、この話はこれでおしまいね、と彼女が身を引いたことでうやむやになった。――――考えもしなかった。何かに突き動かされる様に、今日まで生きてきた。その何かが判らないのは、世界に捧げてしまった記憶の中に埋もれてしまっているからだろう。そうしてようやく、悔やむのだ。なぜ、死後を預けるでもなく、記憶を渡してしまったのか、と。しかし、それも仕方のない事。死後を預けてしまえば、それこそ俺は
「ところで、アインツベルンのお人形さんはどうするのかしら?」
「……それこそ、知り合いに腕のいい人形師がいる。彼女の手を借りられればいいが、代償は大きいだろう。一番いいのは、今のところ傍観を決め込んでいる慢心王の財を借りる事だが……まあ、その辺はこちらで対処しよう」
「慢心王が誰か気になるところだけれど。いいわ、そちらはそちらで手を考えているという事ね」
「そうだ」
仕事の話は終わったとばかりにフードを降ろし、さらに言えば一瞬で私服姿に変わった彼女を感嘆のまま見つめる。まるで、早着替えの様だ。いや、事実早着替えなのだが。
「女性をあまりじろじろと見るものではなくてよ、坊や」
俺の視線に気づいた彼女が、揶揄うようにそう言う。
「……参ったな。もう、坊やと言われるような歳でもないのだが」
「
「――――――――――――」
息を呑んだ。身体が強張り、脂汗が額に滲む。―――そうして、