Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 2-2

 

 

 

一際高い剣戟と共に、ランサーの槍を弾いた短剣は、そのままアーチャーの手元を離れていく。直線的な打突ばかりだったランサーの技が、一転して払いに変化した。それに伴って、対峙するアーチャーの手元にもう一本短剣が増える。干将莫邪、陰陽それぞれを模した夫婦剣。遠目に見ても理解できたそれに、知らぬ内に口端がつり上がる。第四次ではランサーとセイバーの打ち合いを目の前で見たことがあるが、それに負けず劣らず、なかなかに白熱した戦いだ。遠坂嬢が見惚れてしまうのも、仕方がない。

 

 

「ハ、弓兵風情が剣士の真似事とはな―――!」

 

 

ランサーの槍が奔る。もはや生かさんとばかりに槍の速度は上がっていく。耳を打つ剣戟は、まるでよく出来た音楽のようで。響き合う二つの鋼に目を細め、火花を散らし、絶え間なく、際限なくリズムを上げていく剣合に耳を澄ませる。

 

 

「(弓兵と、侮るなよ)」

 

 

油断しているだろうランサーに向けて、言い放つ。返事はない、よほど戦いに熱が上がっているらしい。

 

 

「……」

 

 

懐に入れまいとするランサーと、双剣を盾に徐々に間合いを詰めるアーチャー。両者の打ち合いは百を超え、その度にアーチャーは武器を失う。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には再びその手に剣が握られており、ランサーはその度に僅かに後退する。戦いに集中していて届いてはいなかっただろうが、一応忠告はした。侮るな、と。

 

 

「(そろそろ、か)」

 

 

間合いが離れる。豹のような速さとしなやかさを持って、ランサーは大きく間合いを離した。仕切り直しでもするのか、いや違う、あれは――。

 

 

「―――ほう、よく言ったアーチャー」

 

 

息が出来なくなるほどに強烈な殺気が充満する。離れて傍観している俺にも感じられるのだ、その中心にいる彼女に同情する。本物の殺意というものに対面したことのないだろう、形ばかりが一人前でまだまだ甘さの抜けきらない彼女に。

 

 

「(現状からして可哀想だとは思うが、運は彼女に味方をしている)」

 

 

地上を穿つかのように下げられた槍の穂先、双眸は対峙するアーチャーを貫いている。ああ、頃合いだな。

 

 

「――――――誰だ…………!!!!」

 

 

アーチャーに向けられていた殺気が、矛先を失って霧散する。彼女達はこれで、九死に一生を得た。彼女達が見逃していた、偶然というべき第三者の登場によって。走り去っていく学生服の後ろ姿を見つめ、俺は苦笑を浮かべる。やはり、どんなイレギュラーな存在があっても、原作通りに事は進むらしい。その事が哀しいような、悔しいような、何とも言えない気分になる。そうは言っても、やはり俺も魔術師の端くれなのだ。

 

 

「……」

 

 

ランサーには予め言っておいた、()()()()()()と。例えそれが、

 

 

「すまんな、士郎」

 

 

()()()()()()()()()()()()、だ。士郎を見送ってから、ランサーとバゼットと交した今朝方の会話を思い出す。

 

 

『目撃者は消せ、一切容赦は必要ない』

 

 

そう言った俺に、ランサーは釈然としねぇな、と溢して顰め面を作っていた。

 

 

『魔術師としちゃあ当然の心構えだとは思うがなあ……』

 

 

続いた言葉に首を傾げれば、バゼットが身を乗り出して言う。

 

 

『ランサーの言う通りです。もしその目撃者が士郎さんだった場合でも、貴方は』

 

 

中途半端に途切れた言葉の先を引き継ぐように頷けば、貴方らしくもない、と言われた。

 

 

「――――」

 

 

"貴方らしくない"とはいったいどういうことか。そんなもの、

 

 

「(今更過ぎる)」

 

 

俺が"俺らしさ"というものを失ったのは、兄貴がアインツベルンのホムンクルスと恋に落ちた時だ。シャーレイの時とは違い、実を結んだ恋は、しかしいつかは失われてしまうものだった。そんな恋に身を投じてしまった兄貴を不憫に思いながらも、二人の幸福を心から願っていたのもまた、事実だ。そうして、アインツベルンの代わりに第四次聖杯戦争に参加すると告げられ、自分の馬鹿さ加減に呆れを通り越して絶望した。これまで、それなりに手を尽くしていたと思っていた。けれど、どんなに足掻こうと未来は変えられないのだと知ったあの時の絶望感は今でも忘れない。最愛の女性を失い、理想に打ちのめされる未来から、兄貴――切嗣は、逃れることは出来ないのだと。未然に防ぐ事が出来なかったのなら、その後に手を尽くせばいいと思い、何とか持ち直す事は出来たがそれも世界の修正力に阻まれあまり意味をなさなかった。大火に見舞われて潰え逝く多くの命を目にし、一心不乱になって生存者を探す切嗣の姿は、幽鬼のようだった。ようやく見つけた死にかけの灯を見つけ、安堵したように泣き崩れた姿も、昨日の事のように思い出すことが出来る。結局、俺は何も守れなかった。絶望感は抱かなかった、そんな気がしていたから。招かれざる存在である俺が、この時何をしようとも無駄だったのだ。それなら、いつかくる"次"のために全てを尽くそうと決めた。そのためならば身内の命を危険に晒すことも、心苦しくはあるが厭わない。俺には、()()()()()()()()()()()()があるのだから。だからきっと、その時に。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

(だれか)が衛宮雪嗣として生を受けた時にはまだ生きていた存在は、自身の無力さに打ちひしがれたその瞬間に()()()のだ。いや、もしかしたらそれよりも前に死んでしまっていたのかもしれない。そう意味でも、また違う意味でも、今の俺は残りかすのようなものだ。だから、バゼットの言葉は今更だった。

 

 

「マスター」

 

 

硬い声が降ってくる。見上げれば俺が寄りかかっていた大木の枝に、ランサーの姿があった。声ばかりか、どこか表情も硬いように見える。小さく吹いた風が、微かな鉄の匂いを運んできた。

 

 

「弓兵が追ってきている、今すぐここを離れた方がいい」

「そうだな」

「それと――」

 

 

曇天、僅かに生まれた隙間から月光が漏れ出る。

 

 

「今度はちゃんと、始末しねぇと――な?」

 

 

色を失った硬質な声を聞きながら、

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

俺達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Bazett)

 

 

 

 

ガタンと、夜中に相応しくない物音が聞こえて上体を起こす。発信源は玄関、ならばこの日本屋敷の家主である少年が帰って来たか、それとも同僚の彼が帰って来たか。どちらにせよ、出迎えてあげましょうか。寝間着から軽く着替え、そんな軽い気持ちで玄関へと向かう。途中、居間から明かりが漏れているのに気付き、そちらに足を伸ばした。襖を開けると、案の定家主の姿があった。しかし、想像していたものとは程遠く、着ている制服は血塗れで、床に寝転がったまま荒く息を吐き出している。

 

 

「―――お帰りなさい」

 

 

何か言わなければ、と思って口を突いて出たのはそんなありふれた言葉で。

 

 

「―――ああ、ただいま。バゼットさん」

 

 

それでも、そんなありきたりの言葉に安堵したのか、笑みを見せる少年――もとい士郎さんに、私も笑みを浮かべる。聞きたいことは山ほどあるが、今はそれを聞くのは遠慮しておく。自分のことよりも他人のことを気にかける彼のことだ、何かあったのは間違いないが、私に迷惑がかかると思って何も話さないだろう。気を取り直し、色々な意味で疲れているだろう士郎さんのためにお茶でも淹れようかと私が立ち上がるのと、この屋敷の天井につけられていた鐘が鳴るのは、ほぼ同時のことだった。全身を強張らせ、周囲を警戒した様子で見やる士郎さんの傍に膝をつく。如何に開放的だとはいえ、ここは魔術師の家。見知らぬ人間が入って来れば警鐘が鳴るような結界は、当然のことながら張ってある。今までうんともすんとも言わなかったそれが、今日に限って。ああ、でも、私はこの音の原因をきっと知っている。

 

 

「(……ランサー)」

 

 

彼のサーヴァントであるランサーが、この家から拒まれることは本来ならば有り得ない。昨日まで普通に、何事もなくこの敷地内を出入りしていたのだから、間違いない。細工をしたのであれば、それは全て彼の、雪嗣の手に寄るものだ。

 

 

「泥棒だったら、どんなにいいか――――」

 

 

若干震えた声でそう言った士郎さんの肩は、小刻みに震えている。当然だ、恐怖を感じないわけがない。

 

 

「私から離れないでください」

「え―――」

「貴方一人くらいならば、守りながら戦う事も出来ます」

 

 

面喰ったような顔で私を見る士郎さんの顔に、少しばかり生気が戻る。ああ、もう、事を起こすならさっさとやってほしいのですが。少しずつ近づいてくる殺気に、苛立ちが募る。一応、念のために忍ばせておいた手袋を取り出して、手にはめる。隣では、何やら士郎さんがポスターを強化していた。

 

 

「守られるばっかじゃ、男としてどうかと思うんだ」

 

 

無理矢理作った笑顔が、痛々しい。体調が万全ではない中の危険な魔術行使ではあるが、それを指摘することは出来ない。まだ時期ではないと、雪嗣に止められてしまったから。強化し終えたポスターを見て頷き、士郎さんが身構えた瞬間、頭上から銀光が滑り落ちてきた。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

疾風のごとく駆けるランサーに遅れること数分、既に屋敷内での戦闘は始まっていた。硝子の割れるような音が聞こえ、次いで悲鳴交じりの声が聞こえてきた。そして強大な魔力の流れを感じ、立ち止まる。数メートル先には、赤い外套を身に纏った男と、黒髪の少女の姿があった。塀を隔てた向こう側には、10年前にも感じたことのある風を巻き上げるような懐かしい魔力を感じた。

 

 

「――ああ、召喚に成功したのか」

「――――!?」

 

 

自然と零れ落ちた言葉に、屋敷の中の様子に気を取られて俺に気づいていなかった少女が、弾かれるようにして振り返り俺を凝視する。隣にいた男もまた、驚愕の表情で俺を見つめ、何かを紡ぐように微かにその唇を震わせた。そんな二人を無視して軽く跳躍して塀に跳び上がると、示し合わせたかのようにタイミングよくランサーも塀に跳び上がる。

 

 

「いいのか」

「ああ、構わんさ」

 

 

ふわり、と尾のように長い青髪が風に揺れる。紅玉のような瞳に映るのは、月光の下、輝いてすら見える美しくも可憐な王の姿。その手には不可視の剣が握られている。呆然とした表情の甥と、凛とした佇まいの騎士王のコンビ。鞘は剣を呼び出し、剣は鞘の呼び掛けに応えた。どれほど焦がれた存在だったか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()では思い出すことも叶わない。が、それでも、彼女の気高さだけは覚えていた。生前だけではなく、十年前の聖杯戦争でもこの目に焼き付けたのだから。

 

 

「始まったぜ、マスター。聖杯戦争がな」

「そのようだ」

 

 

ランサーの言葉に頷く。これで漸く、全員がスタートラインに立ったのだ。

 

 

「叔父、貴……?」

 

 

殺気立つ彼女の背後で、7人目のマスターとなった甥が呆然とした様子で呟く。彼女も俺の姿を認めるとギョッと目を見開き、そしてすぐに何かを懐かしむような、悲しむような、そんな複雑な色を浮かべた。

 

 

「ユキツグ……」

 

 

あの頃と変わらない、鈴を転がしたような彼女に似合いの声で名を呼ばれる。一瞥をくれてすぐに視線を逸らし、今の状況を確認する。前にはセイバーと魔術師と言うには烏滸がましい素人の甥、後ろにはアーチャーと若輩ながらも魔術師として優秀な遠坂嬢。経験値の差があるため、俺とランサーにかかればこの場を凌ぎ退散するのは容易いことだ。だが、バゼットを置いていくという選択肢はもとより、今回の聖杯戦争における拠点をここ以外に設定するつもりが俺にはない。よって、ここから退く、という考えは元からあってないようなもの。それをランサーも理解しているからだろう、セイバーかアーチャー、どちらかが――あるいは両者が――ちょっとでも動けば迎撃できるように気を張っているが、彼自身から動く様子はない。あくまでも、彼は後手に回るつもりなのだ。

 

 

「叔父貴!」

 

 

叫ぶような声で呼ばれる。困惑気味なのは変わらないが、しかし、甥の力強い瞳が俺を捉えていた。ランサーが茶化すように口笛を吹くと、そちらに視線が一瞬だけ反れて直ぐに俺をまた捉える。

 

 

「とりあえず、お帰り!!」

「――――」

 

 

士郎、とりあえずだろうが何だろうが、それは違う。そう思ったが口にはせず、大人しく、ただいま、と返答した。離れたところで警戒していたバゼットは顔を覆い、ランサーは隣で爆笑し、背後にいた遠坂嬢主従が呆れたように溜息を吐いた音を聞いた。正直な話、今までのシリアス展開を返せ!と声を張って言いたくなった。

 

 

 

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