風邪など引かれていませんか?
私は引きましたとも、ええ、盛大に。
映画HF第一部公開、亜種特異点Ⅲの開始から一週間。
映画初日に楽しんできました、ランサーがやべぇ。
今回の話はやや短め、ストーリー自体はさほど進んでいない……と思います。
次辺りに凛か桜視点の話を入れようか、入れまいか……悩み所ですね。
(side : Shiro)
セイバーに見送られ、遠坂と桜、三人で家を出る。護衛にはアーチャーとライダー。朝は叔父貴とランサーが起きてこなかった事以外とりわけ何もなく、実にスムーズに過ぎていった。学校でも、キャスターのマスター探しをしなくていいせいか、普通に過ごしている。昼は生徒会室で一成と弁当をつつく。途中やってきた葛木先生と一成が世間話を始め、それを黙々と鶏そぼろ弁当を食べながら見つめていた。昨晩から家にやってきた先生は、俺よりも先に家を出ていたから、今日会うのは初めてだ。とはいえ、昨晩も何か話をした訳ではないのだが。
「先生、そろそろ時間ですが」
「む。そうか、邪魔をしたな。言わずとも承知しているだろうが、戸締りは忘れないように。下校時間も厳守したまえ」
「はいはい、わかってますって」
先生は立ち上がり、一成はわりとご機嫌な体で戻ってくる。
「――――――――」
いや、珍しものを見たな。生徒と世間話をする葛木宗一郎というのは、ものすごくレアだ。それも人見知りの激しい一成と。堅物同士気が合うのかもしれないし、柳洞寺に居候していただけはある。
「ああ、そうだ。衛宮」
「え、はい」
弁当を片付けていると、先生に呼ばれた。
「叔父上殿が帰りに食材の買い出しを頼む、と」
「え」
「確かに伝えたからな」
思いもよらない言葉に、目が点になる。一成も今の流れについていけていないようで、俺と去っていく先生の背中を交互に見やる。目下、一番の疑問は、その伝言をどうやってというか、どうして先生が俺に伝えて来たのか。とりあえず、家にいるキャスターが仲介したというのが可能性としては高そうだが、まさか学校に電話をしてきたわけではあるまいな。有り得ないと思うが、もしそうなら、何やってんだあの人は。
「……葛木先生は、衛宮の叔父上殿とお知り合いだったのか?」
「うーん、そうらしい……?」
俺達二人は顔を見合わせ、そろって首を傾げた。キャスターと叔父貴が対峙したという話しは聞いたが、そのマスターである先生と叔父貴が顔を合わせたという話しは聞いていない。昨晩も、キャスターと先生が我が家に来たとき、既に叔父貴は夢の中に旅立っていたし、今朝だってそうだ。
「そうらしい、とはまた曖昧な」
「んー……まあ、俺の預かり知らぬところで知り合ったんだろうな」
「そうか」
うまく説明が出来ず濁した言い方になってしまったが、一成にあまり気にした様子がなかったのは幸いか。
― ― ― ― ―
パンッ、と小気味いい音が空に響く。雲の隙間から差し込む陽射しが金髪と蒼髪に煌き、なんとも不思議な情景のように見えた。が、実際は洗濯物を干しているだけだ。規則正しい動きで洗濯物を伸ばし、物干しにかけを繰り返している小柄な少女。その横で、男は火のついていない煙草を食みながら物干しにかかった洗濯物のしわを丹念に伸ばしている。何とも奇妙なコンビだ。ついでに言えばもう一人、若奥様風な女性が部屋の掃除をしている。そして俺は、縁側に座りのんびりと湯呑を傾けていた。
『そうしていると、隠居した翁のようだね』
鼻孔をくすぐる花の香りと共に魔術師が姿を現し、そんなことを耳うった。したり、と笑って湯呑に目を落とす。
『平和だ、とてもね。この時間は尊く、愛しいものだ。そう思えばこそ過ぎ去るのは早く、懐古の情に浸る暇もない。そして、君はここから先、大いなる旅路へと挑むことになる』
朗々と。まるで、吟遊詩人かのごとく、淀みなく告げられる言葉に耳を傾ける。
『この聖戦が終われば、次だ。君次第ではあるが、次があることに違いはない。……もっとも、君は、
ぴしり、と湯呑が悲鳴を挙げた。力加減を間違えたのだろう、そのままミシミシと嫌な音を鳴らし、ついには甲高い音を立てて砕け散る。零れた中身が手を濡らし、太腿を濡らし、地面を濡らした。それを何ともなしに見つめながら、俺は――――
「 」
『……それが君の答えなんだね』
――――冷涼な風が吹く。
「あっ!」
少女の手をすり抜けて、布巾が空に舞い上がる。自然と、体は動いていた。少女よりも早く、男よりも速く。手を伸ばし、軽く地面を蹴り上げれば、それは容易く手の内に収まった。濡れたままの手で掴んだせいで、汚れのない真っ白なそれが淡く色づいていく。
「ああ……洗い直しだな、これは」
それはまるで、平穏な日常の中に落とされた黒い滲みの様で。
「おいおい、しっかりしてくれよマスター」
「仕方のない人ですね」
肩を竦める二人に、知らず、俺は顔を綻ばせていた。
― ― ― ― ―
(side : ■■■)
ああ、バカらしい。そんな思いを抱きながら、
「壊れかけの人形、目的を失いかけ自失寸前の傀儡。運命に翻弄されるのを嫌うくせに、運命のまま歩き続けて来た哀れなイキモノ。漸く抗いを覚えてここまで来たってのに、逝き付く先なんざどうでもいいと思い始めているときた」
そんな
「
答えを提示するのは簡単だ、しかしそれでは意味がない。自分自身で答えを見つけ、理解し、納得しなければ意味がない。
「世界に記憶なんざ売るから……いや、それだけでもないのか」
けれど、
「その
思い出せる筈もないのだろう。だって、その
「――――
――――深淵に沈み、
「そろそろ自覚してくれないとさァ――――汚しちまうぜ?」
――――黒い影が蠢いている。それは、日の目を見ることなく潰えた悲しき命の集合体が如く、還りたい、孵りたいと啼いていた。
― ―
深く、深く、深く。水底に沈んでいくような感覚を懐いて眼を醒ます。黒く淀んだ■■を手に、
「呆気ねーの」
ケラケラ、ケタケタ。壊れた玩具のように、無意味に笑い声をあげる。
「ウソ……ウソよッ、こんなの有り得ない!!!!」
滑らかな銀髪を振り乱し、少女は絶叫した。有り得ない、認めない、認めたくないと目の前の光景を否定する。
「ウソなもんかよ。運が悪かった、仕方がなかったんだって諦めな、お嬢ちゃん」
取るに足らない弱者の筈だった。ともすれば、少女にすら倒せてしまうほど
「――――――――――どうして」
深紅の瞳を大きく見開き、少女は
「どうして、貴方みたいなものが、存在するの?」
ニヤリ、と。まるで口裂け女のように口角を吊り上げ、言うまでもないと
「答えは目の前にあるだろう?」
――――影法師が追い掛けてくる。それは至極当然の事、しかしその事実が牙を剥こうとは誰も思うまい。
「聖杯戦争はまだまだ続くぜ?アンタはどうする?ここで泣き寝入りか?教会に保護を求めに行くか?それとも――――叔父の下に身を寄せるか?」
「っ?!」
ゆらり、と
「決断は早い内にするこった。でなきゃ、アンタ――――簡単に殺されちまうぜ?」
人知れず、敗者が一人誕生した。雪の妖精が如く、可憐な少女の戦いはここで幕を閉じる。
「……どうしよう。ねぇ、どうしたらいいの?
――――